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第八話 難民の群れ ②

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 冒険者ギルドの紹介で、不動産屋さんに来てもらった。
 不動産屋さんは、ころころと丸い体形で、儲かっていそうなちょび髭のおじさんである。
  不動産屋は普通の人間で、冒険者ギルドから商業ギルドへ話が回り、商業ギルドの紹介で来てくれた。
 まったく、たらいまわしかよ。

「う~ん、こりゃあ思ったよりひどいなあ。」
 不動産屋さんも、びっくりの状態らしい。
 オイゲンの工房は、ひさしが折れたり、戸板が外れたりと、かなりひどい状態…はっきり言ってあばら家だった。
「人が住めるようなもんじゃないなあ。」
 俺のつぶやきに、不動産屋は振り向いた。
「しかしお客さん、職人街の一等地ですぜ、少しは考えてくださいよ。」
 そりゃまあ、土地を考えたらな。
 だが、土地ってものは、王国のものだ。
 ここで言うなら、マゼランの殿さまのものだよ。
 売買できるのは、上もんだけなんだから。


「そうは言ってもなあ。これで金貨一枚は高いぜ~。」
「う!それは…」
「こんだけ修理するとなると、いくらかかるんだ?金貨一枚くらいじゃ、すぐ飛ぶんじゃないのか?」
 この前の獲物が一気に来たので、俺の懐には金貨三枚近くあるんだけどな。
「そうですねえ。」
 不動産屋も思案顔だ。
「おまえさんのところで治してくれるのか?」
 とりあえず、俺は聞いてみた。
 どうせそんなことはせんだろう。
「これをですか?う~ん。」
「治してくれるなら、金貨一枚出してもいいけどさ。」
「これをなおして、金貨一枚ではアシが出ますよ。金貨二枚はほしいですね。」
 不動産屋も引きさがらない。


「おいおい、それじゃちっともマケてないじゃん。金貨一枚と銀板二枚でどうだ?」
「せめて、金貨一枚と銀板八枚はほしいですよ。」
 なかなか言うね。
「じゃあいい。いらない。」
「ちょ!ちょっと待ってくださいよ!」
「もういらん。」
「そう言わないで、もう少しお話を…」
「だって、話にならんもん。」
「ええ~?」


 俺は、いいことを思いついたのだ。
「じゃあ、この家銀板八枚でどうだ?修理は自分でする。」
「は・はちまい…わかりました、それでいいです。」
「よし、じゃあ、書類にしてくれ。金は即金で払う。」
「ちょっと待ってくださいね、これが仮の登記書です。ここにサインしてください。はい、これで売り渡しは完了です。」
「あとで、正式な書類がくるんだな。」
「ええ、お持ちします。」
「ありがとう、これが代金だ。」
「いま、領収書を書きます。」
 こうして、俺はボロ家を銀板八枚で手に入れた。


「兄ちゃん、あの家どうするんだ?」
 俺は、ラルを連れて西門に向かっていた。
「なおすさ、それじゃなきゃ暮らせないだろ。」
「だから、それをどうやって?」
「ここで待ってろ。」
 ラルはまだ何も証明書がない、門を出ると入るのに手間がかかる。
 俺は、ラルを置いて門の外に出た。
 外には難民の群れが、所在なげに座り込んでいる。
 俺は、難民を見渡して、声をかけた。


「この中に大工はいるか?いるなら前に出てくれ。」
 数人が手をあげて前に出た。
「俺は、家をなおしたい。手伝ってくれるなら賃金か、飯を出すがどうだ?」
「材料はあるのか?道具は?」
 中の一人が聞く。
「まあ、そこそこあるさ、材料はなければ商業ギルドで買う。それは心配いらない。」
「ならばやらせてくれ。三日間何も食ってない。」
「そうか、おまえ家族は?」
「女房と子供が一人。」
「わかった、連れてこい、掃除をする人もいるんだ。」
「ありがたい。」
 そいつはさっそく戻って行った。


「お、おれも仕事をくれ!」
「俺も!」
「じゃあ、大工は三人でいい。お前とおまえだ、家族はいるか?」
「いない。」
「俺も、はぐれてしまった。」
「じゃあいい、ついてこい。」
 俺は、五人を伴って東門に入る。
「こいつらの入場税だ。」
 俺は、銅貨を五枚払って門を通った。
 もちろん、門番には小銭を握らせたさ。
「そいつら、どうするんだ?」
「俺の家をなおすんだ。人手がいるからな。」
「うまいこと考えたな、安くなおせるか?」
「それはやってみないとな。」


