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しおりを挟む「弁明の約束を忘れるなど……」
夕食後にバルコニーでお話していると、クレセット様は突然頭を抱えた。
「すまない、メリーナ。今から弁明させて貰えないだろうか」
「ええ、お願いします」
別荘でプロポーズされた時のように慌てるクレセット様が、今はとても可愛く見える。
目の前でサラリと揺れる銀の髪に触れると、その手を取られて手の甲に口付けられた。
王女殿下とご結婚という新聞記事には、いくつもの目的があったそうだ。
王女殿下が計画のために何度もクレセット様と接触するには、恋心という手段が一番の隠れみのになるから。
そして、クレセット様が本当に私と想い合っているか、私がクレセット様の邪魔にならない人間かを、確かめるため。
お母様がその記事をリリアと公爵に見せることで、私に手を出すことを一時的に止めるという目的もあったという。
お母様は、もう公爵とリリアを止められないと判断した。
今まで隠してきたことを決死の覚悟で伯父様に相談して、そこで伯父様が王女殿下と引き合わせた。
伯父様を取り込んだのもまた、王女殿下の計画のうちだったそうだ。
伯父様は手段を選ばないところがあるけど、国を想うからこそ権力を欲したという。
「……全て、王女殿下とマヤノランさんの計画通りだったのですね」
「ああ。私すら計画に含めるとは、末恐ろしい王女だよ」
クレセット様は肩を竦めた。
(そんな素晴らしいお方の補佐役なんて……)
前世の私はただの社会人で、政治なんて関わりもなかった。
王太子妃教育はかじった程度で、それがどこまで通用するだろう。
ふと思う。
記憶が蘇った時には前世の私だったけど、今は口調も考え方も自然とこの世界に生きるメリーナになっている。
ずっとこの世界の知識を蓄えてきたメリーナは……私は、自分で思っているよりお役に立てる知識があるのかもしれない。
(お義母様とシュタイン夫人からも、授業を受けたもの)
王太子殿下たちを見返したくて必死で、粗探しをされないように完璧に仕上げたつもりだ。
復讐を終えた今の私の、次の目標は……。
(クレセット様のお隣に立って、クレセット様と共に生きていく)
弱気になってはいけない。できないなら、できるようにならなければ。
「メリーナ。……誰のことを」
「クレセット様のことを考えていました」
今日はたくさん嫉妬してくださる。される側になるなんて、二つの人生でクレセット様が初めて。
「ラーナ伯爵夫人としてお仕事をするので、もっと内外ともに努力しなければと思っていました」
自分がなりたい自分になれた。
でもクレセット様のお隣に立つには、まだまだ足りない。
「……これ以上どこを」
怪訝なお顔で私を見るクレセット様に、既視感を覚える。初めてお会いした日に、私の外見が気にならないとおっしゃった時だ。
「メリーナ、すまない。私には君の改善すべきところが分からない……」
「ありがとうございます。クレセット様が私の全てを受け入れてくださるから、私はまた安心して頑張れます」
愛する人に嫌われないことが、何よりの勇気になる。
それなら良かった。そう、安堵したように優しく微笑むクレセット様は、目標にするには畏れ多いほどに神々しく輝いていた。
***
後日。
元王太子殿下とリリアは身分を剥奪され、流刑に処された。
リリアは最後まで周囲への恨みを叫び、元王太子殿下は力なくうつむいたままだったという。
お母様は公爵と離縁し、ご実家の伯爵家の戸籍に戻された。
でもご実家には戻らず、今はおばあ様と一緒に、……クレセット様のお屋敷の離れに保護されている。
クレセット様は、私を守ってくれた人たちだから当然だとおっしゃってくださった。
私が初めておばあ様と対面した時も、今までの感情が溢れて涙が止まらなかった時も、ずっとそばにいてくださった。
私はたくさんのものを与えられている。
それなのに、私は……。
「私、クレセット様のお仕事も奪ってしまったのですね……」
王女殿下のメイクを終え、ご公務に向かわれた後の部屋でメイク道具を片付けている今も、クレセット様は私のそばにいてくださる。
「気にすることはない。本来、半分は騎士団の仕事だ。国の未来を考えるなら、私だけが管理すべき量ではなかった。セドの兄と話し合い、その結果に落ち着いただけだよ」
クレセット様は優しくおっしゃった。
「私の仕事は、部下とマクガヴァンの長男が代理をしているが、私も一年後には戻るよ。部下には新婚旅行に出たと思えと伝えている」
「でしたら、よいのですが……。ふふ、長い新婚旅行ですね」
ついそう言ってから、ふと気付く。
新婚旅行……?
「メリーナ。私たちはまだ、新婚旅行をしていないね」
「そうでした……」
「その前の結婚式は、一年後の気候のいい時期に教会と披露宴会場を予約したよ」
「予約してくださったのですねっ……」
「披露宴は王城の広間を借りた」
「えっ……」
「申請すれば借りられる場所だよ」
「ですが、そこまで……」
「屋敷に他人を入れたくない。それに、招待客が入りきれないだろうからね」
そんな人数っ?
あまりの衝撃に頭がクラクラする。
「君との結婚式は、盛大に行いたいのだが……」
駄目だったかと、シュンと肩を落とす。
眉も下がり、これは……捨て犬のよう。
(クレセット様があまりに可愛らしいなんて……)
そんなの、断れるわけがない。
「私のために、ありがとうございます」
クレセット様は私を想ってくださってのこと。それに、たくさんの方に夫婦なのだと見て知って貰えるのは嬉しい。
「ありがとう、メリーナ。ドレスはまた一緒に考えよう。場内の装飾や料理も君の好きなものを……」
そう語るクレセット様の、笑顔の輝きが増して眩しい。
「新婚旅行は、どこに行こうか」
甘くとろけるような笑顔を向けられ、頬を撫でられて……。私は久しぶりに心臓がドッとなる感覚に、ヘナヘナと崩れ落ちた。
クレセット様の新たな一面は、まだ私には刺激が強いようだ。
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