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第九十二話 王都陥落

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「ファイヤーボールだ!」
「「「よけろー!よけろー!うわあああ」」」
 ドーンと言う音と共に、何百個と言うファイヤーボールが放たれて、城壁に激突する。
 木の盾に守られながら、前進する魔道師は、破壊力の高い高温の魔法を放つ。
 弓矢の攻撃は、あまり効果が上がらない、王都側の魔道師はほぼ魔力切れで、攻撃できないのがばれているのか?
「ちくしょう!もう破られる!」
 熟練の兵士らしい髭面が、黒く汚れた顔を向けた時、極大のフレアが迫り、彼の見た最後の光景となった。

 それと同時に、東門には数限りなくファイヤーボールが飛んでくる。

 ちゅどどーんんんん!

 王都 東側防壁の城門真ん中あたりに集中した攻撃は、反撃も間に合わず防壁を崩壊させた。
 帝国側からは盛大な歓声が上がる。
 なおもファイヤーボールは集中して放たれて、くずれた城壁を完膚なきまでに破壊した。
 かつて城門のあった場所には、盛大な穴があいている。
「ちくしょう!王都の守りが!」
「ああ、ジョルジュ将軍がいてくださったら…」
 近衛の騎士たちは、王都を離れたものも居たが、ここにとどまった者も居たのだ。
 シモン=ジョルジュ将軍は、近衛騎士として絶大な人気を博していたが、先の反乱で捕らわれそうになって出奔した。
 邸宅の周りを十重二十重に囲まれたのに、どうやって脱出したものか、蛻の殻だったそうだ。
 王国の腐敗に絶望したとも伝えられる。
 また、陸軍のマルメ将軍も、捕吏の手にかかる前に出奔したらしい。
 情報はまだ玉石混合で、正しいことは何もわからない。

 ただ、この攻撃だけは現実であり、仲間はその屍をさらしている。

「うう、王都もこれまでか…」
 城門の周りには、王都防衛の兵士たちが屍をさらしており、それを回収する人手もないのだ。

『なにをしているでおじゃる!すぐにバリスタを運ぶでおじゃる!』

 金髪の壮年が、銀色に光る鎧も綺羅綺羅しく立っている。
 その後ろには、錚々たる兵士が二千名整列している。
「あ・あなたは…」
「殿!バリスタ、準備できました!」
「よし、よく狙うでおじゃる、あの盾に守られた魔道師でおじゃる。」
「「ははっ!」」
「てー!」
 ばしゅん!と音がして、大量の鉄の矢が放たれた。
 何千本と言う鉄の矢が、敵陣地に向かう。
 通常の弓の三倍は飛距離を持つバリスタは、陸戦兵器の花形であるが、この国には数は少ない。
 それが、何十機も並んでいる。
「カズマが預けて行ったものでおじゃる、この日あるを予想したかのう?」
 金髪をゆらして、不敵な笑顔を向けた。

 距離にして五〇〇メートル以上を飛んで、敵兵に向かう矢の雨。
 
 嵐のようにざーっと音を立てて魔道師を襲う鉄の雨は、そのことごとくを串刺しにし、ゲルマニア兵を戦慄させた。
「盾!たて~!」
 絶叫のうちに、魔法師団が崩れて行く。
 木の盾では、鉄の矢は防ぎきれないのだ。
 敵バリスタは、決定的な攻撃を仕掛けた。
 さすがに、鉄の矢は無限ではない、前面にいた魔法師団をせん滅すると、引かざるを得ない。

「今のうちに、土魔法師を集中して、防壁を修理するでおじゃる!」
「は!」

 マゼラン伯爵の指揮により、当面の敵は撃退された。
 オルレアン公爵は、クーデターの撹乱のため、ゲルマニアと共謀し、国境線で小競り合いを起こした。
 しかし、クーデター騒動終結後、オルレアン公爵の作戦に利用されたゲルマニア帝国は、その裏をかいて王国東側の各領土を蹂躙した。
 オルレアン公爵にしてみれば、寝耳にミミズである。
 ゲルマニア軍は、速攻イシュタール王国王都を攻略すべく進軍した。
 当然、オルレアン公爵領の隣にあった、バロア侯爵領もその攻撃を受けた。
 バロア侯爵領は、甚大な被害を受け、死屍累々。
 すでに、領土として成り立たないほどの打撃を受けた。
 復興には、二〇年は必要ではないだろうか?
 兵士に踏み固められた田畑は、手が出せないほど固まってしまっている。

