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第百九話 テイエ
しおりを挟むさて、紙がないな。
カズマは、現状ではトリも飛ばせないことに気が付いた。
魔法の革袋にも、紙とペンは入っていない。
「今度から、食い物だけじゃなく、紙とペンも用意しておこう。」
まったく片手落ちとはこのことだろう。
「ダンナ~、街が見えてきましたよ。」
テイエの町は、街の中央部にシェール川の流れる素朴な街である。
白い壁と、濃いオレンジ色の瓦の屋根が特徴の街並み。
まあ、平均的田舎町のようではある。
美しいフランスの村百選にあげられるきれいな街でもある。
「おお!これは美しい街やないか!」
テイエ騎士爵は、中年のがっしりした体躯の男で、自宅は石造りの砦のような建物である。
顔は少し長めで、眉が濃い。
鼻筋も通っていて、なかなかの偉丈夫。
…と言う話をタームから聞いた。
魔物が押し寄せると、みんなが砦にこもるのだ。
城壁は持っていない。
平地が多いので、魔物が出にくいのだ。
タームが入ったのは、南の入り口。
木組みのかわいい家が続く。
まわりは延々と田園風景で、のどかな田舎町である。
街は少し高い位置にあり、耕地を中心に考えた街づくりのようだ。
日は少しずつ斜めに陰ってまいる頃。
木組みの美しい家並みがならぶ一角にその宿屋はあった。
「ミミズク亭?」
「へえ、ここは料理上手で通っておりましてな。」
「ほほう。」
「ま、論より証拠、夕食はご期待あれ。」
「何から何まですまんのう。」
「なに、銀貨をいただいた手前、このくらいはお世話せねば、バチが当たるというもの。」
「なかなかうまいことを言う。」
カズマは、タームに連れられて来たこの宿屋が、いたく気に入った様子。
「また、なにかございますれば、申しつけ下されば、すぐに伺います。」
タームがうやうやしくそう言うので、カズマは破顔一笑。
「おおきにありがとう。」
カズマはタームと別れ、宿屋に入った。
宿の主人にたのんで、紙とペンを用意してもらった。
「俺は無事ですと…現在、テイエと言う街にいます。王都からは2百キロほど離れているそうです。」
これをトリに乗せて、ティリスに向けてはなった。
王都のタウンハウスでは、上を下への大騒ぎ。
プルミエはなんでどうして?と悩んだが、生きているならヨシと頷いた。
ティリスたちは、まあいつものことと平気な顔をしている。
エリシアは頭を抱え、ジュリアーナは熱を出した。
「ふむ、では領都への出立は、予定通りでよろしいな。」
ゴルテスは、かかと笑ったそうだ。
言い忘れていたが、テイエはかろうじてオルレアン公爵領のはじに位置する。
二〇〇キロと言うと、時間四キロと考えて、五〇時間。
一日八時間歩くとして、6.25日。
王都まで歩いても一週間である。
この時点で、カズマは面白がって歩いて領都オルレアンまで行こうと思っていた。
一方、領主館では、タームが報告に来ていた。
「殿さまにお目通りねがいてえ。」
門番はよく知っている奴だ。
テイエの村の、ジョイである。
「まってろ~、いま聞いてやるから。」
「あいよ~。」
呑気な連中である。
「あんだあ?タームよう、なにかあったか?猪でも出たか?」
田舎もんそうろうの殿さまである。
「いんえのう、どうもどっかの殿さまが、お付きの騎士とはぐれたみてえで、ここまで連れてきたですよ。」
「はああ?殿さま?」
「へえ、王都訛りがひでえ御仁で、着てるもんも上等だでなあ、ありゃあええとこのボンボンだあ。」
「ボンボンねえ…で?今はどこにおるのだ?」
「へえ、宿屋にいきてえとおっしゃるので、連れて行って置いてきたですよ。」
「よしよし、よくやった。ほれ褒美をやる。」
ちゃらちゃらと、手のひらに銅貨が乗る。
銅貨五枚…このへんの相場なんだろうな。
「えへへ」
タームは喜んで帰って行った。
「ジョイ、ペンタを呼んで来い。」
「へい。」
ジョイは、邸内に向かって駆けて行った。
「殿さまねえ?こんなド田舎に、なんの用で…」
まさかね、ここじゃあ悪事も働きようがないものな。
執事っぽい感じのじいちゃんがほうほう言いながらやってきた。
「殿さま、なんですと?」
「おう、ペンタよ、どこかの若さまが来たらしい、ちょっと見てきてくれ。」
「はあ?若さま?」
「街の宿屋に居るらしいが、具合によっては館に泊めたい。」
「さようで。ではすぐに見てまいります。」
「たのむぞ、無礼のないようにな。」
「ははっ」
結果的にはこの指示は、功を奏した。
人間、初対面は印象が大事だ。
礼儀正しく向き合えば、諍いも起こらない。
ペンタは、恭しくカズマに面会した。
「これは若さま、ワシはこのテイエで館の執事をしておりますペンタと申します。」
「おう、これはご丁寧いに。」
「お見かけしたところ、やんごとなき若さまとお見受けいたしますが、テイエにはどんな御用で?」
「おお、そこよ。ちょっと魔法が暴走してのう、王都からここまで飛ばされてもうた。」
「はあ?王都から?」
