上 下
103 / 115

第一〇四話 勇者

しおりを挟む

 さて、ちょっと政治向きの話にもあきてきたので、新レジオ(ガイエスブルク?)に話を移す。
 なにしろ、できたばかりの町でもあり、森林の中にある平地にむりくり作り上げた町である。
 カズマの魔力が勝<まさ>ったのか、精霊の魔力が強いのか、おそらくは両方だろうが、以前のレジオの四倍の城壁を供えた町である。
 じつは、カズマの計算違い。
 レジオの城壁の一片を四倍にしたので、ひ~ふ~十六倍じゃないか!
 つまり、当時のレジオの城壁は、一辺が四キロそこそこだったので、一六キロ四方の巨大な街。
 つまり、人間が少なくてすかすかなのだ。
 領主館は、街の中心にあり、碁盤の目に仕切った町は、朱雀大路を中心に東西南北を城門に向けて大路が通っている。
 カズマは、凝り性なので、領主館は行政府も兼ねた広大なベルサイユ宮殿を模している。
 高さ二メートルの鉄柵に囲まれた、豪華な建物である。
 また、悪乗りのきついプルミエの手に寄って、巨大な礼拝堂が建てられているため、オシリス教の坊さんが続々と巡礼に来る。
 巡礼に来るほど信仰心が篤いため、この礼拝堂にこもって祈りをささげる者が後を絶たない。

 巨大な川の中州に建てられたこの礼拝堂の横には、孤児や寡婦がくらす孤児院と、生活用具などを生産する工場もある。
 恵理子が中心となって指導してきた石鹸工場も、この中だ。

 河川の氾濫を恐れたカズマは、街自体をかさ上げし、川をぐっと下げる手法で堤防機能を充実させた。
 川は通常の高さから、急に一〇メートルも落ち込む感じである。
 両岸は、巨大な岩石で固められ、町を東西に走る川がその間を抜けている。
 悠然とした流れは、水運を可能として、市民の憩いの場としても親しまれている。

 町の中心部は、外壁よりも低い塀で囲まれた二重構造で、耕地部分と別れた状態だ。
 その耕地部分も、低い塀で仕切られていて、ウサギやゴブリンなどが入らないよう気を配っている。
「ぎゃぎゃ!」
「ラル、そっちに行ったぞ!」
「了解!ファイアーアロー!」
 きゅきゅんと高い音がして、ゴブリンに向けてファイアーアローが放たれた。
「ぐげえ!」
 単独で行動していたゴブリンは、胸を貫かれて倒された。
「ふう、手間がかかる。」
「ユウキ、取り逃がすなよ~。」

「すまん、狙いが甘かった。」
 勇気のファイアーアローをくぐりぬけて、逃げようとしたゴブリンは、運悪くラルのいる方向に駆けだしたのだ。
「勇者さまのくせにさ。」
「まあそう言うな、俺はまだ見習いだ。」
「へいへい。」
 カズマに鍛えられたラルは、ファイアーアローや、ファイヤーボールなど、攻撃魔法を使えるようになった。
 また、ランドランサーは磨きに磨いて、かなりの命中率を誇る。
 まだまだ粗削りだが、戦士としての成長は希望が持てる。
 また、一方の勇気は、勇者補正で全属性魔法が使えるが、魔力の成長が遅くて、使いきれていない状態だ。
 いずれ育ったら、カズマを凌ぐ魔力を持つだろう。

 オシリス神の加護を持つラルよりも、大地母神・豊穣の女神ナイアの加護を持つ勇気の方が、はるかに強力なのだ。

 大地母神に認定された勇者だしね。

 その二人の背後に、手を振りながら近づいてくる影があった。
「お~い。」
「あ?ボルク(十一)じゃないか、どうしたんだ?」
 ボルクは、ブロワの町からついてきた孤児である。
 土魔法を得意としている。
 と言っても、子供だからそこそこ使える程度なんだが。
「はあはあ、にいちゃんが狩りに行ったって聞いたから、見に来たんだ。」
「ばかやろう、一人で危ないじゃないか。」
「えへへ。」
「まあ、ここは町の城壁の中だからな、大型の魔物はいないだろうけど。気をつけろよ。」
「うん。」
 ナイア女神の勇者である勇気は、となりの大陸、アフロディーテ大陸に行くために修行している。
 なにしろ、アフロディーテ大陸までは、このレジオから一万キロも離れているのだ。
 まあ、海岸沿いに北上して陸路を行った場合であるが。
 直線で飛べれば二〇〇〇キロ程度らしいんだが、それを飛べるような技術はない。

 現代の航空技術であれば、楽勝なんだが、カズマの移動魔法でも、知らない場所には飛びようがないし。
 無理矢理移動するにはリスクが大きすぎる。
 カズマは、最近むちゃくちゃ忙しくて、こちらに顔を出せるのはせいぜい月に一・二度程度しかないし。
 はっきり言って、今の勇気は手詰まり感がある。
「あ、ラルにい、あそこにレッドブルだ。」
「なに?ステーキか?」
 ボルクが指さす方には、大型の赤牛がいる。
 草食性だが、気性が荒く、仲間が居る時はオオカミでも危ない。
 頭についた大きな角で、腹を裂かれたりする。
「まだ気付かれていないな。」
 三人は、ゆっくりと草むらに体を潜ませた。

