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番外編:セドとサラ
セドとサラ:3
しおりを挟む数日後、私はとある屋敷を訪ねた。
「突然すみません、リア姉上」
「サラ~! いいのよ、いつでも来てちょうだい」
嫁ぎ先に押しかけたのに、華やかな笑顔で迎えてくれた。
次女のリア姉上は、マクガヴァン子爵家で唯一剣を持たずに育った。その理由は、「かっこいい姉と妹がいるのに、私が持つ必要ないじゃない?」だそうだ。
そんなリア姉上と私の名前が短いのは、両親いわく、兄とマヤノラン姉上の名前が長いからだという。
「それで、どうしたの?」
「……外出用の服を、お借りしたくて」
パァッと姉の顔が輝く。でも理由は聞かずに、クローゼットを開けた。
「サイズは私と同じよね? マヤ姉様じゃなく私を訪ねてきてくれたなら、明るい色の服がいいのよね?」
「はい……」
「買い物のアドバイスじゃないなら、それを着るのは一度きりになるかもしれないのね?」
「はい」
全て見透かされている。リア姉上は昔から、何も言わなくても私のことを分かってくれた。
普段の外出では、高位の貴族令嬢も夜会のようなドレスは着ない。裾は引きずらず、スカートの膨らみも少ない。それなら私でも着られるかもしれないと思った。
……でも、姉が私に当ててみた服は。
「ほら、可愛い!」
「……姉上。もう少しフリルと装飾と布量の少ない服はありませんか?」
「一度きりかもしれないなら、とびきり可愛い姿を見せたいじゃない?」
「同行者は、いつもの私に合わせた服装をしてくださるので……」
先日見かけた令息は、一目で貴族だと分かる格好をしていた。私と会う時にシンプルな服なのは、きっと私に合わせてくれているからだ。
「可愛いのに残念ね……。じゃあ、これかしら」
「もう少し落ち着いた色を……」
「じゃあ、これは?」
「装飾が……」
どれもリア姉上に似合うけれど、私には可愛すぎる。
「これ以上地味なのはないわよ……」
クローゼットの中身が空になりそうな頃、姉上は頬に手を当てて溜め息をついた。
「すみません……」
「サラの気持ちも分かるわ。でも……そうね、このふたつのどちらかにしましょう?」
服の山から、二着を取り出した。
どちらもシルエットは私の普段着に似ている。でも、どちらも胸元にはレースのリボンとブローチ。腰には服と同じ生地のリボン。私には可愛すぎる……けれど……
「……こちらにします」
春の花々のような、綺麗な黄色。
黄色やオレンジの服も似合いそうだと、令息は言った。その言葉を信じてみたい。
***
令息と出かける日の朝、畏れ多くも、奥様が私の髪とお化粧をしてくださった。
(こんなに可愛い服を着てるのに、不格好に見えない……)
髪を下ろして、横髪を宝石の付いたバレッタで留めている。いつも通りの薄化粧に見えるのに、まるで私じゃないみたいで……奥様のお化粧は、本当に魔法みたいだ。
「……お待たせしました」
「いえ。令嬢、今日もよろし、く……」
待ち合わせ場所の街の広場で、令息はいつもの挨拶をしようとして、動きを止める。この反応、いつかもあったような気がする。
でもすぐにハッとした様子で動き出した。
「やっぱり令嬢は、明るい色の服も似合いますよ」
優しい笑顔で、そう言う。まるで、愛しい者を前にしたように。
……でも、勘違いしてはいけない。彼はただ優しいだけで、女性に対する礼儀がなっているだけ。同じ言葉をかけた女性など、きっと数え切れないほどいる。
「ありがとうございます」
大丈夫。私は、わきまえているから。勘違いなどしない。
(でも……黄色も似合うという令息の言葉を、信じて良かった)
今の言葉で、笑顔で、うつむきそうだった顔をしっかりと上げられる。私には可愛すぎる服でも、私らしくいられる。
「夜会の時に言いそびれてしまったんですが、綺麗な髪ですね」
「……ありがとうございます」
「……俺、令嬢の髪色、好きですよ」
「……ありがとうございます」
予想外に褒められて、同じ言葉しか返せない。こんな時に奥様なら、頬を染めて可愛らしく笑顔を返すのだろう。
(心臓が痛い……)
令息が突然褒めるから。
そこで、ふと視線を向けた先。ショーウィンドウに映った自分から、目をそらす。
彼とほぼ同じ身長。道行く女性たちに比べてしっかりとした体格。吊り気味の目。意識していないと、笑顔も消えてしまう。
(服だけ変えても、可愛い女にはなれなかったな……)
勘違いなんて、するはずがない。彼が好む女性は、私のように無愛想で無骨な女ではなく……マイヤー令嬢のような、内外共に可愛い女性なのだから。
(まだお付き合いはされてないみたいだけど……)
令息は真面目な人だ。慕うお方ができたなら、これからは二人で会うのは控えたいと伝えてくれるはず。
「……あの、今更なんですが」
「何でしょう?」
「令息、というのも他人行儀なので、セドと呼んで貰えませんか?」
「……それもそうですね。セド令息」
「えっ、いえ、セドでいいです」
「では、セド様で」
「セドで……」
そう言い合って、同時に小さく笑った。
「初対面の時と逆ですね」
あの時は、私の方が押す側だった。つい最近のようで随分昔にも感じる。
「では俺も、サラ嬢と呼んでもいいですか?」
「はい。……今更ですから、何となく恥ずかしいですね」
「ですね」
少し頬を赤くして笑う顔を、可愛いと思ってしまう。男性に対して失礼だと分かっていても、これも令息の……セド様の魅力だ。
(きっといつか、それに気付く人が現れる……)
その日まで、友人としてそばにいられれば、またこうして出かけられれば、それだけで私は……
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