 五人とラルを連れて、市場で古着と履物を買う。
 なにしろ、魔物にひっかかれて、背中なんかほとんど布がないんだ。
 大工はゼノと言った。
 屋台の串焼きを全員に食わせて、落ち着くのを待つ。
「ゼノ、あんたが頭になって、家の修復を頼む。とにかくあばら家で寝るに寝られないんだ。」
「わかった、すまんが商業ギルドに登録する銀貨を貸してくれ。」
「そう言えばそうだな、俺も行こう。ラルも商業ギルドに登録する。」
「俺も?」
「なんか証明書ないと、門の出入りもできんだろ。」
「う・うん。」
「なに、お前にも働いてもらうさ。銀貨一枚ぶんはな。」
「う~。」
 ラルはなぜか、頭を抱え込んだ。


「ちなみに予算は?」
「金貨一枚。」
「へ?」
「金貨一枚だ。だから心配するな、ゼノの人夫賃も入ってる。そこの二人も。」
「アルだ。」
「テオ。」
「女房のサリーと娘のニコだ。」
「娘はいくつだ?」
「八歳。」
「そうか、掃除の手伝いぐらいできるよな。」
「できるよ!」
 ニコは、笑顔で答えた。


 串焼きのタレで、顔が汚れている。
「よくここまで逃げられたな、こんな小さい子連れて。」
「必死だったさ、みんなやられた。ユフラテ、あんたが助けに来てくれたことを、俺は見て知ってるぞ。」
「そうか。」
「強いなあんたは、あの虎の冒険者も強かったが。」
「ああ、アランな、Cクラスだからな。」
「あんたも?」
「いや、俺はFクラスさ、入ったばっかだからな。」
「Fクラスって、うそだろ!あの強さで!」
 アルが、悲鳴のように言う。


「ま、それはいい。金が足りなきゃまた稼いで来るさ。だから、俺の家をなおしてくれ。」
 三人は真顔でうなずいた。
「サリーは、みんなの飯を作ることと、家の掃除をする。まあ、おいおい考えようぜ。」
「は、はい。」
 屋台で買った粥の器も返し、古着をもってチグリスの家の裏に着いた。
「じゃあ、ここで風呂にはいれよ、サリーとニコが先だな。」
「風呂?」
「ああ、中で湯が沸いてるから、体を洗え。三日も走って砂だらけだろう。」
 五人は改めて自分の格好を見て、残念な顔になった。
 サリーは三〇がらみで美人ってほどでもないが、まあ愛嬌のある顔をしている。
 ニコは親父に似たのか?眉が若干太いがまあ、かわいい。
 二人を中に入れて、俺は焚口でまきをくべた。


「こいつを俺の家にも作ろうと思うんだ。」
「ふうん、まあこの骨組みなら簡単だな。」
「たのむよ、中の湯舟は俺が作る。土魔法が使えるから。」
「そうか、それはありがたい。仕事が早いからな。」
 オイゲンのあばら家をなおす計画は、風呂場の前で相談した。
「とにかく、人の家にすることが重要だ。なにしろ、そこらじゅうが壊れていて、立っているだけみたいなもんだからな。」
「一から立て直すってのは?」
「まあ、材料は悪くないみたいだし、隙間風が入ったり、雨漏りしなきゃいい。そのうち、金ためていい家にするさ。」
「金貨一枚(三〇〇万円)ってのは多くもあり、少なくもあるからな。まずは屋根を見て、壁や建具はその後で行こう。」
 ゼノの言葉に、アルとテオもうなずく。


 なんだかんだ言っても、こいつらの名前って結構長い。
 アルはアルベルト、テオはテオドールと言うんだってさ。
 なかなか洒落てるじゃないか。
 オイゲンの家は、やっぱり鍛冶工房と一体で、二階建ての馬小屋つき三〇〇坪くらいの土地。
 内容を聞くと良さげだが、つまるところはガタが来ている。
 だから安かったんだが、柱なんかは結構太くて、家具もかなり残っている。
 オイゲンは、酒が過ぎて体を壊し、(ドワーフには珍しいことだったようだが)親戚を頼って別の町に行ったそうだ。
 二階の部屋は五つもあって、六畳間くらいの部屋が四つと階段の吹き抜けのかまちがある。
 一階は、工房が突き出ていて、その奥に台所、リビング、寝室がある。
 俺一人なら、一階だけで暮らしていけそうだ。