「どうする?」
「そりゃあ、今夜のステーキがいるんだから、おいしくいただくさ。」
 ラルは、当然のように口にする。
「いや、そうじゃなくて、攻撃手段だよ。」
「そうだな、ファイアーアローは、肉がまずくなる。ここは任せてくれ。」
「アレか?」
「ああ。」
 ラルはうなずくと、地面に手を当てた。
 声をひそめて、魔力を練る。
「らんどらんさ~。」

 前に練習していたものより、ずっとスマートで表面もつるつるしたきれいな槍が出来上がった。
 全長三メートル、直径は一番太いところで五センチそこそこか。
 姿勢制御翼は三方に突き出している。
 風魔法を練ると、ランドランサーはふわりと持ち上がった。
 そのまま上空一キロまで舞い上げて、赤牛の脳天目がけて打ちおろすのだ。
 重力加速に、風魔法の加速が加わり音速を超える。

 ちゅど~ん

 ランドランサーは見事に赤牛の脳天を貫き、ソニックブームを纏って地面に突き刺さった。
 レッドブルは、声一つ立てる間もなく狩られていた。
「やたっ!ラル兄ちゃん。」
「ちょまて!」
「どうした?勇気。」
「だめだ、仲間が居る!オス二頭メス五頭、あの木の向こう側だ。」
「どどど!どうすんだよ!」
「逃げるわけにもいくめえ、やるぞ。」
「へいへい、しょうがねえなあ、奥さま<ティリス>がいれば牧場に誘導できるのに。」
「愚痴ってもしゃああんめえ、お前はランサーを放て。」
「わかった、あ!」

「どうした?」
「ああ、ここにボルクがいたんだ、おい、ここにランドウオールを立てよう。」
「ああ、うん、わかった。」
「ウオール?」
「そうだ、あいつら捕まえる。」
「へ?」

 二人は突然騒ぎだした。
「ば~かば~か、ばかうし~!」
「へいへい、こっちだぜ~!」
 わあわあ騒ぐ二人に、怒ったレッドブルが向かって来た。
「ランドウオール!」
 幅五メートル厚さ五〇センチ、高さ一五〇センチの塀が、二人の眼前に立ちあがった。
 がきいん!
 赤牛は、突然立ち上がった壁に、避けることもできずに衝突した。
 あまりの衝撃に、脳震盪を起こした赤牛は、次々にその場に倒れて行く。
 七頭の赤牛は、その場で山盛りになった。

「へへ、やったね。」
 ボルクは、鼻の下を指でこすりながら、塀の上から牛を見下ろした。
「ほら、囲むぞ。」
 ラルに促されて、ボルクは地面に戻る。
 牛が気絶しているうちに、直径一〇メートルほどの柵を立てて、赤牛を取り込んだ。
「どうだい、攻撃だけが魔法じゃないぜ。」
「おまえら、ちょっとすげえな。こんな方法、ふつう考え付かないぜ。」
 勇気は、感心したようにうなずいている。
「まえに、練習している時に、ボルクが考え付いたんだ。相手はウサギだったけど。」
「へ~。」
 ボルクは、鼻の下をこすりながら笑った。
「ウサギだから、ずっと薄くて低くても成功したんだけど、やってるうちにこんなになった。」
「地味な練習だな。」
 勇気はため息をつく。
「そうだよ、でも、こうすれば取りすぎないですむ。」

「なるほどね、取り過ぎるとしまっとくところもないもんな。ウサギでも囲っていれば逃げられないのか。」
「あいつらバカだからな、まっすぐしか走れないし。」
 ラルは、壁に手を突いて勇気を見た。
「あはは、すげえ、こいつらはどうする?」
 勇気も壁を叩きながら、ラルに聞く。
「なに、草さえ喰ってれば、ここでも十分さ。そのうち奥方さまに誘導してもらおう。」
「そうだな、奥方さまの異種族会話って、牛まで説得できるんだもんな。」
「そこが、オシリスさまの加護さ。」
「なるほど。」
「メルミリアスの加護もあるし、奥方さまはつえ~ぜ。」
 青く光る鎧を思い出して、ラルは笑う。
 現場に立ち会ったものは、よく覚えているものだ。
「その点に反論はない。」



「っくしょん!」
「どうした?」
「急にくしゃみが…」
「誰かが悪口言ってるのさ。」



 三人は、最初に獲ったレッドブルを回収して、その場を後にした。


 現在、レジオでは城壁内の魔物討伐が盛んで、陣借り者たちがさかんにウサギ狩りを行っている。
 広大な土地は、なかなかその数を減らさないのである。
 柵の中でも、まだ森の部分もあり、その中に隠れているとわからない。
 城門には、絶えず門番が常駐しているが、小型のモンスターだけが来る訳ではないので、鉄柵はいつも閉まっていて横にある通用門から出入りしている。
 中型の魔物くらいなら、ここから出し入れできるし。
 塀から森までは二〇〇~三〇〇メートル離れているから、魔物が顔を出せばすぐわかる。
 その間は、雑草も刈りこんであるので、かくれることもできないし。

