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第八十九話 王都崩壊その3
しおりを挟む「こ!これはご無礼を。」
「わかったら王都の鎮圧を急げ。」
伯爵位の一人から命じられれば、子爵の身では抗いかねる。
言っていることはまともだし。
「ゆけ!」
「ははっ!」
自然と頭の落ちるアスベル子爵であった。
よく見れば、アスベル子爵はまだあどけなさもにじませている。
首まわりも若干華奢に見える。
カズマが西の空を見上げるのと、ティリスが振り返るのは同時だった。
ティリスは白いベールを翻して、西の空を見上げた。
「お、お屋形さま。」
「うむ。」
アリスティアも、カズマのもとに駆け寄ってきた。
「お屋形さま!」
「うん、来る。」
西の空には、黒い雲が浮かんでいる。
近衛兵が空を見上げて首をひねる。
「なんだ?あの雲は。」
「あれはワイバーンが固まっているのだ。」
カズマが、低い声で答えると、周りの貴族たちがざわめいた。
「な、なんですと!」
「ど、どうすれば?」
「カズマ、ど、どうすればいいのだ?」
国王陛下も腰が引けている。
「うむむむむ」
オルレアン公は、西の空を睨みつけている。
「こ、こうなればかなわぬまでも、一矢報いてやろうではないか。」
お?
バロア侯爵、なかなか勇敢な心意気を見せるじゃないの。
近衛の将軍、シモン=ド=ジョルジュがようよう駆け寄ってきた。
「陛下!速やかに王城にお隠れください!」
「シモン、王城がこのようなありさまでは、中に逃げるわけにもいくまい。」
「た、たしかに…」
「案ずるな、ジョルジュ将軍。」
カズマは振り返って告げた。
「マリエナ伯爵…」
シモンは、陛下の前に膝まづいて、カズマを見上げる。
「格子力バリヤー」
つぶやくように言うと、陛下の前に手をかざす。
かきいん
一瞬・虹色の光が複雑な模様を描いて、陛下とその周りの貴族を包み込む。
「精霊よ、ここを守ってくれ。」
その声に、格子力バリヤーにまとわりつく色々な色をした精霊たち。
バリヤーはますます強化されていく。
「すまんな。」
「カズマよ、これは?」
「まずは、皆様を守る防御壁の魔法でござる。これなら火竜のブレスでも破れません。」
「おおお」
一同は顔を紅潮させた。
役に立たない有象無象は、ここでじっとしていた方が良い。
カズマは、身も蓋もないことを考えていた。
「お屋形さま!」
ティリスは、負傷者をバリヤーの中に突っ込む。
「おまえ、なかなかえぐい魔法を使うな。」
「簡単な干渉魔法ですよ。」
「こわ。」
「またそんなこと言わはって。」
「まあええ、トラ、みんな集めろ。」
「はいにゃ!」
うにゃああああああ
と、長く響く声に、三々五々ネコ獣人が書類を持って集まってきた。
「トラ、これで全部か?」
「いまここにいてるのは、これで全部ですにゃ。」
「よし、みんな固まれ。」
猫団子のように、小さなネコ獣人が固まるさまは、絵に描いて残したいほどだ。
「格子力バリヤー。」
かきんと音がして、ネコ獣人たちを包み込んだ。
「お屋形さま、これはなんにゃ?」
「おい、お前も中にはいらないとアカンやろ。」
「にゃはは、つい入りそびれたにゃ。」
トラは頭をかきながら笑う。
「しょうおへんな、ここから入りよし。」
ティリスは、格子力バリヤーを軽くめくってトラを中に入れる。
「だから、そう言うことするなっての。」
「にゃはは」
トラじゃねーし。
「なんと、獣人を陛下の近くに…」
カズマは、陛下の近習をにらんだ。
「余人は知らず、このマリエナの前で獣人を貶めることは許さぬ。私の家臣ゆえな。」
「は、はは。」
近習は思わずその場に膝をついた。
「おまえ、だれの家臣なの?」
国王陛下は、首をひねった。
「さてお屋形さま、格子力バリヤーだけではこころもとおへんなあ。」
「まあそうやな。」
「ほしたらこれはどうどす?」
ティリスは、懐から革袋を取り出した。
「?」
「うちが、伊達に『豊穣の聖女』と呼ばれている訳やないと言うことどす。」
ティリスは、国王陛下の周りにぱらぱらと粒のようなものをまいた。
しゃらりとアリスティアのタンバリンが鳴る。
「さあ行きますえ。」
アリスティアとうなずきあって、ティリスは複雑なステップを踏み始めた。
しゃんしゃんと、二人のタンバリンが共鳴する。
同時に、王宮に隠れていた精霊たちが、音を立てて集まってきた。
「麦や麦や大きく育て!」
ティリスのステップに合わせて、地面に落ちた粒が芽を出し、葉を出し、茎をのばした。
それは麦ではなく、大きなリンゴの木となって中庭に大きなドームを形成した。
「これで多少の攻撃にも耐えます。」
「おまえ、なにげにすごいな。」
「えへへ。」
アグリスタたちシスターも、ドームに避難させ、西から湧き上がる黒雲に備える。
イメージとしては、ガメラⅢのラストシーンで、ギャオスの集団が雲の上から飛来するシーン。
ギャアギャアと、不愉快な声を発しながら、千匹に及ぶワイバーンが群れている。
一様にあの兜をかぶっている。
今度は、体に纏う鎧は省かれているようで、首から下は地のままである。
灰色の、ささくれたうろこがぎらぎらと輝く。
雲間から差し込む陽の光をはじいて、ある種美しいとさえ言えるかもしれない。
ざしゅ
カズマの横に、ティリスとアリスティアが立つ。
その横には、いつの間にかアマルトリウスもいる。
ゲオルグ=ベルンが、マルノ=マキタが、騎士たちも立っている。
みな胸を張って、目を輝かせているのだ。
「お屋形さま。」
「おう。」
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