 無人の野を行くがごとく、ゲルマニア軍は粛々と前進した。

 王従弟、バロア侯爵領は、王都の東にある。
 つまり、バロア侯爵領をおとせば、王都は目の前と言うわけだ。
 王都に攻撃を受けている時点で、イシュタール王国の末路は決まったようなものだろう。
 ゲルマニア帝国が、抵抗する貴族たちを許すとも思えない。
 いくら乱取りをおさえても、兵士たちはこっそりと近隣の村を襲う。
 これは、公然と許されてしまうのだ。
 なにせい、犯人はわからない。
 わかっていても、わからない(笑)。
 つまりは、勝った者が勝ちなのだ。
 負けたものは、反論すら許されない。
 それが、戦<いくさ>と言うものだ。


 おじゃる伯爵こと、マゼラン伯爵も、その優雅な出で立ちとはちがい、悲壮な覚悟を決めて王都に来たのだ。
「まずは、生きてマゼラン領都には帰られそうにないでおじゃる。華々しく散る覚悟じゃ。」
「お屋形さま!」
「腐っても王国!腐っても国王!守って見せるのは、貴族としての矜持でおじゃる。」
 顔に似合わぬ剛の者、おじゃる伯爵は男でござる。
「とは言え、じり貧じゃのう、決め手に欠けるわえ。」
「まことに。」
『マゼラン伯爵!』
「おお、シェルブール辺境伯爵どの。」

「一別以来だな、ご健勝で何より。」
「なんのお主こそ。」
 二人は拳を合わせた。
「しかし、すでに王都に迫っているとはな。」
「まことに、麿の兵が間に合ってよかったぞよ。」
「まったくだ、ワシの兵は城門に付かせた。」
「それはけっこうでおじゃる。しかし、国王陛下はいずくにおられるのかのう?」
「う~ん、困ったな。」

 マゼランの兵士たちは、せっせと土嚢を運び、城壁を修理しているが、王都警備の兵士たちはへたり込んで起き上がりもしない。
「なにをやっておるのかのう?国の兵士たちは。」
「防壁が破られそうだと言うのに、しっかりせい!」
 シェルブール伯爵に活を入れられても、へばってしまって立てないのだ。
 なんと昨夜から何も食べていない。
 水すら供給されない。
 これで戦えとは、鬼の所業である。
「兵士たちに必要なのは、食事と休息でおじゃる。」
「そのようだな、ウチの兵士を回す、防壁の修理をしよう。」

 バリスタの一斉攻撃で、ゲルマニアの兵士たちは、一時引いたようだ。
 小高い丘の上に陣を敷いた。

 一方、後方のマゼラン兵は、せっせと炊き出しを始めた。
 王都の兵士たちは、マゼラン領から運び込まれた兵糧で、やっと息を吹き返したのだ。
「なんじゃ、王都の補給はいかがしたのじゃ?」
「昨日から配給が滞っております。」
「なんとのう、現国王とバロア殿は、どこにおるのじゃ?」
「は、王城の中かと。」
 一般の兵士が、恐る恐る答える。
「なにをやっておるのじゃ!この王国存亡のときに。」
 マゼラン伯爵は、焦りにも似た怒りを覚えたのだ。
「マゼラン、とにかく王城に行こう。」
「そうじゃのう、とりあえず参内するでおじゃる。」
 二人は、王城の門をくぐった。

「なんでおじゃる?城門に見張りすらいないでおじゃる。」
「妙だな?」
 かつかつと、鎧の鉄が踏みしめる音が聞こえてくるが、人の声が聞こえない。
「まさかな、国を捨てて逃げ出したか?」
 シェルブール伯爵は、苦い顔をして上を見上げた。
 そこには、謁見の間に続く大きな扉が立てられていた。
「だれかある!」
 マゼランの声は、広間に響いたが、出てくるものは一人もない。

