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第111話 なんだこりゃ?
しおりを挟む「勇気!ボルク、こっちだ!」
ざざざと枝をかき分けて、ボルクが飛びだしてきた。
「うっひゃ~!ヤバイヤバイ!」
「なんなんだ!あいつら!」
勇気も、枝をかき分けて顔を出す。
「まったく、コボルトだってあんなにしつこくはないぜ。」
ラルは、盛大にため息をついた。
狩りをしながら森を探索していた三人は、女性陣が後をつけていたことを知らなかった。
シェリーやポーラは、ジャッキー、カリーナと共に森に入ってきた。
「ラル、これ以上森に入ると、彼女たちが危なくなるぞ。」
勇気は、少し心配そうに後ろを見た。
「う~ん、そうだな。かなり中にはいっているし。」
「どうすんだ、兄ちゃん。」
「しょうがねえ、安全な川沿いを進むしかねえな。」
「じゃあ、合流するのか?」
「ああ、でも無茶はできないぜ。」
「それはしょうがないよ、女の子たちに自前で防御してもらおう。」
「ま、ポーラやカリーナなら、土魔法で防御できるしな。」
三人は、茂みの中から姿を見せた。
「あ、いたいた。どうして逃げるのよ!」
カリーナは、背中の矢筒を揺すりあげた。
膨らんできた胸が、少し揺れる。
ぽよん
今日は、女の子の群れの中に、なんとモモジロウ(仔犬)までいるではないか。
「モモ使うのはやりすぎだよ、すぐバレる。」
「だって、女の子ばっかりで森をうろつくのはアウトでしょうが。」
カリーナは、もっともらしいことを言うが…
「まあ、来ちまったものはしょうがないさ、いこうぜラル。」
勇気も、ため息交じりにラルの肩をたたいた。
成長痛を抜けたせいか、ラルはにょっきりと背が伸びて、もう勇気と肩を並べるくらい背が伸びた。
だいたい百七十五センチくらいか。
そのぶん、筋力も上がり、カズマの教えた剣術が、より効果的に使えるようになってきた。
もちろん、オークを一刀両断とはいかないが。
だいたい、ゲオルグ=ベルンだって、あの怪力であってもオークは五回くらい斬りつけないと倒せない。
まあ、ラルは俊敏さが命である。
彼の得意技は、アキレス腱斬りなのだ。
どんな動物だって、アキレス腱を切られては、歩くことはできない。
二足歩行の魔物では、歩くことすらできない。
だから、カズマは徹底して、アキレス腱を切る方法を教えた。
手首、足首は、意外ともろいものなのだ。
棍棒を持つ手の腱を切れば、もう何もモテない。
そのために、動体視力を鍛え、足さばきで攻撃をかわし、一気に切る。
ま、口で言うのは簡単だけどな。
女子~ズも、そのことを知っているから、ラルのそばが安全だと思っている。
勇気はおまけだ。
ボルクは、さらにキャンディーの包み紙的な扱いだ。
モテてる?
ねえ、ラルはモテてるの?
げふんげふん、閑話休題。
ラルが目指しているのは、ガイエスブルクの南西。
海岸線に沿って広がる森である。
その森の中には、ぐいっと持ち上がった、きれいな山があり、そこを調査するのである。
「なんか、すげーきれいな三角に見えるんだよ。」
そうでつか?
ガイエスブルクからは五キロほどしか離れていないその小山は、ラルには妙に気にかかる存在だったのだ。
「物見の櫓か、砦でも作ればずいぶん安全度も上がるだろう。」
そんなことを考えていたらしい。
たしかに、平野の中にぽっかり浮かびあがる小山は、周囲を監視するにはうってつけの場所である。
なにが攻めてくるとは言わないが、安全確保は領民にとっても良いことだ。
ただ、成人しても居ない子供たちだけで、遊びに行っていいところとも思えないが。
そこのところ、いかがですか?プルミエさん。
「あ?子供の遊びに、そこまで厳しいこと言うもんではないわえ。」
そうですか…
「失敗したら、フォローして、助ければいいのじゃ。どうせ、モモが着いておるしの。」
はあ、モモですか?
