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番外編:クレセットとメリーナ
クレセットとメリーナ:4
しおりを挟む夕食はお部屋で、街の特産品を使用した郷土料理をいただいた。その中にちらし寿司に似た料理があって、また懐かしい気持ちになった。
街のそばで作られている白ワインも美味しかった。この街を選んで良かったとクレセット様とお話しして、明日はこの美術館と博物館に行こう、とパンフレットを見ながらお話しするのも楽しかった。
夜も更けてきて、二つあるバスルームで染めた髪の色を落とす。
栗色は前世の私の髪色と同じで、少し懐かしかった。今ではもう、水色の髪が見慣れてしまったけれど。
(黒髪も、クレセット様がされると神秘的だったわ)
元の世界で見慣れた色なのに、違う色のように見えた。湖水色の瞳だから余計にそう見えたのかもしれない。
(クレセット様なら、どんな色でもお美しいのでしょうね)
金や青や緑……想像して、似合わない色はあるのかしら? と首を傾げてしまった。
***
(そうだったわ……)
お屋敷では別々の部屋で、夕食後から朝までは顔を合わせない。
つまり……髪下ろしたクレセット様を、見たことがない。
「メリーナ?」
思わず顔を背けてしまう。すると、ソファに座るクレセット様が立ち上がられた音がした。
「すみません……少しだけ離れていてください……」
「っ……何故」
「髪が……」
「髪? 乾かし足りなかったか……」
「いえ、そうではなくて……」
まずそのせいだと考えるクレセット様のお気遣いは嬉しいけれど、申し訳ない。
説明したいのに、あの、その、としか声にならなくて。
「……そうか。髪を下ろすと、これほど意識してくれるのか」
私がドキドキしている間に、クレセット様は正解を導き出した。
「黒髪より、こちらの方がメリーナは好みだろうか」
「あの……黒髪のクレセット様も、ドキドキしました……神秘的でお美しいのですもの……」
「栗色の髪のメリーナも、美しくて可愛かったよ」
落とした視線の先に、つややかな銀糸が流れる。少し水気を含んだ髪が、私たちの結婚指輪のように目映く輝く。
「だがやはり私は、メリーナの生まれ持った色が愛しい」
クレセット様の指が、私の髪を摘んで、愛しいと示すように優しく撫でた。
「っ……私も……銀色の髪が……」
好きです。
そう言いたくて顔を上げたのに、髪を下ろしたクレセット様をすぐ目の前で見てしまう。
「何年経とうと、君は可愛いな……」
真っ赤に茹だった私を、クレセット様は壊れ物のように優しく抱きしめてくださる。
嫁いでから一年以上経っても、お忙しいクレセット様とはたくさんの時間を共有できていない。好きな気持ちを抑える方法も、まだ少しも分からない。
(時が経つほど、格好良くなるのだもの……)
私ばかりがドキドキしているようで……いえ、そうではないことは、先程知ったのだけれど。
しばらくして私たちは、ベッドの端と端に移動した。横になると無意識に向かい合わせになって、視線が重なる。
「……メリーナ、誤解しないでほしいのだが」
「はい……私も、背中を向けてもよろしいでしょうか……」
「ああ。私も……」
私たちは同じことを考えて、静かに背中を向けた。
「私たちが結婚して、もうすぐ二年か」
「ええ、そうですね」
「……帰ったら、同じベッドルームにしてもいいだろうか」
緊張したお声で、そう告げられる。
「君の寝室に、クローゼットがあるだろう?」
「はい……」
「今はあれで、扉を塞いでいる」
「扉、ですか?」
「その向こうは、夫婦の寝室だよ」
私の寝室とクレセット様の寝室は、隣同士。その間隔が、何となく広いとは思っていたけれど……
「私も君も、忙しい身だ。出来れば眠る時くらいは、そばにいたい」
「……私も、同じです。クレセット様のおそばにいたいです」
朝までの間に、クレセット様にお会いしたいと思うことは何度もあった。私が起きるより早くにお仕事に向かわれて、朝のご挨拶ができないことも何度も。
会えない時間が長いから、一緒にいられる時間がとても貴重だから、このご提案を嫌だなんて思うはずがない。
「ありがとう、メリーナ」
心から喜びを伝えてくださる、優しいお声。私からも想いを込めて、お礼を伝えた。
「ただ、すまない。外での任務の前日は、別にしてもいいだろうか。緊張で眠れないことが確定しているからね」
「もちろんです。クレセット様に危険のないことが一番大切ですもの」
危険なお仕事もされているのだから、集中を欠いては命取りになる。
「……週に一度から、慣れていきませんか?」
「……週に二度はどうだろうか」
「……そうですね。週に一度では、長い間かかってしまいますよね」
「……今回の旅行では、残り八日同じベッドになるのだが」
「旅行の間に、少しでも慣れればいいのですが……」
「私は、難しいかもしれない」
「私もです」
とても無理というお声を出すクレセット様に、小さく笑って同意した。
一緒にいたいのに、そばにいるとドキドキして胸が苦しい。クレセット様も同じ気持ちでいてくださることが嬉しかった。
最初の夫婦旅行は三日しか滞在できなかったけれど、今回は十日も滞在できる。
でもクレセット様は「新婚旅行なら最低一ヶ月だ」とおっしゃって、休暇の再申請をされていた。結局、受理されなかったのだけど。
「今回は十日で良かったかもしれませんね」
「そうだね。次は、二ヶ月の休暇を受理させるよ」
「ふふ、二ヶ月も旅行ができたら、素敵ですね」
クレセット様のお立場では引退されるまでは難しいのに、その日を想像してしまう。
「セドと兄と……両親が若いうちなら、現役復帰が……」
小さく呟かれたお声。クレセット様なら、本当に叶えてしまうのかもしれない。
周りの人たちに助けられて、今の私たちがある。そして、クレセット様が私を見つけてくださったから……愛してくださったから。その全てが、素敵な奇跡。
(……愛しています)
想いが込み上げて、胸が熱くなる。それなのに、クレセット様のように自然に伝えられるようになるには、私にはまだまだ時間がかかりそうだった。
-番外編:クレセットとメリーナ END-
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太真様
番外編もお読みいただきありがとうございます!
話数は少なめの予定ですが、更新していきますね!
turarin様
ご感想ありがとうございます!
私も芯の強い女性や凛々しい女性が好きで、楽しく書いておりました。
turarin様にも楽しんでいただけて嬉しいです!
番外編などはまだ考えていないのですが、書いてみたい気持ちはあります。機会がありましたら……。
お読みいただきありがとうございました!
由理実様
初めまして。ご感想とたくさんのお褒めのお言葉を、ありがとうございます!
伏線と回収は特に気をつけて組んでいた部分なので、そちらもお褒めいただけてとても嬉しいです。
多趣味ゆえの知識がお話作りに役立つとは、と私自信驚いたところですが、豆知識も含めてお楽しみいただけていたら幸いです。そして最後までお読みいただければ嬉しく思います。
実は長編はまだこちらのみで、後は短編にはなりますが、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
ご感想ありがとうございました!