「ちくしょう、王城はもぬけの殻じゃないか。」
 シェルブール伯爵は、苦々しい顔をして周りを見回した。
「武士の矜持はどこにいったのかのう?」
 情けなく眉尻を下げたマゼラン伯爵。
「犬にでも喰わしたんだろうよ。」
 シェルブール伯爵は、苦々しげに吐き捨てた。
 がらんとした謁見の間は、薄暗く、金銀の燭台などはなくなっていた。
「なんとのう、追い剥ぎにでも遭ったようでおじゃる。」
「ちげえねえ。」
 マゼランは、ため息と共に周りを見回した。

「よく来てくれたのう、マゼラン伯爵、シェルブール伯爵。」
 弱弱しい声に、目を向けると、玉座には人影があった。
「こ、国王。」
 シェルブール伯爵が、玉座を見上げて声を上げた。
 偽王ガストン=ド=イシュタール。
「そうだ、ワシが国王だ。ヘルムートはいない。」
「ガストン国王陛下、みなどこへ?」
「逃げたよ、もうだれもいない。」

「なんとのう。」
 マゼラン伯爵は、あきれてため息をついた。
「お前たちも逃げろ、もう、ここは落ちる。」
「いまさら、逃げることもできんよ、ゲルマニアはすぐそこまで来ている。」
 シェルブール伯爵は、窓の外を見た。
「ワシに着いてきたのは、利益を求めるものだけじゃった。」
「あはははは!なんのための簒奪であるかのう?腐敗をうれいたのではなかったのかでおじゃるかのう?」
 マゼラン伯爵は、高らかに笑った。
「お主の言うとおりじゃ、ワシは、兄より優れていると証明したかったのだよ。」
 ガストンがつぶやく。
 その声は、闇夜のように暗かった。
「そのために利用したゲルマニアが、実は利用されたふりをしていたと…。」
 シェルブール辺境伯の声も、トーンが落ちている。

「そのとおりじゃ。」

「読みが浅いでおじゃる。」
 辛辣に、マゼランは横を向いた。
「…」
 ガストンは、苦笑をもらした。
「そのとおりだな、利用しているつもりが、いいように利用されてしまった。おかげで、わが国は終わりだ。」
 ガストンの声に、シェルブールがうなった。
「ゲルマニアは、この機会を狙っていたのだな。」
「これでは、わが領土も攻め込まれて、一巻の終わりでおじゃる。」
「そうだな、わが領土も安閑とはしておられん。」
「では、帰って門を閉ざして篭城するか?」
「それも無理でおじゃる。わが兵力では、対抗できんでおじゃる。」
「兵士の数が違いすぎるからなあ。」
「八方塞りでおじゃる。」

「ま、命がけと言えば命がけで、国を守るために出てきたんだが、これでは無駄死にだ。」
「さてのう、このままでは無駄死にでおじゃるのう。」
 着いてきた兵士も、無駄に死なせたくはない。

 窓からは、ひしめき合うゲルマニア軍二万人の兵士が並んでいる様子が見えた。
 いつでも総攻撃に移れる状態で、準備できている。
 敵の猛将、ミッテル将軍はイケイケで有名である。
 マゼランのバリスタを警戒して、一旦、様子を見るようだが、油断はできない。
 と言うか、絶体絶命を絵にかいたような状態である。
 じりじりと、その巨体を進ませる、巨大な竜のようにゲルマニア軍は、王都の陥落を求めて歩を進めようとしている。
「あのように、王都の前面にまで敵軍を迫らせるとは、失策もここに極まれり。」
 マゼランは、眉間にしわを寄せた。

 がらんとした王宮は、まさに死に体である。

 暗い部屋には、ガストン王の自戒を込めた笑いが、くつくつと響いた。

 それが聞こえるほど、王宮は静かなのだ。
 近従、大臣などみな逃げ出してしまったようで、誰の声もしわぶきも聞こえない。

「神にでも祈るか?」
 ガストンは、自嘲をこめて傍らの、オシリス神像を見上げた。
 オシリス女神をかたどった、うつくしい大理石の神像は、やさしく微笑んで三人を見下ろしている。
 その白いほほには、怒りの色はない。