 塀の外は、相変わらずの森林と、草原が広がっていて、魔物や野獣がうろうろしている。
 幸いにして、ティラノザウルスやサンドワームのような大型の魔物は、あれ以来現れていない。
 ゾウさん(マンモス)なども現れないところを見ると、かなりレアなケースだったのではないだろうか。
 ジャイアントセンチピードも、精々が二メートルクラスしかないし、峡谷の環境のせいで大きくなったのだろうか?
 まあ、その謎は、後でとけばいい。

 魔物の居なくなった地域は、低い柵で囲って後日農地に転換することにしている。
 ラルが作った柵程度では、この広大な敷地に影響は出ないだろう。
 高いひくいはあるにせよ、少しずつ柵は増えている。
 すべてが農地になると、木陰が減ってあまり好い環境にならないしな。
 そのへんのバランスは重要なのだ。
 前にも出て来たが、ウサギなど繁殖力の高い動物は、交尾後に排卵されるものだから、ほぼ一〇〇パーセント大当たりになる。
 しかも、ウサギの平均出産数は三~五匹である。
 そりゃあ、繁殖するわ。


 三人は、中天に上った太陽を見上げた。
 勇気は汗を拭きながら、こぼす。
「あっちいな~。」
「少し休むか、腹も減った。」
「そうだな、あの木の下にしようぜ。」
「ああ。」
 勇気とラルは、頷きあって前方の木を目指した。
 ボルクは、周りを警戒しながら、その後に続いた。
「どうした?ボルク。」
 ラルが、怪訝な顔でボルクに聞いた。
「いや、おかしくないか?鳥の声がしない。」
 ボルクは、耳に手を当てがって周囲の音を拾っている。
「とり?」

 その時、森の方面から一斉に鳥が飛び立った。
 あまりに多いので、空が黒くなるくらいだ。
「うわ!どうした!」
 眼前に迫る鳥に、腕で顔をかばいながら勇気がくちをひらく。
「にい!あれ!」
 ボルクの指さす方に、巨大なワイバーンが飛びだす。
「ワイバーン!」
 ワイバーンは、巨大な膜翼を広げて森から飛び立つ。
 もともと、そんな羽根では巨大な体を宙に浮かすことなどできない。
 当然、それは魔力を併用して飛んでいるのだ。
「ぎゃー!」

 ワイバーンが、聞いたことのない声で鳴く。
「変だ、何かから逃げてる!」
 ラルは、ワイバーンの不規則な行動に不審を抱いた。
「ああ!にい!」
 ボルクの指さす方向から、赤い火の玉が飛びだした。
 

 ワイバーンは必死に飛びあがろうとしているが、それに向かって飛んでくる火球!


 ぼがああん!


「うわ!当たった!」
 ワイバーンは、空中で火球を喰らって、瞬時に絶命して地面に落ちた。
「南の城門だ!」
 すぐに駆けだした勇気の声に、二人は続いて駆けだした。
 西の城門から向こうは海、南の城門の向こうは広大な森林地帯である。
 身体強化をかけた二人に着いて行けないボルクは、いきなりコケた。
「ヤバい、勇気!」
「がってんでぃ!」
 勇気は、ボルクを横抱きに抱えて、一気に走る。

 一キロを三〇秒ほどで走り抜け、南の城門に至った二人は、見あげるような巨体を目の前にした。

 ぎゃおおおおおおおんん!

 でかい、全高五メートルはありそうな、巨大なティラノサウルスレックスが、ワイバーンを咥えていた。
(全高五メートルと言うことは、身長は一〇メートルを超すと言うことだ。)


 騒ぎに駆け付けた陣借り者たちも、あまりの大きさに手を出しかねている。
「どうする?腹が膨れていれば、こっちに危害は及ばないと思うが。」
 勇気は、槍を構えながらラルに声をかけた。
「しかし、腹が減ったらまたくるぜ、おれたち見られちゃったからな。」
「エサ認定確定かよ。」
「そうだな、陣借りも集まっちまったから。」

 レックスは、勇気と目が合うと、咥えていたワイバーンをぽろりと落とした。

「へ?」

 ぎゃおおおおおお!

 一声吼えると、レックスが体の向きを変える。
「わわ!こっちくる!」
「勇気!外へ出ろ!城門を閉ざす!」
「なんでおれだけ!」
「お前がエサ認定だ!すこし逃げろ、その間に城門を閉じる。」
「ううぇあわわわわわわわ!」
 勇気は、転がりながらレックスから逃れる。
「ボルク、中から壁を作れ!俺は外から作る。」
「にい!」
「早くしろ!勇気一人じゃ死んじまう!」
 ラルが叫ぶと、負けじとボルクが声をかけた。
「じゃあ、壁は俺が作る!にいは勇者を!」
「いいのか?」
「石にかじりついても作るよ!」

「よく言った!まかせるぞ。」

 城門に軽く土をからませて、ラルはその場を後にした。
 ボルクのほかに、土魔法が使える陣借り者たちが集まって、城門を閉じる。
 みな脂汗を流しながら、必死になって土を固めた。