 サリーとニコが風呂から出てきた。
「どうだ、さっぱりしたか?」
「ええ、こんな貴族みたいな贅沢してもいいんですか?」
「贅沢か?大きな鍋でお湯沸かしただけさ。」
「おにいちゃん、ありがとう!」
 二人は、古着だがさっぱりした格好になっている。
「よし、じゃああんたらも入るんだ。ちゃんと石鹸で体を洗ってから湯船に入るんだぞ。」
 俺は、風呂に湯を足してやる。
 このあたりは風呂に入る習慣は、あんまないらしいので、マゼランはけっこう汗臭い。
 風呂に入ってこざっぱりした服を着れば、みんなまともに見えるもんだ。


 俺は全員を連れて、商業ギルドに向かった。
「大工さんですか?まあ、うちでもいいですが、職人ギルドのほうが良くないですか?」
「いや、今後のこともあるから、こっちでいい。全員のカードを作ってくれないか、ニコの分も。」
「六枚ですか?」
「いや、俺も欲しいんだけど。」
「ああ、ユフラテさんは、冒険者カードに上乗せです。」
「料金は?」
「こちらは、銅版五枚ですね、全部で銀貨三枚です。」
「あらら、安い。」
「冒険者は、すぐにカードをなくしてくるので、高めなんですよ。」
 受付嬢の言葉に、変に納得している。


「よっしゃ、そしたら家を見て、必要なものを商業ギルドで注文しよう。」
「たのむよ。」
 ゼノの言葉に、俺は全面的に賛同した。

「ユフラテ、釘がいるだろう。これもってけ。」
 横合いからチグリスが声をかけてきた。
「おう、あんがとチグリス。ゼノとテオとアルだ、こっちはサリーとニコ。」
「おう、災難だったな。」
「なんとか生きてますよ。」
「おいらラルだ、よろしくな。」
「おう、ユフラテはあんまこっちのことがわからん、よくしてやってくれ。」

「あとで、なんか持ってくよ。」
 チコが、チグリスの横から顔を出した。
「ああ、ありがとう、たのむよ。」

 俺たちは、そろってオイゲンのあばら家にやってきた。
「こりゃあ…」
 全員が息をのむあばら家。
「ま、まあ、柱は五寸か、しっかりしてるな、カネ(直角のこと。)は狂ってないようだ、これなら十分使える。テオ柱に筋違い入れるぞ。」
「ああ、わかった。」
「アル、壁はどうだ?」
「隙間に目地込みする必要があるな、屋根はどうかな…」
「待て待て、筋違入れてからのほうが安全だ、どうも信用できんしな。」
「おっと、そうしよう。」
「こっちに、少しだが木材があるんだ。」
 俺は、ゼノを連れて奥に向かった。
「そうか、ドアとか穴の開いたやつはむしって替えるぞ。」
「ああ、それでいい。」

 西門の周りには、難民の群れがいてめんどくさいので、俺は反対の門に向かった。
 もちろん、食い物の確保だ。
 森に行けば、ウサギやウルフがごろごろしている。
「チコ、森に行くけど注文あるか?」
「いいよー、獲れたもんでなんとかするから。」
「わかった、見繕ってくるよ。」
 どうせ、皮袋に入れてくれば大したことではない。
 こうなると、ルイラの恩恵は計り知れないな。
 門を出ると、やはりまわりには畑が広がっていて、点々と家もあったりする。
 そのむこうは草原で、五〇〇メートル向こうに森がある。
 広葉樹の森は、延々と広がっていて、一部針葉樹が固まっているところもある。
 俺は、いい天気だし口笛吹きながら、メイスを担いで歩いている。
 こういう時は乗り物が欲しいな、移動時間が短縮できる。
 生憎、この辺では馬が一番速いんだけど。
 王都の兵隊の中には、ワイバーンに乗る騎竜隊と言うのがあるそうだ。

 速いんだろうかね?

