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しおりを挟む「でもあの子が外見で人を判断しないのは、あなたの血ね。あなたが私の自慢の顔で落ちてくれなかったのは、癪ですけど」
お義母様は妖艶に微笑んで、お義父様を見つめた。
「君の顔も、好きになった理由だよ」
「嘘っ。だってあなた、私の顔潰しにきたじゃない」
「潰しに……?」
私は思わず声に出してしまった。
「この人ったら、私の顔ばかり狙ってきたのよ? 女の顔を狙うなんて、信じられる?」
「暗殺者に女も男もないだろう?」
「暗殺者……?」
また聞き逃すことが出来ない単語に、声を出してしまう。笑いながら話していらっしゃるけど……。
「あっ……昔のことよっ? 私がそうだっただけで、ラーナ家は暗殺稼業じゃないのよ?」
「国王陛下の勅命を受けるだけの、真っ当な家門だよっ?」
「国のためならちょこっと強引なこともするけれど、悪の組織ではないのよっ?」
お二方は慌てて口々に説明してくださった。
今はクレセット様がお仕事を引き継いで、お義父様は領地の運営に力を入れているとお聞きした。
お義父様が昔、暗殺者と対峙したことがあるなら、今はクレセット様がそのお立場ということ。
「クレセット様は、危険なお仕事をされているのですか?」
「……全く危険がないわけじゃないけど、時代も変わったからそう危ないことはないわ」
「あの子は頭がいいから、現場より後方で作戦を立てたり指示を出す方が合っているからね」
「私たちが鍛えすぎたせいで、現場に出ることに躊躇いもないけど……」
お義母様はハッとして口を閉ざす。
クレセット様がお二方の技術を受け継いでいるなら、戦い慣れているということかしら……。
「クレセット様はお強いのですね。安心しました」
そう言うと、お二方は目を瞬かせた。
「私は元暗殺者よ? 気にしていないの?」
「少し前まで国が混乱していたのは、理解していますから」
私が産まれる少し前までは、政敵に暗殺者を送ることも、護衛のために暗殺者を雇うことも、日常的なことだったと乳母から聞いている。
そのせいで、街に逃れてきた暗殺者と追う相手の戦いに巻き込まれる人がいたことも。
今の国王陛下が即位されて、国は急速に落ち着いた。そこにはラーナ伯爵家……お義父様の働きが大きかったとも本で学んだ。
「国のためにご尽力されたラーナ伯爵家とのご縁を賜り、一員として迎え入れていただけたことは、私などには過分な栄誉と存じております」
本当に、私なんかには身に余ること。お二方への敬意を込めて頭を下げる。
「メリーナさん。あなたは、聡明ね。それに度胸があるわ。普通なら気にしていないと言いながら、怯えた顔をするものなのに」
褒めながらも探るように注がれる視線。
「クレセット様のお母様ですので、怯える理由は……嫌われること以外は、ございません」
「機嫌を損ねたら殺されるかもしれないのに?」
「そうですね……。私がラーナ家の不利益になると判断されましたら、処分はクレセット様の手でお願いいたします」
前世で一度死んだ記憶があるから、死ぬのはそう怖くはない。でもできることなら、私を大切にしてくださるクレセット様の手で最期を迎えたい。
(死に際を自分で選べるのは、とても幸せなことだわ……)
「あなた、ご実家でどんな……」
「メリーナさんのように肝の座ったご令嬢は、お前の好みだろう?」
「え、ええ、そうね。それに裏表もなさそうだわ」
お義母様が視線を向けた先では、サラさんとドロシーがコクコクと頷いていた。
「まだこの屋敷に来たばかりなのに、こんなに信頼を得ているなんて驚いたわ。それに……その服は、クレセットから?」
「はい」
「女心は分からないのに、センスはいいのよね~」
私を上から下まで見て、生地もいいわ、と頷く。
「クレセット様もそうおっしゃっていましたが、お優しいですし、とても女心の分からないお方とは……」
「「あの子が!?」」
お義父様まで大声を出した。
「はい……。歩く時は歩調を合わせてくださいますし、前髪を少し整えた時にも気付いて、褒めてくださいました」
「「あの子が……」」
お義母様は目を見開き、お義父様は頭を抱えてうつむかれてしまう。
「クレセットに、詳しく聞かないとね……」
「あいつめ……結婚報告と新婚のうちは来るなという内容しか書かないから……」
お二方はそう言って、突然立ち上がった。
「メリーナさん。今日はお話できて嬉しかったわ」
「今度は、正式に招待されてから伺おう」
「見送りはいいわよ。もうあなた一人の身体じゃないのだから、大事にしてちょうだいね」
お義母様は私の手をぎゅっと握り、微笑んでくださる。
エントランスへのお見送りもできないほど、お二方は足早に帰ってしまわれた。
「奥様、さすがです」
「大奥様は怖いお方ですのに、あのようなお姿は初めてですっ」
「…………緊張、したわ……」
私は顔を覆って項垂れた。
この体型に不快な顔はされなかった。それでもやはり、思うところはあっただろう。それなのにあんなに優しく接してくださった。
「クレセット様のご両親も、とても素晴らしいお方だわ」
だからこそ、早くこの見た目を何とかしたい。
「サラさん。あの時、庇ってくれて嬉しかったわ。ありがとう」
「私こそ奥様に救っていただきました。ご迷惑をおかけしたこと、お詫び致します」
「サラさんが庇ってくれたから、私も震えずにお話できたのよ。だから、本当にありがとう」
感謝を述べるとサラさんも微笑んでくれる。私が認めて貰えたのは、サラさんが私を認めてくれたからだ。
素敵な人たちがそばにいてくれることに、改めて幸せを感じた。
***
「いいこと……メリーナさんから目を離すんじゃないわよ」
馬車へと乗り込む前に、執事にそう告げる。
「あの子に逃げられたら、ラーナ伯爵家は途絶えるものと思いなさい」
メイド長にも視線を向けると、皆深刻な顔で深く頭を下げた。
「クレセットは、メリーナさんがいなくなれば一生独り身を貫くだろうな……」
「跡取りはお金で解決しそうよね……」
馬車に揺られながら、二人は溜め息をつく。
後継者は伯爵家の血を継いでいなければならないため、解決策として子を産む女性を金で買いかねない。
「我が息子ながら、なかなかに非情だわ」
「私よりラーナ家の稼業に相応しいのではないか?」
「私でさえ否定できないわよ」
躊躇いのなさは特にそうだと、肩を竦めた。
「……彼女、十八歳の貴族のご令嬢とは思えないほど達観していたわね」
死に際を語る時に、あれほど安らかな顔で微笑みすらたたえていた。死を覚悟した人間のように。
「それほどつらい思いをしてきたのだろう」
「私たちが本当の親のように、大切にしてあげないとね」
死が怖いと、死ぬのは嫌だと、生にすがり付きたくなるほど幸せな場所に、あの屋敷と自分たちがなるように。
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