 ぎゃおおおおおおんん

 ずしんと重そうな足音をさせて、直径一メートルはありそうな口をがばっとひらく。
「ちくしょう!ワイバーン喰ってろよ!」
 勇気は、冷や汗をかきながら、レックスに悪態を突く。
「ばか、お前の魔力を感知してるんだよ!」
「ラル!」
「ファイアーアロー!」
 ラルの手から、十数本のファイアーアロー!が飛びだした。
 がががっと音がして、レックスの口に吸い込まれ、巨竜は苦痛の声を上げる。
「効いてる?」
「ばか!危ない!」
 勇気が横っ跳びに、ラルを押し出した。
 どんと、衝撃が来て、ラルは勇気とすっとんだ。

 巨大なアギトがいままでラルの居た場所をがちんと襲う。

「ちくしょう!どうしたらいいんだ!」
「お屋形さまみたいに、強力な雷がだせたらなあ!」
 ラルのサンダーは、威力が低い。
「それだ!」
「どれだ?」
「カミナリだ、しびれたら動けない。」
「できるのかよ!」
「うう、やってみるか。」
 短い間に、そんな会話が交わされた。
 しかし、レックスが待ってくれるはずもない。
「うわあ!」

 勇気の巨大な魔力に引かれて、ティラノサウルスレックスは、勇気ばかりを狙う。

「ランドランサー!」
 そのすきを突いて、上空に打ちあげたランサーを風魔法で照準補正しながら、レックスの頭を狙うラル。
「ちくしょう、動くなよ!」

 それはムリ。

 あいては、腹をすかせた肉食獣である。
 魔力の高い生き物を喰うと、とてもうまいらしい。
 時速二十キロと言う、人間にはちょっち難しい速度で追っかけてくる。
 自然と、ランサーも後ろから追いかけるような形になる。
「いけ!」
 三歩先を狙って落下させたが、それよりも早くレックスが動いたため、背中に刺さってしまった。

 ぎゃおおおおおおんんんん
 
 怒ったレックスが、雄叫びをあげる。

 皮が厚いとはいえ、音速で飛んできた槍は、かなり深くめり込んだ。
 おかげで、ぜんぜん抜けない。
 背中なので、手をまわしても届かない。
 抜けないやりにイラついて、余計に咆哮を上げる。
 森の木々がびりびりと震えている。
「ちくしょう!ちくしょう!」
 必死になって、木を盾にしながら森を駆ける。
「どうすれば…あ!」
 ラルの頭に、レジオのオークキングの顔が浮かんだ!
「落とし穴か!」

 ラルは、必死になって直径五メートルの落とし穴を掘る。
 ラルの魔力量からすれば、あきらかにオーバーワークだが、この際かまってはいられない。
「こっちだ!落とし穴に落とせ!」
「どわ~!」
 走り幅跳びの世界記録は、八.九五メートル。
 なんとか飛び越えて、着地すると後ろを走っていたレックスが、迫って来る。
 勇気は、振り返ってレックスの足もとにファイヤーアローを打ち込んだ。
 レックスは穴の縁が崩れて、そこに足を取られて頭から落ちた。

 ラルは、使える魔力を全部使って穴を掘ったので、深さも一〇メートル近いようだ。
 その分、力尽きてぶっ倒れた。


「どちくしょう~!」
 勇気が叫ぶ!
 勇気の頭の中は、沸騰しそうなくらい沸いていた。
 イメージ!イメージ!雷が落ちる雷雲のイメージ!
 空気と水の粒が摩擦を起こして、静電気が発生する!
 現代高校生の帰宅部員であっても、このくらいの基礎知識は持っている。
 勇気は、ありったけの魔力を風と水の魔力に変換した。
 雷雲を生み出すのである。

「さんだあ~ぶれ~~~~く!」

 昼間だと言うのに、世界が真っ白になるほどの稲光が、落とし穴に向かってたたき落とされた。

 ちゅど~~~~~~んんんんんん

 恐ろしいほどの轟音と共に、穴の中が真っ白になる。
 ボルクは、壁の向こうで耳を押さえてひっくり返った。
 勇気が魔力の制御を放棄して、ありったけの魔力を注いだため、世界はホワイトアウトしてしまった。
 その熱量もすさまじく、落とし穴の周りは溶けて溶岩化している。
「ざまあみやがれ!」
 勇気は、その場で魔力が切れて崩れ落ちた。

 ちなみに、この落とし穴を中心に、半径二〇〇メートルくらいの生き物は、みなしびれて動けなくなったらしい。

 音を聞き付けて、集まってきた町民に、しびれたメンバーが助けられたのは言うまでもない。



 次の日、落とし穴の確認に向かった三人は、がっかりした。
「あ~、真っ黒だねえ。」
 ボルクは、残念そうに穴の縁に座り込んだ。
「消し炭みたいになってるな。」
 ラルも、素直な感想を述べる。
 穴の中の土が沸騰して、レックスはほとんどが炭のようにコゲている。
「ぐぐ、失敗だ。やりすぎた。」
 勇気は、頭をかかえた。
「まあな、ぶっ倒れるまで魔力をこめればな。」
「面目ねえ。」
 勇気は、がっかりしていたが、ラルとボルクは笑っている。
「でもいいじゃん、雷の魔法は身についたみたいだし。」
「ああ、それな。制御の練習しないと、消し炭しか残らねぇ。」
「確かに、勇気にいちゃんは、やりすぎだ。」
 ボルクにいわれて、ずうんと落ち込む。
「ところで、この消し炭どうする?」

