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「……陛下は、王女殿下のお子でも王子ならば、継承権第一位になるという法改正を考えていらっしゃるのではと」

 他に二人まだ幼い王女殿下がいらっしゃるのだから、それなら可能性は高い。

「そのために、内外ともに完璧なクレセット様を欲したのではと、考えていました」

 その話を提案されたら、第二王女殿下は食いつくだろう。クレセット様は、男装の麗人のようでもあるから。 

「王子が成長されるまでは、宰相ではなくクレセット様に国王代理を委任しても、周囲の反発は少ないでしょうし……」

 そう考えると、私が妻であることが一番の障害に思えてくる。


「……法改正より、王弟殿下を説得する方法を考える方が難しそうですね」
「いざとなれば、陛下は彼らを冤罪で処刑するだろう」
「っ……」

 陛下がそのようなお方なら、法改正や、クレセット様を説得するという大変なことはきっとしない。
 公爵家と伯爵家の血を引くリリアに王太子殿下の子を産ませて、ご自分の子として育てるのでは……。
 そのための流刑で、そのために大勢の前で廃嫡を告げて、そして王弟殿下を罠にはめようと……?

「メリーナ。全て言葉にして教えてほしい」
「…………クレセット様は、陛下と同じお考えなのですか?」

 声にして、慌てて口をつぐむ。これは、クレセット様を疑う言葉だ。

「私はただ、君の考え方に興味があるだけだ。そもそも陛下は私に命じられるまで企みは明かさない」
「私は、陛下のお考えが企みだとは……」
「痴話喧嘩ですか~っ?」
「夫婦喧嘩です~っ!」
「「夫婦だからできる喧嘩ですっ!」」

 ドロシーとデイジーが、パチンッとお互いの手を合わせた。


「……焦るほど隠し事をしているように聞こえるな」

 私に詰め寄っていたクレセット様は、そう言ってクスリと笑う。

「君のメイドは、私より君の気持ちを理解しているようだ」
「ええ、とても優秀な子たちです」
「良いメイドが付いて良かったが……肯定されると、嫉妬してしまうよ」

 クレセット様は私の頬に触れ、唇の端にキスをした。

「クレセット様は、国のためになることしかなさらないと分かっているのに……申し訳ありません……」

 私は、先程の考えを全てクレセット様にお話する。するとクレセット様も、陛下ならやりかねないと言って渋いお顔をされた。

「陛下の話はまた明日の朝にしよう。疲れている時に、無駄なタヌキの話をさせてすまない」

 クレセット様の口から冗談がこぼれると、つい笑ってしまう。綺麗なお顔でタヌキだなんて。
 そんな私を抱き寄せてくださると、サラさんたちは安心したようにそっと部屋を出て行った。


「クレセット様。私、会場でお伝えできなかったことがあります」

 クレセット様からも優しく漂うお風呂上がりの香り。帰って来られたのだと、ようやく実感できた。

「お帰りなさいませ、クレセット様。ご無事のお帰り、心よりっ……」

 最後まで言わせて貰えず、唇を塞がれる。
 もうクレセット様は私に触れることを躊躇わない。本当の夫婦になったのだとそれもまた改めて実感した。



「ただいま、メリーナ」

 しばらくして、クレセット様は私を見つめて甘く微笑んだ。

「メリーナ。私も伝えていなかったことがある。君はあの会場の誰より美しかった。儚げな君も、愛しいよ」
「ありがとうございます……」
「あのドレスもやはり着こなせていたね。私より先に、他の男共が君の姿を目にしたことには……嫉妬してしまうが」

 悔しげなお声を出されて私を抱きしめた。

「クレセット様は私の夫です。嫉妬されなくても、私はクレセット様のものですよ」

 それでも嫉妬してしまう。そう返るかと思ったら、甘い微笑みとキスが返ってきた。

(痩せても心臓が止まりそうだわ)

 きっとそれを分かっていて、クレセット様は私の背を撫でている。背肉がなくなって鼓動が伝わるから、今までより余計に恥ずかしかった。


「私、変わったはずなのですが……よく私だとお分かりになりましたね?」
「君は私の最愛の妻だ。例え数多に輝く星のひとつになろうと見つけてみせるよ」

 さらりと甘いことをおっしゃって、今度は私の頬を撫でる。真っ赤になる顔を見つめられて思わず伏せると、両手で頬を包んで上を向かされた。

「化粧をした君も美しかったが、こうして触れられないことはもどかしかった」

 我慢していたからと、頬を撫でられ、目元にキスをされる。

「皆の前で堂々と顔を上げて歩く君が、眩しかった。あの姿が君の求める理想の自分なのだろう」

 クレセット様には、私はそう見えていた。
 私は……。


「クレセット様は、会場での私と、今の私と……以前の私。どの私がお好きですか?」

 太っていた私を愛してくださり、痩せると、私が減るのが寂しいとおっしゃっていた。
 望まれるなら、私は以前の姿に戻っても……。

「難しい質問だな」

 視線を伏せる私に、クレセット様は困ったように微笑まれた。

「私は君の全てを愛しているからね。私の意見は参考にならない。君が愛せる君でいてほしい」

 本当に困ったお顔。クレセット様は、本当にどんな私でも愛してくださっている。

「私がぬいぐるみになっても、愛してくださいますか?」
「勿論だ。あの姿ならば常に君にそばにいて貰えるな」

 ぬいぐるみを抱えるクレセット様。
 想像して、そのギャップが可愛くてクスリと笑う。そんなことをおっしゃられたら、ぬいぐるみになりたくなってしまう。


 手を取られ、指を絡めたクレセット様は、私の指をジッと見つめた。

「あ、申し訳ありません……いただいた指輪のサイズが……」

 すっかりサイズが合わなくなり、今は親指につけている。

「君が頑張った証だ。このデザインは君だけのものだから、サイズだけ直し……。……いや、もう一つ作ろう。そうすれば、君にもう一度結婚指輪を贈れる」

 指先に口付けられて、すぐにその唇は私の唇を塞いだ。
 本当にもうクレセット様は躊躇わない。


(私、まだお伝えしていないことがあるのに……)

 会場で殿下から守ってくださって、ありがとうございました。
 カフス、つけてくださって嬉しかったです。
 大事なことなのに、触れる体温に溶かされて何も考えられなくなる。


 ……そのお話も、明日の朝にしよう。




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