「あれは、まだ成長しきっておらんが、ただの犬ではないのう。」
あ?ネタばれ?
「うししししししし。」
差しわたし一〇メートルくらいの川に沿って、森は開けた状態になっている。
「森と言っても木ばっかと言う訳でもないな。」
ラルは、周囲を警戒しながら進む。
「木にだって、生えたいところと、そうでないところはあるわよ。」
ジャッキーは、ラルのそばで話しかけた。
「なるほどね、もっともだ。」
ポーラの持つ槍の抉りが、こつんと音を立てた。
「あら?石?」
「え?」
河原とはいえ、せまい小川のほとりに大量の石が転がっている。
しかも、その大きさは、直径一メートルもある。
「石と言うか、岩と言うか…」
「兄ちゃん!こっち!」
ボルクが手を振っている。
ラル達が駆け寄ると、あぜんと口を開けた。
ツタなどのつる植物が絡まっているが、どう見ても石垣がずらりとつながっていた。
「石垣?」
「まかせて。」
シェリーが前に出て、魔力を練る。
「ウインドストーム!」
無詠唱で、技を繰り出すのはもう、ガイエスブルクの流行りである。
シェリーの前面に繰り出された風の渦は、石垣表面のつる草を吹き飛ばし、かなりの距離を進んだ。
後に残ったのは、びっしりと組まれた、美しい石垣である。
「すげ!ボルク、よく見つけたな。」
「えへへ」
ボルクは、女子~ズから離れて、小用に来たのである。
げふん。
「ちょっと、あたしの魔法は?」
「ああ、シェリーの魔法も見事だよ。」
「なんか、ついでくさい。」
「そう言うな、これはお屋形さまに報告しないといけないな。」
「そだねえ、でもこの石垣、すっごいきれいに合わせてあるわね。髪の毛だって入らないわよ。」
「ええ?ほんとう?」
女子たちはかしましい。
石垣の高さは二メートル、幅は一メートルだが、向こう側は土砂になっている。
まあ、一段高くなっていると思えばいい。
「なんなんだ?これは。」
「…古代の、遺跡だろうな。」
勇気がぼそりと言う。
「古代の遺跡か…、この規模で?」
「自分を基準にモノを考えるなと、カズマに言われたろう。」
「たしかに。」
シェリーが吹き飛ばしただけで、五〇メートルは続いている。
「はい!隊長どの!意見具申であります!」
カリーナが手を挙げた。
「はい、カリーナ隊員。」
「はい、小官はこの石垣沿いに調査することを具申します。」
「ふむ、興味あるな。行ってみるか?勇気。」
「そうだな、どこまで続いているか見てみたいな。」
「よし、石垣沿いに進んでみよう。シェリー、ポーラ、風魔法を頼めるか?」
「了解であります!」
「あります!」
石垣の上には、木が生えていて、歩きにくい。
調査隊は、どうするか相談している。
「まあ、石垣の下歩いても、問題ないんじゃない?」
カリーナは、呑気なことを言っている。
「いやしかし、上から攻撃されるのは避けたいな。」
「そだねえ。」
「とりあえず、木をさけて歩けば、進めるよ。」
「モモが居れば、たいていの魔物は感知できるよ。」
「ああ、そうだね、とりあえず上を進もうか。」
シェリーとポーラが、張り切って石垣にへばりついたつる草を吹き飛ばしたおかげで、ずいぶん歩きやすくなった。
一キロほど進むと、樹木が密集していて、かなり厳しい場所に着いた。
「なんだこりゃ、すげえ木が固まってるな。」
勇気が中を覗いて肩をすくめた。
「そうだなあ、いけるかなあ?」
「うおん!」
モモがラルの足をすりながら前に出た。
「どうした?モモ。」
「うお~~~~~~~んんんんん」
モモが遠吠えをすると、緑色の精霊球が集まってきて、樹木移動を開始した。
ざざ!ざざ!ざわわわわわわわわ
樹木は、かなり向こうまで移動して、石垣の上は平地になった。
「おまえ、すげえな。こんなこといつ覚えたんだよ。」
ふん!と、鼻息も荒く、モモは顔を上げた。
「ああ、ほめろってか?偉いぞモモ!すごい精霊魔法だ!」
「うおん!」
モモジロウは、とっとこと先頭に立って歩き始めた。
「はいはい、着いてこいってか?」
ラルが足を出したところで、横合いからざっと音がして、巨大な影が現れた。
まあ、これだけ大きな音がすれば、気になって見に来るわな。
「よけろ!モモ!」
「ぎゃう!」
モモは、横っ跳びに石垣の下に降りた。
その上を、直径五〇センチ、長さ五メートルの焦げ茶の影が走る。
「アカアシだ!」
ジャイアントセンチピードの上位種、通称『アカアシ』は、毒性の高い強力な魔物である。
プルミエに見つかると、すぐに薬の材料にされるのだが。
「勇気!アタマ吹っ飛ばせ!」
「おうさ!」
勇気はファイヤーボールを詠唱する。
その間に、ラルは手に持った槍を投げつけた。
がいん!