『よいお考えですね、ガストン。』
 その神像の陰から、高い声が響いた。
「は?」
「せ、聖女どの!」
 そこには二人の聖女がいた。
 ふたりは、金の髪を広げて、白いローブに身を包んで立っていた。

「オシリス様に祈るのです、もうこの状態を抜け出すには、神にすがるしかありません。」
「そ、そうなのでしょうか?聖女どの。」
「あなたは、腐敗した教会を攻撃した、ですが、その後誰も据えなかった。それが、オシリス様をして悲しまれたのでございます。」
 アリスティアは、深いアイスブルーの瞳で、ガストンを見上げた。
「我々が、腐敗に悩んでいる時に、オシリス様は何をなされた?なにもだ、何もなされてはいない。」
「人の世で起こったことですよ、人が解決せずに誰がするのです?」
「祈りとはなにか!」
「救済です。」
 ティリスは、碧の瞳でガストンを見た。
 そこには微塵も迷いがなかった。

「あんたは、器じゃなかったんだよ、ガストン。」
「誰か!」
「俺だよ。」
「か!カズマ!」
 カズマは、ブルーメタリックの鎧を身に着けて、金色のメイスを立てていた。
「王の器に盛る世界は、その器の大きさに合わせるものだ。」
 ガストンは暗い眼をして、カズマを見た。
「しょせんは、私はそれだけの器ではなかったと?」
「端的に言えば、そうだ。」
「ヘルムートがその器に会ったと、本気で言うのか?」
「それは知らん。ただのうつけで、それがなせるとも思わんがな。」
「では、どうせよと言うのだ、腐ったこの国の官僚を、どう扱えと?」
「そりゃあ、俺の分に過ぎるよ。」

 通常の五倍ほど険悪を含ませて、ガストンが言うので、カズマも紋切に言い捨てた。

「カズマ、そのことは良いでおじゃる、問題は、眼前に迫るゲルマニア軍でおじゃる。」
「まあそうだな、役に立たねえ王さまはほっといて、実質的な案を言うぞ。」
 マゼランとシェルブールは、カズマに顔を寄せた。
「まずは、マゼランの殿さまとシェルブールのダンナ、水魔法の得意な魔術師を全部出してくれ。」
「おう。」
「ほんでもって、敵軍の足元を水浸しにする。」
「する。」
「そしたら、俺が極大のカミナリ魔法をぶっ放して、奴らを一気にシビレさすんだ。あとは、くびチョンパってとこだな。」
「あの手でおじゃるか。」
 マゼランが頷くと、カズマも頷き返した。
「そうでおじゃる。」

 ガストンは、苦々しい顔をしている、自分がやられた戦法だ。

 あのころよりアップグレードされているが。
 強力なスタンガンを、全方位に放出するようなものだからな。
 そりゃあ、いままで喰らったこともない攻撃である。
 この世界に、雷は存在しても、電気の概念は存在しない。
 魔法があるから、研究するものも居なかったのだ。
 しかし、ここに異端児が居る。
 現代知識を雑学として覚えているために、妙な縛りを持っていない。
 ハンパな知識は、常識に引きずられない。
 結果として、なんだかわけのわからない作戦を考え着く。
 渡り人、忘れ人の中でも、異常なのだ。

 それはさておき、もう少しで正午となるころ、マゼラン・シェルブール両陣営から、とにかく水魔法が使える者が集められた。
 少ないものは、洗面器一杯ぶんの者もいるが、そんなことは数で補う。
 選び出してみると、三〇〇人以上の水魔法使いが居た。
「これは、けっこうなものだな。」
「カズマに言われた通り、水魔法使いを集めたでおじゃる。」
「こっちもありったけだ。」
「なに、たとえコップ一杯でもいいのさ、とにかく向こうの陣営に水が撒ければいいんだからな。」
「了解でおじゃる。」
 これで、マゼラン伯爵も水魔法を使う、その総量は風呂桶五杯分ほどだ。
 多いか少ないかは、この際別問題だ。
「おお?なかなかやるじゃんか。」
 マゼランは、自慢の髭を引っ張って、自慢そうに眼を細めた。

