ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第六十二話 リヨン大公の館

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「ま、お人よしだけじゃ、この世界渡っていけないからな。」
 十分お人好しじゃないですかね?

「だめだな、毛布なんかどこにも余ってない。」
 カズマが愚痴ると、アリスティアが聞いた。
「お屋形さま?」
「どっかに毛布ねえかなあ?」
「毛布ですか。」
「ないと寒くて寝られないじゃん。」
「でも、お屋形さまは、ウサギの毛皮を山ほど持ってらっしゃいますよ。」
「あ、忘れてた。」

「たしかウルフもたくさん獲って、毛皮がたくさん採れたとおっしゃいましたけど?」
「そうそう、クマの毛皮もあるんだ。」
「それでなんとかなりませんか?」
「うん、冒険者に聞いてみるよ。」
「そうなさいませ。」

「殿。」
 ティリスが声をかけてきた。
「どうした?」
「はい、ギリスと魔力草をアリスティアさまが集めてくださったので、魔力ポーションを作りました。」
「おう、ありがとう。」
 さっそくポーチにしまいこむ。
「顔色も良くなってきたな、無理するなよ。」
「はい。」
「子供は大事だが、お前たちの方がずっと大事だ。」

「知ってらしたのですか?」
 カズマは顔を染めて横を向いた。
「まあな。」
「との…」
「暖かくして寝ろ。」
「はい。」

 ぶっきらぼうなカズマの気遣いに、くすりと笑うティリス。
 アリスティアは、なにやらもやもやしていた。

「カズマ。」
 アニメ声で呼ぶアマルトリウス。
「どうした?」
「カズマの子か?」
「そうだよ。」
「あたしもほしい、カズマの子。」
「そうは言ってもなあ。」
「ばさまに聞いてみる!」
「おいおい…」

「「お屋形さま~。」」
 マレーネとエディットが駆けてきた。
「おお、どうだった?」
「はい、今日だけで山三つ!堆肥になりましたよ。」
「おう、がんばったな。」
「「はい!」」
 かなり消耗したようだ。
 カズマは、二人を早く休ませることにした。

 買い出しに向かわせた若者たちは、まだまだ各地を回っているようだ。

「兄ちゃん!今日だけでタル五十個できたぜ!」
「がんばったな。だけど急ぐなよ。」
「がってんだ!」
 だんだん頼もしくなってくるものだ。
 カズマは感慨深くラルを見守った。

「もう少し情報が欲しいな。」
 カズマは、一人宵闇を見詰めた。
「あたしがいるよ、あたしはどれだけ飛んでも平気だよ。」
「アマルトリウス。」
 カズマは、宵闇越しにアマルトリウスのピンクの髪を梳いた。
「頼めるか?」
「まかしとき。」

※※※※※ ※※※※※ ※※※※※

「お屋形さま、お知らせが。」
「なんだ?」
 リヨン大公は、その重い体をゆすった。
 暗い赤色のビロードの上着をゆったりと着て、レースの襟をゆらした。
 高そうなガラスの器に、なみなみと注がれたワインを揺らして、その香りを楽しんでいる。
「は、今朝の市場で大量に食料を買い込んでいる者がおります。」
「大量?ものが売れればそれは領地の儲けではないか。」
「は、いささか常軌を逸しております。」
「常軌を逸する…いかほどだ。」
「は、小麦五十トン、ジャガイモ五十トン、かぼちゃ十トン、キャベツ二十トンなどで。」
「ほう、戦争でも始める気か?買い手はわかっているのだろうな。」

「それが…」

「どうした。」
「マリエナ伯爵ではないかと、領民は噂しております。」
「はあ?あの若造か、魔物一万匹。」
「御意。」
「なぜあの若造が、それほどの作物を必要としているのだ?」
「それはまだ調査中であります。」
「まあいい、この領地にしては大した量ではない。」
「はは。」

「領民もいないあのマリエナの森に、それほどの食糧が必要なのか?解せぬな。」
「御意。」
 カズマは南部の大きな領地から買い付けを行い、領民に影響の出ない程度に買いこんでいたのだ。
 さすがにリヨン大公の領地は百二十万石。
 多少買い込んでもびくともしなかった。
 すごいね、リヨン大公。

「過去三年大豊作で、輸出の先すらないほどの収穫量なのだ、買い取ってくれると言うのなら、ありがたいことだ。」
「さようで。三年前の麦もダブついておりますゆえ。」
「であろう?マリエナ伯爵は、そう言うものは仕入れないのか?」
「さて、いかがでしょうか。」
「だれか、マリエナ伯爵を探して連れてこい。」
「御意!」


