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第六〇話 瘴気の森
しおりを挟む渡りの舟にアマルトリウス。
カズマはあっさりとメルミリアスの策に乗ることにした。
アマルトリウスが、成長するためには、人の世間で勉強することが必要と考えたようだ。
それがどれほどハードなことであっても、人と竜ではその根本的な考え方、もののとらえ方が異なる。
だからこそ、メルミリアスは広い考えをアマルトリウスに持たせたいと考えたのだろう。
竜種は大きく、そして尊い。
ひとたび怒りを覚えれば、それは自然災害と同等なのである。
いや、意思があるだけ始末が悪い。
避ければ行ってしまう台風ではない。
気が付けば、戻ってくるのだ。
なんと始末の悪いことだ。
それを思えば、魔法攻撃で殲滅できたイナゴはまだマシだったかもしれない。
もうしばらくは戻っては来ないだろう。
人間はたくましい、ひ弱な生き物のくせに、あきらめが悪い。
壊れた家は建て直す。
死んだ命は帰らないから、生き残った者はひたすら生きる。
歯を食いしばって生きる。
やせ細った手が、土くれをつかむ。
「くそう、こ、こんなところで…」
やせて、震える手は、少しでも前へ進もうとする。
「ヒール。」
やせた手に、広がる治癒の光は、男の生命をつなぎとめようとするが、それはむなしく霧散してゆく。
伸ばされた手は、むなしく地面をかいて、そして止まった。
「死んだ…」
「カズマ。」
「なんなんだ!この地獄は!」
握り締めた土くれは、ぼろぼろと崩れる。
焦土と化したフランクフルトの街は、ただの一軒も残ってはいない。
「だめだ、これではだめだ。」
「カズマ、どうするの?」
「うわああああああ!」
カズマを中心に、重力異常が起こり、周囲の瓦礫が一気に舞い上がった。
アマルトリウスは、必死になってカズマにしがみついている。
竜種の力をもってしても、カズマを中心とした重力異常には対抗できず、その中心で必死にしがみつくことしかできなかった。
石と言う石、木材と言う木材が、重力の渦によって持ち上げられ、中空に渦を巻いている。
「あああああああああ」
制御を失った瓦礫は、一直線に天空を目指す。
その中空に、一塊の球体を形成して、そのまま空の一角に停滞した。
なんというか、これこそが魔法の至るべき姿なのか…
「オシリス!その御許にすべての魂を導け!」
一面に見えるのは、ただ死体死体死体。
瓦礫の下で死んでしまった、フランクフルトの人々。
抗いようもないこれが自然というものなのか。
きれいに人だけを避けて、瓦礫が浮き上がり、平たい台地には人の姿だけが延々と続いている。
「これが、神の望んだことだというのか!」
フランクフルトは、約二五〇平方キロの広さがある。
そのすべてが燃え、灰燼に帰した。
まあ、大半は農地と森林で、人の住むところは固まっているので、人口はほぼ二万人前後。
その九割が死亡し、建物のがれきの下になった。
また、強力な火事になり、ほとんどの死体が消し炭のようになってしまった。
カズマの立っている西のはずれは、比較的火事の影響が少なかったところなのだろう。
見渡す限り瓦礫の山だったフランクフルトは、いま、その瓦礫が浮かび上がり、ただ広い平地が広がっているだけである。
カズマは、集めた死体と消し炭を、深い穴に埋葬した。
詳しくは書けない。
気分の悪くなる方もおいでだろうから。
それにしても、浮いたままの瓦礫の球は遠くハイデルベルクからも見えたという。
その瓦礫を地面におろすと、とてつもない山ができてしまうのだが、カズマはそこまで面倒見きれない。
カズマは、アマルトリウスの頭を抱えて震えていた。
このへんが、カズマの弱いところだ。
こらえようとしても、こらえきれない悲しみが、自分を覆ったときに抑え込むことができない。
人々の哀しみに同調してしまう。
神が選んだのは、そういう弱い部分ではないだろうか?
