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番外編:セドとサラ

セドとサラ:2

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 出先で時間を取られてしまい、慌てて応接間へと向かった。

「お待たせして申し訳ありませんっ……」

 約束した時間から、もう一時間も過ぎている。それなのに令息は、笑顔で迎えてくれた。
 それからすぐに冷たい飲み物が運ばれてくる。きっと仕事終わりの私を気遣って、頼んでくれていたのだ。

(気遣いが恋愛小説の王子様……)

 それを自然にするものだから、格好良いと思う。令息から好意を向けられながらその兄君と比べ、弟のようだと突き放してきた女性たちは、この格好良さに気付かなかったのだろうか。

 いくら兄君が侯爵家の後継者で、端正な顔立ちで長身だといっても、今目の前にいるこの令息が未だに独り身ということには納得がいかない。

(顔立ちもいいのに……)

 ついジッと見つめていると、優しく微笑まれた。本当にこれで何故独り身なのだろう。


 私がひと息ついたタイミングで、令息は本の入った袋を差し出す。毎回添えられているお礼は、今日は茶葉だった。

「渋みがしっかりしてるので、つい夜更かししてしまった朝にオススメですよ」
「ありがとうございます。早速明日の朝いただきます」
「夜更かしする予定なんですね」

 明るく笑うから、すんなりと受け取れてしまう。プレゼントを重荷と思う私が、令息からのお礼はいつもただ嬉しいと思える。

(不思議な人……)

 明るいオレンジ色の缶を撫で、本と一緒にそっとテーブルに置いた。


 今回も令息は、素直で優しく、傷つきながらも懸命に頑張るヒロインの本を面白かったと言った。
 感想が終わる頃に、令息はふと瞳を伏せる。

「あくまで俺個人の感想ですが……ヒロインの幼馴染に感情移入しすぎて、彼が主役の続編が欲しいです……」

 力なくこぼれた声に、本選びを誤ってしまったのだと気付く。この本のヒーローも、逞しくて端正な顔立ちで、公爵家の嫡男だ。

(でも、タイミングが良かった)

 私は側に置いた袋から、スッと本を取り出した。次に令息にお渡ししようと思っていた本だ。

「実は、あるのです……つい先日発売されました。件の彼が主人公の、続編です」
「えっ、出てたんですねっ」
「彼に報われて欲しいと、多数の声が寄せられたそうです」
「ですよね。同じ感想の人、いますよね」

 ウンウンと令息は嬉しそうに頷く。
 当て馬役の彼は、長年の恋心を押し殺してヒロインの幸せをただただ願い、相談役に徹し、時にヒーローを焚きつけ、彼女の結婚式を見届けた後で静かに姿を消す。

 続編はその一年後。運命の相手と出会い、擦れ違いや数々の困難を乗り越え、しっかりとハッピーエンドになる物語だ。


「絵に描いたようないい人の彼に報われて欲しいと、私も思っていました」

 それは、無意識に令息の姿を重ねていたのだろうか。
 恋した相手が他の誰かと幸せになる姿を何度も見送ってきた、この心優しい令息に幸せになって欲しいと……

(彼ならきっと、運命の人に出逢えるはず)

 奥様と旦那様のような、互いを想い、愛する、仲睦まじい夫婦になれる……そんな相手と。



***



 感想を語った後は、すっかり恒例になった剣の手合わせをした。

「あー……やっぱ、令嬢は強いです。さすがマクガヴァンの獅子……」

 まだ勝てないと苦笑しながらも、清々しい顔で水を呷る。

「……今更ですが、それは、兄から聞いたのですか?」
「はい。何年か前にたまたま酒場でお会いした時に、マクガヴァン家には獅子がいる、と」
「兄上……」

 兄はお酒には強いけれど……その場の雰囲気で、皆に言って回ったのでは。

「えっ、あの、理由は分からないですけど、俺にだけ教えてくれたんです」
「そうですか。だとしても、初対面のお方に、妹を獅子と紹介するなど……」

 思わず低い声が出てしまう。

「……あの、令嬢が怒るのは、ただの照れ隠しだと団長が……」
「違います」
「っ……今まで申し訳ありませんでした……」

 顔を青くして頭を下げる。
 令息はきっと『マクガヴァンの獅子』を単純に格好良いと思い、口にしていたのだろう。悪意もからかう様子も、令息からは全く感じられなかった。

「いえ。理由を伝えなかった私のせいです」

 令息は悪くない。兄には、次に会った時に何かしらの制裁を加えさせて貰おう。


「兄が言うには、母はマクガヴァンの太陽、一番目の姉は金剛石、二番目の姉は薔薇だそうです」

 それなのに、私は、獅子。
 女らしくないから気に入らないわけではない。私も獅子は強くて格好良いと思う。でも……

「この髪色と、戦う姿が似ているそうです」
「え……? 俺は、マクガヴァン家で一番強くて、誇り高いからだと聞いてますけど……」
「……兄が、そう言ったのですか?」
「はい。守ると決めた人を、何があろうと必ず守り抜く信念と強さがあると」

 そんな話、聞いていない。
 兄はいつものように快活に笑いながら、私の頭を撫でて、「サラはマクガヴァンの獅子だな。戦う姿と髪色が似てる」としか……
 数年おきの真実に、怒っていいのか嬉しいと思っていいのか分からなくなる。

「仲がいいからこそ、団長も照れくさかったのかもしれませんね」

 感情が溢れて、どんな顔をしているか不安でうつむいた私に、令息はいつものように優しい声をかけてくれた。



***



 それから一ヶ月が過ぎた。
 街で買い出しをしていると、見慣れた赤い髪が……

(シュタイン令息?)

 隣にいるのは、同じ年頃の女性。確かあれは、マイヤー伯爵家のご令嬢だ。
 マイヤー家はつい最近、シュタイン家と事業提携をすると発表した。それで一緒にいるのだろうか。家の用事か何かで。

(……デートかもしれない)

 二人とも、楽しそうに笑っている。
 ご令嬢は華奢で優しい顔立ちで笑顔が可愛くて、社交界で見かけた時にはいつも友人に囲まれている。若葉色の長い髪と、ふわふわした白い服がとてもよく似合う。まるで、恋愛小説のヒロインのような……

(……帰ろう)

 必要なものは買った。早く帰って、奥様と旦那様の仲睦まじい姿に癒やされよう。そうすればきっと、この不必要な感情は消えるはずだから。



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