「どうするって、こんなもん埋めるしかないだろ。」
「やっぱそうなるか~。めんどくさい。」
「ええ~?」
 勇気は情けない顔をして立ちつくす。
「だってこれ掘るのに、どんだけ魔力使ったと思うのさ。」
「でもなあ、穴が開いたままって言うのも…ほかの魔物が来たら面倒だし…」
 三人は、穴をのぞいてため息をついた。
「やっぱ、あんたたちバカね~。」
 振り向いた三人の前には、ボブの髪を揺らすポーラ(十四)が居た。
「ポーラ、なんだよ。」
 ラルは、下唇を突き出して、むっとする。
「こんなものはね、レビテーションを使うのよ。」

「レビテーション?」
 ラルが怪訝な顔で聞いた。
「そうよ、大きな石をレビテーションで持ち上げて、上に乗っければ魔力の消耗も少ないでしょ。」
「へえ、そんな手があるのか。」
「勇気も!ちょっとは考えなさいよ。お屋形さまがよく言ってたでしょ。」
「うん?」
「魔法は、イメージと応用だって。」
「ああ!」
「さ、それじゃ石を運ぶわよ。」

 ポーラが持ち上げられる石の大きさは直径五〇センチ、重さにして八〇キロくらいのものだが、ラルや勇気にかかると一メートル以上の石が持ち上がる。
「やっぱ、あんたたちの魔力は、あたしたちとケタが違うわね。」
 ポーラは、素直に感心している。
「ぽーらー、あたしも手伝うよ~。」
 ジャッキーとカリーナもやってきた。
「ああうん、助かるよ。思ったより穴が大きいんだ。」
「うわ~、本当だ。大きいねえ。」
 ジャッキー(十二)は、穴を覗き込んでびっくりしている。
 中は、土が溶けて真っ黒になっているが。
 カリーナ(十四)は、最近よくラルと一緒にいる。
 ポーラにしてみると、ちょっと気に入らない。
 同じ年の女の子たちは、互いにラルを意識し始めたようだ。

 カズマの側にいて小姓のような仕事をし、魔法も良く使い、将来は有望そうだからな。

 旅の間に、ずいぶんたくましくもなったし。

 女の子は、成長が早いねえ。
 毎回こんなこと言ってるな~。

「しかしまあ、大人が二十人がかりでもこいつは、狩れないぞ。」
「ゲオルグ!」
 ゲオルグ=ベルンである。
 カズマに頼まれて、この町の防衛を担っている。
 馬の轡を持って、穴を覗き込んでいる。
 ホルスト=ヒターチも馬に乗ってやってきた。
「まったくだ、第一おれたちの剣が刺さるかどうかも確かじゃないぞ。」
 ティラノサウルス=レックスの皮の下には、厚い脂肪の層があって、剣が刺さるのを防いでしまう。
 ラルのランサーが刺さったのは、ひとえに上空からの音速を越えた速度に寄るものだ。
「勇者補正ってのは、確かにすげえな。」

 文句を言いつつも、二人は大きな石を手で持って運んでくれている。
「でかいドラゴンだと言われて来てみれば、二人がかりで倒したと言われる。」
 ゲオルグ=ベルンはため息をついた。
「成人も迎えてない小僧に出しぬかれた気分は、あまりいいもんじゃないな。」
「お屋形さまの育てたラルは、勇者に匹敵するぞ。」
 ベタ褒めだな。
「ワイバーンはどうしたんだ?」
「ああ、それは、回収しておいたよ。革袋の中だ。」
 ラルは、腰の革袋を叩いて見せた。
「そいつも、おまえらがやったのか?」
「いや、これはレックスのブレスにやられた。」
「ぶ、ブレスまではいたのか。」

「まあ、ドラゴンだしね、恐ろしいけどすぐに次が撃てる訳じゃないからね。」
「クソ度胸は、一人前以上だな。」
 ゲオルグは、肩をすくめる。
 話をしながら作業が進んで、なんとか落とし穴はふさがった。
「そうそう、レッドブルも捕まえてあるんだ。」
「はあ?」
「ボルクと二人で塀で囲って捕まえた。」
「もう、お前、成人式やってもいいんじゃないか?」
「まだまだだよ。」
「レジオで成人の儀って、どうやるんだ?」
「そうだな、単独でウサギを獲って来ることかな?」

「それじゃあ、お前はとっくにやってるじゃないか!」

 ゲオルグの嘆きはそれだけじゃない。
「おまえ、この前ドードー鳥も獲ってたじゃん。」
「ああ、そう言えば、あいつ速かったな。」
 勇気も頷いて答える。
「すげー速かった!時速五十キロくらい出てた。」
「よくわからんよ。それで、どうやったんだ?」
 ああ、素材が傷つくのが嫌だったから、細い通路に追い込んで、前に槍衾作ったんだ。」
「うわ!エゲツな~!」
「前から突っ込んできたから、かんたんに獲れたよ。」
「ふつうは、その罠を作るのに、むっちゃ時間が取られるんだよ。」
 手作りでやっていればそうだろうな。

