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「もう我慢の限界よ!! あなたが陛下の側室や貴族夫人たちと不倫してたことも黙ってたのに!!」

(不倫!?)

 それなら、先ほどの新緑色のドレスの女性も?

「側室?」
「貴族夫人? 誰のことだ?」
「ボケッとしてるあなたたちよ! そのうち貴族の家門には、殿下の子がたくさん産まれるでしょうね!!」

 なんてこと……。

「今の話は、事実か?」

 国王陛下までお越しになられてしまった。


「う、嘘です! あれは精神を病んでいるのです! だからあんな世迷い事を!」
「なっ……ひどい……!」

 殿下が他人のせいにするのは今に始まったことじゃないけど、これではさすがにリリアが可哀想だ。

「酷いのはどっちだ!! お前は婚約前から男たちと関係を持ってたくせに!!」
「それはあなたがつまらない男だからでしょ!!」
「お腹の子も誰の子か分かったものじゃない!!」
「アンタの子じゃなければ救いよね!!」

 リリアもリリアだった。
 お似合いね、と誰かが笑った。


「つまり、二人とも不貞を認めるということだな」

 大勢の前で、二人はお互いの不貞を晒し合ってしまった。
 陛下は頭を抱えて、重々しい声を出される。

「っ……、お前のせいだ! お前が私を誘惑したせいでっ……」
「痛っ……」

 殿下が私の腕を掴む。でもその手を、誰かが掴んで離させてくれた。


 月明かりに照らされ、目映く輝くプラチナ。
 銀刺繍の施された白のジャケット。袖口から覗く、淡い青紫のカフスは……。

(クレセット様……?)

 顔を上げると、ずっとずっと会いたかった人が、そこにいた。

 顔立ちの整った殿下すら足元にも及ばないほどの、神々しい美貌。ゾッとするほどに美しい微笑みをたたえて殿下を見下ろしていた。


「私の妻が、何か?」
「ぁ……、妻、だとっ……?」
「ええ。私の最愛の妻ですが?」

 クレセット様は殿下から手を離して、私の肩をそっと抱いてくださった。

「君が、王太子殿下を誘惑したそうだが?」
「いいえ。私はただ風に当たりに来ただけですわ」
「そうだろうね。君が私以外を愛するはずはないと知っているよ」
「ええ、クレセット様」

 私は柔らかな微笑みを浮かべた。
 陛下からの信頼も厚く、不貞とは程遠い女性嫌い、更にはこの美貌。誰が伯爵を捨てて他の男と不貞を働くと思うだろう。

「そんな……メリーナ……」

 崩れ落ちた殿下を、クレセット様はまるで虫けらと言わんばかりに見下していた。


「……ここまでか。……お前の王位継承権を剥奪し、流刑に処す」
「そんなっ……!」
「王家の品位を貶めるどころか、家庭のある者を誑かすとは」
「ですが父上! 私の子が産まれれば、王家は安泰です!」
「お前の子だと、どうやって証明する?」
「私に似ていれば私の子でしょう!?」

 陛下は深い溜め息をつかれた。

「私以外に誰が王位を継ぐのですか!」

 確かに、と周囲がざわつく。
 他の継承権を持つ人たちよりも、殿下の方がまだマシだと皆が考えている。

「……連れて行け」

 ひとまず離宮に幽閉することを騎士たちに命じられた。


「メリーナっ!! 助けてくれっ、お前は私が好きだろ!? お前が妻になれば私はもう浮気はしない!! 王太子妃として私を支えてくれ!!」

 騎士たちに捕らえられたまま、殿下が叫ぶ。陛下は私へ視線を向けて、怪訝な顔をされた。

「メリーナ……?」
「私の妻は以前、王太子殿下の婚約者でした」
「なっ……あのメリーナか!?」
「ええ。心優しく誰よりも美しい、あのメリーナです」

 そうおっしゃられて優しく微笑むと、陛下は目を丸くしてクレセット様と私を交互に見る。

「殿下」
「メリーナっ……」
「私は、ラーナ伯爵の妻です」
「は……」
「あの時、婚約破棄をしていただいて、殿下には心から感謝しております。私は今、素晴らしい旦那様に愛されてとても幸せですわ」

 クレセット様を見上げて微笑むと、そっと額に口付けられた。

「私が殿下の元へ戻ることは、生涯あり得ません」
「そんな……」

 ガクリと力をなくした殿下は、そのまま騎士たちに連れて行かれた。


「……私は一度部屋へ戻る。話はまた後日させてくれ。皆はそのまま楽しむように」

 陛下はふらつきながら、騎士に支えられてその場を後にした。


「遠征から戻られた方々のための夜会ですのに、雰囲気を悪くしてしまって……」
「構わないよ。殺伐とした場所にいて、こういう社交界らしさに飢えていたからね」

 そっと見渡すと、遠征されていた方々は興味津々とばかりにこちらを見ていた。中には拍手をしたり口笛を吹く人もいる。

「悪趣味な連中だが、善悪の判断はそれなりにまともらしい」

 クレセット様は私の腰を抱き、みなさんに向かって追い払う仕草をされた。


「クレセット様。……お会いしたかったです」
「メリーナ。私も会いたかった……」

 そっと髪を撫でられ、額にキスをされる。

「外見など気にしないと言ったが……訂正したい。メリーナ。君は、美の女神も妬むほどに美しいよ」

 頬を撫でようとした手は、そっと下ろされて私の手を握る。
 お化粧をしている時は顔に触れてはいけないと、当日のエスコート方法として、クレセット様はお義母様からきつく言われていた。

「お美しいのはクレセット様です」

 白いジャケットに、私のドレスに合わせた色のスカーフ。他は銀刺繍だけなのに、あまりに美しい。

(紫陽花はクレセット様だわ)


「お話し中失礼します。逃げ出した獲物を発見しました」

 見つめ合う私たちのそばに、いつの間にかサラさんが立っていた。殿下を見返せて、もう正体を隠す必要がなくなったからだ。

「クレセット。イチャつくのは後でな」
「………………分かっている」
「リリアに逃げられたら、夫人の復讐機会はもうなくなるんだしさ」

 セドさんに言われて、クレセット様は私を離した。

「でもリリアはもう……」
「あの女は、君に対して謝罪していない。それに途中で逃げ出し、君がメリーナだと気付いていないようだ」

 クレセット様は私の手を取り、指先にキスをする。

「君が努力して手に入れたその姿を、見せつけてやりたいだろう?」

 私は、リリアに……。

 ……ずっと馬鹿にされてきた容姿で、見返したかった。


「あの女が王太子に罵られたことも、王太子妃でなくなることも自業自得だ。だがそれで、君にしてきたことが許されるわけではない」

 可哀想なリリア……。

 ……でも。

 幸せだから憎しみを忘れようなんて、やはり私にはできなかった。


「行こう、メリーナ」
「はい」

 私は、リリアにこの姿を見て貰いたい。リリアが馬鹿にしていた私は、ここまで変われたのだと驚かせて見返したい。

 優しい微笑みで手を引かれるままに、私はクレセット様と共にリリアの元へ向かった。




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