 彼我の距離は、約五〇〇メートルと、やけに近い。
 総攻撃をかけるため、集結しているのだろう。
 また、余裕があるためか、その後方では炊飯の煙も上がっている。
「余裕綽々ってか、目にモノ見せてやるぞ。」
 カズマは、城壁の上からゲルマニア軍を睥睨した。
 その後ろには、水魔法師がずらりと並ぶ。
「よし、総員ありったけの水を放て!」
 水魔法師たちは、自分の魔力が尽きるまで、打って打って打ちまくる。

 ゲルマニア兵は、自分たちの足元のぬかるみに、ちょっとイラッとしている。
「なんだあ?この期に及んで、水魔法で攻撃かよ?」
「もうそんな魔道師しか残ってないんじゃないか?」
「そうかもしれんな、王都も静かなもんだ。」
「もうじき、総攻撃の声がかかるかもしれん、みんな準備をしろ!」
 前衛に並んだ槍兵は、その長い穂先をきらめかせて、じりじりと足を前に出す。
 もはや、王都は墜ちたと、ゲルマニア兵の誰もが思っている。
 こうなりゃ早い者勝ちだ。
 戦功を上げる最後の機会かもしれないのだ、みなやる気満々で今か今かと待っている。

 さながら、八時間耐久レースのスタート前のようだ。

 水たまりは、ゲルマニア兵の前衛・後衛ともに呑みこんで行ったようだが、まだ、その前にも水たまりはできている。

「どうかな?全員が水に足を付けているか?」
 カズマは、マゼラン伯爵に声をかけた。
「天眼で見たところでは、五分の一ほどが後ろで、水を踏んでいないようでおじゃる。」
「そうか、では少しあおってやるかな。」
 カズマは、ゲルマニア軍の後方に向かって、ファイアーアローを弾道軌道で打ちだした。
 成層圏まで上がったファイヤーアローは、落下と共に音速を超え、ソニックブームを巻き起こしながらゲルマニア軍に迫る。

 ひゅるひゅるひゅる きーんんんんん

 ちゅどーん!!!

 後から、ゴーっと言う空気が振動する音が襲って来た。

「「「「うわあああ!」」」」
「「「ぎゃああああ!」」」
 運の悪い将校が、ファイヤーアローに打ちぬかれ、その命を落として行く。
 カズマにとっては、名も知れぬ相手である。
 ソニックブームを受けて、後方の騎士たちが舞い上がり、馬に押しつぶされて行く。
 その騒動を受けて、前衛の槍兵に火がついた。
「「「わあああああ!!」」」
 槍兵たちに乗っかるように、後方の兵士も動き始める。
 カズマの攻撃により、ゲルマニア軍は我知らず、カズマの罠にわざわざ足を踏み入れることになった。

「おおおおおおおお!」
 カズマは、そのありったけの魔力を込めて、雷の雨をゲルマニア兵たちに浴びせた。
「一切の魔力を使う、おつりはなしだ!」
 その言葉通りに、ゲルマニア兵たちの頭上には、真っ黒な暗雲が渦を巻き、それまで晴天で明るかった世界は、一気に暗くなった。
 黒雲は、そのところどころで帯電し、ぱりぱりと紫電を帯び始める。
「な、なんだ?」
 自然と槍兵たちの足ものろのろと遅くなり、ついに立ち止まってしまった。

 雲のない向こう側は、明るい日差しが照らしているのが、余計に不安をあおっている。

「では、みなさんおやすみなさい。」
 カズマはのんびりと、声をかけた。
「サンダーレイン!」
 頭上の黒雲から、数え切れないほどの稲妻が地面に向けて放出された。
 ゲルマニア兵たちは、目も開けていられないほど明るく照らされて、頭上からも足元からも紫電がまとわりつく。
 手足が、異常な角度にひきつれ、痛みと共に筋組織が引き千切れて行く。
 もどそうにも、もどせない。
 まるで、糸がからまった操り人形のように、飛びはね、くねくねと目的のない踊りを繰り返す。
 一瞬のようであり、永遠のような時間が過ぎ去った後には、立っているものはひとりも居なかった。

