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第八十九話 海を持つ国(10)
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もう少し、カズマの活躍が、遅くなります。
がんばってますので、ちょっち待ってね。
山を三つ越えると、平野部が見えてくる。
はるか海はかすんで見えるが、どう見ても海だ。
シーサーペントらしい影が見えるのは、ご愛嬌だ。
ここから見れば、イトミミズに見えるが…見えるほうがどうかしている、六十キロ以上はなれているんだぞ。
これも、魔法補正のせいだな。
便利なのか、おせっかいなのかはその時々でかわるさ。
すくなくとも、みんなは海を見て驚いている。
驚いていないのは、海を知っている勇気だけだ。
「海ですねえ。」
「そうだ、あれがロワール海岸だ。」
「うん、たいしたもんです。すごい扇状地で、農業にも使えそうです。」
「それだけわかっていれば、勇者としてはけっこうだ。」
「はい。」
「お、おいカズマ、あれがぜんぶ水なのか?」
シモン=ジョルジュが、瞬きもできずに見つめている。
「そうだよ。」
「信じられん。」
「まあ、事実さ。海産物が楽しみだな。」
「喰えるのか?」
オルクス=マルメも、かなたを見ながらつぶやく。
「うまいぞ。」
「すぐ行こう。」
「はは、現金だな。おい、ゲオルグ、戻って来い。」
ゲオルグも放心したように立ち尽くしている。
カズマは、ここでお茶を飲んで、休憩することにした。
一行が落ち着いたのを確認して、峠を下り、扇状地のとっつきに出た。
ここからでも平野に向けて、ずっと地面が下がっていくのがわかる。
両手を広げるように、平野がずっと開けている。
その平野は、一部森が点在しているが、すべてが森林と言うわけでもなく、半分は草原になっていたり、湿地になっていたり。
農耕をしながら暮らすには、十分な広さがある。
山は出たり入ったりを繰り返して、平野を包むように海に向かって低くなっていく。
「なんだか、なつかしいですね。」
勇気がぽつりとつぶやいた。
「そうだな、こんな景色をまた見られるとは、俺も思っていなかった。見つけたときは、涙が出たぞ。」
「カズマさんでも?」
「俺を何だと思っているかは、いずれ小一時間聞かせてもらうとして、なつかしい景色じゃないか。」
「そうですね、サザエやオオハマグリが喰いたいです。」
「焼きハマか?もちろんあるぞ。」
「うひゃ~!楽しみ!」
平地に向かって、一直線についた道に沿って、一向は馬首を向けた。
日が沈むころになって、平野の真ん中に着いた。
「勇気、ウインドカッターで木を倒せ。」
「ここですか?」
「そうだ、今夜はここでキャンプする。」
「はい。」
勇気は森の木に向かって手を突き出した。
「ウインドカッター!」
ひゅんひゅんと、音を立てて三日月形の空気の刃が木に向かう。
すぱりと、きれいに分断された大木が、ずしりと倒れた。
「よし、もっとだ。」
「はい!」
十分ほどもそうして木を倒すと、十メートル四方が切り払われた。
「ふむ、まあいいだろう。」
カズマは、木の根っこを土魔法で粉砕して、壁を持ち上げた。
もちろん、切り倒した木は、横によけて柵に使う。
ほかのメンバーは、枝落としに汗をかいている。
夕方、ほんの一時間ほどの作業。
まわりは茜色に染まってきた。
「勇気、まわりに獲物はいないか?」
「う~ん、影はないですねえ。」
「そうか、じゃあいい。ストックを出そう。」
カズマは、皮袋から食料を出す。
話に出てこないが、馬は隣に厩を作っているんだよ。
馬は、その辺の草をゆっくり食べていて、少しの塩をもらって、おとなしくしている。
平野部には、あまり危険な動物や魔物はいないのだろうか?
「またか…」
夜も更けて、ほかのみんなが寝静まったころ、その影は何も言わずに現れた。
「誰なんだ?」
「…」
「何とか言えよ。」
「カエレ…」
「帰れ?」
「…」
そうして、影はすうっと消えていく。
「待て!」
マテと言われて待つやつはいない。
「ちくしょう、なんなんだ?」
カズマにもわかるわけはない。
夜の闇と、星明りと、月が見ているだけである。
「はあ?カゲ?」
朝になって、見張り交代したゲオルグに聞いてみた。
「そんなもの見たことないですよ。」
「そうか。」
「お屋形さまにかぎって、何かを見間違えたとは考えられませんが。」
「まあ、そうだよな。」
馬を進めていくと、向こうに新レジオの城壁が見え始めた。
「おお!あれが新レジオですか!」
ゲオルグは、喜びを浮かべて平手を目の上にかざした。
「え?」
「どうした?」
「お屋形さま!あれ!」
「新レジオの城壁から、煙の上がっているのが見えます。」
「なんだと!火事か!」
無人新レジオだが、落雷などがあった場合、火事になる危険性もある。
町は、石造りだけでなく、木造の家も作ってあるので、もし火事になると無人の野を行くように、火が広がってしまう。
それは、せっかく作った町がなくなってしまうことだ。
それは避けたいな。
てなわけで、一行は馬を走らせて、新レジオに急いだ。
近づくにつれ、煙ははっきり見えてくるのだが、妙だ。
一本だけ、すっと上がっている。
「まるで、誰かが煮炊きしているみたいだな。」
カズマはほっとした気持ちと一緒に吐きだした。
街が燃えているわけではないようだ。
「そうですね。」
そのとき、カズマは危険を察知した。
「ヤバイ!格子力ばりやー!」
カズマは、一行の前に強力なバリヤーを一〇枚出して、防御した。
飛んできたのはファイヤーボールらしいが、高温で青白い。
高度な魔法を使う者が居る。
がきん!がきん!がきん!
