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特別処分推進法
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「始め」
カチカチカチカチ
パチパチパチパチ
機械音の許可を受け、タイピング音が周囲を押しのけるように主張し合う。寝不足でふらふらだった人も目をこじ開けて文字を打ち込む。鬼気迫っている。それも、無理もない話だ。なぜなら、本当に命の危機が迫りかねないからである。
ビーー ガラッ
「よし、みんな居るな。号令」
「起立、気をつけ、礼、着席」
ガチャガチャ
けたたましいブザーは授業開始の合図。それよりも前に僕らは席につき、先生はドアの前に立ち待っている。
「今日はテストを返す。今回の平均は78点だった。じゃあ、送るから」
みんな起動しておいたPCに目を向ける。送信されてきたデータを見て、ガッツポーズなり、ため息なりをもらす。
「最高点は97だ、あと、24より下だった者は後で用紙を取りにくるように」
…あぁ、符号ミスか。はぁ、これはまた小言を言われてしまうパターンだな。
「では授業を始める。157ページを開いて」
いつも通り静かに進む授業。淡々と響くタイピング音。外では初雪がただ降り続けていた。
「起立、気をつけ、礼」
「よし、じゃあ下位の者は来なさい」
ぞろぞろと、重たそうな体を動かすいつもの5人。
「こらっ、さっさと動かんか!」
大声に押され、ため息混じりに小走りで教壇へ向かう。
「…あまり言いたくはないが、希望しないのならせめて良い成績を残してくれ。お前なんか、生物はそこまで悪くないじゃないか。数学もちゃんとやってくれよ」
「すみません…」
そう言いながら、彼は柔らかい苦笑いを浮かべていた。いつもの光景だ。僕はフッと息を吐き、次の授業の予習を始めた。
「おい、ちょっと」
近い声…本当は無視したいが、そうもいかない。
「はい、何ですか?」
「すまん、昨日バタバタしていて充電ができてなくてな。お前、モバイルバッテリー持ってるだろ?使わないだろうし、貸してくれないか」
使わないと決めつけるのはやめていただきたい。まぁ、災害でもない限り使わないが。
「わかりました、どうぞ」
「助かる。帰りの会で返すよ。ま、これであの凡ミスは帳消しな」
愛想笑いを浮かべる。はぁ、次回は気を付けよう。
「うわ、そんなんでポイント稼ぎかよ」
「さすが、クラストップはやることが違うねぇ」
ボソッとこぼした声と、クククとにじみ出る笑い声。あいつらはやることがないのか。聞くだけ無駄か。外は雪が積もり始めている。色のない世界はただ光を拒んで、弾いていた。
外に出ると、冷たい空気が鼻を刺す。この寒さが僕には丁度いい。僕を僕たらしめる、仕切り直しの時間だ。そしてこの時間に彼と言葉を交わすのも、もうルーティンの一部になっている。
「寒い中、ご苦労様。ビニールで花を覆っているのか」
「うん。僕らも寒いけど、この子たちも同じだから」
その言葉は柔らかく、優しさに満ちている。
「やっぱり、花が好きだから生物はマシなのか?」
「まぁ、そうだと思うよ。君は、やっぱりトップだった?」
「まぁね、でも凡ミスがあったから評価的にはよくないかな」
「あの人、『できる限りやれ』が口癖だもんね。僕も、やってはいるんだけど…」
忙しなく動かす手に目を向けつつ、表情には憂いが現れる。
「まぁ、気にするなよ。人には得手不得手がある。僕は、良い奴だと思ってるよ」
というか周りが殺伐としすぎてて、まともに話せるのは彼だけなんだ。
「ふふ、ありがとう。君に言ってもらえて僕は幸せ者だなぁ」
柔らかく、消えない憂いの色が光に照らされる。花壇の端までビニールを渡らせ、彼は手を止めた。
