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「ラーナ伯爵夫人。どうか、私の補佐役となっていただけないでしょうか」

(補佐役……?)

 予想もしていなかったお言葉に、私はお答えもできずに殿下を見つめる。

「私はこれから、やらねばならないことが山積みです。無事に王位継承者となれば、妃の立場にあたる者が必要です」

 それが補佐役。
 でも何故、私に……。

「公爵夫人から、あなたが王太子妃教育を受けていると聞きました」
「っ……」
「あなたが王太子妃となっても苦労しないように、先代公爵夫人と秘密裏に計画していたそうです」
「お母様とおばあ様が……」

 そんなに昔から、私のことを想ってくださっていた。胸が熱くなり、込み上げる感情を抑えようと視線を伏せる。


「私はなにも、女性優位の国を作ろうとしているわけではありません」

 殿下は柔らかな微笑みを浮かべた。

「政治、投資、運営、騎士もそのひとつ。興味と才能のある者を、性別のみを理由に排除する体制を変えたいのです」

 それは、とても素晴らしいこと。
 女性がやりたいことを我慢せずにいられる国。
 そして才能のある女性が登用されれば、この国はより豊かになる。
 クレセット様のような素晴らしいお方がいても、女性だからと埋もれている可能性があるということだから。

「昨夜、皆が憧れの眼差しであなたを見つめていました。今の我が国、思想の中で人々を納得させるには、私の補佐役は、あなたしかいないと確信しました」

 殿下は私に……殿下の進む道の、旗印になれと、そうおっしゃられているのだ。


「恐れながら、私にそのような大役はとても務まりません。伯爵家に嫁ぐまで、人前に出ることすら……」
「夫人は、この国は今のままでいいとお考えですか? あなたは身をもってこの国の思想の歪さを感じたのでは?」

 それは……そうだけれど。 

「……見た目が美しいことで自信を得られる方々を、否定するつもりはありません」

 それは女性も男性も同じ。
 憧れられて、褒められて、嬉しくなる。力になる。それは良いこと。

「ですが、それを理由に、他者を罵り傷つける思想は……」
「あなたは、理想の外見を手に入れて、それで終わりですか?」

 まるで王女殿下は、私の心を読んでいるかのよう。
 私を馬鹿にしてきた人たちを見返すことができて、これから何をすればいいか分からなくなった私の心を。

(私のような人を、救うようにとおっしゃられているのね……)


「一年」

 悩む間もなく、殿下は言葉を重ねる。

「今この時から一年で、性別で排除されず、外見で軽視されない国の基盤を作ります」

 まだ基盤ができていない。
 いつか、誰かが、……それを、王女殿下がなさろうとされている。
 まだ王位も譲られないうちから、たった十五歳の子が。

「一年だけ、私に夫人の時間をいただけないでしょうか」

 私は、頷くべきだ。
 でも、私にそのような大役が務まるだろうか。


「このドレスとお化粧、似合っていないでしょう?」

 殿下は突然そうおっしゃって、眉を下げた。

(近くで拝見すると、似合っている……とは言えないわ……)

 メイクで気の強そうな顔に仕上げているけど、王女殿下は元々は優しいお顔立ちをされている。

 目尻側を跳ね上げて描いた太めのアイラインと重ねたマスカラを落とせば、幅広二重で垂れ気味の、大きな瞳だ。
 唇はぷっくりとして愛らしく、きっと淡いピンクのクリアグロスだけで充分。
 厚塗りしたファンデーションもいらない。下地とコンシーラーで少しだけ整えて、お粉をはたくだけで綺麗だ。

「夫人には、私の本当の姿が見えたようですね」
「申し訳ございません……」

 ついジッと見つめてしまい、不敬だったと頭を下げる。


「私は夫人のように、自分に似合うお化粧で、国母に相応しい威厳を出したいのです」

 ……今のお歳で威厳を出すなら、眉は瞼に近付けてパウダーでふんわりさせつつ少し太めに描いて、眉尻はシャープに。眉頭から鼻筋にシャドウで不自然にならない陰影をつけて……。

「私の顔は、夫人のお力でどうにかできるでしょうか?」
「……お化粧では、お役に立てることもあるかと……」

 王女殿下へのタッチアップ、そして専属メイク……今の一言で、私は後戻りできなくなったことに気付いた。


「私の賢くて美しい姉は、他国の賢い公爵の目にとまり、嫁いで行きました」

 殿下はそっと扇子を撫でる。

「私はこの国に留まるために、誰からも望まれぬ女を演じて時期を待っていたのです。……ですがそれも、今日で終わるのですね」

 安堵して肩の力を抜かれた殿下は、とても安らかな、年相応の優しいお顔をされていた。

「伯爵夫人。気負うことはありません。まずは私のお化粧とドレス選びをお願いしたいのです」
「…………王女殿下。慎んでお受けいたします」

 それなら私でもお役に立てるはず。私の答えに、殿下はとても可愛らしい笑顔を浮かべられた。




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