ぱりん!
がきん!がきん!
「ふう、なんとか防いだな。」
「お師匠!すげえ!」
勇気は涙目である。
勇気の前にも、うっすいバリヤーが展開されている。
「まあ、とっさに一枚でも出せれば、たいしたもんだよ。」
「お師匠のバリヤーでも、一枚割れるほどの高出力ファイヤーボールだもん、俺のなんか一発でパーだな。」
「うまくすれば、バリヤが防ぐ間に横に避けれるさ。」
「高速移動できればでしょう?」
「それもある。」
カズマが見上げると、城壁の上には数人の人影が見える。
両手を出して、さらに詠唱しているのがわかった。
「ちっ、まだ攻撃してくるのか。散れ!」
カズマは正面に向けて走り出した。
こういう場合は、敵方もまず自分に向けて走り出すとは思ってもいない。
あきらかに、どこを狙うのか、戸惑っているのがわかる。
中の一人は、ためらわずカズマに向けて、ファイヤーボールを打ちだした。
「甘いわ!」
カズマは、それをメイスでたたき落として、レビテーションで塀の上まで跳んだ。
着地前に、ゆるいファイヤーボールを数発打ちだす。
相手の足もとを揺らす感じで、たたらを踏ませ、そのすきに行動不能にするのだ。
カズマは着地と同時に、足を横にないだ。
うまくすれば、一人くらいはコケる。
信じられないが、相手は、簡単な足払いですてんと転がった。
その姿は、プルミエのようにちんちくりんで、ゆるくマントを巻き付け、頭からはネコ耳を生やしていた。
「ハイエルフか!」
「にゃ!」
ハイエルフ(?)は、もう一度ファイヤーボールを打ちだすが、カズマにはじかれて、あさっての方向に飛んで行った。
「ハイエルフが、なぜ攻撃する!」
「せっかく帰れと言ったのに!」
一人を後ろ手に縛り上げ、さらにもう一人を背中から踏みつけて動けなくし、縛った者は横に転がして、もう一人をつかむ。
この間、五秒ほど。
塀の上には、四人のハイエルフが居たのだ。
最後の一人は、杖を振りあげ、もう一度攻撃しようとしたが、カズマに踏みつけられた仲間に当たることを恐れて立ち止まった。
そのスキに、足の下の一人を縛り上げ、飛びあがったカズマは、最後の一人の顔面を踏みつける。
「にゃ!」
ハイエルフは、ぶちゃりとつぶれた。
縛られた状態で、カズマを睨みつける。
「にゃ!なにをするか!」
「それはこちらのセリフなんだがな、こんなところで何をしているんだ?ここは、俺の城だぞ。」
「にゃ!無人だったではないか。」
「そりゃあ、作ってから人間を移住させるからだよ。いま、やっと着いたところだと言うのに。」
「古代の遺跡かと思ったのじゃ。」
「はは~ん、ハイエルフが迫害を受けて、ここまで逃げて来たのか。どこから逃げた?」
ハイエルフは、悔しそうな顔をした。
「ロマーニャ…」
「正直だな、さしずめ、王家に追い詰められたか?人質でも取られたか?」
「…」
「人質か。」
「イシュタルに逃げようとしたのじゃが、国に結界を張られて、転位できなかったのじゃ。」
「それで?こんな海岸沿いに来たのか。」
「ロマーニャ王家も、樹海にまでは結界を張ってなかったのでな。」
「ふうん、マックスウェル山脈を越えたのか。」
「そうじゃ、歩いて逃げるとは、考えてなかったようじゃ。」
「なるほどね、それじゃここに住めばいい、ただ俺たちも一緒だけどさ。」
「いいのか?」
「ま、俺たちも、イシュタル王国から逃れて来たんだからな。」
「はあ?平和な国ではないか。」
「いや、このまえクーデターがおこって、国は荒れてる真っ最中さ。」
「なんとまあ、愚かな。」
「おっしゃるとおり。で、俺たちは逃げちゃった。」
「にげちゃったって、かんたんに言うのう?」
「ま、しゃあないさ、そんなおかしな国に住みたくもないし。王弟なんかにへいこらする気もない。」
「…」
フードを目深にかぶった状態から、上を見上げて来た。
「全面的に信用しろとは言わんが、俺たちのキャラバンにもハイエルフはいるからな、知り合いならいいがな。」
「なんじゃと!ハイエルフが人間と?」
「ああ、変わりものなのかね?俺の魔法の師匠の師匠なんだよ。」
「師匠…」
「まあいい、とりあえず戦争はやめようぜ、あんたたちをいじめる気はないんだ。」
「わかった、仮の和平というわけじゃな。」
「そう言うこと、あんたたちはこの四人だけなのか?」
「ああ。」
「よかったよ、面攻撃でもされたら、俺のバリヤーでも防ぎきれない。」
「なにを言う、ワシの全力ファイヤーボールを打ちこまれて、防ぎきったくせに。」
「ありゃ?見えたのかよ。」
「まあな、殲滅魔法など使う気はなかったんじゃ。」
脅かして、逃げてくれた方が、害がない。
「それはよかった。」
「まあな、みんなの縄を解いてくれ。」
「おお、そうだった。悪かったな。」
カズマは、ハイエルフたちの縄を解いて解放した。
「じゃあ、師匠を呼んでくる、みんな領主館にいてくれ。」
「領主館って、あのいちばんでっかい建物か?」
「ああ、そうだ。」
カズマは、勇気たちのいるところに降りた。
「お屋形さま!」
ゲオルグをはじめ、みなが寄って来る。
「悪い、心配かけた。話し合いで、なんとかなった。」
「そうか、良かった。」
シモン=ジョルジュがほっとした顔をする。
「魔法攻撃を受けるのは、勘弁だからな。」
