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しおりを挟む「やる気が出たわ」
王女殿下に会ってから、私は更に努力した。
レッスンと伯爵夫人の仕事で頭を動かし、ウォーキングで姿勢を矯正、乗馬で体幹を鍛えて、全体的にバランス良く引き締めた。
基本は規則正しい生活とバランスの良い食事と、何より睡眠だ。
質のいい睡眠は肌も髪もツヤツヤになり、寝ている間に脂肪も燃える。
頭もすっきりして、記憶力、思考力、全ての効率が上がるから、多すぎず少なすぎず適度な睡眠は本当に大事だ。
(睡眠時間が足りないと、食欲が抑えられなくなるのよね……)
食べても食べても満腹が分からなくなる。
公爵家でも、前世でも、同じ体験をしていた。
「……完璧、ね」
慰労会の数日前。
目指していた理想の姿が、鏡の中に映し出されていた。
***
私には、この世界にはまだない、パーソナルカラーと骨格タイプの知識がある。
自分に似合う色と服の形、メイク方法を知れば、その人の魅力を何倍にも引き出せる。
(私の肌は、セミマットに見えるように……)
下地とファンデーションで内側から発光するような優しいツヤを出しつつ、テカって見えないようにふわっとお粉をはたいて、上品に見えるように仕上げる。
(アイシャドウは……青み寄りの淡いパープルを、控えめに)
細かいパールがチラチラして、光の加減で水色にも紫にもピンクにも見える色を選んだ。
夜会だから顔色が沈まないように、黒目の上にだけ大胆に輝くシルバーを乗せる。
目元を印象的にするために、アイラインはしっかりめ、マスカラは長さを出すタイプを塗った。
(リップはローズ系……ツヤ重視っと)
全体的に上品な大人の女性に仕上げて、口元で少しあどけなさを残す。
後はドレスを着てから微調整だ。
「本当に綺麗なドレスね……」
何度見ても感嘆の溜め息がこぼれる。
白をベースにして透け感のある布を重ねた、紫陽花のようなとても綺麗な色。形はマーメイドラインで、自信がなければとても着られない。
これを着こなせば会場中の視線を集められる。君なら出来ると信じているよ。
クレセット様はそうおっしゃってこのデザインを選んだ。
そのすぐ後で、私の肌を他人に見られるのが嫌だからと、クレセット様は悩み出してしまったけれど。
(肌の出る部分は、他のドレスとそんなに変わらないのよね)
肩と腕が出ていても、今の私は二の腕を見られても怖くない。
(髪はハーフアップで、片側の肩に流して……)
後ろで結んだ部分を丸くまとめて、紫陽花を模した銀細工の櫛を挿した。
胸元と耳には雨粒のようなアクセサリーで、ゆらゆらと揺れるタイプを作って貰った。
(雨上がりの紫陽花、イメージ通りにできたわ)
この世界にも紫陽花は存在して、紫陽花みたいな人、という言葉もある。
女神のように美しい人という意味合いがあり、クレセット様は「メリーナのことだ」と優しく微笑んでその言葉を教えてくださった。
「奥様、とてもお綺麗です……」
「女神様です……」
ドロシーとデイジーは、いつものようにハイタッチして元気に褒めてくれない。
どこかおかしかったかしら……。
準備を終えて鏡の前に立つと。
(……メリーナ、こんなに美人だったのね)
予想を遥かに超えていた。
今日まで必死で、自分のメイクは必要最低限にして、紫外線対策とスキンケアに力を入れていた。
体型も顔も整えた今、肌は透明感を増し、瞳は大きく、顔は華やかになった。
美人で、可愛さもある顔立ち。
「これなら、クレセット様のお隣に立っても許されそうね」
クレセット様のお美しさには、到底及ばないけれど。
「神々の絵画のようになると思います!」
「美の神様と女神様です!」
二人はハッとしてハイタッチして喜んでくれた。
「奥様……お綺麗です」
「サラさん、ありが…………とても綺麗だわ……」