ラルの槍は、狙いが外れて固い甲に当たって跳ね返った。
「ちくしょう!」
そのおかげで、ジャイアントセンチピードは、ぐるりと首を返した。
「ファイヤーボール!」
勇気のファイヤーボールが、獰猛な顔を撃つ。
しかし、ぼふんと破裂した跡には、黒焦げはあるものの頭は残っている。
「ち!固てェな!」
上空からぎゅるるるるると、音がする。
づがん!とジャイアントセンチピードの頭に、土の槍が当たる。
「ボルクか!」
ボルクの放ったランドランサーは、ジャイアントセンチピードの頭に当たって、脳天をへこませた。
「まだ足りないのか!」
ボルクは、目を見開いた。
後から追いかけて来たソニックブームに、ジャイアントセンチピードのアタマが地面に打ち付けられる。
そこに、もう一本のランドランサーが落ちて来た。
ぎゅるるるるるるるう
ずがん!
そのランドランサーは、見事にジャイアントセンチピードの頭を、地面に縫い付けた。
『ぎゅぎゅ!ぎゅううううう!』
嫌な声をあげて、ジャイアントセンチピードは、やっと息の根を止めた。
頭を縫い付けられて死んだにもかかわらず、ジャイアントセンチピードはばたんばたんと体をくねらせる。
一行は、手も出せないので、 遠巻きにそれを見ていたが、一〇分も暴れるとやっと動かなくなった。
「やっと動かなくなったな。」
勇気は、ふかく息を吐いた。
「まったく、いつまで暴れるもんだか。」
「本当だよ。」
男子たちは、額の汗をぬぐった。
「しかし、最後のランサーは誰のだ?」
「俺じゃないぞ。」
カリーナが、ニヤニヤ笑いながら、ラルを見た。
「か、カリーナが?」
カリーナは、笑って見せた。
カリーナには逆らわないようにしようと、ボルクは背中に冷たい汗をかいた。
プルミエの土産にと、ジャイアントセンチピードを革袋にしまい、一行が歩きかけた時に、モモが石垣の上に顔を出した。
なにやら、申し訳なさそうな顔をしている。
「モモ、無事だったか?よかった。」
「きゅうん。」
「いや、お前のせいじゃないよ。まだ、来るかもしれないから、警戒を頼む。」
「おん!」
モモは、張り切って一行の前に出た。
モモが切り開いてくれた道は、延々五〇メートルほどなにもない道である。
横の森を警戒しながら進むと、また木々がまばらになってきた。
シェリーとポーラが、同時に魔法を使うと、相乗効果で威力が倍増する。
これをシンクロ魔法と、ガイエスブルクでは呼んでいる。
一と一が重なることに寄って、三倍以上の効果が出るのだ。
「おお~、すげえなあ。」
勇気は呑気そうにその効果を確認している。
すでに、石垣は一キロを超えるほど辿っているが、一向に尽きる様子も見せない。
「なあ…、この石垣、むちゃくちゃまっすぐじゃね?」
「おれもそれを思ってた。一キロにわたってまっすぐって、どんだけの技術だよ。」
「しかも、石の隙間がまるでない。」
「古代人、ハンパねえなあ。」
「つか、今の俺たちの方が、むちゃくちゃ原始人?」
ラルと勇気は、顔を見合わせてため息をついた。
「なんだかな~。」
「ね~、そろそろお昼じゃない?」
シェリーが、上を見上げて言う。
「そうか?そんな時間か。」
「ヤバいな、一日じゃ調べきれない。」
「兄ちゃん、行き止まりみたいだよ。」
「え?」
ラルが振り向くと、石垣は山に遮られていた。
「うへえ、なんだこりゃ!」
石垣から五メートルほどで、山がせり上がっている。
樹木が生い茂った山は、かなり急角度で上を向いている。
「見上げると、垂直に見えるくらい切り立ってるな。」
