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 二日後。クレセット様は国境へ向けて出発された。

「こんなに急に……」
「遠征の準備は整っていたのでしょうか」
「万全ですよ。クレセットはだいぶ前から準備していましたので」

 私とサラさんの言葉に、セドさんが答えてくれる。クレセット様はセドさんに護衛をお願いしてくださっていた。

(まさか、ひと月の間ずっとだとは思わなかったわ……)

 騎士団からの呼び出しがない限りは、お屋敷に泊まり込みでいてくださるそうだ。
 申し訳なく思っていた私にセドさんは、「信頼されてるってことです」と笑ってくださった。


「何か予兆が?」

 屋敷に入り、部屋へ戻りながら、サラさんが問いかける。

「前にスパイを捕らえてから、次々に送られてくるようになったんです。正直そろそろ面倒臭いので発生源を潰しておきたい、って言ってたのが先月なので、騎士団の方も準備してました」

 スパイという単語に、血の気が引く。何でもないことのように話しているのは、この世界では当然のことだからだ。
 敵国も友好国も、自国を守るために相手国の弱点を握ろうとする。
 前世でもそうだったかもしれない。でも、ここまで身近に感じることはなかった。

「クレセット様は……本当に、戦場に出ることはないのでしょうか」

 私を安心させるために、優しい嘘をついてくださったのではと不安になる。

「状況が変わることも有り得ますので、絶対にないとは断言できません。今は小競り合い程度ですが、油断すれば一気に攻め入られる一触即発の状態です」

 セドさんは誤魔化すことなく、事実を教えてくれる。


「その状況を打破するために呼ばれたのがクレセットです。現場で指揮を執っている者と連携しながら動くので、基本的には後方から指示を出すはずです。それで収まらなければ、直接交渉ですが」

 部屋へ入り私がソファに座ると、セドさんは私のそばに立ち、身を屈める。

「夫人の前では言葉足らずなクレセットも、敵対する相手との交渉には長けているんですよ。あいつが独自に得る情報は、いつも最強の切り札です。今回もそれで戦争になる前に止めることが出来るでしょう」

 サラさんにも聞こえないように、私にだけ教えてくれた。これは戦況を左右する大事な内容だ。
 そしてその言葉は、私の不安を優しく宥めてくれる。

「セドさん。本当のことを教えてくださって、ありがとうございます」
「いえ。夫人には嘘をついても見破られてしまうと思いましたので」
「奥様は聡明なお方でいらっしゃいます。それよりシュタイン卿、奥様と距離が」
「すみません」

 セドさんはパッと離れた。


「えっと……マクガヴァン団長も同行されていますし、クレセットの言う通り、ひと月で収まるかもしれませんね」

 サラさんの目力が強くて、セドさんはへらりと笑って話題を変えた。

「サラさんのお兄様ですね。どんな人なのかしら」
「兄は父の次に強いですが、見た目が厳ついので、旦那様の後ろに控えているだけでも圧力になると思います」
「頼もしいのね」

 サラさんのお兄様なら、雰囲気があって凛々しくて立ち姿の綺麗な人なのかなと想像した。

「……クレセット様はお顔が綺麗だから、か弱く見られてしまうのね……」

 お義母様に似た線の細さがあって、月の光に消えてしまいそうな儚さがある。
 着痩せするだけで鍛えられたお身体だと、きっと一目では分からないはず。


「いえいえ、殺気がすごいので大丈夫ですよ」
「奥様。旦那様は仕事になると人が変わります。口を開けばすぐに顔で判断されなくなるかと」
「そうなの? ……そうね。お仕事中のクレセット様は、とても凛々しかったもの」

 王城で見たクレセット様を思い出して、じわりと頬が熱くなる。きっと交渉をされるクレセット様も素敵なのだろう。

(戦争を止めに行かれたのに、ときめくなんて不謹慎だったわ)

 クレセット様は危険な場所に向かわれた。それなのに、私は何もできずに待っているだけ。
 私も剣を扱えれば、クレセット様と一緒に、……いえ、いくら鍛練してもきっと、守るより守られるだけだ。

「……私は、私にできることでクレセット様のお役に立てるように頑張るわ」

 遠征のことも、王女殿下のことも、無闇に動けばきっと悪化する。私は、今の私にできる精一杯のことをしよう。





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