 草原に入って、風魔法であたりの気配を探る。
 いるいる…前方三〇〇メートルにウサギが二匹。
 おあつらえ向きにこっちには気が付いていないようだ。
 そっと草を分けて近寄る。
 どうせウサギだ、気がつけば襲ってくるんだから逃げたりはしないだろうけどな。
「それでも、先手が取れるならその方がいいってことさ。」
 無詠唱のマジックアローを二本放つ。
 こいつは無音だし、早いから便利だ。
 もちろん、照準補正が入っているので、狙いは外れずウサギの眉間を貫く。

 おそらく、あいつらは自分が死んだことも知らないだろう。

 そそくさとウサギを皮袋に入れると、森のすぐ横にでっかい気配。
「なんだ?」
 少し顔をあげて、遠くを伺うと、ウシ?
「つか、でかくない?」
 とにかく、体重一トンは超えてそうな、バイソンが立っている。
 それも複数。
 これは怖い。
 追いかけられたら、逃げ切れないんじゃないか?
 そばには小さな子牛も見える。
 親の横で呑気に草を食んでいる。
「あれ、家で飼ったら、ミルク取れないかな?」


 そうのんきな話でもなさそうだ、親がこっちに気が付いたようだよ。
「うわ!子供獲りに来たんとちゃうって!」
 そんな声は聞こえてもわからんわな。
 牛は巨大な角をこちらに向けて突進してくる。
「はや!」
 二〇〇メートルなんて、なかったかのごとく目の前に迫るバイソン!
 逃げられないとわかったので、かえって落ち着いた。
 タイミングを計って、ウシの眉間にメイスを叩き込む。
 こっちゃこれが全力だ!
 がきん!と音がして、ウシはメイスを食らったが、そのまままっすぐに突き抜ける。
 俺は、左によけて角は食らわなかったが、少し袖が破けた。


「くっそう、固てェな!」
 俺はメイスを構えなおす。
 牛は、すこしだけよろけたが、方向を戻して襲いかかる。
「もういっちょう!」
 ごきい!
 ものすごい音がして、メイスの先が牛の頭にめり込んだ。
 反動で目玉が飛び出しちゃったよ、怖いなあ。
 そのおかげで、親牛は横向きにどおっと倒れた。
「回収回収、こりゃ食いでがあるなあ。」

 なんて、のんきに構えていたら出てくる出てくる、森の中からバイソンの群れ。
 三〇頭くらいいるんじゃないか?
 草食動物のくせに、気が荒いんだよ、こいつらは!
 しかも、群れで攻撃してきやがる。
「あ~あ、見逃してくれる気はないみたいだな…」
 ひときわ大きな個体が、前足で土を蹴りながらダッシュの瞬間を待っている。
 来るぞ来るぞ…
「マジックアロー!」
 無詠唱の矢を立て続けに放つ。
 がいんがいんと音がするが、なかなか刺さらないじゃないか!


 俺の魔術がつたないのか、あいつのアタマが固いのか!

 おそらく両方!
「アイスランス!」
 五秒詠唱のふっとい氷の槍。
 こいつでどうだ!
 ざくりと音がして、やっと牛の眉間に突き刺さってくれた。
 なんで俺がアタマばっかし狙うかと言うと、ほかの所に傷をつけると、買い取りが安くなるんだよ。
 皮を使うところが減るんだってさ。

 よし、こいつで行くぞ。
「アイスラーンス!」
 三〇頭全部倒せるかわからんが、この際皮がどうの言ってられない。
 数が多すぎるので、乱れ打ち気味にランスを打ち込む。
 どうせ、照準なんかいいかげんでけっこうだ。
 固まっているんだから、うちゃ当たる。
 乱れ打ちすぎた、全部死んでるがグスグスじゃん。
「まあいい、回収してと、子牛は逃げてないなー。」
 全部で四二頭。大猟だ~。
 腰が抜けたか、ぶるぶる震えている。
 俺は、皮袋からロープを出して、子牛の首に巻いた。
「ほら、来いよ。」
 なんとか尻を持ち上げて、小さな子牛を引っ張って戻ることにした。
 子牛も、二~三回ケツ蹴飛ばしてやったら動き出したからな。
 大きな角も、けっこう需要があるんだってさ。

