氷の姫は戦場の悪魔に恋をする。

米田薫

文字の大きさ
上 下
25 / 48

第25章怯える夜

しおりを挟む
それから徐々にゼンという人間は変わっていった。
まず、生活にこだわりを持つようになった。
食器の配置から始まり、服の汚れ具合、物の位置まで少しでも変わればすぐに気付くのである。

その能力は戦の準備においても十全に発揮され、ゼンは味方や敵のちょっとした変化にもすぐに気付いた。
そしてすばやく最善の手を採った。

エマはそれを見てゼンの戦の仕方を思い出した。
細かい作戦は無く、敵を見つけたらゼンが先頭になって突っ込んで行くというものだ。
そしてその事自体に間違いは無かった。
白起は戦術家ではなく、細かい策略は考えない。

しかし、ゼンが全く準備をしていないといったらそれは間違いだ。
端的に言って、ゼンの一番の関心は、兵をどの様に用いて相手を崩すかではなく、どうすれば味方が最大限の力を発揮できるかなのだ。

そのため細かい作戦は決めず、個々の兵士の判断に委ねる。
その代わりゼンは兵の鍛錬は欠かさない。
事実、戦が近づくにつれて、ゼンの行なう兵の鍛錬は厳しく、長く、そして細かくなって行った。

そしてもう一つ、ゼンはエマと話しているとき急に黙る事が増えた。
そういう場合、エマは必ずその理由を聞いた。
「どうしたの?」

するとゼンは大抵、最初はこう言う。
「何でもない」

しかし、何もないはずは無いためエマが追求すると、語り出すのだ。
ゼンの経験した味方の無惨な死、相手の死に様、そう言った話しが突然頭の中をよぎる事を。

本来、ゼンは人の話を良く聞くほうであり、一方的に話す事は少ない。
しかし、戦場における死の話をする時、ゼンは早口であり、内容を一方的に捲くし立てた。

エマは多分、ゼンがそう言った経験を一人で抱え込むのがつらかったのだと思った。
そしてエマに話すことでゼンが少しでも楽になれば良いと思った。

ある時、ゼンは話の最後に言った。
「戦場における正義は生き残ることだ。それは間違いない。だが時々、思うんだ。生き残ることは正義だが同時に苦しい事だと。死者は何も語らない。死んだ奴の悲しみや、無念、憎しみを背負うのはいつだって生きている人間だ。生きているという事は苦しい事なんだ。だからエマ。俺は死なないからお前も死ぬなよ。俺にはお前の死を背負える自信は無い。」

エマは笑顔で言った。
「分かりました。でも気をつけてくださいね。私は一度死に掛けているんですから。」

そうエマは一度死にかけているのだ。
そして、母に深い悲しみを背負わせてしまったのだろう。
今度は決して大切な人を悲しませたりはしない。
エマは密かに決意を固めたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

結婚したくない王女は一夜限りの相手を求めて彷徨ったら熊男に国を挙げて捜索された

狭山雪菜
恋愛
フウモ王国の第三王女のミネルヴァは、側室だった母の教えの政略結婚なら拒絶をとの言葉に大人しく生きていた 成人を迎える20歳の時、国王から隣国の王子との縁談が決まったと言われ人物像に反発し、結婚を無くすために策を練った ある日、お忍びで町で買い物をしていると、熊男に体当たりされその行く先々に彼が現れた 酒場で話していると、お互い惹かれ合っている事に気が付き……… この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...