「カズマ、自然は神の意志ではないよ。」
「?」
カズマは顔を上げた。
「自然は自然だ、あるがままにしかあり得ない。」
「偶然のものだと?」
「そうだよ、人も地も、神の意志にて生きるにあらず。」
「そういうことか…」
「行こうよ、まだ向こうには地獄がある。」
「わかった。」
その場で竜になると、アマルトリウスは舞い上がった。
粗末な塚のほかに、見ているものはいなかった。
フランクフルトから東に一二〇キロほど進むとニュルンベルクである。
木組みの美しい家が立ち並ぶ、風光明媚な街であった。
あったと言うのは、イナゴに襲われたときに放った火によって延焼し、一部焼け落ちた家々が立ち並ぶさまはまさにゴーストタウン。
廃墟と言われるに任すしかない状態なのだ。
教会の美しい尖塔は焼け落ちて、無残な姿をさらしている。
その教会から外をのぞく小さな影。
「シスター、だれかいるよ。」
「まあ、また避難してきたのかしら?」
中年のやせたシスターは、汚れてやせた子供の手を引いて出てきた。
子供は髪がぼさぼさで、男の子か女の子かもわからない。
着ているものも、服なのかぼろきれなのかわからない。
まだ体を覆っているだけマシなのか。
シスターも、頭巾は焼け焦げて端が黒くなっている。
白いえりも薄汚れて、もはや雑巾のようだ。
「シスター、ここには何人の子供がいるのだ?」
「は、はいこの子のほかに二人。」
「そうか、あなたも含めて四人か?」
「はい。」
「そうか、こども、これを食え。」
カズマは固パンを出して子供に見せた。
子供はシスターを見上げている。
「いいのよ、いただきなさい。」
子供は、ものも言わずに固パンにかじりついた。
「ごほ!ごほ!」
むせてせき込む。
「ああ、ほら水だ。シスタ-もどうぞ。」
カズマは、シスターにもパンを渡す。
「あの…」
「ああ、いい。ほかの子供にもパンはある。」
「はい!」
シスターはかけだして、教会の中に消えた。
やがて、二人の子供を連れてくる。
どちらもぼろを着て、顔も汚れている。
「ああ、しょうがないなあ。」
カズマは、全員にクリーンをかけてきれいにした。
垢じみた姿は、いくぶんマシになったが、まだ汚い。
「とにかく、みんな食え。」
差し出した固パンは、すぐに消えた。
「ここにはほかに人はいないのか?」
「はい、みな北に避難してしまいました。」
北にはバンベルクがある。
不作ではあるが、ここよりはましだし、食い物はある。
また、領主夫人が中心となって炊き出しや賦役を進めている。
なんとか食えるのだ。
「そうか。もうここにはシスターたちしかいないのか。」
「そうですね。」
「じゃあ、俺の領地に来るか?」
「領地?」
「ああ、ここにいても食えないだろう。」
「はあ。」
シスターは不安そうな顔になった。
「ちょっと飯食って待っててくれ。」
カズマは、その辺を回って馬車を見つけてきた。
対して大きくはないが、全面を覆った二頭立ての馬車だ。
「これならいいだろう。アマルトリウス、この馬車持って飛べるか?」
アマルトリウスは、車体の下に手を突っ込んで重さを確認した。
「このくらい、小石一個も重さはないさ。」
「悪い、これを持ってマリエナまで飛んでくれ。」
「お安い御用だ。」
馬のついていない馬車に、シスターと孤児三人を乗せてアマルトリウスは舞い上がった。
「ああああああ」
シスターは、あまりのことに泡を吹きそうになったが、子供たちを抱きしめて恐怖に耐えた。
子供たちは、景色を眺めてキャーキャーと喜んでいる。
「すごい!あたい空飛んでる。」
「すげー!高い高い!」
「うわ~、ドラゴンが運んでくれるなんて!」
子供たちは余裕である。
一日千里を駆けると言われる竜は、ニュルンベルクからマリエナの森までほんの二時間弱で到着した。
「なんだこれ!なんだこれ!」
孤児たちは、お城の大きさに驚いている。
「まあいい、お前たちはこっちだ。」
カズマはシスターと子供たちを教会に案内した。
アマルトリウスは、のんびりと一行のあとから着いてきた。
「アズラ!いるか。」
『はい!伯爵さま!』
アズラは、教会の奥から駆け出してきた。
「「「「は、伯爵さま?」」」」
驚くとこそこ?