 武器屋で、ナイフを一〇本ほど買い込んで、西の門に向かう。

 今日の大猟は、神様のおめぐみだろうさ。

 門の前には、やはり中に入れない難民の群れが、所在無げに座り込んでいる。

「おい、だれか代表者はいるのか?」
 そのへんのおっさんに声をかけた。
「なんだあんたは、さっきのにいちゃんじゃないか。」
「ああ、あんたは代表者か?」
「いや、ヘルムさん、こいつが話があるってさ。」
「ああ、なんじゃ?」
 五〇がらみの白髪の勝ったおっさんが前に出た。
「わりい、なにもないがこれでも食ってくれ。」
 俺は、ウシを三〇頭出して、ヘルム爺さんの前に積んだ。」
「牛か!」
「ほら、解体用のナイフもある、今日の所はこれでも食わしてやってくれ。」
「あ!ありがたい、みんな!くいもんもらったぞ!解体するから集まってくれ。」
 わっと殺到する難民。
「皮はよけといてくれ、あとで使う。」
「ああ、すまんな礼を言うよ。」
「なに、獲れ過ぎた獲物さ、心配するな。」

 俺が東門に戻りかけると、向こうから馬に乗った、赤い服の男がやってきた。
 従者を一〇人ぐらい従えて、ころころ太った小ずるそうな男だ。
 一目でお友達になりたくないな。
「おいおまえ。」
「おれ?」
「そうだ、おまえでおじゃる。余計なことをするな、難民などここにとどまられても困るであろう。」
「そうはおっしゃいますがね、三日もなにも食わないで走って来たんですよ、どこかに行くにしても空腹じゃ動けませんよ。」
「それは、ワシのあずかり知らぬことでおじゃる。ワシの町の前で、うろうろすることは許さんでおじゃる。」
 なんだこいつ、義理も人情もないやつだな。
「おじさんだれよ。」
「こら!領主様だ!マゼラン伯爵様だ!」
 おつきの兵隊が、勝手に答える。
 うっとおしい。
「ウチの殿様かい?魔物が二〇〇匹も攻めてきたのに、兵隊の一人も出さなかった…」
「出さなかったのではないのじゃ!準備していたのでおじゃる。」
「出さなかったことにかわりはないさ!それで俺やアランに任せて、ほったらかしたと。」
「おまえがでおじゃるか?」
「ほかに誰がいる?あんたがもたもたしてるうちに、オーク鬼が城門を破ったら、おもしろいことになっていたな。」
 俺は、獰猛な笑いを乗せて、伯爵を見上げてやった。
「なんでおじゃる?」
「オーク鬼は二〇匹以上いた、その上オークキングみたいなやつが一匹混じっていて、苦労したぜ。」
「オークキング…」
「あんなのが襲ってきたら、この町もおしまいだったな。」
「…」
 殿様の顔がじゃっかん蒼くなった。
「ま、兵隊さんが優秀だから、そんなのへでもねぇよなー。」
 俺は、さっき吠えてた兵隊に目をくれた。
 兵隊は兜に隠れてはいるが、顔色がすっと白くなった。
「言いよるのう、お前もそれなりの覚悟があるんでおじゃるな。」
 殿様、こんどは顔が赤くなってる、おまえさんは歩行者信号かっちゅうの。
「はあ?殿様ぁ俺にケンカ売る気かよ。この町の兵隊を全滅させる気か?俺は強いぞ。」
「おい、若造!きさま伯爵様に向かって!」
 腰巾着が、馬の前に出た。
「やるかい?」
 俺は、メイスを持ち上げて、兵士に詰め寄った。
「まあよい、お前たち、それを食べたら、そうそうにここを立ち去るでおじゃる。ここには、お前たちを食べさせるほどの食料はないのじゃ。」
「ないのか?」
「あまり備蓄はないでおじゃる。そろそろ麦の収穫だしのう。」
 殿様は、困ったように眉毛を下げた。マジか?
「そうかい?殿様は丸いがな。」
「ふん、貴族とはこういうものでおじゃる。王都に救援を求めるがよいでおじゃる。」
「ああ、それなら商隊が王都に向かったので、報告は頼んだぜ。」
「ふん、余計なことを。まあよいでおじゃろう、ならばそのうち王都から兵士も来ようでの。おまえが倒したので、魔物もいないのでおじゃろう?」
「まあ、街道筋はわからんが。」
「ならば、町に戻っても心配はあるまいのう。自分たちの町に帰るがよい。」
 殿様は、馬を返すと、言いたいことを言って立ち去った。
「殿様、せめて麦粥くらいだしてやったら?」
「おまえが食わしているではないか。」
「一食だけさ。」
「まあよい、町に帰るなら麦粥など出してやろうほどに。」
「さすが殿様、かっこいい!」
「ふん。」
 殿様は、少し顔を赤らめると、髭をこすって帰って行った。