オルクス=マルメも冷や汗をかいている。
魔法適性がないものも多くいるので、魔法攻撃が苦手なモノも居るのだ。
そういう手合いは、魔道具のキャンセラーなどで防ぐが、性能は知れているものだ。
一度の使い捨ても多いし。
カズマは、一行に向けて言う。
「とりあえず、レジオの中には入れる。ここで、少し待っていてくれ。」
「お屋形さまは?」
「ああ、プルミエを呼んでくる。」
「一人でですか?」
「大丈夫だ、すぐ戻る。」
カズマは、駆けだして行った。
森に入って、姿を隠すと、転位魔法を使う。
一瞬で、山向こうの中継基地に着いた。
「プルミエ。」
「おお?なんじゃカズマ。」
「悪い、ハイエルフが居た、ちょっと付き合ってくれ。」
カズマは、プルミエのうしろ襟首をつかんで持ち上げた。
「なな!なんじゃ~!」
ドップラー効果の尾を引いて、プルミエは引きずられて行った。
また、森の中に現れたカズマは、プルミエの手を引いて、レジオの城門に立った。
「なんとまあ、ここまで高い城壁を作っておったのか。これでは、王都より立派じゃぞ。」
「そうだな、広さも王都をしのぐ。中でそこそこ農業もできるように作ったからな。」
「ほほう。」
「こっちだ。」
城門の横には、馬を連れたゲオルグ達が居た。
「お屋形さま、早いですね!」
「これが魔法効果だ。」
訳のわからんことを言って、ケムに巻く。
プルミエを馬に乗せて、その後ろに乗ってから手綱を持って進む。
「広いのう。」
「だろう?」
「これだけ広ければ、イシュタル王国から逃げて来た者は、すべて入れるな。」
「まあ、商業活動をすることが難しいけどな。」
「?」
「王国じゃないから、貨幣の発行ができない。」
「まあ、おいおい考えるとしようかのう。」
「そうだな。」
標高八〇〇メートルほどのヘンケン山は、その頂からバロア領都がよく見える。
はるか南には、うっすらと王都の城壁が見える。
ミッテル将軍にしても、なぜこんなところに登ろうと思ったのか不思議だった。
しかし、登ってみて改めて、攻略対象が俯瞰できたことに驚きと喜びがあった。
「メルケル、どうだ?」
「は、殿、これは絵図を作るとよいですね。」
直参の家臣であるメルケルは、よく先の見える男である。
遠望するバロアの町を地図化することで、攻め手を検討できると判断した。
「まかせる。」
「は。」
メルケルは、ざっと施設の位置をメモ書きし、大体の位置関係を把握した。
大手門から領主館に向けての回廊は、攻めやすく城門を破壊すれば一直線である。
「火をかけるにも、特に邪魔はないな。」
「は、大手門から長距離放火でいけます。」
「面倒でも、ここまで見に来てよかった。」
主従は、うなずき合って下山の途についた。
あいかわらず、バロア領都は十重二十重に兵士に囲まれている。
「皆を集めよ。」
ミッテル将軍は、メルケルに命じた。
「はは!」
ミッテル将軍机下の将校たちは、床几に座って待機した。
「皆集まったな、まずはこれを見よ。」
机には、かんたんな図面が広げられた。
「「「おお?」」」
「これが領主館で、城門からの道がこれだ。」
「ほほう。」
「東の城門から、まっすぐに領主館に道が通っている。」
「まことに。」
「言いたいことはわかるな?」
「つまり、城門に魔法を集中させて、一気に領主館まで攻撃をかけると言うことですな。」
「うむ、籠城に付き合う義理もなかろう。ここを落とせば、すぐに王都の城壁だ。」
「さようですな、ここにかける時間が勿体のうござる。」
「さようさよう、進軍に必要な物資を手に入れたら、すぐに王都に向かいましょう。」
ゲルマニアの将校たちの士気は高い。
王都が陥落するのは既定路線のようだ。
「おのおの、油断するでないぞ。」
「御意!」
「窮鼠猫を噛むと申しますからな。」
二万五千の兵士を適宜配置に着けて、籠城しているバロア領都の東の城門を攻略する。
散発的に矢が飛んでくるが、力なくへろへろしている。
「バロアに兵なし!」
ミッテル将軍の声に、魔法師団が火を吹いた。
連発するファイヤーボールは、およそ何万発にもおよび、同じ個所を執拗に攻撃されて、盛大な穴が開いた。
なおも、発射されるファイヤーボールは、メインストリートを縫って、領主館の正門に炸裂する。
事ここに至って、バロア領からの抵抗はできなくなってしまった。
「にげろー!にげろー!」
「うわあああああ!」
領軍の兵士が率先して南門を開けて、王都に向かって駆けだす。
もはや、守るべきなにものもない。
領民たちも、南門に殺到する。
押すな押すなの大渋滞である。
領主館では、バロアの奥方が気丈に子供たちを避難させていた。
「お母様!早く!」
「いいのです、お前たちはすぐに北門からお逃げなさい。」
「なぜ北に?」
「王都は、かえって危険です。北の、スオミ王国と山脈を隔てて接する、サン・カンタン伯爵領にお逃げなさい。」
「サン・カンタン…」
「お母様の遠縁にあたります。無碍にはされますまい。差し出す金貨は、小分けにするのですよ。」
「お母様。」
「サン・カンタン伯爵は、ケチですからね。おカネは少しずつ見せるのです。」
「はい。」
信用ないな、サン・カンタン伯爵。
そんなことを言っている間に、城門は破れ、攻撃は領主館まで跳んできた。
どおおおおおおんんんん!