別室でメイド長に準備をお願いしていたサラさんが、部屋に戻ってきた。
サラさんのドレス姿は初めてだ。
紺色のドレスで、首元は黒のレース生地。知的で上品な印象でとてもよく似合っている。
宝飾品は控えめだけど、夜空に広がる星の瞬きのようで、……とても美しかった。
「恐れ入ります」
「お化粧も似合っているわ。サラさんはマット肌にしてリップをメインに他の色味を抑えて仕上げるのが似合うと思っていたの。ハイライトと……少しゴールドのお粉を乗せたのね? 夜会にぴったりだわ。メイド長、さすがいい仕事するわね」
思わずサラさんに近付いてまじまじと見つめてしまう。
「あのっ、奥様っ……」
「あっ、ごめんなさい、サラさんがあまりに綺麗でつい……」
そう言うと、サラさんは初めて顔を真っ赤にした。
「とても可愛いわ」
「奥様っ」
サラさんは私から離れてしまう。でもそこではドロシーとデイジーがキラキラした瞳でサラさんを見つめていた。
「失礼します。準備が終わられたと聞……」
ノックに答えると扉が開き、そこにはセドさんがいた。
セドさんは笑顔のまま、彫刻のように動きを止める。視線は、……サラさんに注がれていた。
「………………マクガヴァン、令嬢……?」
「はい」
スッといつものように背筋を伸ばしてセドさんの方へ向き直る。
分かるわ。サラさん、とても綺麗だものね。
「っ……」
セドさんはハッとして、一度扉を閉めてしまう。
この反応、もしかして……?
しばらくして扉が開き、室内に戻ってきたセドさんはいつもの明るい笑顔を浮かべていた。
「失礼しました。マクガヴァン令嬢、とてもお美しいです」
「ありがとうございます」
サラさんの方は、いつも通りね。
今日のセドさんはサラさんと合わせた紺色の正装姿で、前髪も片側を上げて、大人っぽい雰囲気。
普段の親しみやすいお姿に慣れているから……とても申し訳ないけど、こんなにかっこいい男性だったのね、と驚いてしまった。
「……シュタイン卿は、あまり社交界に顔を出されないのですか?」
「えっ、いえ、情報集めによく出てますよ」
「でしたら何故、その見目と性格で婚約者が出来ないのでしょう」
サラさん……恋愛小説の鈍感主人公みたいになってるわ……。
セドさんの方は褒められて嬉しいのに、どう答えるのが正解か分からないという顔ね。
「それはー! 運命の人に出逢うためです!」
「違う女はー! 神様が遠ざけちゃうんです!」
ドロシーとデイジーはすっかり気付いて、サラさんの周りで手をパタパタした。
「運命……。そうかもしれませんね」
サラさんは二人の頭を撫で、微笑む。
「良いご縁があるといいですね」
「えっ……、……はい」
そう答えるしかなくて、セドさんは無理矢理笑顔を見せていた。
(セドさん、こんなに分かりやすいのに……)
ドロシーとデイジーに心配そうに見上げられて、ありがとう、と返すセドさんを見つめる。
サラさんは、神父様とのことで筋肉がなくても好きになれると分かったのだけど……。
このままでは、神父様を含めた三角関係に……?
「奥様、参りましょう」
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二人の頭を撫でると、嬉しそうに笑う。
「奥様は、今日のために頑張られてきたのですっ」
「今日が本番ですっ、気合いを入れていきましょうっ」
「ええ、絶対に成功させてくるわね」
クレセット様からは、王太子とリリアを見つけたら復讐を始めてもいいと言われていた。その時には君の元へ駆け付けているよ。そう、甘い声で囁かれて。
クレセット様が戻られたという報告はまだ受けていない。でも、私は、クレセット様のお言葉を信じている。
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