上 下
22 / 29
番外編:セドとサラ

セドとサラ:5

しおりを挟む

 セド様がご婚約という噂は誤解だと、尋ねてもいないのに旦那様が教えてくださった。
 その日は侯爵家のほうのお仕事で、マイヤー家のご子息もお隣にいたそうだ。

(こんなに安堵するなんて……私、ヒロインのライバルみたいだ……)

 しばらくは、恋愛小説を読む気になれなさそうだ。



 その二日後、突然セド様が緊張した面持ちで伯爵家を訪れた。
 メイドたちが不敬な噂をしていたことをセド様にお詫びすると、誤解させて申し訳ないと逆に謝られてしまった。

「その……噂のせいで会うことを遠慮されたら悲しいので、誤解を解きにきました」

 まだどこか緊張した様子で、そう言った。誤解を解くためだけに、仕事の後でわざわざ訪ねてきてくださったのだ。

「セド様は、律儀なお方ですね」

 つい笑みがこぼれてしまう。友人関係でしかない私に対しても律儀で、誠実なお方だ。

「ですが、私と本の話しばかりしていては、婚期を逃してしまいますよ?」
「かまいません。サラ嬢と一緒にいるのが楽しいので、婚約はまだまだ先でいいです」

 冗談めかして言うと、セド様はそう被せてくる。でもすぐにハッとして、慌ててから、少し恥ずかしそうに笑った。
 ……こんな顔、こんな言葉、勘違いしてしまう。自然体で優しいのだから、私にだけ向けた言葉ではないのに。


「私もです。むしろ、一生結婚などしなくていいと思っています」

 奥様と旦那様の仲睦まじさに憧れるけれど、私には恋愛も結婚も向いていない。

「嫁ぎ先が相当心の広いお方でない限りは、セド様とこうして趣味のお話しや手合わせもできなくなりますから。それは困ります」

「そっ……そう、ですか」

 照れたように笑う顔が可愛いと……愛しいと、思ってしまう。


 少し前に、気付いていた。セド様に感じるこの温かな気持ちは、恋だと自覚した。
 そばにいると安心する。ありのままの私も、背伸びした私も、全てを受け入れてくれる。
 それは、神父様に感じる包容力と安心感とは違う。……あの方への想いも、確かに淡い恋だったけれど。

(セド様といると、落ち着くのに、落ち着かない……)

 それは恋だと、何百冊という恋愛小説が物語っている。それなのに、気付くまでに長い時間かかってしまった。

 いっそ気付かなければ、こんなに胸が痛くなることもなかったのに……



***



 翌月の約束の日も、明るい色の服を着て出かけた。
 待ち合わせ場所でセド様はまた動きを止めてから、「この前と雰囲気が違って、そちらも素敵です」と優しい笑顔を見せた。

 恒例になった書店巡りの後は、カフェで雑談をする。
 セド様のお勧めは多岐に渡っていて、各分野の分かりやすい本を選んでくれた。どれも興味深い内容で、勉強にもなった。
 騎士として有能なだけなく、知識も豊富で話していて楽しい。人間的に素晴らしくて、頼り甲斐もある。

(そんな人が、ずっと独り身なはずがない……)

 恋だと自覚してから、私らしくもなく消極的な考えが増えた。
 でも、私はセド様と恋人になりたいとは考えていない。セド様も困るだろうし、身分も違う。こうして友人でいられるだけで、充分だ。


 カフェから出ると、もう夕方だった。この後はいつもお屋敷に戻って手合わせをする。今日もそのつもりで馬車に向かった。

「セド様、すみません。少し寄り道をしてもよろしいですか?」
「もちろんです。あ、珍しい果物が出てますね」

 広場に並ぶ店に、滅多に出ない南方の果物が並んでいた。
 奥様付きのメイドたちにも買って行こうと、少し多めに購入する。するとセド様は当然のように、店員から荷物を受け取った。

「あら、優しい弟さんね」

 微笑ましく見つめる店員に、悪気はない。でも、どうしようもなく胸がムカムカした。
 ……だから、おかしなことを言ってしまったのだ。

「年上の、婚約者です」
「あら~っ、あらあら、ごめんなさいね?」

 店員はにこにこしながら、セド様の持つ紙袋にオレンジを三つ追加した。

「お幸せにね~」
「……はい」

 にこにこしながら見送られて、冷静になった私は……セド様の方を向けずに、冷や汗を我慢するのに必死だった。



しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。