「おまえ、いい気になるなよ。」
 兵隊の隊長さんは、俺を睨みつけて殿様の後を追った。
 おまえなんか一〇〇人来たって、平気だよ!
 おどしにもならないでおじゃる。
「う~ん、ちょっとな~。」
「若い人、いいのかい?」
 ヘルム爺さんが、心配そうに声をかけたが、どうせおれもあんたらと一緒で、帰る家もない。
「いいかどうかはわからんが、言っちまったもんはしょうあんめえ。さあ、みんな食えよ。」

 俺は、ちょっと心配ごとがあるので、早々に職人街に戻った。
「うし~?」
 チコとニコは、俺の連れている子牛にびっくりしている。
「牛獲ってきたが、喰うか?」
「食うよ!どこ?まさか、この子?」
 チコが、子牛を指さして聞く。
「いや、親牛はここにある。」
 袋から出すと、みんなびっくりしている。
「ひ~ふ~一二頭!こんなに食べ切れないじゃない。ギルドに卸したら?食べる分だけもらってきて。足一本くらい。」
「そうか、じゃあギルドに行ってくるよ。ああ、ウサギが二匹いる。」
「そいつは、こっちで捌くわ。置いて行って。」
「ん。」

 ギルドに行くと、受付嬢に呼ばれた。
「ユフラテさん、ギルドマスターの部屋に行ってください。」
「はあ?めんどくさいなあ。じゃあ、コステロ、これ測ってよ。」
 俺は、床に牛を下した。
 一〇頭。
「またこんなでっかいのもってくる~!」
 ギルドマスターの部屋に行くと、痩せて目つきの鋭いおっさんがいた。
「ユフラテか、おまえ、伯爵ともめたって?」
「もめてねぇよ、ちょっと牛が獲れ過ぎたから、難民にくれてやっただけじゃん。そしたら殿様が来て、難民にどっかいけって言うのさ。」
「そりゃ、あの伯爵なら言うだろうな。」
「だから、メシぐらい出せよって言ってやっただけじゃん。」
「だけじゃんって、お前もたいがい口が悪いな。」
 マスターは、肩をすくめてみせた。やっぱ、こいつも冒険者アガリだな。


「自分だけいいもん食って、ころころ太ってるやつは許せないんだよ。」


「それはわかるが、トラブルはギルドにも影響する、自重しろ。」
「わかったよ、どうせこの町は出るつもりだ。」
「どこへ行く?」
「ああ、ちょっと気になるから、レジオの町に行ってくる。魔物が全部こっちに来たかわからんからさ。」
「そんなこたあ王国の仕事だろう。」
「王国の軍隊が出たって噂は聞こえてこないぞ。ギルマス!」
 俺はギルドマスターをねめつけた。
「そりゃあ、昨日の今日だからな。」
「それじゃ遅いんじゃないかな?いやな予感がする。」
「嫌な予感?」
「ああ、ここのセコイ殿様は、気に入らんが、災いを自ら招き入れることもないさ。」
「そういうことか。」

「本音を言えば、チコとチグリスが無事なら、俺に文句はねえ。」
「なるほど、まあ、トラブルを回避するにはいいかもしれんな。」
「ああ、だから俺はレジオの町まで旅してくるよ。」
「まあ、アランが向かった方向だから、心配はいらんだろうが、途中から街道が分かれるから、気を付けろ。」
「わかった、善は急げだな。チグリスに相談する。」
「ああ、そうしろ。俺は、トラブルの種が減ってありがたい。」
「ちぇっ、弱腰だな、ギルマス。」
「そう言うな、事務方にまわると、保守的になるんだよ。」
「へっ、またくるでおじゃる。」

