ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第四十七話 帰還

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 俺たちは、王都でのあれこれをなんとか解消し、ようようレジオに戻ることになった。
「レジオ男爵、ミシェル=ルルーどの、我々は先にレジオに向かいます。」
「おじさまは、もう行かれるのですか?」
「そうです、一刻も早く東の森を鎮めて、レジオが住みやすくなるようにしなければなりません。」
「どうかお気をつけて。」
「そうですね。」
 俺は振り向いて二人の聖女を睨んだ。

「そこ、笑わない。」
「だって、お、おじさまって…」
「そうですわね…お、おじさま…」
 これにはレジオ未亡人マリアンも苦笑を禁じ得ない。
「これ、ミシェル=ルルー、おじさまはいけません。せめてお兄さまと。」

「だって、おじさまは伯爵さまですよ、もっと威厳のあるように呼ばなくては。」
 幼いルルーには、俺もおじさまかよ。
「ま、そのへんはおいおい。マリアンどの、しばらくは不自由をおかけしますが、こちらで滞在ください。」
「なにからなにまでご心配いただき、まことに感謝に堪えません。」
「なに、袖摺り合うも多生の縁と言うものです。それではまたお会いしましょう。」

 レジオ未亡人マリアンは深く腰を折って俺たちを見送った。


※※※※※※※※※


 王都の市場には、さまざまなモノが売り買いされているが、俺たちは馬市場に寄っていた。

「なかなかいいお馬ばかりですね。」
 アリスティアは、目を細めている。
「ほわ~、かわいいですね~。」
 ティリスは、馬の目が気に入ったようだ。
「兄ちゃん、馬買うのか?」
 ラルは相変わらずだ。

「ふむ、お、あそこかな?」
 俺の目当ては、そこじゃないんだよ。
 市場の隅の方に、お目当てのものはいた。

「いらっしゃいませ旦那さま。」
「こんにちは。いい子はいるかな?」
「どの子も粒ぞろいですぜ。」
「そうか。ちょっと見せてくれ。」
「はい、どうぞご検分ください。」
 俺が向かったのは、ロバを商っている一角だ。

 大小さまざまなロバがいる。

 市場の一角に、ロバばかり何十頭といるのだ。
「う~ん、どの子も目がしっかりしているなあ。」
「お屋形さまは、ロバをお求めですか?」
「ああ、賢くて小回りが利くロバは、使いやすいと思うぞ。」
「ロバなら俺も御者できるぜ。」
「ほう、そりゃあいいな。」

「そうですか。あら?」
 アリスティアは、何かを見つけてそちらに歩を進めた。
 そこは、怪我をしたロバが三頭、藁の上に寝ていた。
「ああ、そちらは汚いので、寄らないでください。」
 親父は、慌ててアリスティアを止めた。

「まあ、どうしたの?」
「こいつらは、足が折れてしまったので、つぶして肉にして売るんです。」
「ちょ!そんなことするの?」
 ティリスが驚いて声を上げる。
「ええまあ、ここに来るまでに、ゴブリンに襲われて、逃げるときにやってしまったんでさあ。」
「まあ…」

「市が終わったときに、肉屋に引き渡すんでさあ。」
「ねえちゃん、そいつはしょうがねえよ、足が折れたロバなんかどうしようもないもの。」
 ラルは、ロバを見下ろしてつぶやく。

「ふうん、この子いくらですか?」
 ティリスが聞いた。
「ええ?こいつを買うんですかい?」
「ああうん、いくらかな?」
「肉屋に売るなら、銀貨十三枚ってとこですかね。」
「買った!」

「へ?」

「この子は生きたいって言ってます。あたしが連れて帰ります。」
 ティリスはまっすぐ親父を見つめて叫んだ。
「へ?いや、でも足が折れているんですよ。」
「いいです。それでも。」
 ティリスは、ふところから財布を出して、今まさに金を出そうとしている。
 気持ちはわかるよ。
 まだ若そうなロバだし。

