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 王城内の大広間には、国中の貴族が集まったのではと思うほどに人が溢れていた。
 今回の夜会では、高位貴族の到着を告げる声も響かない。誰もが好きな時間に入場して、思い思いに楽しんでいた。

 あくまで、遠征に参加した方々を労うための宴。今夜は羽を伸ばし、明日、国王陛下からの褒賞の授与式が行われる。

(でも、こんなに人が多いなんて……)

 遠征から戻られた方々を邪魔しないように、殿下とリリアを見返すのはこっそりしようと思っていたけど……人目のない場所なんてあるかしら?
 その後で、私を馬鹿にしていた人たちに挨拶をして回るつもりだ。


「視線が下がっていますよ、
「っ……、はい」

 私が一人で入場しては人が群がってしまうとクレセット様はおっしゃられて、パートナーを用意してくださっていた。

「あちらの女性は、どなたかしら?」
「初めてお見かけするわ」

 会場に入ると、視線が一気に私たちに集まる。

「メイソン子爵とご一緒なら、他国のご令嬢かしら?」

 そう。私をエスコートしてくださっている紳士的な熟年男性は、メイソン子爵だ。
 王侯貴族を留学生として迎える際は、メイソン子爵家の方々がエスコートをされる。それでクレセット様は子爵を選ばれた。

 私はナナ先生の元生徒で、教会の子供たちに勉強を教えている。努力を重ねた姿で夜会に参加して皆を驚かせ、公の場で婚約破棄をした礼儀知らずの元婚約者と、婚約者を奪った妹を見返したい。
 そうお話したら、快諾してくださったそうだけど……。


『礼儀を知らず勉学を軽視する王太子に、どのような方法であろうとひと泡吹かせてやりたいと常々思っておりました』


 子爵は先ほど馬車の中でそうおっしゃって、クレセット様のような輝く笑顔を浮かべた。
 クレセット様と、とても気が合ったのではないかしら。

「口角は上げ過ぎずに」
「はい」

 そっと教えてくださる子爵に微笑んでみせると、今の角度を忘れずに、と優しい声が返った。


「あのお美しい方は……?」
「紫陽花のようなお方ね……」
「あのドレスを着こなせるなんて……」
「完璧な体型ね……」

 ヒソヒソと囁かれる声は、以前とは真逆。
 その中を、私は背筋を伸ばして歩いていく。
 誰も私がメリーナだと気付いていない。それほど変われたのだと思うと、とても気分が良かった。


「西側のバルコニー付近に」

 サラさんが擦れ違う時に、目的の場所を教えてくれる。
 子爵が会場内を案内するふりをしてくださり、そちらへ向かった。



***



「では、私は近くで見物させていただます」
「はい。メイソン子爵、ありがとうございました」
「努力は裏切りません。肩の力を抜き、あなたらしく堂々といなさい」

 その言葉に、ふっと全身から余計な力が抜ける。
 これからが本番だという興奮と……やはり緊張していたことを、子爵には気付かれていた。

 私は微笑みを浮かべて、完璧に仕上げたカーテシーを見せる。子爵は満足そうに頷いて、私を送り出してくれた。



 大広間の両側には、吹き抜けの二階通路を支える柱が並び、その向こうにバルコニーがある。
 会場の端。ここだけひと気がなく、柱の陰に、目当ての髪色が見え隠れしていた。

(新緑色のドレス?)

 私の靴音を聞き、そばにいた誰かが反対側へと走り去って行く。
 リリアではない。それが誰か……気にするのは後にしよう。


「王太子殿下。ご無沙汰しております」

 まずは目の前の復讐だ。

「あなたは? ……いえ、申し訳ない。あなたのような美しい人を忘れるなど、王太子失格ですね」

 低姿勢からきた。賢さをアピールしたいのか、口調も変えて、声も少し低くして。

「失格だなんて……。私程度では、殿下のお記憶に残らず当然ですわ」
「何を言うのですか。あなたは、この会場の誰よりお美しいではありませんか」
「まあ、そんな」
「嘘ではありません。まるで妖精、いえ、女神のようです」
「ふふ、ありがとうございます」

 肩に触れられて鳥肌が立ってしまう。

「ああ、良い風。少し風に当たりませんか?」

 不自然にならないように殿下から離れて、上目遣いでそっと見上げる。
 リリアのやり方を真似すると、殿下はデレッと頬を緩めて私についてきた。


「月明かりに照らされたあなたは、まさに月の女神ですね」
「身に余るお言葉です。……ですが、王太子妃殿下にはかないませんわ」

 一週間前、リリアが子供を身籠ったことが分かり、結婚式は後日にして二人は婚姻証明書にサインをしたという号外が配られていた。

「あれより、あなたの方が美しい。あれと離縁してあなたを妃として迎えたいくらいだ」

 あれ、って……リリアのこと?
 二人は仲が良かったはずなのに……。それとも、別の女の前だから?
 動揺が顔に出る前に、私は目的を果たすことにした。


「私ではとても勤まりませんわ。私は、殿下に婚約破棄されましたのに」
「は……?」

 殿下の手が腰に触れそうになり、柔らかく微笑んで距離をとる。

「私、メリーナと申します」
「メリーナ……?」

 誰だったかと、私をまじまじと見つめる。

「外見だけでなく心まで醜い、あなたの元婚約者のメリーナですわ」
「メリーナ……、っ……まさかっ」
「思い出していただけました?」

 顔を青くして私から離れたのに、にっこりと笑ってみせれば、殿下はポーッとした顔で近付いてきた。


「あの頃の私は、愚かでしたわ。本当に殿下と結婚出来るものと思っておりました」

 眉を下げて悲しげな顔をする。これはお義母様直伝だ。

「努力してこの体型を取り戻しましたのに……。殿下にお会いして、この程度で満足してはいけないと、目が覚めましたわ」

 指で涙を拭うふりをして、儚げに微笑む。これはシュタイン夫人監修だ。

「今の君は美しい。私の隣に立つに相応しいじゃないか」
「殿下のお隣に、相応しい……」
「ああ、そうだ。だからメリーナ、改めて私と婚約を」
「殿下に相応しい程度では、駄目ですわね」
「は……?」

 伸びてきた手を払って、にっこりと笑った。


「やはり痩せるだけでは駄目ですね。もっとお肌と髪のお手入れにも力を入れなくては」

 わざと溜め息をつくと、殿下はあからさまにホッとした顔をした。

「私のために、まだ美しくなってくれるのか!」

 殿下は頬を高揚させて笑う。ここまでポジティブな人だっただろうか。

「もし殿下のためと申しましたら、私を王太子妃にしてくださいますの?」
「ああ、勿論だ! 君が望むなら、今すぐにでもリリアと離縁しよう!」
「なんですって!?」

 突然怒鳴り声が響いた。

(リリア?)

 どうしてここに。
 驚いていると、後ろでセドさんが止められなかったとばかりにパタパタと手を振っていた。
 殿下の姿が見えなくて、探しにきてしまったのね。


「どういうこと!? 私を捨てようって言うの!?」
「またお前は、下品に喚くな」
「なっ……下品ですって!?」

(え……?)

 二人はここまで仲が悪くなっていたの?
 また驚いているうちに、リリアの大声で人が集まってくる。
 会場の中まで雰囲気が悪くなる前に、場所を変えて……。





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