「あのね、僕、希望しようと思う」
ついにこぼれた。僕は一瞬わからなかった。でも、前からこうなる予感はしてた。じゃなければ、もっと取り乱していたかもしれない。
「…決めたのか」
「うん、もう良いかなって」
トーンは、口角は上がっても、腰は、顔は、変わらず低いままだ。
「…花は、どうするんだ」
「…この花壇ね、年末に壊して、畑にするんだって。じゃがいもとか植えて、非常時用の食料にするんだってさ」
彼は僕から顔をそらす。あぁ、つなぎとめるものがなくなるから、彼はいくのか。
「…そうか」
「…ごめんね、ありがとう、僕なんかと話してくれて」
「僕は何もしていないよ」
「いや、僕なんかと話す人、この学校でほとんど居ないよ。君は優しいね」
「違う、ただ興味本位で話しかけただけだ。お前の方がよほど優しいよ」
「…ハハッ、ありがとう。いい土産ができたよ」
そう言って、彼はようやく腰を上げ、かじかむ手を振り教室へ戻った。ビニールにも雪が積もり始めた中、僕は彼のさいごの笑顔が忘れられなかった。
ガラッ
「失礼します」
暖房が効いた暖かい部屋。期末テストも終わり、先生方も一息ついている。
「おう、どうした?」
「バッテリーを返していただいてなくて」
「あぁ悪い、忘れてた。はい」
「あと、これを提出しに来ました」
鞄からファイルに挟んでいた紙を取り出す。
「……お前、冗談だろ?」
「いえ、ここに記した通りです」
「いや、おかしいだろ!お前のような成績優秀者がこんなのを希望するなんて!冗談やめてくれよ」
「冗談ではありません。私は処分を希望します」
「なんだ?あれか?いじめられてるとかか?それなら俺に相談しろ、そんな非合理的な行為、すぐにやめさせる」
「いえ、希望しているんです」
無関心だった周りの教師も、異常に気付いてざわつき始める。先生はずっと取り乱したまま。僕は先生から目を離さない。
「…お前、それは…どうしたんだ?何か都合の悪いことがあるのか?なん、え…どうしてだ?」
「理由も、こちらに記した通りです」
そう聞いて、頭を抱えた。依然、信じられないらしい。いや、受け入れられないだけか。僕は、この程度の人間の下にいたんだな。というか、早く受け取ってほしい。
「…先生が認めてくださらないのであれば、別のやり方もあります。例えばこの制度と優生思想について」
「君」
かすれた声の方を見ると、いつも職員室の隅で事務作業をしている教頭先生。一応、笑みを浮かべている。
「そこまで言うのなら、受理しよう」
「教頭!しかし」
「いいんだ。希望に従う、それだけだ」
教頭先生の言葉には、苛立ちのような圧がこもっていた。先生はそれに負け、ため息を1つ吐いて渋々紙を受け取った。後は通知を待つだけだ。廊下に出て見えた景色に少し親近感を覚えた。僕は、解けなかった。
成績優秀者を処分 都内の高校で
都教育委員会は28日、特別処分推進法(※)によって高校生41人を処分したと公表した。その中に、旧帝大入りが有力視された成績優秀者も居たということが複数の関係者への取材でわかった。
その生徒は今月上旬に行われた期末テストでも学年5位の成績を収め、直近の模試も某旧帝大がA判定と、かなり優秀だった。教頭は取材に対し「希望に従ったまで」とコメント。成績について問うと「優秀な人材を失ってしまったという事実については、とても残念に思っております」と解答した。成績優秀者の予期せぬ処分に各界で議論が起こっている。
※特別処分推進法
20XX年4月に制定、10月に施行。貧困など困難を抱える者の救済、及び資源などの倹約を目的に、全国の自治体、高校、大学に設置された処分場で処分することを認めるもの。昨年は希望者を中心に477,119人を処分。未成年者は保護者の同意が必要になる。なお、記事中の生徒の処分希望理由は「生きる上で困難を抱えていると考えられるから」