地を揺るがす爆発に、みな悲鳴を上げる。
「きゃー!」
「あああああ!」
奥方は、厳しい声で、叱咤する。
「叫んでいる間に、走るのです!さあ、一刻も早く!」
「「「はい!」」」
バロアの子供たちは、一散に駆けだした。
「さて、私の鎧を!」
「お方さま!」
「このまま、おめおめと蹂躙されてなるものか!だれかある!」
「はは!」
「クロノス!女たちはみな北に逃がしなさい!王都はだめです!」
「はは!」
そう言いながら、彼女は鎧を身につける。
鉢金をきりりと巻いて、一間槍を片手に、腰には先祖伝来の名刀を下げて、玄関前に向かう。
「郎党は、集まれ!」
女丈夫は、腹に響く声を発した。
「「「おおお!」」」
二万五千に対しては、千人ほどの領軍では、対抗もできないが、そこは心意気である。
たとえ一人でも道連れにして、領民を避難させるのだと、意気込んだ。
そこに、城門を通ったファイヤーボールが飛来する。
「「おお!」」
「ふん!」
奥方は、手槍で跳ね返し、ファイヤーボールは空の彼方に飛んで行った。
「さすがお方さま!」
すでに死を覚悟した腰元衆は、逃げずに奥方に従った。
これこそ、必死というやつである。
帝国の兵士に汚されるくらいなら、首掻き切って死ぬ覚悟は完了している。
『ミッテル将軍にモノ申す!』
風の魔法により、朗々とした声が領都に響いた。
「おお?だれだ?この声は?」
ミッテル将軍は、魔法師団に攻撃をやめさせ、前に出た。
「うちかたやめー!」
魔法師団長の声がかかる。
領主館の正面には、槍を右手に仁王立ちする女丈夫が映った。
「どなたであるか!」
「わたくしは、バロア領主シャルル=ド=バロアが内室、ロベリアである!」
「そのロベリアどのが、いかがなされた?」
「これ以上の乱暴狼藉は、お止めいただきたい!」
「それでは、どうなさる?」
「このバロア領都は、お引き渡しいたす!領民の避難をお許しいただきたい!」
「なんと、いさぎよいお言葉、このミッテル・感動いたしました。」
「この命をもって、その代償といたさん。いざ、わが首を持って参られよ!」
ロベリアは、伝家の宝刀をすらりと抜いた。
「あいや!お待ちくだされ!」
ミッテルは、両手を出して前に出た。
ミッテルの声に、ロベリアは首をひねった。
「いかなる存念であるか?」
「斯様な女丈夫は、散らせるにはもったいない。食糧さえいただければ、すぐに退散いたそうほどに。」
「まことでござるか。」
「まことまこと藤田まこと、当たり前だのクラッカー。」
と言ったかどうかは知らんがな。
道中かなりの略奪をしてきたミッテル軍である、物資は豊富にあった。
そんなものより、この女傑を失う方が、ずっと損失であると、将軍は判断した。
バロア侯爵には、まことに過ぎた奥方である。
ミッテル将軍は、バロア領都を通過し、そこに五千の守備兵を残してオルレアン領をかすめながら王都前に集結した。
「なんとまあ、無人の野を行くに等しいな。」
「はは、指揮系統が統一されていないような、なんともちぐはぐな模様です。」
「そうすると、あのバロアの奥方はたいしたものだな。」
「は、まことに。」
「なかなか、イシュタール王国も侮れんのものだ。」
「御意。」
進軍してきた帝国軍の様子を報告されて、慌てたのはガストンである。
「なぜだ!約束が違うではないか!」
「王国の東は、すでに蹂躙され、敵の手に落ちましてございます。」
「なんだと!侵略はしないと、あれほど!」
わなわなとふるえる手を押さえながら、崩れるように玉座に座りこむ。
「陛下、いかがなさいますか。」
「軍隊はどうした!国軍は!」
「国境から逃げ帰った兵士が五千ほどおりますが、けが人も多くおります。」
「陸軍は、現在王都に駐留する七千のみです。」
「農民兵は!」
「国人衆が逃げ出して、それどころではございません。」
「まずは、王都を固めるのだ!城門を閉じて、王都を守るのだ!」
「は、すでに各城門に通達済みであります。」
王都の城門は固く閉ざされた。
これに困ったのは、平民の下層階級たちである。
王都から逃げたいのに、出してもらえない。
「ここから出してくれ!」
「王都は、もう駄目だ!」
近隣からの物資の搬入がなければ、王都の台所はすぐに干上がってしまう。
ましてや、敵が迫っているのに、城門が閉じられては、もう逃げ場もない!