「どうしたの?カズマ。」
横からティリスもやってきた。
「おう、帝国の避難民だ、飯と風呂だ。」
「かしこまりました。」
アズラは、シスターたちに命じて、風呂の用意を始めた。
「厨房は、おなかにいい麦雑炊を作って。」
「「はい!」」
「ちょ。伯爵さまって、お殿さまが?」
「ああ、まあな。シスターは、ここで子供たちを風呂に入れてやってくれ。」
「ははい。」
「ティリス!子供たちとシスターの着替えを頼む。」
「かしこまりましたぁ!」
「あと、こいつはアマルトリウス。厨房で果物でも出してやってくれ。」
「はい。」
ティリスとアマルトリウスは、教会の奥に消えた。
「あ、あの方は?」
「ああ、俺についてるシスターで、ティリスと言うんだ。ま、いろいろ頼んでるけどね。」
「はあ、あの白いローブと白いベールは…」
「ああ、王国の聖女だからさ。」
「ひいっ!聖女!」
「まあ、そんなに大したもんじゃない、普通の女の子だ。」
「いえでも、王国の聖女さま…」
「シスターはシスターだ、教会の世話もする。孤児の世話もしている。」
「は、はあ。」
「そういえば、シスターの名前は?」
「ああ、はい。アグリスタと申します。」
「そうかアグリスタ、孤児たちも一緒に、この教会で暮らせ。」
「よ、よろしいのですか?」
「うむ、あとで帝国の飢饉の様子など聞かせてくれ。」
「かしこまりました、伯爵さま。」
カズマは、アグリスタを置いて、教会を出ていった。
屋敷に入ると、すぐに執務室に向かい、マルクに声をかけた。
「すぐに、ゴルテスとアリスティアを呼んでくれ。」
「かしこまりました!」
マルクは、母屋で小姓のようなことをしている。
アレックスも、小間使いのように大人の指示を聞いている。
意外と使える。
「お呼びですか、お屋形さま。」
アリスティアは大きな籠をしょっていた。
「どうしたんだそれは。」
「はい、今日はモニモニとギリスがたくさん採れたんです。あと、魔力草も見つけましたわ。」
「そりゃよかったな、あとでポーション作るなら手伝う。」
「ありがとうございます。」
「まずは、そいつをしまっておいてくれ。」
「はい。」
聖女のローブに不似合いな背負い籠を持って、隣の部屋に向かう。
聖女の調合室なのだ。
「特に魔力草はありがたいですわ。」
「ごくろうさん。」
カツカツと革靴の音が響く。
「お屋形さま!」
「おう、すまんな忙しいのに。」
「いえ、王国にはあまり帝国の情報が流れておらんようです。」
「ほう、そうか。俺はさっそく情報を拾ってきたぞ。」
「ほほう、あの小娘は役に立ち申したか。」
「ああ、考えてもみろ、昼前に出てニュルンベルクに行って、いまここにいるんだぞ。」
「そうですな、大したものです。」
「そうだろ?」
機動力は、ものすごい武器だよ。
カズマは、また力を手に入れたようだ。
「なにやら、変わったものを拾ってまいったようですな。」
「なに、たいしたことじゃない、食えないって言うから食えるところに連れてきただけだ。」
「だけって…お屋形さま!」
「まだまだ住民は少ない。」
「はは。」
ゴルテスは、それだけで納得することにした。
「とにかくひどいぞ帝国は。」
「はっ。」
「三年凶作で作物が半分しか採れてないそうだ。」
「半分…」
「しかも、今年はイナゴの害と地震の災害。」
「とんでもないですな。」
「どこにいっても食い物はない。」
「…」
「あの子供たちを見たか。」
「はっ」
「ひどい痩せようだ、あれで男の子はラルと同年だぞ。」
「まさか!」
「それほど食えないんだ。」
「ひどいもんですな。」
「ああ。」
「王国のそのへんで聞いてみても、だれも帝国の様子は知りません。うまく隠蔽しているのか、弱みを見せないようにしているのか。」
「まあ、帝国にしてみれば、兵糧のない状態で戦争にはしたくないわな。」
「それはそうですが、そのために国民を飢えさせては本末転倒と言うものですぞ。」
「そこだな、帝国の内部が揺れているのだろう。」
「御意。」
「南部はやはり、北部より独立心が強いのかね?」
「まあ、昔はフランクフルトも公国ですからな。」
「なるほどね。」
「お屋形さま、お茶でございます。」
アリスティアがやってきた。
「おお、すまんな。」
「いえ。」
「アグリスタたちは落ち着いたか?」
「はい、みなさまお風呂に入られてから、お食事を召し上がっています。」
「そうか。」
「なんですか、何年も飢饉だとか。」
「ああ、そうらしいな。」
「お屋形さまは、どうされますか?」
「アリスティア。」
「はい。」
「いまこそ聖女の出番だと思わんか?」
「さようでございますね、特にティリスさんは。」
「そうだな、『豊穣の聖女』だものな。」
「帝国の飢饉は、すでに国の維持が難しいレベルであると推察いたします。」
「そうか?」
「子供たちのやせ方は異常でございます。」
「うむ。」
「継続的に栄養が行き渡っていない状態でございます。」
『癒しの聖女』アリスティアは、子供たちの体の状態から、帝国の飢饉を憂えているのだ。
「いま必要なのは、やはり食料と言うことだな。」
「はい。」
「ランスの小麦畑など、近来にない豊作で稲穂が地面に付きそうなほどだというのにな。」
「ならば、それを買い取って、帝国に売ればよろしいのですわ。」
「ま、王国がどう対応するつもりかはわからんがなあ。」
「ランス伯爵は、けちではございません。」
「そうかい?」
「はい。」
「いやいや、さすがお方さま、的確でござる。」
ゴルテスは膝を叩いて、かかと笑った。
つられてカズマも笑う。
「ならば、ひそかに買い求めても、だれも文句はなさそうだのう。」
「はい。」
アリスティアは、嬉しそうに笑った。
「ユリウス、明日は王国の南部を回ってくる。」
「は。」
「アマルトリウスちゃんは、お役に立ちますわ。」
「まったくだ。」
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