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番外編:セドとサラ
セドとサラ:6
しおりを挟むセド様は私に配慮して、隣ではなく少し後ろを歩いてくれる。
本当は今すぐにでも駆け出したい。でも駆け出すわけにもいかず……この後の手合わせ、どうしよう。
「……あの、サラ嬢」
「セド様は、年上ですよね?」
「えっ、はい、そうです」
「私は二十二ですが」
「俺は、二十三です」
そこで沈黙が落ちる。
「……申し訳ありません。先程は、私のふてぶてしい態度のせいで不快な思いを……」
弟と誤解されたことを、そのように謝罪するのも失礼だろうか。
「私が、奥様のように可愛ければ……」
「サラ嬢は可愛いですよ?」
「……ありがとうございます」
セド様は、本当に女心をよく分かっている。本気で可愛いと言ったように聞こえた。
「嘘じゃありません。サラ嬢は、可愛いです」
「そこまで言っていただかなくても……」
「まだ出逢って一年ちょっとしか経ってませんけど、俺は知ってます。サラ嬢は、凜々しくて、かっこよくて、綺麗で、可愛いです」
「っ……あのっ……」
「本物の、婚約者になりませんか?」
私の前に回り込んだセド様が、うつむく私の顔を覗き込んだ。
(……今、何を……?)
真剣な顔。鋭く光る金の瞳が、美しい。
そんなセド様が、今、何を言ったのか……
「……すみません、もういっかい、やり直させてください……」
「……はい」
茫然とする私にセド様はそう言って、一度後ろを向いた。深呼吸するように肩が揺れて、振り向いたセド様はまた私の瞳をまっすぐに捉える。
「サラ嬢。俺は、暗殺者と戦うあなたの姿に、恋に落ちました。それからずっと、あなたのことが好きでした」
「…………最初の方が、良かったです」
「ですよねぇっ……」
暗殺者という単語がそもそも告白向きじゃないと思う。
セド様はその場にうずくまった。抱えた紙袋から見えるオレンジと、夕陽のように赤い髪が、とても美しいと思った。
「あ、返事はまだしないでください。今断られても、俺は諦めきれないです」
「……では、ひとつだけ。何故私なのですか?」
「理由はたくさんありますけど、人生を共にしたいと思えたのは、サラ嬢が初めてなんです」
座り込んだままで上を向いて、眉を下げて笑う。「かっこつかないな……」と呟く顔が……胸が苦しくなるほどに、愛しい。
「……今のが一番良かったです」
「えっ、そうですかっ?」
「セド様は、自然体が一番いいと思いますよ」
思ったことを言ったら、セド様は笑顔のまま固まってしまう。そしてじわじわとうつむいて、いきなりスッと立ち上がった。
「今更なので言いますけど、サラ嬢は、そうやって何度も俺を恋に落とし続けてるんです」
「……身に覚えがありません」
「ですよね。あなたも自然体が一番いいんですよ。……俺は、そんなあなたが好きなんです」
好き。
好き……?
私、を……?
まっすぐに見つめられて、ずっと混乱していた頭がやっとセド様の言葉を理解した途端に、ぶわっと顔が熱くなった。
「っ……」
「えっ、どこ行くんですかっ?」
「少し走ってきます。セド様はこちらでお待ちください」
「走るって……じゃあ俺も行きますっ」
「駄目です」
追ってくるセド様から、足早に逃げる。
……見られた。動揺が顔に出た瞬間も、赤くなった顔も、見られてしまった。それが、どうしようもなく恥ずかしい。
「サラッ!!」
身体が後ろに引かれたと思った瞬間、すぐ目の前を馬車が走り去った。
「サラ!! 大丈夫ですか!?」
「……はい」
助けてくださって、ありがとうございました。
……そう言うべきなのに。
セド様はかなり力が強い、とか……お腹にセド様の腕が、とか……抱きしめられていると意外と逞しいんだな、とか……そんなことばかりが頭の中を駆け巡る。
「サラ、歩けますか?」
私が呆然としているせいで、セド様は心配をして、私の顔を覗き込んでしまった。
「えっ……」
「だから、駄目だと……」
「すみません……」
顔どころか、全身が熱い。きっと先程より顔が赤くなっている。それに……
(絶対にだらしない顔になってる……)
心臓が痛いほどにドキドキして、私じゃないような顔をしているはず。
それでもセド様が私を抱きしめたままなのは、手を離せば座り込んでしまうと思っているからだ。……その通り、今の私は足に力が入らなくなっているけれど。
「……すみません、後で怒っていいです」
セド様はそう言って、私を抱き上げた。そして広場から離れ、人目のない場所まで運んでくれる。
こんなにも力強くて、行動力もある。何故今まで女性に相手にされなかったのか……その女性たちに、今はお礼を言いたい気持ちでいっぱいになってしまった。
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