カチカチカチカチ
パチパチパチパチ
機械音の許可を受け、タイピング音が周囲を押しのけるように主張し合う。寝不足でふらふらだった人も目をこじ開けて文字を打ち込む。鬼気迫っている。それも、無理もない話だ。なぜなら、本当に命の危機が迫りかねないからである。
ビーー ガラッ
「よし、みんな居るな。号令」
「起立、気をつけ、礼、着席」
ガチャガチャ
けたたましいブザーは授業開始の合図。それよりも前に僕らは席につき、先生はドアの前に立ち待っている。
「今日はテストを返す。今回の平均は78点だった。じゃあ、送るから」
みんな起動しておいたPCに目を向ける。送信されてきたデータを見て、ガッツポーズなり、ため息なりをもらす。
「最高点は97だ、あと、24より下だった者は後で用紙を取りにくるように」
…あぁ、符号ミスか。はぁ、これはまた小言を言われてしまうパターンだな。
「では授業を始める。157ページを開いて」
いつも通り静かに進む授業。淡々と響くタイピング音。外では初雪がただ降り続けていた。
「起立、気をつけ、礼」
「よし、じゃあ下位の者は来なさい」
ぞろぞろと、重たそうな体を動かすいつもの5人。
「こらっ、さっさと動かんか!」
大声に押され、ため息混じりに小走りで教壇へ向かう。
「…あまり言いたくはないが、希望しないのならせめて良い成績を残してくれ。お前なんか、生物はそこまで悪くないじゃないか。数学もちゃんとやってくれよ」
「すみません…」
そう言いながら、彼は柔らかい苦笑いを浮かべていた。いつもの光景だ。僕はフッと息を吐き、次の授業の予習を始めた。
「おい、ちょっと」
近い声…本当は無視したいが、そうもいかない。
「はい、何ですか?」
「すまん、昨日バタバタしていて充電ができてなくてな。お前、モバイルバッテリー持ってるだろ?使わないだろうし、貸してくれないか」
使わないと決めつけるのはやめていただきたい。まぁ、災害でもない限り使わないが。
「わかりました、どうぞ」
「助かる。帰りの会で返すよ。ま、これであの凡ミスは帳消しな」
愛想笑いを浮かべる。はぁ、次回は気を付けよう。
「うわ、そんなんでポイント稼ぎかよ」
「さすが、クラストップはやることが違うねぇ」
ボソッとこぼした声と、クククとにじみ出る笑い声。あいつらはやることがないのか。聞くだけ無駄か。外は雪が積もり始めている。色のない世界はただ光を拒んで、弾いていた。
外に出ると、冷たい空気が鼻を刺す。この寒さが僕には丁度いい。僕を僕たらしめる、仕切り直しの時間だ。そしてこの時間に彼と言葉を交わすのも、もうルーティンの一部になっている。
「寒い中、ご苦労様。ビニールで花を覆っているのか」
「うん。僕らも寒いけど、この子たちも同じだから」
その言葉は柔らかく、優しさに満ちている。
「やっぱり、花が好きだから生物はマシなのか?」
「まぁ、そうだと思うよ。君は、やっぱりトップだった?」
「まぁね、でも凡ミスがあったから評価的にはよくないかな」
「あの人、『できる限りやれ』が口癖だもんね。僕も、やってはいるんだけど…」
忙しなく動かす手に目を向けつつ、表情には憂いが現れる。
「まぁ、気にするなよ。人には得手不得手がある。僕は、良い奴だと思ってるよ」
というか周りが殺伐としすぎてて、まともに話せるのは彼だけなんだ。
「ふふ、ありがとう。君に言ってもらえて僕は幸せ者だなぁ」
柔らかく、消えない憂いの色が光に照らされる。花壇の端までビニールを渡らせ、彼は手を止めた。
「あのね、僕、希望しようと思う」
ついにこぼれた。僕は一瞬わからなかった。でも、前からこうなる予感はしてた。じゃなければ、もっと取り乱していたかもしれない。
