ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第百五話 プルミエ師匠(2)

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「マルクス、師匠にお茶だ。」
「はは」
 マルクスは、そばにいたメイドに合図した。
 音もなくさがるメイド。
 なかなか訓練の行き届いた使用人たちである。
 さすがオルレアンと言うべきか。

 マリア=レオノール=カリフが、若いメイドを連れて食堂に入ってきた。
 メイドたちは、ワゴンに朝食を乗せている。
「みなさま、朝食をおもちしました。」
 ワゴンからパンの籠や、スープが配られる。
「はあ?カリフどの、これはなんですか?」
 ザギトワが、籠を指して聞く。
「はい、お屋形さまに教わりました、新しいパンでございます。」

「パン?」
 ざわりと、男たちがざわめいた。
「おおう、これはふわふわと柔らかい。」
「なんと、良い匂いがする。」
「この『バター』をつけておあがりください。」
 なにやら乳白色のペーストが皿に盛られている。
 添えられた小さなナイフですくって、ちぎったパンに塗って口に入れる。

「ほわあああ」
「うまい」
 男たちは、夢中になってパンをかじる。
「どうやら、気に入ったようやな。」
 カズマの声に、ザギトワが聞いた。
「お屋形さま、これは…」
「まあ、レジオのパンとでも言おうかな。俺の国の製法で作ったパンや。」
「お屋形さまの?」
「とおい東の国だよ。」

「ほう…」
 マリア=レオノール=カリフがうなずく。
「まことに、今までのパンは、木の板のようでしたが、このようにふわふわでおいしいものとは。」
 レオノールはパンのカゴを持ち上げた。
「お屋形さまの知恵は、はかりしれませぬ。」
「レオノールは持ち上げ過ぎや。」
「ほほほ」
 レオノールは楽しそうに笑った。

 いっぽう、こちらでは…
「むぐむぐ、これはうまいぞえ。」
 プルミエは、ハムスター化していた。
「プルミエ師匠さま、ほかの料理も食べたらどないだす?」
 ティリスも見かねて声をかけた。
「ええのぢゃ、これがうまいのじゃ。」
「いや、胸やけしそうやわ。」
「そうどすな。」

 アリスティアも、プルミエの勢いに目がテンである。
「うむ、これからは王都での滞在は、ここにするのぢゃ。」
 プルミエは勝手に宣言している。
「はあ?」
「弟子の家に師匠が滞在するのぢゃ、どこがわるいのじゃ?」
「はあ、まあそう言うことならよろしおすけど。」
 うんうんとうなずくプルミエ。

 アリスティアは、マルクスを呼んだ。
「マルクス、すぐに客間の用意を。」
「は、かしこまりました。」
「なんや、俺のときより丁寧やなマルクス。」
「いえ、けしてそのようなことはございません。」
「そうなん?」
「ございません。」

 言いきるマルクスに、カズマも苦笑している。

 なにやらマルクスは吹っ切れたような佇まいである。
 ちなみにバターは、厨房のシェフが瓶を振りまわして作ったらしい。
 おつかれさまでした。

「エリシアはん、これつけてみとうみやす。」
 カズマは、懐から小ぶりな白い広口瓶を取り出した。
 コルクのセンがしてある。
(コルクも森の中で探した天然ものである。)
「これは?」
「ああ、マリエナの森にあった、リンゴで作ったジャムどす。」
「リンゴジャム?」

 きっと酸っぱいやつを思ったんだろうな。
 エリシアは、おそるおそる口を付けると、目を見開いた。
「甘いです!おいしい!」
「そらよかったなあ。南の海で採れた砂糖も使ってます。」
「まあ、砂糖でございますか?」
 内陸部の王都では、砂糖は貴重品である。
 そう言えば、盗賊の宝の中にも砂糖があったな。

「あれは黒砂糖やったから、これには使うてません。」
 そうですか…
 精製が甘くて、コハク色の砂糖だったようです。
 沖縄の黒砂糖ほどではありませんが。
 やはり、少しクセが残っていたようです。

「あ、カズマ、あたしはブルーベリーがよろしおす。」
 ティリスさん、遠慮がないな。
「へえ、これどす。」
 もう一個、白い広口瓶を出した。
「まあ、なんて白い!」
 エリシアは、そのつやつやした肌理にも驚いた。
「ああ、これはちょっと実験してみたやつどすな。」

「じっけん?」
「そうどす、なにか特産品ができへんかと思って、特別な製法で作った瓶どす。」
「はあ~、お屋形さまの引き出しは多いですねえ。」
「なに、実験するのは楽しおすやろ?」
「そうなんですか?」
「なにごとも、勉強どす。」
「恐れ入りました。」


 魔物の骨灰を混ぜ込んだ、なんちゃってボーンチャイナができないか試していました。
 たまたまできた、いいモノのようです。


 ロイブルは、顎に手を添えて、そんな領主を見ていた。
「このお方はタダモノではない。」
 そんな思考でカズマを見ると、二十歳にも満たない若造が、ものすごい未来を見せてくれた。
 そう思えるのだった。

「お屋形さま、その瓶の製法は、どのようなものでしょうか。」
「これか?」
 カズマは、白い瓶を持ち上げて見せた。
「はい。」
「そうやな、触って見るか?」
 軽く言って、ロイブルにジャムの小瓶を渡した。
 受け取ったロイブルは、その手触りに驚愕する。
「これは…いままでに触ったこともない触感です。」

 焼き物と言えば、厚ぼったいリモージュ焼が主流のイシュタール王国で、薄いボーンチャイナは衝撃だろう。

「しかも、固いんやで。」
 ロイブルは指先ではじいてみた。
 キーンと高い音がする。
 たぶん、ものすごく固くて薄い。
「かなり薄うござるな。」
 ザギトワも顔を寄せて唸る。
 その表情は、愛之助によく似ている。

 内務卿オスカー=ニトリル(準男爵)、作事方奉行マヌエル=クリスタ(準男爵)は、パンを吟味するのに忙しい。
「内務卿さま、他のものも召し上がってくださいませ。」
 レオノールが、あきれたように声をかけた。
 「うむ、そうだな。」
 そう言いながら、パンを口に運ぶ。
 レオノールは、ため息をついてお茶のお代わりを注いだ。

 ひとしきり食事を堪能した幹部たちを見て、カズマは口を開く。

「さあ、大食堂のものども郎党に、領地に帰るよう指示をしなはれ。」
「「「「ははっ」」」」
 全員のクビを切ったら、領地が立ち行かなくなるのはわかっている。
 わざわざここまで来たことを評価して、今回だけはお構いなしにすると告げた。
 けして、なあなあで済ますつもりはないけどな。
 今回だけだよ。

「ホンマに、お屋形さまは甘おすなあ。」
 アリスティアは、ジト目でカズマを見た。
「え~?アリスティアはん、どないなん?」
「そやかて、奉行の年俸一〇パーセントカットて、やってないのといっしょどす。」
「へ?」
「やるなら三〇パーセントオフ!年末セールどす。」
 過激な聖女である。

「まあまあ、年末になって状況がようわかってからで、十分や。いまは、出遅れたことに対する処分どす。」
「そうどすかぁ?」
 アリスティアは口を尖らせていた。
「まあまあおねいさん、お屋形さまもこう言うてはりますし、ちょっと様子見。」
「はあ…きっと年末にはやらはりますな。」
「へえへえ、せいだいやらさしてもらいます。」
 せんど王国訛りでまくしたてて、三人はおちついた。

「ど、どんだけ~?」
 エリシアは、困惑を隠せなかった。
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