「おそろしい男よのう。」
「ま、まったくだ、あれが味方であって、本当によかった。」
「そのとおりじゃのう、あれが敵ではどこにも逃げようがないでおじゃる。」
「そうだな。」
 ご両所の口からは、つぶやくような声しか漏れてこない。
 それほど、恐ろしい光景が、面前で繰り広げられていたのだ。

 ゲルマニア兵たちは、いまだにびくんびくんと痙攣し、その手足はへんてこな人形のように、くねくねと曲がっている。
 なかには、肘がありえない方向に曲がったため、骨が飛び出している。
 中には、口からありえないものを流しているものも居て、その影響の凄まじさが見て取れるのだ。
「クワバラクワバラ。」
 思わずマゼランの口から洩れた言葉は、正鵠を射ているだろう。


 菅原道真の故郷にあった桑原には、雷が落ちないと言う迷信に沿ったまじないである。


 それはさておき、王都の前に広がる草原には、死屍累々。

 ゲルマニア兵二万の内立っているのは、最後方にいたミッテル将軍と、その側近たちわずか三〇名足らずであった。
「な、なななな。」
 さすがの猛将ミッテル将軍であっても、この状態は理解の外であった。
 側近たちも御同様であり、みな瞬きもできないほど目を開いている。
 前方に立っていた将校は、雷の余波を受けて手足がしびれているのだが、落馬しないのはさすがである。
 実はミッテル将軍も手足がしびれて動けないのである。
「なにがおこったのだ!」
 しびれる口から洩れた言葉は、まるで意味がない。
 そんなものが把握できたゲルマニア将校はいなかったからである。
 沈着冷静とゲルマニア皇帝から信頼の厚いミッテル将軍でさえこのテイタラクである、将校たちの動揺は一周回って身動きできなくなった。

「とのさま~、あいつ捕まえてくれ。」
「承知したでおじゃる。」
 カズマは魔力を使いきって、聖女たちに支えられている状態なので、マゼランに声をかけた。
 さすがにマゼランは、この状態を見たことがあるので、冷静になる時間は短かった。
 マゼランは、騎士二〇〇名を連れて丘の上のミッテル将軍を取り囲んだ。
「ゲルマニア帝国将軍、ミッテルどのとお見受けする。麿はイシュタール王国伯爵、マゼランでおじゃる。投降されよ。」
「…」
 何をしようにも、体がしびれて動けないのだ。
「それ!縄をうてい!」

 マゼラン伯爵の兵士たちは、すぐに全員に縄を打ち、捕虜としたのである。

 王宮に座り込んでいたガストンは、窓の外から迫って来る青白い光にまぶしそうに目を細めた。
「なにが起こっている?この光は…」
 先だっての敗戦が胸に湧きおこって来る。
「カズマか!」
 ガストン=ド=オルレアンは、玉座から立ち上がった。
 その足で、窓に走り寄ると、光に遅れて盛大な爆発音が聞こえてくる。

 ごがあああああんんんんんん!

 王宮の謁見の間は、真っ白に照らしだされ、彼の影が長く広間に伸びる。
「やりおった。あの小僧。」
 ひときわ高い王宮にあって、謁見の間はさらに高い。
 防壁を越えて、ゲルマニア軍の陣容までよく見えたが、今はそれがことごとく地に伏している。
「なんということだ。これが神に祝福されたものの力だと言うのか。わたしは、ただびとであった…ただびとであった‼️」
     ガストンは、悔しさになんども床を叩く。
    ぼたぼたと、床を濡らしながら、窓を見る。
 やがて、こちらから大勢の騎士たちが丘を駆けのぼって行くのが見える。
    先頭は、銀色に輝くマゼランである。
「マゼランか、さすが歴戦の騎士<つわもの>だな。」

 わが身の不甲斐なさに、思わず涙がこぼれた。
 自分のしてきたことは、なんだったのか?



    ガストンは、ゆっくりと立ち上がる。

 彼は、静かに己の寝所に向かった。
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