城門前に集まった住民は、口々に出せとわめきながら、兵士に詰めよるが、兵士もこまりながら押し返す。
押し問答は、果てしなく続いた。
そして、王都東門への攻撃が始まったのだった。
この日、建国以来はじめて王都が、他国の攻撃を受けたのだ。
がんばってますので、ちょっち待ってね。
山を三つ越えると、平野部が見えてくる。
はるか海はかすんで見えるが、どう見ても海だ。
シーサーペントらしい影が見えるのは、ご愛嬌だ。
ここから見れば、イトミミズに見えるが…見えるほうがどうかしている、六十キロ以上はなれているんだぞ。
これも、魔法補正のせいだな。
便利なのか、おせっかいなのかはその時々でかわるさ。
すくなくとも、みんなは海を見て驚いている。
驚いていないのは、海を知っている勇気だけだ。
「海ですねえ。」
「そうだ、あれがロワール海岸だ。」
「うん、たいしたもんです。すごい扇状地で、農業にも使えそうです。」
「それだけわかっていれば、勇者としてはけっこうだ。」
「はい。」
「お、おいカズマ、あれがぜんぶ水なのか?」
シモン=ジョルジュが、瞬きもできずに見つめている。
「そうだよ。」
「信じられん。」
「まあ、事実さ。海産物が楽しみだな。」
「喰えるのか?」
オルクス=マルメも、かなたを見ながらつぶやく。
「うまいぞ。」
「すぐ行こう。」
「はは、現金だな。おい、ゲオルグ、戻って来い。」
ゲオルグも放心したように立ち尽くしている。
カズマは、ここでお茶を飲んで、休憩することにした。
一行が落ち着いたのを確認して、峠を下り、扇状地のとっつきに出た。
ここからでも平野に向けて、ずっと地面が下がっていくのがわかる。
両手を広げるように、平野がずっと開けている。
その平野は、一部森が点在しているが、すべてが森林と言うわけでもなく、半分は草原になっていたり、湿地になっていたり。
農耕をしながら暮らすには、十分な広さがある。
山は出たり入ったりを繰り返して、平野を包むように海に向かって低くなっていく。
「なんだか、なつかしいですね。」
勇気がぽつりとつぶやいた。
「そうだな、こんな景色をまた見られるとは、俺も思っていなかった。見つけたときは、涙が出たぞ。」
「カズマさんでも?」
「俺を何だと思っているかは、いずれ小一時間聞かせてもらうとして、なつかしい景色じゃないか。」
「そうですね、サザエやオオハマグリが喰いたいです。」
「焼きハマか?もちろんあるぞ。」
「うひゃ~!楽しみ!」
平地に向かって、一直線についた道に沿って、一向は馬首を向けた。
日が沈むころになって、平野の真ん中に着いた。
「勇気、ウインドカッターで木を倒せ。」
「ここですか?」
「そうだ、今夜はここでキャンプする。」
「はい。」
勇気は森の木に向かって手を突き出した。
「ウインドカッター!」
ひゅんひゅんと、音を立てて三日月形の空気の刃が木に向かう。
すぱりと、きれいに分断された大木が、ずしりと倒れた。
「よし、もっとだ。」
「はい!」
十分ほどもそうして木を倒すと、十メートル四方が切り払われた。
「ふむ、まあいいだろう。」
カズマは、木の根っこを土魔法で粉砕して、壁を持ち上げた。
もちろん、切り倒した木は、横によけて柵に使う。
ほかのメンバーは、枝落としに汗をかいている。
夕方、ほんの一時間ほどの作業。
まわりは茜色に染まってきた。
「勇気、まわりに獲物はいないか?」
「う~ん、影はないですねえ。」
「そうか、じゃあいい。ストックを出そう。」
カズマは、皮袋から食料を出す。
話に出てこないが、馬は隣に厩を作っているんだよ。
馬は、その辺の草をゆっくり食べていて、少しの塩をもらって、おとなしくしている。
平野部には、あまり危険な動物や魔物はいないのだろうか?
「またか…」
夜も更けて、ほかのみんなが寝静まったころ、その影は何も言わずに現れた。
「誰なんだ?」
「…」
「何とか言えよ。」
「カエレ…」
「帰れ?」
「…」
そうして、影はすうっと消えていく。
「待て!」
マテと言われて待つやつはいない。
「ちくしょう、なんなんだ?」
カズマにもわかるわけはない。
夜の闇と、星明りと、月が見ているだけである。
「はあ?カゲ?」
朝になって、見張り交代したゲオルグに聞いてみた。
「そんなもの見たことないですよ。」
「そうか。」
「お屋形さまにかぎって、何かを見間違えたとは考えられませんが。」
「まあ、そうだよな。」
馬を進めていくと、向こうに新レジオの城壁が見え始めた。
「おお!あれが新レジオですか!」
ゲオルグは、喜びを浮かべて平手を目の上にかざした。
「え?」
「どうした?」
「お屋形さま!あれ!」
「新レジオの城壁から、煙の上がっているのが見えます。」
「なんだと!火事か!」
無人新レジオだが、落雷などがあった場合、火事になる危険性もある。
町は、石造りだけでなく、木造の家も作ってあるので、もし火事になると無人の野を行くように、火が広がってしまう。
それは、せっかく作った町がなくなってしまうことだ。
それは避けたいな。
てなわけで、一行は馬を走らせて、新レジオに急いだ。
近づくにつれ、煙ははっきり見えてくるのだが、妙だ。
一本だけ、すっと上がっている。
「まるで、誰かが煮炊きしているみたいだな。」
カズマはほっとした気持ちと一緒に吐きだした。
街が燃えているわけではないようだ。
「そうですね。」
そのとき、カズマは危険を察知した。
「ヤバイ!格子力ばりやー!」
カズマは、一行の前に強力なバリヤーを一〇枚出して、防御した。
飛んできたのはファイヤーボールらしいが、高温で青白い。
高度な魔法を使う者が居る。
がきん!がきん!がきん!
