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番外編:クレセットとメリーナ

クレセットとメリーナ:3

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「綺麗なお花ですね」

 白磁の花瓶に飾られた、白いカスミソウと赤い薔薇のブーケ。綺麗で、ちょこんとした小さな薔薇たちが可愛らしい。

「メリーナ。君が初めて屋敷を訪れた日のことを、覚えているだろうか」

 クレセット様はそうおっしゃって、私の髪をそっと撫でた。

「君を迎えた部屋に、青い薔薇を飾っていたのだが」
「ええ、覚えています。氷のような花瓶と青い薔薇が、とても神秘的で美しかったです」

 私の答えに、クレセット様は嬉しそうに目を細める。

「青い薔薇は、作ることは不可能だと言われていたそれを研究者が叶えたことから、奇跡や神の祝福……という意味があるそうだ」

 奇跡……この世界でも青い薔薇は、元々は存在しなかったのね……

「五本の薔薇にも、意味がある」

 そこで言葉を切り、少しひんやりした手のひらが、私の頬を包み込む。


「メリーナ。君に出逢えて、本当に良かった」
「っ……」
「君と夫婦になれたのは、奇跡だ。神は、私を見放していなかった」

 目の前で甘く微笑まれて、心臓がドッと鳴った。顔が熱い。それどころか、全身が熱い。

(クレセット様は、そんな想いを込めてくださっていたの……?)

 ただ美しいだけの花ではなかった。女心に疎いとおっしゃっていたのに、花言葉で私に想いを伝えてくださっていたなんて……

「偶然知った情報だった。いずれ王太子妃となる君に花を贈る日は訪れないと理解しながらも、調べずにはいられなかったよ」

 寂しげに微笑むお顔。あの頃のクレセット様は、いつもこんなお顔をされていたのだろうか。

「あの、私、何も知らなくて……」
「むしろ、知らないことを願っていた。私の重い愛に気付いて逃げ出してしまわないか、内心では不安だったからね」
「クレセット様、とても落ち着いていらしたのに……」
「表に出さないように必死だったよ」

 クレセット様は、今だから言えると少し恥ずかしそうに目元を緩めた。


 初めて自室に入った時に飾られていた薔薇は、七本。
 “密やかな恋”という意味があり、今まで言えなかった想いを込めて飾ってくださったそうだ。

 クレセット様がお仕事で不在の日に飾られていた薔薇は、九本。その意味は……“いつも一緒にいたい”

(クレセット様の想いは、いつも私のそばにあったのね……)

 私がカフスを贈ったように、クレセット様も、離れていても私を想ってくださっていた。
 愛しさが溢れて、クレセット様の服をぎゅっと握った。

「クレセット様。いつもそばにいてくださって、ありがとうございます。……愛しています」

 まだ恥ずかしくて小さな声になってしまう。それでも顔だけは上げて、クレセット様の瞳をまっすぐに見つめた。

「メリーナ……私も、君を愛している」

 驚いたように見開かれた瞳が、すぐに甘く細められる。優しく頬を撫でられて、暖かな唇が私の唇を塞いだ。


(キスだけでも、心臓が痛いのに……)

 唇が離れて、抱きしめられて、髪にも口づけられる。
 クレセット様はもう平気なようだけれど、私、同じベッドで眠れるかしら……いえ、眠れる気がしないのだから、クレセット様が眠られたらソファに移動すればいいのね。

「メリーナ。私は今日は、眠れそうにない」
「っ……」
「これでも、君の考えることが分かるようになったつもりだよ」

 私の頬を撫でて、にっこりと笑う。思わず顔を背けてしまったら、顎を掴まれて優しく顔を戻された。

「あ……あの……はい……ソファで眠るのは、やめます」

 クレセット様には、嘘も誤魔化しも利かない。おとなしくお約束すると、子供のように頭を撫でられる。

「安心してほしい。私も緊張している」
「えっ……」
「愛する人のそばにいるというのに、平静ではいられないよ」

 抱きしめられて、クレセット様の背に腕を回すと……触れた手のひらに、トクトクと速い鼓動が伝わってきた。

「ふふ、クレセット様も、私と同じなのですね」
「顔に出ないだけで、君より鼓動が速いかもしれないな」

 素直なお言葉をこぼすクレセット様が可愛いと思ってしまう。この一年で色々な表情を見せてくださるようになったことが、とても嬉しかった。


「君は私の最愛で、私の宝物だ。この一年の間に、密かに十一本の薔薇を何度も君の部屋に飾っている」
「っ……嬉しいです」

(とても、愛しいわ……)

 密かに飾ってくださったのも、今まで意味を教えてくださらなかったのも、先程話してくださった理由があるから。

「私のことを、重い男だと思うだろうか……」

 私が逃げてしまわないか不安だったからだなんて、愛しい以外にない。

「こんなにも愛してくださって、私は、とても嬉しいです」

 愛しい、好き、と、込み上げる想いを言葉にするのはまだ少し恥ずかしい。頑張って冷静な答えを返したら、クレセット様はとろけそうな笑顔を浮かべた。


「もうすぐ一年と同じ数を贈ることになるのだが、私がいつも言っていることだから、驚きはないかもしれないね」

 明るいお声になるクレセット様。こんなにも感情豊かなのに、今でもお仕事中や夜会の時は、冷酷だと噂されているのが不思議なくらい。

「まだ二本と四本で迷っていてね。その時は飾るのではなく、直接君に、言葉と共に贈ろうと思っている」

 初めて夫婦旅行をした時のように予告してくださるから、その日が楽しみになる。
 ……なるのだけれど。

「それがいつになるかは、内緒だよ」
「っ……」

 私の顔を覗き込んで、いたずらっぽく笑う。本当に私のことをよく分かるようになられて……
 赤くなった私の頬を撫でて、また「可愛い」と柔らかく微笑むものだから、たまらずにクレセット様の方にヘタリと倒れ込んでしまった。



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