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しおりを挟むそれから約二週間後。
「転生効果かな……」
鏡を前に、ペタリと頬に触れる。
まだ始めて一ヶ月ほどしか経っていないというのに、一年ダイエットしたかのように脂肪が落ちた。
二重顎は大分なくなり、下を向けるようになった。お腹はまだポヨンポヨンしているけれど、腰にはうっすらとくびれが……あるように、見えなくもない。
最初の頃からすれば、三割も減った印象だ。
この世界では、わりと簡単に体型を変えられるのかもしれない。
ほら、あれだ。
主人公が短期間で美女に変貌を遂げて、舞踏会に出て王子様に求婚されるストーリーのような。
一ヶ月でここまで痩せようものなら、お肌もボロボロになるはずなのに。つまり、転生効果が私の身にも起きているということ。
「リバウンドも起きる気配がないもの……」
それどころか、停滞期もない。順調に痩せ続けている。
「奥様。最後の二着もお直しが終わったとのことです」
「ありがとう、サラさん」
サラさんが部屋に入ってきて、私は鏡から離れた。
クレセット様からいただいた服は、サイズが合わなくなってしまった。ほぼ全て解体してからの縫い直しだったのに、屋敷のお針子たちがとても綺麗に仕上げてくれた。
「奥様、こちらも生まれ変わりました!」
「お洋服も着てます!」
「すごいわ、こんなに可愛くなって」
ドロシーとデイジーが差し出したのは、テディベアサイズのウサギとクマのぬいぐるみだ。
お直しがどうしても難しい服は、生地を再利用してお針子たちがぬいぐるみを作ってくれた。クレセット様からのプレゼントだから捨てたくなくて悩んでいたら、そう提案してくれたのだ。
可愛いのにスタイリッシュなぬいぐるみを受け取り、そっと撫でる。
「奥様のお化粧から着想を得たと言ってましたっ」
「ぬいぐるみは可愛いだけじゃない、オシャレであるべき! だそうですっ」
「奥様のお化粧は魔法のようだと言ってましたっ」
最近、ドロシーとデイジーの友人のお針子に、メイクを教える機会があった。
婚約者とのデートで、子どもっぽさを払拭して驚かせたいというもので、私は張り切って服に合わせたメイクをした。
結果は大成功。お針子は大喜びで、それを聞いた他のお針子たちとも仲良くなれた。
「奥様はたくさんのことをご存知で素晴らしいですっ」
ハイタッチして褒めてくれるドロシーとデイジー。頷いてくれるサラさん。
優しい人たちに囲まれて、特技も活かせてみんなが喜んでくれる。こんなに幸せで……いつか夢から覚めるように、この幸せが壊れてしまわないかと怖くなる。
そう言葉にしてもクレセット様はきっと、そんなことはないと言って抱きしめてくれるのだろう。
***
「メリーナ。君の腰は、ここまで細かっただろうか」
「ふふ、ありがとうございます。お洋服をお直しして貰ったので、突然痩せたように見えたのだと思いますよ」
「そうか、それで。腰はあまり触れる場所でもないからね」
クレセット様はふと深刻なお顔をされた。
「やはり私が痩せるのは、困りますか?」
以前と同じ問いをする。たくさん会話を重ねてきたから、今は違う答えが返ってくるかもしれない。
「…………すまない。君のこの柔らかさがなくなってしまうのは、寂しいよ」
私を抱きしめ、ぽよぽよと背中を撫でる。
「クレセット様は、太っている方がお好きですか?」
「メリーナなら、どちらでも」
「そうですか?」
クレセット様から離れると、追いかけるように抱き寄せられた。
「背中もですが、お腹周りは特にまだぷよぷよで、気持ちがいいですよね?」
「……気持ちがいいね」
クスリと笑って言うと、クレセット様は素直なお言葉をこぼして今度はぎゅうっと抱きしめてくださった。
「そうおっしゃってくださるのは、クレセット様だけです」
「他の男にも、触れられたことが?」
「いえ、殿下は私と手を繋ぐことも嫌悪されていましたから」
「愚かな男だな」
クッ、と悪い男の笑い声が耳元で聞こえる。クレセット様は、そんな悪いお顔も似合ってしまうのでしょうね。
「だが愚かだからこそ、嫉妬せずに済んだよ」
「っ……」
「過去に嫉妬するなど男らしくないのだろうが、私は、君が存在した全ての時間に対して嫉妬してしまう。私以外と言葉を交わしたことも、その瞳に映したことも、あらゆることに、ね」
頬を撫でられ、とても近くで見つめられる。
「あっ、あのっ、嫉妬されることは何もありませんのでっ」
離れようとしても腰を抱かれていて、顔をうつむけて視線から逃れる以外できない。
(嫉妬せずに済んだお話はどうなったのっ……)
嫉妬したとおっしゃっていた時と同じだ。もう額や髪にキスされている。
「これは、親愛のキスだよ」
「あっ」
私が言ったことだ。いつの間にかクレセット様だけしどろもどろにならずに、親愛だよ、と言ってまた額に柔らかなものが触れた。
「あのっ、クレセット様っ……」
顎に指が触れて、顔を上向けられる。そして。
「っ……」
「メリーナっ」
指先が私の唇を撫でて、唇ではなく目元にキスされた途端、目の前がぐるぐると回った。
「申し訳ありません……私にはまだ刺激が……」
「すまない……愛しさのあまり、苛めすぎてしまった」
クレセット様は私をソファの背にもたれさせて、クールダウンのために少しだけ離れてくれた。
「私……早く痩せますね、クレセット様のために」
「っ……ありがとう、メリーナ」
この時の私は、ただ応援してくれたのだと思っていた。真実を知るのは、大分経ってから。
この時のクレセット様は、私が愛情たっぷりに苛められることを望んでいるのだと、そんな大変な誤解をしていたのだ。
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