上 下
20 / 29
番外編:セドとサラ

セドとサラ:3

しおりを挟む

 数日後、私はとある屋敷を訪ねた。

「突然すみません、リア姉上」
「サラ~! いいのよ、いつでも来てちょうだい」

 嫁ぎ先に押しかけたのに、華やかな笑顔で迎えてくれた。
 次女のリア姉上は、マクガヴァン子爵家で唯一剣を持たずに育った。その理由は、「かっこいい姉と妹がいるのに、私が持つ必要ないじゃない?」だそうだ。
 そんなリア姉上と私の名前が短いのは、両親いわく、兄とマヤノラン姉上の名前が長いからだという。


「それで、どうしたの?」
「……外出用の服を、お借りしたくて」

 パァッと姉の顔が輝く。でも理由は聞かずに、クローゼットを開けた。

「サイズは私と同じよね? マヤ姉様じゃなく私を訪ねてきてくれたなら、明るい色の服がいいのよね?」
「はい……」
「買い物のアドバイスじゃないなら、それを着るのは一度きりになるかもしれないのね?」
「はい」

 全て見透かされている。リア姉上は昔から、何も言わなくても私のことを分かってくれた。


 普段の外出では、高位の貴族令嬢も夜会のようなドレスは着ない。裾は引きずらず、スカートの膨らみも少ない。それなら私でも着られるかもしれないと思った。
 ……でも、姉が私に当ててみた服は。

「ほら、可愛い!」
「……姉上。もう少しフリルと装飾と布量の少ない服はありませんか?」
「一度きりかもしれないなら、とびきり可愛い姿を見せたいじゃない?」
「同行者は、いつもの私に合わせた服装をしてくださるので……」

 先日見かけた令息は、一目で貴族だと分かる格好をしていた。私と会う時にシンプルな服なのは、きっと私に合わせてくれているからだ。

「可愛いのに残念ね……。じゃあ、これかしら」
「もう少し落ち着いた色を……」
「じゃあ、これは?」
「装飾が……」

 どれもリア姉上に似合うけれど、私には可愛すぎる。


「これ以上地味なのはないわよ……」

 クローゼットの中身が空になりそうな頃、姉上は頬に手を当てて溜め息をついた。

「すみません……」
「サラの気持ちも分かるわ。でも……そうね、このふたつのどちらかにしましょう?」

 服の山から、二着を取り出した。
 どちらもシルエットは私の普段着に似ている。でも、どちらも胸元にはレースのリボンとブローチ。腰には服と同じ生地のリボン。私には可愛すぎる……けれど……

「……こちらにします」

 春の花々のような、綺麗な黄色。
 黄色やオレンジの服も似合いそうだと、令息は言った。その言葉を信じてみたい。



***



 令息と出かける日の朝、畏れ多くも、奥様が私の髪とお化粧をしてくださった。

(こんなに可愛い服を着てるのに、不格好に見えない……)

 髪を下ろして、横髪を宝石の付いたバレッタで留めている。いつも通りの薄化粧に見えるのに、まるで私じゃないみたいで……奥様のお化粧は、本当に魔法みたいだ。



「……お待たせしました」
「いえ。令嬢、今日もよろし、く……」

 待ち合わせ場所の街の広場で、令息はいつもの挨拶をしようとして、動きを止める。この反応、いつかもあったような気がする。
 でもすぐにハッとした様子で動き出した。

「やっぱり令嬢は、明るい色の服も似合いますよ」

 優しい笑顔で、そう言う。まるで、愛しい者を前にしたように。
 ……でも、勘違いしてはいけない。彼はただ優しいだけで、女性に対する礼儀がなっているだけ。同じ言葉をかけた女性など、きっと数え切れないほどいる。

「ありがとうございます」

 大丈夫。私は、わきまえているから。勘違いなどしない。

(でも……黄色も似合うという令息の言葉を、信じて良かった)

 今の言葉で、笑顔で、うつむきそうだった顔をしっかりと上げられる。私には可愛すぎる服でも、私らしくいられる。


「夜会の時に言いそびれてしまったんですが、綺麗な髪ですね」
「……ありがとうございます」
「……俺、令嬢の髪色、好きですよ」
「……ありがとうございます」

 予想外に褒められて、同じ言葉しか返せない。こんな時に奥様なら、頬を染めて可愛らしく笑顔を返すのだろう。

(心臓が痛い……)

 令息が突然褒めるから。
 そこで、ふと視線を向けた先。ショーウィンドウに映った自分から、目をそらす。
 彼とほぼ同じ身長。道行く女性たちに比べてしっかりとした体格。吊り気味の目。意識していないと、笑顔も消えてしまう。

(服だけ変えても、可愛い女にはなれなかったな……)

 勘違いなんて、するはずがない。彼が好む女性は、私のように無愛想で無骨な女ではなく……マイヤー令嬢のような、内外共に可愛い女性なのだから。

(まだお付き合いはされてないみたいだけど……)

 令息は真面目な人だ。慕うお方ができたなら、これからは二人で会うのは控えたいと伝えてくれるはず。


「……あの、今更なんですが」
「何でしょう?」
「令息、というのも他人行儀なので、セドと呼んで貰えませんか?」
「……それもそうですね。セド令息」
「えっ、いえ、セドでいいです」
「では、セド様で」
「セドで……」

 そう言い合って、同時に小さく笑った。

「初対面の時と逆ですね」

 あの時は、私の方が押す側だった。つい最近のようで随分昔にも感じる。

「では俺も、サラ嬢と呼んでもいいですか?」
「はい。……今更ですから、何となく恥ずかしいですね」
「ですね」

 少し頬を赤くして笑う顔を、可愛いと思ってしまう。男性に対して失礼だと分かっていても、これも令息の……セド様の魅力だ。

(きっといつか、それに気付く人が現れる……)

 その日まで、友人としてそばにいられれば、またこうして出かけられれば、それだけで私は……



しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。