「…決めたのか」
「うん、もう良いかなって」
トーンは、口角は上がっても、腰は、顔は、変わらず低いままだ。
「…花は、どうするんだ」
「…この花壇ね、年末に壊して、畑にするんだって。じゃがいもとか植えて、非常時用の食料にするんだってさ」
彼は僕から顔をそらす。あぁ、つなぎとめるものがなくなるから、彼はいくのか。
「…そうか」
「…ごめんね、ありがとう、僕なんかと話してくれて」
「僕は何もしていないよ」
「いや、僕なんかと話す人、この学校でほとんど居ないよ。君は優しいね」
「違う、ただ興味本位で話しかけただけだ。お前の方がよほど優しいよ」
「…ハハッ、ありがとう。いい土産ができたよ」
そう言って、彼はようやく腰を上げ、かじかむ手を振り教室へ戻った。ビニールにも雪が積もり始めた中、僕は彼のさいごの笑顔が忘れられなかった。
ガラッ
「失礼します」
暖房が効いた暖かい部屋。期末テストも終わり、先生方も一息ついている。
「おう、どうした?」
「バッテリーを返していただいてなくて」
「あぁ悪い、忘れてた。はい」
「あと、これを提出しに来ました」
鞄からファイルに挟んでいた紙を取り出す。
「……お前、冗談だろ?」
「いえ、ここに記した通りです」
「いや、おかしいだろ!お前のような成績優秀者がこんなのを希望するなんて!冗談やめてくれよ」
「冗談ではありません。私は処分を希望します」
「なんだ?あれか?いじめられてるとかか?それなら俺に相談しろ、そんな非合理的な行為、すぐにやめさせる」
「いえ、希望しているんです」
無関心だった周りの教師も、異常に気付いてざわつき始める。先生はずっと取り乱したまま。僕は先生から目を離さない。
「…お前、それは…どうしたんだ?何か都合の悪いことがあるのか?なん、え…どうしてだ?」
「理由も、こちらに記した通りです」
そう聞いて、頭を抱えた。依然、信じられないらしい。いや、受け入れられないだけか。僕は、この程度の人間の下にいたんだな。というか、早く受け取ってほしい。
「…先生が認めてくださらないのであれば、別のやり方もあります。例えばこの制度と優生思想について」
「君」
かすれた声の方を見ると、いつも職員室の隅で事務作業をしている教頭先生。一応、笑みを浮かべている。
「そこまで言うのなら、受理しよう」
「教頭!しかし」
「いいんだ。希望に従う、それだけだ」
教頭先生の言葉には、苛立ちのような圧がこもっていた。先生はそれに負け、ため息を1つ吐いて渋々紙を受け取った。後は通知を待つだけだ。廊下に出て見えた景色に少し親近感を覚えた。僕は、解けなかった。
成績優秀者を処分 都内の高校で
都教育委員会は28日、特別処分推進法(※)によって高校生41人を処分したと公表した。その中に、旧帝大入りが有力視された成績優秀者も居たということが複数の関係者への取材でわかった。
その生徒は今月上旬に行われた期末テストでも学年5位の成績を収め、直近の模試も某旧帝大がA判定と、かなり優秀だった。教頭は取材に対し「希望に従ったまで」とコメント。成績について問うと「優秀な人材を失ってしまったという事実については、とても残念に思っております」と解答した。成績優秀者の予期せぬ処分に各界で議論が起こっている。
※特別処分推進法
20XX年4月に制定、10月に施行。貧困など困難を抱える者の救済、及び資源などの倹約を目的に、全国の自治体、高校、大学に設置された処分場で処分することを認めるもの。昨年は希望者を中心に477,119人を処分。未成年者は保護者の同意が必要になる。なお、記事中の生徒の処分希望理由は「生きる上で困難を抱えていると考えられるから」
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