ぱりん!
がきん!がきん!
「ふう、なんとか防いだな。」
「お師匠!すげえ!」
勇気は涙目である。
勇気の前にも、うっすいバリヤーが展開されている。
「まあ、とっさに一枚でも出せれば、たいしたもんだよ。」
「お師匠のバリヤーでも、一枚割れるほどの高出力ファイヤーボールだもん、俺のなんか一発でパーだな。」
「うまくすれば、バリヤが防ぐ間に横に避けれるさ。」
「高速移動できればでしょう?」
「それもある。」
カズマが見上げると、城壁の上には数人の人影が見える。
両手を出して、さらに詠唱しているのがわかった。
「ちっ、まだ攻撃してくるのか。散れ!」
カズマは正面に向けて走り出した。
こういう場合は、敵方もまず自分に向けて走り出すとは思ってもいない。
あきらかに、どこを狙うのか、戸惑っているのがわかる。
中の一人は、ためらわずカズマに向けて、ファイヤーボールを打ちだした。
「甘いわ!」
カズマは、それをメイスでたたき落として、レビテーションで塀の上まで跳んだ。
着地前に、ゆるいファイヤーボールを数発打ちだす。
相手の足もとを揺らす感じで、たたらを踏ませ、そのすきに行動不能にするのだ。
カズマは着地と同時に、足を横にないだ。
うまくすれば、一人くらいはコケる。
信じられないが、相手は、簡単な足払いですてんと転がった。
その姿は、プルミエのようにちんちくりんで、ゆるくマントを巻き付け、頭からはネコ耳を生やしていた。
「ハイエルフか!」
「にゃ!」
ハイエルフ(?)は、もう一度ファイヤーボールを打ちだすが、カズマにはじかれて、あさっての方向に飛んで行った。
「ハイエルフが、なぜ攻撃する!」
「せっかく帰れと言ったのに!」
一人を後ろ手に縛り上げ、さらにもう一人を背中から踏みつけて動けなくし、縛った者は横に転がして、もう一人をつかむ。
この間、五秒ほど。
塀の上には、四人のハイエルフが居たのだ。
最後の一人は、杖を振りあげ、もう一度攻撃しようとしたが、カズマに踏みつけられた仲間に当たることを恐れて立ち止まった。
そのスキに、足の下の一人を縛り上げ、飛びあがったカズマは、最後の一人の顔面を踏みつける。
「にゃ!」
ハイエルフは、ぶちゃりとつぶれた。
縛られた状態で、カズマを睨みつける。
「にゃ!なにをするか!」
「それはこちらのセリフなんだがな、こんなところで何をしているんだ?ここは、俺の城だぞ。」
「にゃ!無人だったではないか。」
「そりゃあ、作ってから人間を移住させるからだよ。いま、やっと着いたところだと言うのに。」
「古代の遺跡かと思ったのじゃ。」
「はは~ん、ハイエルフが迫害を受けて、ここまで逃げて来たのか。どこから逃げた?」
ハイエルフは、悔しそうな顔をした。
「ロマーニャ…」
「正直だな、さしずめ、王家に追い詰められたか?人質でも取られたか?」
「…」
「人質か。」
「イシュタルに逃げようとしたのじゃが、国に結界を張られて、転位できなかったのじゃ。」
「それで?こんな海岸沿いに来たのか。」
「ロマーニャ王家も、樹海にまでは結界を張ってなかったのでな。」
「ふうん、マックスウェル山脈を越えたのか。」
「そうじゃ、歩いて逃げるとは、考えてなかったようじゃ。」
「なるほどね、それじゃここに住めばいい、ただ俺たちも一緒だけどさ。」
「いいのか?」
「ま、俺たちも、イシュタル王国から逃れて来たんだからな。」
「はあ?平和な国ではないか。」
「いや、このまえクーデターがおこって、国は荒れてる真っ最中さ。」
「なんとまあ、愚かな。」
「おっしゃるとおり。で、俺たちは逃げちゃった。」
「にげちゃったって、かんたんに言うのう?」
「ま、しゃあないさ、そんなおかしな国に住みたくもないし。王弟なんかにへいこらする気もない。」
「…」
フードを目深にかぶった状態から、上を見上げて来た。
「全面的に信用しろとは言わんが、俺たちのキャラバンにもハイエルフはいるからな、知り合いならいいがな。」
「なんじゃと!ハイエルフが人間と?」
「ああ、変わりものなのかね?俺の魔法の師匠の師匠なんだよ。」
「師匠…」
「まあいい、とりあえず戦争はやめようぜ、あんたたちをいじめる気はないんだ。」
「わかった、仮の和平というわけじゃな。」
「そう言うこと、あんたたちはこの四人だけなのか?」
「ああ。」
「よかったよ、面攻撃でもされたら、俺のバリヤーでも防ぎきれない。」
「なにを言う、ワシの全力ファイヤーボールを打ちこまれて、防ぎきったくせに。」
「ありゃ?見えたのかよ。」
「まあな、殲滅魔法など使う気はなかったんじゃ。」
脅かして、逃げてくれた方が、害がない。
「それはよかった。」
「まあな、みんなの縄を解いてくれ。」
「おお、そうだった。悪かったな。」
カズマは、ハイエルフたちの縄を解いて解放した。
「じゃあ、師匠を呼んでくる、みんな領主館にいてくれ。」
「領主館って、あのいちばんでっかい建物か?」
「ああ、そうだ。」
カズマは、勇気たちのいるところに降りた。
「お屋形さま!」
ゲオルグをはじめ、みなが寄って来る。
「悪い、心配かけた。話し合いで、なんとかなった。」
「そうか、良かった。」
シモン=ジョルジュがほっとした顔をする。
「魔法攻撃を受けるのは、勘弁だからな。」