勇気が山に向かって顔をあげている。
「簡単に見ただけだけど、四十五度くらいはあるよな。」
ラルは、横から斜面を見た。
「登りづらそう。」
ポーラも見上げている。
夏至も近い夏の入り口。
陽が中天に来ると、じりじりと焼けるような日差しにたまらず、汗が流れる。
「まあいい、勇気、飯にしよう。」
「ああ、そうだな、そこの木の下がいいな。」
「うん、わかった。」
ラルの作ったテーブルに、みなてんでに弁当を広げる。
小ぶりとは言え、全員が物置小屋一杯の革袋を常備している。
ルイラに言わせると、「魔力の無駄遣い」らしいのだが、全部の革袋に「時止め」の魔法が付加されているので、中身は腐らないし温かいまま。
カズマが子供たちを気遣っているのがわかる。
ラルは、テーブルにやかんを置いて、茶葉の袋を入れる。
「九〇度…」
温度指定の給水魔法と言う、高度な技を無詠唱でしてのける子供たち。
王都の魔法師たちが見たら、驚愕でアゴが地面に付くだろう。
カズマは、孤児たちを鍛えて、魔法師集団を作っていたのだ。
それと言うのも、ガイエスブルクの魔素が濃くて、魔法の効果が大きいことにもよる。
人間の体と言うものは、最高の結果を残したことを覚えているもので、それ以下の動作を余裕と見るようになる。
カズマは、それを利用して、子供たちの限界値を引きずり上げる方法を取ったのだ。
「こんなもの、どう見たって人工物だよな。」
ラルは、サンドイッチを口に運びながら、勇気に言う。
「ああ、こりゃピラミッドだな。」
「ピラミッド?」
「ああ、俺の故郷にはたくさんある。王さまの墓だとか、星の観測施設だとか、いろいろ言われているが、本当のところは謎だ。」
「謎なんだ。」
「こんなへんなもん、理由もなしにはつくらんだろうけどさ。」
「そりゃそうだ、これ、魔法を使ってもすぐにはできないぞ。」
「まあな、学者の試算じゃ五〇〇〇〇人が何カ月もかかって積んだとか言われてるけどな。」
「人力かよ!」
「空から見ると、東西南北に四隅が正確に向いている。」
「なんだそりゃ?」
「影が、子午線に合わさっているとか、いろいろある。」
「わからんなあ。」
「俺は、空から見るためにあると思うがな。」
「空を飛ぶのなんか、ワイバーンかドラゴンくらいじゃないか。」
「俺の国では、金属の塊を飛ばしていたんだ。」
「かたまり?」
「ああ、何百人も乗せて、空を飛ぶ道具があったのさ。」
「すげえ、そんなもの戦争に使われたらたいへんだ。」
「ボルク、すぐに兵器転用するな。」
「うう。」
「とにかく、大陸から大陸へ、定期的に飛ばしていたんだ。」
「そんなに遠くへ行くのか?」
「ああ、一か月の生活費くらいで運んでくれる。」
「えっと、銀板一枚くらい?(約二十万円~三十万円。)」
シェリーが指を折って聞く。
「そんなもんだ。」
「すごい!魔法師頼んだら、どのくらいか見当もつかないわ。」
「まあな、風の魔法でも大陸間は飛べないモノな。」
「そうよ、お屋形さまの瞬間移動は?」
「あれは、行ったことのある場所でないと、跳べないじゃん。」
「そうか~。」
「で?勇気は、これがそのピラミッドだと思うんだ。」
ラルが話を戻した。
「うん、こんな正確な三角形、人工のピラミッドにしかないだろ。」
「まあ、勇気がそう言うなら、そうなんだろうとしか言えない。」
「う~む、しかし上に生えてる木はどうする?」
「モモでは、全部の移動は難しいよな。」
「わう~。」
「とりあえず、下の部分をめくってみない?」
