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番外編:セドの兄と婚約者

セドの兄と婚約者

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 私は、ベッカー伯爵家の長女、リズベットです。
 今年で十六歳、成人を迎えました。
 のんびりしていると言われますけど、そうでもないのですよ?

「リズ、今日は……あの木の下にしよう」

 こちらはシュタイン侯爵家のご長男、リアム様。九つ年上の、私の婚約者です。
 筋肉隆々で背が高くて、端正なお顔立ちをされています。少し怖いお顔なのにとても過保護で、お庭に出るといつも、私を抱き上げて移動されます。


「リアム様。私は身体が弱いのではなく、体力がないだけなのですよ?」
「……どちらにしろ、心配だ」

 のんびりしているのは、リアム様のようなお方を言うのです。
 お仕事先の騎士団では凛々しくて厳しくて、暗く赤い髪は血のようだと噂されているそうです。でも、ぽかぽかおひさまの赤なのです。
 ……おひさまは、オレンジでしょうか……?
 私の髪はまっしろでふわふわで、リアム様と並ぶと消えそうだと、よく言われます。

「痛くないか? 冷たくないか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 ふかふかの布が敷かれた地面は、いつも座り心地がいいです。
 リアム様がこんなにもお優しいから、『シュタイン侯爵家嫡男の婚約者は病弱だ』などという噂が立つのですね。私、風邪をひいたこともありませんのに。


「もうすぐデビュタントか。……心配だ」

 心配……心配されているのですね……うーん……

「大丈夫ですよ。小さな子がいじめられていたら、お相手のご令嬢が悪者に見えるでしょう?」

 私は、十六歳にしては小柄という自覚はあります。

「心配事があるとすれば……リアム様との、身長差でしょうか。ちゃんとダンスらしくなるのでしょうか……? 人形劇のようになるのでは……?」

 私とリアム様の身長差は、三十五センチ。体格差もあって、端から見ると人形を抱えているように見えるのではないかしら……

「人形劇か……可愛いな」
「もうっ、私は真剣に悩んでいるのですよ?」
「怒っても可愛い」
「怒ってるのにっ」
「本当に怒っていないことくらい分かる」
「……本当に怒っていたら、どうするのですか?」

 高い位置にあるお顔を見上げると、すぐにお返事が返ってきました。


「まず怒らせたことに対する謝罪をし、次に原因となったこちらの言動は何かと尋ねる。その後、再発防止に努める」
「ふふっ、他のご令嬢だったら、ますます怒ってしまいますよ?」

 でもリアム様は、他のご令嬢と懇意になさることはないのです。たくさんの方々にお声をかけられているのに、「婚約者がいるので」と一蹴してしまうそうです。

 生まれる前から決まっていた婚約ですが、私たちは初めて対面した日からずっと、お互いだけを好きでい続けています。
 私たちは、私たちだけがいれば、それだけで幸せです。
 ……でも、そうもいかないのですよね。私たちは、貴族の家に生まれたのですから。


「……セドなら、どう答えるだろう」

 弟のセド様はいつも、リアム様には敵わないとおっしゃっているけれど、リアム様も同じです。尊敬し合うご兄弟でとても素晴らしいと常々思います。

「まず、怒らせないでしょうね」
「……そうだろうな」

 セド様なら、理由まで気付いて謝罪をされるのでしょう。そもそもご令嬢を怒らせるところが想像できません。
 器用で、気遣いができて、だからこそ引き際を理解して身を引いてしまう。
 いつかその器用さが発揮できないほどの恋が見つかればと、願っているのですが…… 

「私は、リアム様の不器用な優しさが好きですよ?」
「……器用な方がいいと思うが」
「そういうところが、好きなのです」

 嘘をつけなくて、ご機嫌取りもできなくて、ただただ純粋な愛情だけを惜しみなく与えてくださるリアム様だから、愛しているのです。

「俺も、リズを愛している」
「私もリアム様を、愛していますよ」

 幾度となく交わしてきた言葉は、私たちの想いを強くする。私たちは私たちだけがいれば幸せなのに、それでも、言葉にして確かめるとホッとするのですよね……


「……いい天気だな」
「そうですね」

 ぽかぽかのおひさまと、そよそよとそよぐ風。ついのんびりしてしまいます。

 お仕事ではテキパキしていて、直接戦うよりも知略を巡らせることが得意で、奇才と呼ばれているリアム様。
 ほとんどの方は、ご存知ないのでしょうね。普段は、こんなにのんびりさんだなんて。
 なので昔から、心配性で世話焼きのセド様と衝突することもないのです。


「……私、眠っていました?」
「……どうだろう。俺も、寝ていたかもしれない……」

 リアム様、今日はいつも以上にのんびりさんですね。

「せっかくのお天気ですから、お昼寝しましょうか」
「そうだな」

 リアム様は私をぬいぐるみのように抱きしめて、すぐに眠ってしまいました。最近は今までにも増して、お仕事が忙しいようです。
 私も、とても快適な背もたれと暖かな布団を手に入れました。眠らない手はありません。


 私たちは、いつもこうしてのんびりと過ごします。
 リアム様は、お仕事疲れを癒すために。私は、リアム様を癒やすために。
 ……暖かくて、私の方が癒やされてしまうのですけれど。





-番外編:セドの兄と婚約者 END-



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