 アヴィニヨン、プロバンス、モンタルバン、ポー、南部はほぼ総なめにしたが、よくまあ金がもったもんだよ。

※※※※※ ※※※※※ ※※※※※

 リヨン大公の部下は優秀なので、ほどなくカズマを見つけた。
「失礼いたします、マリエナ伯爵さまとお見受けいたします。」
「そうだが、お主は?」
「は、私、ご当地リヨン大公の家臣で、騎士ズフィーと申します。」
「ほほう、見ればなにがしかの役職らしいお方が、なんの御用かな?」
「はは、わが主は、マリエナ伯爵さまに一献差し上げたいと申しております。」
「へえ、一献ねえ。共の者もいっしょでよいのか?」
「もちろんでございます。お嬢様もご一緒にどうぞ。」
「それはよかった、リヨン大公国が存続できて幸いであるよ。」

「そんぞく…?」

 騎士ズフィーは、さっそく馬車に案内し、宮殿へと上がった。
「リヨン大公さまは、豊作続きでよいことですな。」
「まことに、我ら下々の者にもお気づかいいただいており申す。」
「それはなかなかできることではござらんな。」
「はは。」
 馬車の車窓から見えるリヨンの街は、活気があって行き交う荷馬車も満載状態である。
 商店の軒先には、あふれるほどの商品が並び、行き買う客も財布のひもがゆるい。
「リヨンの地はまさに、天国のごとき様子ですな。」
「恐縮です。」

 やがて馬車は宮殿の車寄せに入った。

「おお、マリエナ伯爵どの、よう来られた。」
「リヨン大公さまには御機嫌麗しく、ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉ります。」
「そう奉らずとも好い。なかなか羽振りの良いごようすですな。」
「いえいえ、領民が増えてまいりましたので、あわてて食べるモノを用意しております次第。」
「ほほう、マリエナの領地は順調でござるか?」
「は、皆様のおかげをもちまして、順調に開墾いたしております。」
「さようか。」

 リヨン大公は、手ずからワインのボトルを持ち上げて、カズマの前の銀のゴブレットに注いだ。
「遠慮なくやるがいい。」
 暗に銀のゴブレットは、毒などはいっていないぞと、言っているのだろう。
「いただきます。」
 豊作の年に作った貴腐ワインのようだ、かなり甘い。
「これは…貴腐?」
「さよう、よくわかったな。」
「甘もうございますからね。」
「左様、ワシの好みでな、大量に作らせた。」

「では、ご返杯。」
 カズマは、懐からガラスのボトルを取り出した。
「うん?お主、いいモノを持っているな。」
 それは、魔法の革袋のことかな?
「ご賞味あれ、マゼランで作った林檎酒でござる。」
「ほほう、マゼラン…」
 大公の銀のグラスにとくとくと注ぐ。
 しゅわっと泡が立ちあがった。

「おお?なんと無数の泡が。」
「発泡酒と申します。よく発酵して、泡が閉じ込めてございます。」
「おお、口の中でぷちぷちと、あたらしい食感ではないか。」
「恐縮です。」
「こちらは、セイレーンの卵でございます。」
「「!」」
 執事ですら目を剥いた。
「セイレーン!」
「どうぞ。」
 金のスプーンを添える、何者も味を妨げないためである。

 がっとスプーンをつかむと、ほんのひと口だけ乗せた皿に突き立てるようにむさぼる。

「うまい!」
「そこへ、林檎酒をひと口。」
 ぐびり
「うむ!うまい!」
 老執事は、よだれをたらしそうな顔をしているが、セイレーンの卵はそうたくさんではない。
「おぬし…なかなかやるな。」
「恐縮の極み。」
「林檎酒、いくらだ。」
「ひと樽、金貨二枚半でございます。」
「よし、買った。ふた樽だ。」
「かしこまりました、これはおまけでございます。」

 ガラスの瓶を二本付ける。
「大義。」
「さて、私をここに呼んだ御用は?」
「おお、そうであった。三年前の小麦が余っておる、約一〇〇トンあるが、使うか?」
「使ってよろしいので?」
「おお、運べるならばすべて運べ、金は要らん。」
「まことで?」
「まことまこと藤田まこと、あたり前田のクラッカー。」

 おい!

「ではもう一つおまけでございます。」
 瓶に詰めたセイレーンの卵。
 これだけで、金貨一〇〇枚は下らないのではないか?

 大公は金色のセンスを広げてうなった。
「あっぱれである!」

 ちなみに、アマルトリウスは、カズマの後ろで知らん顔をしていた。
 ご機嫌は悪くないようだ。
 街を破壊されなくて良かったね。
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