 俺はギルドを出て、職人街に向かった。
「レジオ?ユフラテ行っちゃうの?」
「ああ明日、レジオに行ってくる。」
「帰ってくるのか?」
「ああ、そのうちな。歩いているうちに、忘れ病ももどるかもしれんし。」
「そうか、引き留めはせんが、お守り代わりにそのメイスはくれてやる。」
「ありがとう、大事にするよ。」
「せっかく買った家はどうするの?」
「ああ、そいつはゼノたちがなおして住むさ。ギルドカード持ってるんだから、この町で商売できるし。」
「それでいいの?」
「いいさ。そのうち自分で仕事を見つけるだろ?俺だっていずれはここに帰るよ。それまでには、家もきれいになおっているだろうさ。」
 それを聞いて、チコは安心したようだ。


「チグリス、ちょっといいか?」
「ああ。」
 俺はチグリスを連れて外に出た。
「さっき、ちょっと殿様ともめてんだ、しばらくほとぼりを冷ますつもりで、旅に出るんだ。あとの始末は頼む。」
「へん、伯爵も職人街にゃ手を出せんさ。万が一の時は、おれが何とかする。」
「すまない、それからこれは牛を売った金だ、預かってくれ。」
 皮袋(魔法がかかってない。)に入った金貨を、チグリスに渡す。
「どうするんだ?」
「ゼノたちが、困るといけないので、残していくのさ。ラルの暮らしもあるし。」
「わかった、あいつらの世話も心配するな。」
「すまん、せっかく恩返しできると思ったのにな。」
「なに、そいつは十分にもらったさ。お前のおかげでずいぶん楽しかった。」
「…」

 俺たちは、家に戻った。
「チコ!その辺から皮袋出してくれ。」
「これでいい?」
 職人の家である、商売用の皮袋はいくつもある。(金銭のやり取りには、皮袋を使うんですよ。)
「これでいい?五枚くらいあるよ。」
「よしよし、これでいい。」
 俺は、テーブルに乗せられた皮袋の上に手をかざした。
 横合いからチコが覗き込んでいる。
 俺の手から、魔力の流れが、皮袋に向かって放たれる。
 でも、そんなもんけっこうな魔術師でないかぎり、見えるもんじゃねえけど。
 やがて、皮袋は『魔法の皮袋』に変わった。
「容量は家1軒分のが五枚か、これなら使い勝手がよかろう、チコ、これはしまっておいてくれ。何かの時に使えるだろう。」


 それが、夜逃げの荷物を入れるときでもな~。


「すっごい、簡単に作るね!」
「まあな、ルイラの教え方がうまかったんじゃないのか?これぐらいすぐできるよ。」
「ユフラテは、それで商売ができるよ。」
「まあ、こいつは何かあったとき、商人にでも売ればいいさ、なにがしかの金になる。」
「ありがとうユフラテ。」
「ラルのこと、頼む。あいつは天涯孤独だ、ほかに頼る人もいないから。」
「大丈夫よ、ごはんくらい食べさせてあげるわよ。」
「すまない、こいつを預けておくよ。」
 俺は、銀貨の入った袋をチコに持たせた。
 チグリスに渡したものとは別だ。
「どうするの?」
「ああ、あいつが腹空かせていたら、なんか食わせてやってくれ。」
「心配性ね、まかせて。」

 俺は、家に向かった。


「ゼノ!どこだ。」
「ああ、ここだよ。」
 二階からゼノが下りてきた。
「すまん、急にレジオに行くことになった、家のことは任せてもいいか?」
「レジオ?あそこは魔物であふれているぞ。」
「それが本当か、確認に行ってくる。少し留守にするが、その間はみんなでここに住んでいてくれるか?」
「それはかまわないが…危ないぞ。」
「だいじょうぶだ、危険になったら逃げるさ。それから、これはバイソンの肉だ、みんなで食べてくれ。」
「うお!ウシか、ありがたい。ああ、馬小屋に小さい馬車があったからなおしておいたぞ。」
「へえ、どれどれ?」
 馬小屋には、横幅が五尺で行きが一間くらいの小さな馬車があった。
 上にかんたんに幌が立っている。
「これは使い勝手がよさそうだから、なにかの商売につかえそうだろ?」
「本当だ、ロバでも買ってくるかな。」

