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「メリーナが……大幅に減ってしまった……」

 セドを執務室に呼び出したクレセットは、負のオーラを漂わせていた。

「そっか。復讐の日も近いな」

 クレセットのデリカシーがないような、そうでもないような言い方には、あえて触れない。

「王太子の結婚式をその日にしようと考えたが、仮にも我が国の王太子の醜態を他国にまで晒すのは、国防にも関わるとして思い直した」
「そうだよなぁ」
「復讐の日は、国中の貴族が集まる大きな……夜会がいい。夜は他の者は沈み込む。だがメリーナの髪と肌は、輝きを増す」

 雰囲気がどんよりしていても、クレセットの頭はしっかりと冴えていた。


「そのメリーナが……帰る度に、目が大きくなっている。ぬいぐるみのように丸くてつぶらだった瞳が、宝石のように輝いているのが見えるようになってしまった……」
「ん? 嫌なのか?」
「可愛いから困っている」
「贅沢な悩みじゃん」
「メリーナが可愛いことに、愚かな男どもが気付いてしまう……」

 確かに、とセドは同意する。痩せただけで、男は途端に女に好意を抱く。
 メリーナの母と妹は外見だけは良く、父親が嫌っている祖母も大層な美人だったとセドは両親から聞いた。
 父親には、混乱した時代の中で死亡した二人の兄弟がいて、どちらも美丈夫だったという。

「あの家系、顔だけはいいからなあ……。あいつらが残してった良心と慈悲が、夫人に全て凝縮されてるよな」
「ああ。メリーナは聖母だ」

 パッとクレセットの雰囲気が明るくなった。

「それなら、お前が守ってやんないとな。馬鹿な男たちの魔の手からも」
「……そうだな。私は、そのためにメリーナを妻にしたのだからな」

 誰にも奪えないよう、国王陛下の命令だという事実も作った。
 思い出してしっかりと顔を上げたクレセットに、セドは安堵する。親友にはやはりいつも幸せな顔をしていてほしいものだ。


「ベラーディ領西部の農村地帯に、部下を送った」
「おお、そっちも本題な」
「十一年前にメリーナの教師をしていた者を探しに行かせたのだが、メリーナはナナ先生と呼んでいたそうだ」
「珍しい愛称だな?」

 名前なら、ナナリーかナタリー辺りだろうか。

「農村ってことは、平民か。難易度高いわ。届出してない家も多いもんな」

 特に農村地帯となると、村だけで帳簿を管理している場合もある。

「公爵家と縁切ってるから、妻のことで、って聞きに行くわけにもいかないしなぁ……」

 メリーナに関することには、使用人たちも口を噤むだろう。公爵からの報復が怖いからだ。


「口を割りそうな人間を探す中で、先代の公爵夫人が離れで療養していることを偶然突き止めた」
「んっ? 生きてたのかっ、っと……ご存命で」
「メリーナの母親がいて接触は出来なかったが」
「あー、母親って、屋敷で夫人を見ると近付くなって怒鳴って、兵の剣まで奪って振り回したんだっけ? お前の部下が見つかったら八つ裂きだな」

 公式の場で見た公爵夫人は、リリアと同じで愛らしさのある顔立ちで、夫に従順な淑やかな女性という印象だった。

「繰り返しになるが、実の子をそこまで恨めるものか?」
「……母親の方は、実の子じゃないのかもな」
「私もそう思い、調べた。出生届にある医師の元を訪ねたが……耄碌していた。だが、弟子は公爵家のそのような話は聞いたことがないと言っていた」

 もしそうでも、おしゃべりでない限りは弟子に伝えるわけがない。あの公爵家の秘密だ。


「先代公爵夫人は、病のせいか、痩せ細っていた。もう長くはないだろうな」
「そっか……。って、突き止めたの、お前?」
「ああ。夜中に行ったのだが、離れの方は警備が緩かった」
「あー……まあ、そこそこいても擦り抜けちゃうお前だけどさ……」
「母親と祖母は仲が悪いと聞いていたが、まさか先代を弱らせたのは母親か?」
「今も毒を食べさせてたりしてな」

 ついノリで茶化す。

「……いや、笑えない」
「先代公爵の死因は毒殺だったな」
「笑えない、まじで笑えない」

 そこまでいくとさすがに公爵家の闇が深すぎる。

「毒物の取り締まり強化を、陛下に進言しておこう」
「まじで頼む。あの時代に逆戻りは駄目だ」

 幼い頃にクレセットの両親から聞かされたリアルな話が、今でも密かにセドのトラウマになっていた。あの時代には戻さない。それもセドが騎士団に入った理由でもあった。


「ってか、明日から夫人と旅行だろ? 帰れそう?」
「ああ。これを片付けたら帰る」
「そっか。楽しんでこいよ」

 セドはニッと明るい笑みを見せた。
 クレセットは、愛するメリーナとの時間を作るためにせっせと仕事を片付け、同時に部下も育てていた。新婚早々に長期不在にした理由もそれだった。

 今は滞在期間二日だけの小旅行。
 部下が育てば、いずれ長期の新婚旅行にも行けるだろう。
 そしてクレセットからようやく直々に指導を受けられた部下たちは、己の技術を活かすべく日々邁進していた。




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