「そうなんよ、まあ大したことはないけどな、ま、歩いても七日もあれば帰れるし。」
「それはそうですが、難儀なことでございます。」
「そうやな、辻馬車でもあれば乗って行くつもりや。」
「さようでございますか。」
「ここから領都オルレアンまでは、どのくらいどす?」
「そうですな約五〇~六〇キロほどですので、二日もあれば着き申す。」
「おお、それはええね、屋敷まで戻れる。」
「まさか、オルレアンの若さまでございますか?」
「ああまあ、そんなもんや。」
「こ、これはご無礼の段ひらにご容赦!」
「ええて、公務でもなし、顔もしらへんのに、そこまで恐縮することもあらへんえ。」
「いやしかし。」
「お忍びやて言うてまんねん。」
「ははっ」
「まあええ、わてはここに滞在するつもりどっさかい、よろしゅうしたってや。」
「領主館にはお立ち寄りなさらぬと?」
「もとよりそのつもりやが。」
「オルレアンの若さまと知った上は、ほうりすてることあたわず、どうか夕食なりと。」
「ああもう、しょうがないなあ、ほな夕食だけな。」
「ありがたき幸せ。」
なかなかのんびりもできないカズマでした~。
館に戻ったペンタは、さっそく殿さまに報告。
「なんにいい?オルレアンの若さまあ?」
「はい」
「いやしかし、オルレアンの若さまと言うと、長男ジャン=ポールさまか?次男ロイ=ピエールさまか?」
「いえ、カズマ=マリエナさまと。」
「はあ?だれそれ?」
「殿さま!先のおふた方は廃嫡されました、いまはクレルモン=フェランの修道院です。」
「そうだっけ?」
「そうです!マリエナの若さまは、三嬢エリシアさまの婿さまです!」
「た、たいへんな大物やないか!」
「ですから、さっきから申し上げており申す。」
「どどど、どうしよう?」
「なにはともあれ、御挨拶に伺わねば!」
「そ、そうだな、奥!奥!着替えを!」
館からは、おなかの大きい女性が出てきた。
「殿、なにごとでしょう?」
臨月間近のようで、ふうふう言いながら歩いている。
「やんごとなきお方がお見えのようだ、よそいきに着替えて出迎えに行く。」
「あらまあ、どうしましょう?」
「お前は、夕食のメニューを豪華なモノに差し替えよ。」
「か、かしこまりました。」
「若さまは、夕食を召し上がられる。」
「ははい。」
奥方は、冷や汗をたらした。
この様子は、尋常ならず。
すぐさまシェフを呼んだ。
メイド(冥途に近いおばあさん)に手助けされて、よそいきに着替えた騎士爵は、すぐさま宿屋に向かった。
頑丈、砦などと書いたが、実際には物見の塔が高くそびえる三階建て、切妻屋根の屋根裏付きの館は大きく、立派だった。
壁も一部は石積みが出ているが、全体的には白い漆喰で塗られている。
天井は高く、部屋によっては立派なタペストリもかかっている。
やはり、村人が立てこもることも考慮して、けっこう大きく建ててあるのだ。
中庭も広い。
いちばんいい馬車に馬を繋いで、ペンタと御者が前に乗っている。
テイエ騎士爵は、キャビンに座って貧乏ゆすりをしていた。
一方、宿屋でトリを飛ばしてからは、暇になったカズマは階下に降りてお茶をすすっていた。
「ここはええとこどすなあ。」
受付の女将さんに声をかける。
「ははい、私は街を出たことがないのですが。」
「そうどすか?木組みの家もかいらしいし、道もきれいでええ感じや。」
「あ、ありがとうございます。」
女将はペンタから、オルレアンの若さまと聞かされているので、気が気じゃない。
なにか粗相をしたら首が飛ぶ。
比喩でなく、物理的に首が飛ぶと思っていた。
カズマはそんなことを思われているとは露ほども思わず、のんびりとお茶を楽しんでいた。
つと、手のひらに紙の感触。
王都のプルミエからトリが飛んで来たようだ。
「なになに、領都で待つ…なるほど、ほならゆっくりできますな。」
からんからんと、宿屋のドアがカウベルを鳴らす。
りっぱな出で立ちの騎士が顔を出した。
「オルレアンの若さまでございますか?」
「ああうん、そなたは?」
「この地、テイエを任されており申す、テイエ騎士爵でございます。」
「これはご丁寧に、マリエナの森を任されております、カズマ=ド=マリエナ伯爵どす。」
「は、伯爵さま。」
テイエ騎士爵は、すぐに膝をついて頭を下げた。
「お忍び言うてもアカンやろうから、そのままでよろしおす。あては、このあと領都オルレアンに向かいます。」
「ははっ」
「そやさかい、まあ、今夜はお世話になりたいと思いますが、どうどす?」
「はは、狭い館ではございますが、お越しいただければ無上の喜びでございます。」
「わかった、女将さん、宿代どす。」
テーブルに銀貨を並べて立ちあがるカズマ。
「ははい、おおきにありがとうございます!」
「ああうん、じゃまして悪かったなあ。」
「いえいえ、とんでもございません。」
カズマは頷いてドアを開けた。
からんからんと軽いベルの音がした。
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