ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第百十二話 ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵領

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 男爵領が近づくにつれて、道は少しずつ広くなってきたが、相変わらず路面は荒れている。
「ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵、今年補助金付けてあげますよって、道路整備しよし。」
 窓から馬上のラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵に声をかける。
「補助金ですか?いえ、わが領地の予算で…」
「それでは足りんでしょう。予算と同額出します。」
「えええ~?」
「こんなに路面が荒れては、商人たちも農民たちも難儀してはるでしょ?」
「いやそれは…」

「ええか、カネカネカネカネ言うつもりはおまへんけど、使うところに使ってこそ金は生きるんどす。」
「はあ」
「どこぞのアホ官僚やあるまいし、いりもせんゼニ集めてどないすんねん。」
「…」
「使ってこその予算、役に立ってこその税金。むやみに集めることは許しまへん!」
「はい~。」

「わがオルレアン領では、増税に成功した官僚はクビ!理由あってもクビ!」
 国政を壟断していることは、極刑に値する。
 無茶苦茶なこと言ってるなカズマ。
 増税メガネには、われわれもあきれているが。
 与党第一党などと良い気になっていると、悪夢の民主党政権になるぞ。

「あわわわわ」
「内部留保がイヌHKよりあるんどす。」
 まあ、犬HKは八千億円あるそうですが、受信料は下がりません。
「犬?」

 まあ、年三千八百億円あって、それが使われずに積み上がってくると…

「道路行政はいちばん気にせなアカンところどす。」
「はい。」
「男爵、次にあてがここに来た時、同じ状態やったらわかるな。」
 ぶるぶるぶる
 この若さまは、やると言ったら絶対やる!
 ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵は、冷や汗をたらした。

 男爵の領地も、一面麦畑が広がり、王国の実りは盤石に思えた。
 これも、豊穣の聖女たるティリスの加護のおかげか。

 周辺部から、領都ラ・フェルテに来るころには、道も少しはマシになってきた。
「ふむ、馬車の揺れが少なくなってきはったね。」
「は、道は領都に近くなると、少しは良くなります。」
「まあ、そうやろな。これを、ラ・フェルテ=サン=トーヴァンからサルブリ準男爵領・ラモット=ブーブロン準男爵領とのネットワークとすれば、もっと利用価値があがります。」
 トーヴァン男爵は、はっとした。
 このお方は、何を考えているのか?

「わ、若さまはオルレアン全体を街道で繋いでしまおうと?」
「そうどす。いまでも繋がってはいはるけど、それをもっと安全に快適に繋ぎたい。」
「安全、快適…」
「現状で、トーヴァン男爵の領地は快適どすか?」
「まだまだ快適とは言い切れませぬ。」
「そうどすな、ならば集めた税金はどう使えばええか、わかりますな。」
「ははっ」
「まあ、それが答えどす。」

 いままでのお屋形さまが、何を思って公爵領の政治を行ってきたかはわからないが、この若さまのように進むべき道を示してくだされば、われわれの領地はもっと発展するのではないか?
 ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵は、すでにカズマのシンパになってしまった。

 さて、領都ラ・フェルテに入り、当の館にやってきた。
 さすがに代々続く男爵の館は、城壁も綺麗に整えられた、素敵な城だった。
 前庭もきれいに整えられていて、車寄せのエントランスも真ん中に噴水のある綺麗なものである。
 物見の塔は城壁にしつらえてあり、四方を睥睨している。
 白い漆喰で塗られた館は、部屋数も五〇近くありそうで、切妻屋根のドーマーも美しい。
「はあ~、代々の殿さまの努力が見えまんな。」
「恐縮であります。」

 カズマ達が城に入ると、待ち人があった。
 トーヴァン男爵の奥方は、中肉中背で三〇代半ば。
 まあ、可もなく不可もなく、同じ男爵家から来たので、内情もよくわかっているようだ。
「ようこそ若さま。」
「ああ、世話になりますえ。」
「はい、どうぞ我が家と思っておくつろぎくださいませ。」
「ご丁寧におおきにありがとう。」

「あなた、お客様でございます。」
 トーヴァン男爵の奥方は、男爵を捕まえて耳元でささやいた。
「客?」
「はい、周辺の御領主さまが…」
 サン=シラン=ヴァル騎士爵・オリヴェ騎士爵・マルシリー=アン=ヴィレット準男爵が館で待っていた。

「お客さん?」
 カズマは並んだ中年男性たちに、首をひねった。
「はは、若さま、近隣の領主でございます。」

「そう?あての顔を見に来はったんかな?」
「え、いえ、さような。」
「あはは、あてが言うのもなんですが、ようおこしやす。」
「「「ははっ!」」」
 マルシリー=アン=ヴィレット準男爵が、代表して口を開いた。
「領都オルレアンとの間におります領主が、御挨拶に伺いました。」
「ほう、それはご丁寧に。」

「マルシリー=アン=ヴィレット準男爵でございます。」
 中年男性一号は、臙脂の上着を着たかっぷくのいい人で、若干おなかも立派なようすだ。
 なかなか収入もよさげだが、こいつも関所で儲けていそうだな。
 カズマは、油断なく目を走らせた。
「こちらは、サン=シラン=ヴァル騎士爵。」
「若さま、ようこそいらっしゃいました。」
 恭しく頭を垂れるヴァル騎士爵、こちらは騎士らしくがっちりした肩の偉丈夫。
 盛りあがった筋肉が、窮屈そうに服に詰め込まれている。
 年のころは三〇代前半、働き盛りと言ったところか。
 短く刈りあげた金髪も、精悍である。