オルクス=マルメも冷や汗をかいている。
魔法適性がないものも多くいるので、魔法攻撃が苦手なモノも居るのだ。
そういう手合いは、魔道具のキャンセラーなどで防ぐが、性能は知れているものだ。
一度の使い捨ても多いし。
カズマは、一行に向けて言う。
「とりあえず、レジオの中には入れる。ここで、少し待っていてくれ。」
「お屋形さまは?」
「ああ、プルミエを呼んでくる。」
「一人でですか?」
「大丈夫だ、すぐ戻る。」
カズマは、駆けだして行った。
森に入って、姿を隠すと、転位魔法を使う。
一瞬で、山向こうの中継基地に着いた。
「プルミエ。」
「おお?なんじゃカズマ。」
「悪い、ハイエルフが居た、ちょっと付き合ってくれ。」
カズマは、プルミエのうしろ襟首をつかんで持ち上げた。
「なな!なんじゃ~!」
ドップラー効果の尾を引いて、プルミエは引きずられて行った。
また、森の中に現れたカズマは、プルミエの手を引いて、レジオの城門に立った。
「なんとまあ、ここまで高い城壁を作っておったのか。これでは、王都より立派じゃぞ。」
「そうだな、広さも王都をしのぐ。中でそこそこ農業もできるように作ったからな。」
「ほほう。」
「こっちだ。」
城門の横には、馬を連れたゲオルグ達が居た。
「お屋形さま、早いですね!」
「これが魔法効果だ。」
訳のわからんことを言って、ケムに巻く。
プルミエを馬に乗せて、その後ろに乗ってから手綱を持って進む。
「広いのう。」
「だろう?」
「これだけ広ければ、イシュタル王国から逃げて来た者は、すべて入れるな。」
「まあ、商業活動をすることが難しいけどな。」
「?」
「王国じゃないから、貨幣の発行ができない。」
「まあ、おいおい考えるとしようかのう。」
「そうだな。」
標高八〇〇メートルほどのヘンケン山は、その頂からバロア領都がよく見える。
はるか南には、うっすらと王都の城壁が見える。
ミッテル将軍にしても、なぜこんなところに登ろうと思ったのか不思議だった。
しかし、登ってみて改めて、攻略対象が俯瞰できたことに驚きと喜びがあった。
「メルケル、どうだ?」
「は、殿、これは絵図を作るとよいですね。」
直参の家臣であるメルケルは、よく先の見える男である。
遠望するバロアの町を地図化することで、攻め手を検討できると判断した。
「まかせる。」
「は。」
メルケルは、ざっと施設の位置をメモ書きし、大体の位置関係を把握した。
大手門から領主館に向けての回廊は、攻めやすく城門を破壊すれば一直線である。
「火をかけるにも、特に邪魔はないな。」
「は、大手門から長距離放火でいけます。」
「面倒でも、ここまで見に来てよかった。」
主従は、うなずき合って下山の途についた。
あいかわらず、バロア領都は十重二十重に兵士に囲まれている。
「皆を集めよ。」
ミッテル将軍は、メルケルに命じた。
「はは!」
ミッテル将軍机下の将校たちは、床几に座って待機した。
「皆集まったな、まずはこれを見よ。」
机には、かんたんな図面が広げられた。
「「「おお?」」」
「これが領主館で、城門からの道がこれだ。」
「ほほう。」
「東の城門から、まっすぐに領主館に道が通っている。」
「まことに。」
「言いたいことはわかるな?」
「つまり、城門に魔法を集中させて、一気に領主館まで攻撃をかけると言うことですな。」
「うむ、籠城に付き合う義理もなかろう。ここを落とせば、すぐに王都の城壁だ。」
「さようですな、ここにかける時間が勿体のうござる。」
「さようさよう、進軍に必要な物資を手に入れたら、すぐに王都に向かいましょう。」
ゲルマニアの将校たちの士気は高い。
王都が陥落するのは既定路線のようだ。
「おのおの、油断するでないぞ。」
「御意!」
「窮鼠猫を噛むと申しますからな。」
二万五千の兵士を適宜配置に着けて、籠城しているバロア領都の東の城門を攻略する。
散発的に矢が飛んでくるが、力なくへろへろしている。
「バロアに兵なし!」
ミッテル将軍の声に、魔法師団が火を吹いた。
連発するファイヤーボールは、およそ何万発にもおよび、同じ個所を執拗に攻撃されて、盛大な穴が開いた。
なおも、発射されるファイヤーボールは、メインストリートを縫って、領主館の正門に炸裂する。
事ここに至って、バロア領からの抵抗はできなくなってしまった。
「にげろー!にげろー!」
「うわあああああ!」
領軍の兵士が率先して南門を開けて、王都に向かって駆けだす。
もはや、守るべきなにものもない。
領民たちも、南門に殺到する。
押すな押すなの大渋滞である。
領主館では、バロアの奥方が気丈に子供たちを避難させていた。
「お母様!早く!」
「いいのです、お前たちはすぐに北門からお逃げなさい。」
「なぜ北に?」
「王都は、かえって危険です。北の、スオミ王国と山脈を隔てて接する、サン・カンタン伯爵領にお逃げなさい。」
「サン・カンタン…」
「お母様の遠縁にあたります。無碍にはされますまい。差し出す金貨は、小分けにするのですよ。」
「お母様。」
「サン・カンタン伯爵は、ケチですからね。おカネは少しずつ見せるのです。」
「はい。」
信用ないな、サン・カンタン伯爵。
そんなことを言っている間に、城門は破れ、攻撃は領主館まで跳んできた。
どおおおおおおんんんん!