 魔法の有用性は、そこにあるんだ。
 イメージを魔力に替えて、土の形を変えるなどという、いわゆる物理法則の捻じ曲げなどを行うのだ。
 ラルは、土魔法に特化しつつあるが、得意だと言うわけで、他の属性が皆無な訳ではない。
 もちろん、火魔法は攻撃に転用できるし、水だって出せる。
 カズマの教育方針は、できれば全属性に対する理解をするというものだ。
 だから、ラルはどうイメージするかを、具体的に理解しているし、数学的な見方をすることもできる。
 魔力を、物理的に構築する感覚をマスターさせたのだ。
 頭の固くなっている、ゲオルグ達にはなかなか理解できないことである。
 だから彼らは、厨二病丸出しの、いやな詠唱をしなくてはファイヤーアローすら撃てないのだ。

 そのへんは、王国の魔法使いも帝国の魔法使いも、悩みの種なのである。
 彼らにとっても、無詠唱はあこがれの的なのだ。
 勇気にせよラルにせよ、無詠唱から一気に殲滅に持って行く魔法は、異次元のモノに見える。

 その辺では、陣借り者たちがウサギをタコ殴りにしている。
 だいたい、ふつうはウサギでも、三人~五人で囲んで倒すものだ。
 単独で倒すなど、レジオの成人の儀は野蛮だな。
「おっちゃん、それじゃ毛皮に傷がつくよ。」
 ラルが、ひとりの肩をたたいた。
「おうぼうず、どうするんだ?」
「こうする。」
 弱い電撃を喰らわすと、ウサギはびくりとしびれて動かなくなった。
「おお!気絶した!」
 ついでに、体にくっついていた、ノミやダニがぽろぽろ落ちる。
「ほら、喉を切って止めを刺すんだ。」
「おお!そうだった。」

「ラルにい、俺たちもウサギ獲ろう。」
 ボルクは、カズマにもらったナイフを持って、ラルに言う。
「そうだな、勇気!やるかい?」
「おう、そうだな、気配はあるか?」
「ちょっと待て、いまから探す。」
 ラルは、パッシブソナーを森に向けてはなった。
「おう、いるいる。四匹いるな。」
「どこだ?」
「あそこの大木の下の草むらの中だ。」
「よし、何を撃つかな~。」
 勇気が、草叢を見ながら言うので、ラルはあきれた。

「ばかだな、せっかく命がけで覚えたサンダーじゃないか。今使わなくて、いつ使うんだ?」
「おう!それそれ、やってみる。」
「いいか、全開でやるんじゃないぞ、しぼってしぼってウサギが痺れればいいんだからな。」
「そ、そうか。えっと…こうかな?」
 勇気の頭の中には、スタンガンのイメージが浮かんでいた。
「こい・こい・いいぞ~。」
 大木の上には、暗雲が渦を巻く。
「それ、サンダー!」

 バヅ!

 嫌な音と、イオン臭がして、草むらに青白い光が落ちた。
 一羽のウサギが飛びあがったが、残りはそこでひっくり返ったようだ。
 飛びあがったウサギも、その姿勢で固まっている。
 よく見れば、ホーンラビットである。
「ああ、固まっていたものな、普通のウサギは単独が多い。」
「いいかげんな探知だなあ。」
「アホ、みつかりゃいいんだよ、さ、行くぞ。」
 ラルは、ボルクと二人で歩き始める。
 ポーラやカリーナ、ジャッキーも着いてきた。
「あ、おい待てよ。」
 勇気は出遅れて、軽く駆けだす。
「待てと言われて待つドロボウはいない。」
「ドロボウかよ。」

 ホーンラビットは、身長が一二〇センチから一五〇センチ。
 かなり大型のウサギなので、喰い出がある。
 狩りとしては、一羽で十分なくらいだが、孤児たちは二〇人以上いるので、一羽だと心もとないのだ。
「ボルク、止めだ。」
「あいよ!」
 ボルクは、手に持ったナイフで、すぱすぱとホーンラビットの首を切って行く。
 中に一羽、真っ白な奴が居た。
「わ~、これいいわ~、ラルこの毛皮ちょうだい!」
 ポーラが、ラルの二の腕に抱きついて言う。
「あ?獲ったのは勇気だから、勇気に聞けよ。」
「勇気、いい?」
 ポーラは、その姿勢のまま振り返って、勇気に声をかけた。

「ああ、いいよ。コートでも作るのか?」
「うん、上着にする。きれいだもん。」
「あ~、いいな~、出遅れちゃった。」
 ジャッキーが悔しそうに言う。
 

 ポーラは十四を迎えて、急にきれいになった。
 勇気は、たまに顔を出す、そんな表情にどきどきするのだが、本人はラル、ラルである。
「ちぇ~、このうえ勇者まで取られてたまるかよ。」
「どうした?」
 いかにも呑気なラルである。
「なんでもねえよ。」
 魔力量にしたら、勇気はラルの三倍以上あるのだが、制御が甘くて使いきれていない。
 剣術は、カズマから直接指導を受けて来たラルの方が、一歩先を行っている。
 内部の葛藤は、はかりしれないのだ。
 ただ、ラルは、レジオの暴走でもくじけなかった、不屈の根性を持っている。
 勇気からすれば、それはまぶしいものにほかならないと、本人も強く思っているのだ。