勇気は、何の気なしに言ってみた。
「それしかないかな。」
ラルも、その意見に同意する。
「なんか表現がいやらしいわね。」
ポーラは、シェリーの耳元に、こっそりと告げた。
「そうね~、スカートめくってみるみたいな?」
シェリーも、少し眉根を寄せている。
「そう言う願望がある?」
ジャッキーも、二人を胡散臭そうに見ている。
カリーナは、黙って頷く。
「おまえらなあ!」
「「「きゃ~!」」」
昼食を片づけて、お茶を飲んだら、ピラミッド?の裾に立つ。
その周辺にも、直径三十センチ前後の木が立っているので、見えづらい。
裾野は、若干暗くなっているので、モモジロウの出番である。
「もも、ここの木をどけてくれ。」
「わう!」
おお~んんんんん
モモの声に寄って、精霊たちが集まって、裾野の樹木に干渉を始めた。
ざざ
ざざ
ざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ
裾野の樹木は、一斉に移動を始めて、土と一緒にその場を離れた。
十メートルほどむこうで、ぎちぎちと固まっている。
斜面の木も一緒に移動したので、その土がめくれ上がって、下地が顔を出していた。
「あ?やっぱ石組がある。」
「本当だ、四角い石がたくさん並んでいる。」
勇気が近寄って、その石の表面に触れると、突然地面が揺れ始めた。
「うわわ!地面が!」
「地震だ~!」
「「「きゃ~!」」」
揺れは一向に収まらず、激しく振動を続けた。
一行はもう、立っていられない。
ももですら、地面に伏して必死の表情である。
全員が膝を突いて、地面に伏せたころ、ボルクが上を指差した。
「兄ちゃん!あれ!」
「なんだ!光ってるぞ!」
ピラミッドの頂上付近から、一直線に光が立ちあがっている。
揺れが収まって来ると、ピラミッドに乗っていた土砂は崩れ落ち、裾野に折り重なるように木が組み上がっている。
「近寄れなくなったじゃん。」
「いや、それよりあの光はなんだったんだ?」
すでに、頂上の光はなくなっている。
『ラル!みんなぶじか~!』
ガイエスブルクの方向から、ピンクのドラゴンが飛んでくるのが見える。
声は、プルミエのものだ。
「師匠!」
アマルトリウスに乗って、プルミエがすっ飛んできたのだ。
「このたわけが!訳のわからんものに、手を出すんでないわ!」
持っていた杖で、ラルの頭をぽかりと小突いた。
「し、ししょう~。」
「ふうむ、これが失われた都の遺産か。わくわくするのう。」
「師匠は、これがなんだかわかりますか?」
「なんじゃろうのう?ま、調べてみればわかるじゃろう。アマルトリウス、この裾にあるごちゃごちゃしたのをあっちに吹き飛ばすのじゃ。」
「え~、これを~?」
ピラミッドのすそ野には、膨大な土砂と樹木が折り重なって、とんでもない状況になっている。
少なく見積もっても、五万トンくらいはありそうだ。
「こっちかわだけでいい?」
「しょうがないのう、まだ若いから仕方のないことじゃ、まずはそれでよい。」
「は~い。」
アマルトリウスが、思い切り息を吸い込むと、ものすごい暴風が吹き荒れて、子供たちまで吸い込まれそうになった。
「ばかものが~!」
プルミエは、子供たちの周りに結界を張り、やっとそれを防いでいた。
「こ、格子力バリヤー!」
ラルが、必死になってその上に障壁を張っている。
めきめきと、小枝などが宙を舞うが、アマルトリウスは気にしない。
アマルトリウスの体が、一回り大きくなったようにも見える。
そのうち、アマルトリウスののどがぽうっと赤く光り始めた。