地を揺るがす爆発に、みな悲鳴を上げる。
「きゃー!」
「あああああ!」
奥方は、厳しい声で、叱咤する。
「叫んでいる間に、走るのです!さあ、一刻も早く!」
「「「はい!」」」
バロアの子供たちは、一散に駆けだした。
「さて、私の鎧を!」
「お方さま!」
「このまま、おめおめと蹂躙されてなるものか!だれかある!」
「はは!」
「クロノス!女たちはみな北に逃がしなさい!王都はだめです!」
「はは!」
そう言いながら、彼女は鎧を身につける。
鉢金をきりりと巻いて、一間槍を片手に、腰には先祖伝来の名刀を下げて、玄関前に向かう。
「郎党は、集まれ!」
女丈夫は、腹に響く声を発した。
「「「おおお!」」」
二万五千に対しては、千人ほどの領軍では、対抗もできないが、そこは心意気である。
たとえ一人でも道連れにして、領民を避難させるのだと、意気込んだ。
そこに、城門を通ったファイヤーボールが飛来する。
「「おお!」」
「ふん!」
奥方は、手槍で跳ね返し、ファイヤーボールは空の彼方に飛んで行った。
「さすがお方さま!」
すでに死を覚悟した腰元衆は、逃げずに奥方に従った。
これこそ、必死というやつである。
帝国の兵士に汚されるくらいなら、首掻き切って死ぬ覚悟は完了している。
『ミッテル将軍にモノ申す!』
風の魔法により、朗々とした声が領都に響いた。
「おお?だれだ?この声は?」
ミッテル将軍は、魔法師団に攻撃をやめさせ、前に出た。
「うちかたやめー!」
魔法師団長の声がかかる。
領主館の正面には、槍を右手に仁王立ちする女丈夫が映った。
「どなたであるか!」
「わたくしは、バロア領主シャルル=ド=バロアが内室、ロベリアである!」
「そのロベリアどのが、いかがなされた?」
「これ以上の乱暴狼藉は、お止めいただきたい!」
「それでは、どうなさる?」
「このバロア領都は、お引き渡しいたす!領民の避難をお許しいただきたい!」
「なんと、いさぎよいお言葉、このミッテル・感動いたしました。」
「この命をもって、その代償といたさん。いざ、わが首を持って参られよ!」
ロベリアは、伝家の宝刀をすらりと抜いた。
「あいや!お待ちくだされ!」
ミッテルは、両手を出して前に出た。
ミッテルの声に、ロベリアは首をひねった。
「いかなる存念であるか?」
「斯様な女丈夫は、散らせるにはもったいない。食糧さえいただければ、すぐに退散いたそうほどに。」
「まことでござるか。」
「まことまこと藤田まこと、当たり前だのクラッカー。」
と言ったかどうかは知らんがな。
道中かなりの略奪をしてきたミッテル軍である、物資は豊富にあった。
そんなものより、この女傑を失う方が、ずっと損失であると、将軍は判断した。
バロア侯爵には、まことに過ぎた奥方である。
ミッテル将軍は、バロア領都を通過し、そこに五千の守備兵を残してオルレアン領をかすめながら王都前に集結した。
「なんとまあ、無人の野を行くに等しいな。」
「はは、指揮系統が統一されていないような、なんともちぐはぐな模様です。」
「そうすると、あのバロアの奥方はたいしたものだな。」
「は、まことに。」
「なかなか、イシュタール王国も侮れんのものだ。」
「御意。」
進軍してきた帝国軍の様子を報告されて、慌てたのはガストンである。
「なぜだ!約束が違うではないか!」
「王国の東は、すでに蹂躙され、敵の手に落ちましてございます。」
「なんだと!侵略はしないと、あれほど!」
わなわなとふるえる手を押さえながら、崩れるように玉座に座りこむ。
「陛下、いかがなさいますか。」
「軍隊はどうした!国軍は!」
「国境から逃げ帰った兵士が五千ほどおりますが、けが人も多くおります。」
「陸軍は、現在王都に駐留する七千のみです。」
「農民兵は!」
「国人衆が逃げ出して、それどころではございません。」
「まずは、王都を固めるのだ!城門を閉じて、王都を守るのだ!」
「は、すでに各城門に通達済みであります。」
王都の城門は固く閉ざされた。
これに困ったのは、平民の下層階級たちである。
王都から逃げたいのに、出してもらえない。
「ここから出してくれ!」
「王都は、もう駄目だ!」
近隣からの物資の搬入がなければ、王都の台所はすぐに干上がってしまう。
ましてや、敵が迫っているのに、城門が閉じられては、もう逃げ場もない!
城門前に集まった住民は、口々に出せとわめきながら、兵士に詰めよるが、兵士もこまりながら押し返す。
押し問答は、果てしなく続いた。
そして、王都東門への攻撃が始まったのだった。
この日、建国以来はじめて王都が、他国の攻撃を受けたのだ。
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