「ユフラテー、いるか?」
 母屋からチグリスの声がする。
「裏だ、こっちだよ。」
「おお、ここか。」
 チグリスも厩にやってきた。
「ほう、これはいい馬車だな、おまえが?」
「ああ、ちょっと壊れていたから、なおしてみた。」
「いいできじゃないか、車軸もしっかりしている。幌があるから、雨が降っても安心だな。」
「これでレジオまで行けるかな?」
「そうだな、のんびり行っても三日で着く。そうだ、この前買った若いロバを使え。」
「ええ?」
「うちに三匹もいらんし、この馬車ならロバ一匹でも十分だろう。」
「そうかな?」
「お前のロバだ、遠慮なく使えよ。」
 変に遠慮しても悪いしな、使うことにした。

 その夜は、みんな集まってウシでイッパイやることになった、こっちでも牛はごちそうらしいな。
「兄ちゃん!、レジオに行くなら俺も連れて行ってくれよ。」
 ラルがすがるような目で俺を見る。
「だめだ、危ない。」
「兄ちゃんがいれば、危ないことなんかないよ、それに馬車のめんどう見る奴がいるだろ。」
「それもそうだな、おれは馬車が使えない。」
「しょうがねえ兄ちゃんだな、馬車のことはまかせとけよ。」
 なし崩し的に、ラルが着いてくることになった、まあなんとかなるか。
「ラル、このナイフを持って行け、俺が鍛えたやつだから、よく切れるぞ。」
「うわー!いいのかおっちゃん!」
「いいさ、こいつでロバを守れ。」
「うん!」
 初めての自分のナイフに、一〇歳のラルは舞い上がった。

「ユフラテ、六尺とメイスのほかに、こいつを持って行け。」
 チグリスが出したのは、反りの入った片刃の剣。どう見てもそれは、カタナだった。
「これは…」
「いい出来だ、ちょっとやそっとじゃ刃こぼれしないぞ。」
「すまん、俺が欲しかったのはこれだよ!大事に使う。」
 ちょっとうるっと来た!
「ユフラテさん、家のことはまかしてくれ、帰るまでにしっかりなおしておく。」
「ああ、心配してないよ。ゼノは、俺が戻るまでこの家を管理してくれ。ここを根城に商売初めてもいいしな。アルとテオも、ここに住んでいいぞ。」
「いいのか?」
 テオが俺の顔を見る。
「レジオに帰ることができなきゃ、どっかで暮らさなきゃならんだろ?しばらくは、ここにいればいいさ。」
「すまない、ユフラテ。」
「ありがとうユフラテ。」
「サリー、こいつらが家を汚さないように、よく見張ってくれよ。」
「まかせて。」
「まかせて。」
 ニコも、両手を握って答えた。

 翌日、鹿島立ちである。
 教会の前で俺は、一枚の金貨をゼノに握らせて、家の修理を任せることにした。
「こんなに信用していいのか?」
「それ持って逃げたなら、それはそれでいい。俺の見る目がなかったってことさ。」
「ちぇっ、堂々とそういうことを言うな。逃げられなくなる。」
「はは、そうだな。それから、これは道具袋だ、厩一軒分くらい入る。テオとアルにもあるぞ。」
「おい!これ一個で金貨五枚はするぞ。」
「いいじゃん、あるものは使え。これがあれば、重い道具を持って歩かなくてもすむぞ。」
「そりゃあ、これだけデカければ、材料だって簡単に運べるしな。」
「この町で大工するなら、それもありだろ。道具だって増える。」
「ありがてえ、この恩はかならず返す。」
「気にするな、俺の気まぐれだ。」
「ばかやろう、恩義には恩義で返すのが漢ってもんだ。」
 ゼノは目にいっぱいの泪をたたえて言う。
「俺も、がんばるよ。」
 テオは、情けなく眉毛を下げた。
「…」
 アルは、なにも言えない。
「サリー、この袋にはまだ牛が二頭入っている、みんなに食わしてやってくれ。」
「ユフラテさん。」
 俺は、そのまま馬車の御者台上がった。
「ユフラテ、気を付けてね。」
 チコも見送る。
「帰ってこい。」
 チグリスは、手を差し出した。
「帰ってくるさ、オヤジ。」
「よせやい。」
 教会の前の広場で、東門を目指して走り出した。
 
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