「そして、こちらがオリヴェ騎士爵でございます。」
「よろしくお願い申し上げます若さま。」
 どうも、カズマの尊称が、若さまで納まってしまったようだ。

 こちらの騎士爵も、胸板はそんない厚くもないが、鍛えているところが見える。
 若干伸びた栗色の髪も、騎士らしい整え方である。

「へえ、みなさんようこそおこしやす。トーヴァン男爵、どこかお話できるところはありますか?」
「はい、こちらへどうぞ。」
 ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵は、先に立って館の中に進んだ。
 広い部屋には、長いテーブルが置かれ、会議室の様子を見せている。

 時刻は午後三時ごろ、そろそろお茶の時間になろうとしている。
 ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵夫人ハンナは、メイド(こっちは多少若い娘さん)を連れてお茶を運んできた。
 ワゴンの上には、カップなどが乗っている。
 少し厚ぼったいティーポットから、こちらも厚ぼったいカップにお茶を注ぐ。
 奥方の手は、慣れた調子である。
 田舎貴族なので、そう言うことも奥方が仕切っているのか?

 まあ、南部ではそういう仕来たりなのかもしれない。

 今年も含めて、三年連続の豊作で、王国はにぎわっている。
 貴族としては新しい使用人を雇ってもよさそうなんだが。
 そういう意味では、若い娘を雇って躾けているところか。
「若さま、どうぞこちらへ。」
 不本意ながら、ほんと~に不本意ながら、お誕生席に座らされる。
 こんな席に座るのは、何十年も前の結婚式以来かもな。

「さてここに、南部七人衆がそろいました、若さまには初めて御意を得るものもおりますが、すでにお見知りおきのことと存じます。」
 トーヴァン男爵は、館の主であり、南部七人衆の元締めでおある。
 かしこまって皆を見回し、カズマに頭を下げた。
「本日、わが館に若さまが逗留くださることは、無上の喜びであります。」
 なんてことで、固い席がますます固くなりそうだ。

「さて、それでは…」
「あ、男爵、お茶が冷めてもアカンので、御挨拶はその辺で。」
「あ、はあ…」
 トーヴァン男爵の奥方は、ちょっとおもしろそう(笑)亭主がやられたのが楽しいのか?
「すまんな男爵。みなさん、お忙しいところわざわざのお越し、おおきにありがとう。」
 皆一斉に頭を下げた。
「せっかく集まってくれはったので、おいしいお菓子でもあがってもらおうと思います。」

 そう言って、皆の前に小さなパンケーキと、それに添えたホイップクリーム、イチジクのジャム。
 パンケーキにははちみつもかかっている。
「奥方、これを皆さまの前に。」
「ははい!かしこまりました。」
「奥方には後ほど、ね。」
 カズマが言うと、奥方は赤くなってこくこくと頷いた。
 時間があれば、もっと凝ったものもできるのだが、いまはこれが精いっぱい。
 国旗が立っているのが御愛嬌。

「若さま、これは?」
「あての故郷のおやつどす。まあ、行儀については何もないので、添えたフォークで切って食べとくれやす。」
 声を上げたのは、マルシリー=アン=ヴィレット準男爵である。
「あ、甘い。」
 トーヴァン男爵の声に、奥方はぎゅっと振りむいた。
 甘いものには目がないようだ。
「横のクリームと、イチジクのジャムも付けて食べるとおいしおすえ。」
 お茶を飲むのも忘れて、ひたすら食べる。
 すぐに、消えてしまい、みな情なさそうな顔をする。

「あはは、まあそんな情ない顔をせんと、またあとで作ってあげるわ。」
 一同ほっとした顔をして、カズマに顔を向けた。
「オルレアン領は、好いも悪いも停滞してきたように見える。」
 一同の顔が引き締まった。
「この三年は豊作で、それでもよろしおしたけど、来る三年が豊作とは限りまへん。」
「わ・若さまは、来年を凶作と見ますか?」
「いや、それはないと思うけど、作物の肥料などを見直してもええと思います。」

 一同、神妙な顔をしている。
「王都の嗜好や、周辺の動きなどに、もっと目を向けてもえんとちゃいますか?」
 カズマは、みなを見回した。
「いまのパンケーキみたいに、王国が見たこともないような食事とか。」
「他の領地よりも迅速に各地を繋げる道路とか、やりたいことはたくさんおす。」
「あては、そう言ったことに対して、補助金を出して支援するつもりどす。」
「「「「「「おおおおおお」」」」」」

 一同は紅潮して声を上げた。
 一人トーヴァン男爵が、シブい顔をしている。
「しかし、領地の予算でなんとかできそうな気もしますが…」
「カネカネ言う気はありまへんけど、早くできることは早く片付けることが肝要どす。」
「はは」
「ええか、ここオルレアン領が、王国で一番馬車が通りやすいところになるんどす。」
 トーヴァン男爵が顔を上げた。
「そうするとどうなります?商人が今よりも活発に往来するんどす。」
「領主ひとりが儲けてはあきまへん、領民がみんな儲かるようにするんどす。」
 カズマが今まで考えていたことが、ここで陽の目を見ることになる。

 行政とは、領民が幸せになるよう努めねばならない。

 アホみたいな議員や、区長に負けて予算を食いつぶすことは許されないのだ。
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