こりゃヤバイものが出てくるぞ。
アマルトリウスは、加減と言うものを知らない。
メルミリアスに頼むのだったと、今更ながら後悔するプルミエ。
「みな、目を閉じるのじゃ!」
プルミエの声に、子供たちは地面に伏せて、目をかばった。
カリーナが、ラルの障壁の上に、もう一枚障壁を重ねた。
「格子力バリヤー!」
なんとか間に合ったようである。
『ごわああああああああああ!』
こうなると、周りのことなど一切気にしないのが、ドラゴンと言うものである。
やはり、自身の体の大きさが影響しているのか、人間がゴミのようだ。
アマルトリウスは、巨大なブレスをピラミッドの裾野と平行に吐き出した。
がぼおおおおおおおおんんんんんんん!!!!!!!
この世のものとも思えないような大音響と振動が、あたり一面を覆い、ピラミッドの裾野が現れて行く。
縮尺が訳わからなくなるような、巨大な炎があたりを焼き払う。
炎は、巨大な渦を巻き、ピラミッドの周囲の樹木を巻き込んで行く。
もはや、その姿を保つことは、どんな大木でも無理なようだ。
それは、創世記のノアの箱舟を運んだ大津波のように、積もった土砂をまきこんで、はるか上空に吹き飛ばした。
具体的に言うと、一.二㎞くらい上空で、距離にして三キロは向こうだ。
どおおおおおおんん
と言う、不穏な爆発音が聞こえるが、聞かなかったことにしたプルミエ。
それどころではない、ピラミッドの周辺では強力な暴風が渦を巻き、すべてを上空に巻き上げようと暴れている。
それに抗って、障壁を維持するので必死である。
ドラゴンブレスのあおりを喰らって、ピラミッドの表面に残っていた土砂はすべて払われて行った。
ピラミッドの周りは、まるで最初からそうだったようにどこまでも土の地面が現れている。
て言うか、この一片だけを吹き飛ばすんじゃなかったのか?
ピラミッドのまわりは、一面なにもなくなっているぞ。
具体的には二キロ四方がむき出しの地面だけになり、そこににょっきりとピラミッドが突き出している。
ギーザのピラミッドもかくやと言う、状態である。
こりゃあ、周辺の獣・魔物はみな居なくなったな。
『こんなもんでいいかな?』
アマルトリウスは、下のプルミエを見降ろして言った。
「う、うみゅ、まあまあじゃの。」
プルミエは、内心の動揺を悟られないように、落ち着いた声を出したつもりだが、胸が早鐘を打っていて台無しだ。
地面は、しゅうしゅうと音を立てて、あたり一面、さかんに湯気を噴き出している。
木々の姿どころか、草一本見つけることができない。
高さは百メートルはありそうな、四角い石を積み上げたピラミッドは、石灰質の白い肌を見せている。
いまの振動で、また頂上から光線を打ちあげているのが見える。
それは、間もなく消えて行った。
「なんじゃろうな?あの光は?」
「さっきも出てたよな。」
「そうか。」
「アマルトリウス、周りを冷やしてくれないか?これでは歩けないよ。」
ラルは、アマルトリウスを見上げて言った。
「おお、そうじゃの、まだ結界をとくでないぞ。」
しゅうううううう
アマルトリウスの口から、白い霧が噴き出して、ピラミッドの周りを冷やして行く。
「やめ~!これ以上冷やすと、今度は冷たくて歩けなくなるぞ!」
プルミエの制止を受けて、アマルトリウスは口を閉じた。
しゅうしゅうと音を立てていた大地は、やっと落ち着いた。
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