 ラルは、いいやつだ。

 勇気の本音である。
 ただ、勇気は、大地母神の勇者であり、いずれアフロディーテ大陸に向かわなければならない。
 イシュタール王国に、未練は残したくないのも事実だ。
「いずれ、アフロディーテ大陸が落ち着いたら考えるさ。」
 少し遠くを見て、そう思うのだった。

「アンリエット姫さま、お待ちください!」
 王都から連れてきたメイドのハンナは、必死になって王女アンリエット姫を追いかける。
「ばあや、私は姫ではありません。」
「いいえ!あなたさまは、次代のイシュタール王国を背負って立つ、大事な王女様です。」
 ばあやと言うほどの年でもないのだが、(三十四だし。)ハンナはきっぱりと言い切った。
「お父様は、カズマに王国を譲ったのよ。」
 アンリエット姫も、このレジオに来て少し成長したのだろう。
 もう十二歳になった。
 くまさんに喜んでいるだけではなく、勉強もかなり進んでいる。
「姫と言うなら、アンジェラの方でしょう。」

「いいえ、おとどは正二位、王位にはつきません。」
「十分な地位だと思うけど?」
「姫さま、王族はその責任を自覚しなければなりません。」
「でも、お父様は…」
「王さまは、十分その職責を果たしていらっしゃいました。王弟どのがそれに代わったとはいえ、王さまとして努力されました。」
「…はい。」
「ですから、一時的に国政をカズマさまにお預けなされましたが、本来の王位は次代のアンリエット姫さまとなります。」
 子爵の第三姫、同位の嫁として王宮に出資していたハンナは、貴族としての教育が行きとどいているため、けして譲らない。
「それで、どちらに行かれます?」
「ええ、ラルがドラゴンを狩ったと聞きました、どれほどのドラゴンか見たいのです。」
「あらまあ、そのような野蛮なモノを…」
「いいえ、国の脅威になるようなものは、この目に留めねばなりませんでしょう?」

 自分のまいた種である、ハンナはため息と共にうなずいた。
「わかりました、馬車を用意します。」
 後ろに控える騎士に合図をすると、騎士は厩舎に向かった。
 軽装鎧だが、金属なのでがしゃがしゃと賑わしい。
 薄桃色の柔らかな衣装をまとった姫は、ハンナに向かって頷いて見せた。
 領主館から少しずつ下がっていく石畳を眺め、アンリエットは、はるか城壁に目を移した。
「ラルは、どのようなドラゴンを倒したのでしょうか?」
 黒焦げで、なにがなんだかわからんドラゴンです。
 しゃんしゃんと鈴の音を響かせて、新レジオのメインストリートを行く馬車は、日よけを配した簡単なものである。
 窓もドアもない、それゆえ軽くて、馬の負担も少ないのだ。

 アンリエット姫は、そんな馬車に乗って南の城門に向かっていた。
 妹スエレンは、まだお勉強中だと言うのに、わがままな姫さまだな。
「なにか問題でも?」
 あ・いえ、ありません。
 アンリエット姫はわくわくしながら、城門をくぐる。
 横の通用門なので、幅は二メートルもない。
 歩いてくぐって、森の方向を見た。
 何人かの少年少女が集まって、わいわいやっているのが見て取れる。

 ゲオルグ=ベルンとホルスト=ヒターチがいち早くアンリエット姫を見つけて、駆けよってきた。
「姫さま、いかがいたしましたか?」
 ゲオルグ=ベルンに聞かれて、アンリエット姫は顔を上げる。
 身長差は五〇センチ以上である。
「はい、ラルがドラゴンを獲ったと聞きましたので、見に参りました。」
「それは残念でした、いましがた埋めてしまいました。黒焦げで、使えるところもありませんでしたので。」
「そうですか…残念です。」
「では、その痕跡なりとも御覧になりますか。」
 ホルスト=ヒターチが、場をとりなすように声をかける。
「あ、はい、見たいです。」
 ハンナは、あまり好い顔はしていないが、姫の希望に沿うことにした。
 ぽくぽくと歩いて現場までくると、ラルが明るく笑っている。
 アンリエット姫は上気したほほを赤く染めて、ラルを呼んだ。

「ラル!」
「あ、姫さま、はい。」
 ラルは、軽くかけて姫の側に寄る。
「ラルの仕留めたドラゴンはこの下ですか?」
「はいまあ、勇気といっしょに獲ったのですが。」
「そう、勇気どのもお強いのですね。」
「まあ、魔力は強いですよね。」
「そうですか。ずいぶん大きな穴でしたのね。」
「まあ、ドラゴンは、ティラノサウルス=レックスの中でも大型と思います。」
「まあ!レックス!」
「はい、高さが五メートルくらいで、長さは一〇メートルを超えました。」
「まあ、なんと恐ろしい。」
「ええ、勇気がおとりになって、隙を作り俺が落とし穴を掘りました。」

