あなたはミラ

秋野小窓

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「ただいま~……」

 誰も待っていない部屋に声が響く。返事をする人がいないことを分かっていながら声に出してただいまを言うのは、一応防犯を意識してのことである。

 電気を点け、コンビニ弁当が入った袋をテーブルに置く。これを食べ終えたら今日も勉強だ。

 税理士になるには、あと残り2科目。働きながらの勉強はなかなか時間も取りにくいが、そうも言っていられない。
 税理士事務所で働き続けるにしても、無資格ではいつまで経っても一人前になれないし、今の事務所で勤め上げるつもりもない。いずれは企業の経理部に転職するか、大手税理士法人に転職するか。将来的には独立も視野に入れている。
 合格発表は12月だが、結果を見るまで油断できない。1年後の8月に向けて、学習を進めておかねば。

 ーー……と、もう1時か。

 明日も仕事だ。そろそろ寝ないと。
 そう思って布団に潜り込んでも、なかなか睡魔はやってきてくれない。いつもそうだ。疲れているはずなのに、目を閉じれば勉強や仕事のことがぐるぐると頭をめぐり、休まらない。せめて試験の合否が分かれば気分も晴れるのだが。

「プラネタリウムでは寝られるんだけどな……」

 薄暗い空間に、リクライニングシート。星の瞬きが不規則にちらちらと揺れて、それだけでもうとうとしそうになる。
 加えて、解説の穏やかな声。話し手が変わるだけで起きていられるから、やはりそれが一番のきっかけとなって眠りに誘われるのだろう。

 昼間に聞いた声を思い出す。落ち着いた柔らかい響き。抑揚はあるが、国語の教科書の音読のようにリズムは一定で、安心感がある。
 声の主を見かけたこともあるが、優しい声のイメージとは異なる外見だった。歳は同じくらいだろうか、細身でおしゃれな人だった。科学館で見かけるスタッフの中で唯一黒っぽいシャツを着ている。解説中の様子は客席から見えないが、声からすると笑顔でしゃべっているのだろう。それが、見かけたときには毎回無表情……というよりも、不機嫌そうにすら見えるところが声とギャップを感じる理由だ。
 とは言っても、今まで見たのは一人で館内を歩いているところだったりするわけで。そんなときにわざわざニコニコと笑顔を振り撒いていないのは当然といえば当然だ。

 きっと優しい人なんだろうな……。

 そんな俺の勝手な想像は、すぐに打ち砕かれることになる。
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