「魔法でですか?」
「そうです。」
「まあ!」
「そして、穴に落ちたところを、勇気のサンダーで止めを刺しました。」
「それでは、獲ったのは勇気どのですか?」
「まあ、二人で取ったと言うのが本当ですね。ただ、魔法が強力すぎて、ドラゴンは黒焦げ、素材も全部パアですわ。」
「まあ、あはははは。」
 アンリエット姫は、朗らかに笑った。
「どうです?姫さま、みんなでお茶にしようと思うんですが。」
 横合いから勇気が声をかけた。
「はい、いいですね。」

 ボルクが、気を利かせて、木陰にテーブルといすを土魔法で作った。
 ポーラが、革袋からお茶のセットを出す。
 席に着いたアンリエット姫の後ろに、ハンナが付いた。
「ハンナさん、あなたものどが渇いたでしょう、一緒にお茶にしましょう。」
「ラルどの、そうはまいりません、わたくしが姫さまと一緒の席など。」
「ではこちらに、大人の席を作りましょう。」
 そう言って、ラルは簡単にテーブルセットを立ち上げる。
「すげえ、やっぱラルにいの魔法はケタが違う。」
 ボルクは、自分が苦労して作った武骨なテーブルに比べ、ラルの繊細なテーブルに驚愕<びっくり>した。
「ほんとにね~、ラルはどれだけうまくなるのよ。」
 ポーラは、ポットにお湯を出しながら言う。
「なんだよ、こんなもの何度もやりゃあうまくもなるさ。旅の間、ずっとやってたんだから。」

「でも、あんたのは、ケタが違うわよ。」
 カリーナが、ほほを染めて言う。
「そうそう、テーブルの縁まで、きれいに飾ってあるわ。」
 ジャッキーはアンリエット姫と同じ十二歳、でも心は乙女のようですよ。
 ラルにぽーっとなってます。
「か~、なんでラルばっかし褒めるかな?」
 勇気は、面白くなさそうにボヤいた。
 勇気は十七歳、ラルより二歳も年上なのに。

「…それで、レッドブルが居たので狩っていたのですが、柵に追い込んで生け捕りにしたので、休もうとしたんですよ。」
 姫と一緒にお茶を飲みながら、ドラゴン獲りの話をする。
 姫はお茶もそっちのけで、わくわくしながら聞いている。
「そこで、鳥が飛び立って、ワイバーンが飛びだしたんです。」
 今頃になって、始めたその話を聞いたのは、ポーラやカリーナもいっしょだった。
「ワイバーンの肉なんて、ごちそうですからね、すぐに獲ろうと思ったら、後ろから火球が飛んできて、ワイバーンに直撃。」
「まあ!」
「そのブレスを出したのが、後から追いかけて来たティラノサウルス=レックスだったんです。」
 乙女たちは、わくわくしながらラルを見つめる。
 勇気はぶすっとサンドイッチをほおばる。
 ボルクは、茶を持ち上げて、そうだったのかと納得した。
「にいちゃん、よく逃げなかったな…」

 そこにいた全員の気持ちだったろう。

「いや、勇気がいるもの、逃げる必要がないだろう?」
「はあ?なんでおれ?」
「だって、ナイア女神の勇者だぞ、レックスくらい平気だろう?」
「ないない、そりゃあないって、前はカズマさんが居たからよかったんだよ。」
「そうか?勇気の実力なら間違いないと思ったぞ。」
「買いかぶるなよ。」
「いや、お屋形さまさまからも聞かされていたし、勇者補正と完全防御は、油断しなければドラゴンにも負けないと。」
「そうか?」
「ただ、悪意のない攻撃には、完全防御も役に立たんとは言われたが。」
「なんだよそれ。」
「ナイフ持ってるやつが、顔の前でコケて、ナイフが偶然首に刺さったら、それは攻撃じゃない。」
「ぐえ。」
 勇気の口から、変な声が漏れる。

「偶発的な事故には、注意しろってことさ。」
「逃げようがないことを持ちだすな!」

 テーブルには、笑いが起こった。
「だから俺が警戒しているんじゃないか。」
「へいへい、うかつな奴でトゥンマテン。」
「君子危うきに近寄らずだよ。」
「なんだよそれ?」
「あんたなあ、あんたの国のことわざだろう?お屋形さまに聞いたぞ。」
「勉強不足だ。」
「切り捨てたよ。」
 ラルは、勇気に向き直った。
「お屋形さまには、剣の素地があった、習っていたからな。だが、勇気にはそれがない。」
「?」
「下地なしに、勇者の力が出せるわけがないんだ。それは、華奢な馬車に馬二〇頭もつなぐようなもんだ。」
「?」
 勇気は首をひねる。

「走り出したとたんに、ばらばらになっちまうよ。」
 全員が勇気を見た。
「勇者の力ってのは、そのくらい恐ろしくて繊細だってことさ。これはお屋形さまの受け売りだけど。」
 勇気は真剣な目でラルを見る。
「体力だってそうだし、筋力だってそうだ。だから、勇気は人の何倍も努力しないと追いつかない。」
 カズマの言っていたことは、そういう意味だったのかと、あらためて気付いた勇気だった。
 この件で、ラルの株がまた上がったことは言うまでもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...