「お屋形さま!」
「わかったわかった、親父、全部くれ。」
「足の折れたロバをですかい?」
「それでいい、どうもシスターは見捨てて帰れないそうだ。」
「そう言わず、まともな奴を買ってくださいよう。」
「だめよ!この子たちを殺すなんて!」
 ティリスは、えらい権幕だ。

「なあ、シスターがここまで言ってるんだ、すまないが助けてくれよ。」
 俺も、親父がいやなのはわかっている。
 親父もシブい顔をして考えている。
 教会のシスターにここまで言われると弱い。
「わかりやした、シスターにそこまで言われちゃあしょうがねえ、三頭で銀貨三十三枚でどうです?」
「わかった。それでいい。」
 ティリスは、にっこりとほほ笑んだ。

 ティリスの思いはわからないが、ロバが生きたいと言うのなら、俺には是非もない。
「ティリスさんはお優しいのですね。」
「こんな隅っこで見捨てられていくなんて、あたしみたいで。」
「おやまあ、シスターはお優しいですな。」
 親父は、ロバの轡にロープをかけて、俺たちに渡してくれた。
「ま、こんなでも、教会の子供たちにはいいお土産だ。」
「孤児院で世話しましょう。」
 アリスも俺に向かって笑いかける。

 ロバたちは、何が起こっているのかわからないが、折れた脚をかばいながらひょこひょこ着いてくる。

「さて、お屋形さま、この足治してください。」
 市場からかなり離れたところで、ティリスは当たり前みたいな顔をして言った。
 本通りから少し路地を入ったところだ。

「ええ?お前が治すんじゃないの?」
「だって、あたしの魔力じゃ全快するか不安なんだもん。」
 そこで胸張って言うか?
 俺は、呆れかえった。
「なんてやつだ、人任せとは。」
「そうですわね、さすがにここまでの怪我は、できても一頭が限度ですわ。」
「アリスティアまで。」

「だからお願い、ね、お屋形さま。」
 ティリスは手のひらを会わせて俺に言う。
「ちぇ、しょうがねえなあ。」
 どうせ、骨折は治療するつもりだったからな。
 生体サーチを使って、簡易レントゲンのように足を見る。
 一頭は前足、二頭は後ろ脚が折れている。
 どいつも単純骨折だが、一頭は二本とも折れたようだ。

「なんだ、単純骨折か、じゃあこうやって…」
 骨の組織が元通りに繋がるようイメージする。
 神経などに影響はないし、腱も切れていない。
 筋肉に炎症。
「ふむ、こんな感じかな?」

 俺の周りに白い精霊が集まってくる。
 見える人にはかなり眩しいんだそうだ。
 おれを包み込むように集まった精霊は、ロバの足にまとわりつく。
「そうだ、骨の組織を繋ぐんだ。」
 折れてずれた部分も戻していく、筋肉の炎症を冷やす。
「よし、前足は繋がったな。」
「ひゃあ、早い~。」

「次はこいつか。」
 後ろ脚の脛部分は、二本とも折れている。
 こちらも、筋肉・血管・腱、大丈夫だな。
 運がいい。
「繋ぐぞ。」
「ぶひひ。」
 ロバは、若干痛かったようで涙を流している。
「しょうがねえ、折れたんだから。」
 精霊たちはいい仕事をする。

 三頭目は単純骨折だが、解放している。
「開放骨折か、厄介だな。」
 三頭目は開放骨折して、骨が足から顔を出している。
「ちっ!放置してあったからな、傷口が膿んでやがる。」
 膿んだ所から、熱を持っているようだ。
 こいつが一番タチが悪い。

「どうでしょうか?」
 アリスティアが覗きこむ。
 肩に柔らかいものが乗っかる、ふにゅん。
「手間はかかるが、なんとか…」
 洗浄
 消毒

「シビレ玉!」
 攻撃魔法のシビレ玉を、ごく小さくして足にかける。
「ぶひひん」
「よしよし。」
 足を精霊光で包んで、飛び出した骨を押し込む。
 しびれているから、痛いのかどうなのかわからないようだ。

「膿んでいるところも洗浄、消毒。」
 ほわほわと、精霊が舞う。
「お屋形さまは、本当に精霊に好かれていますのね。」
「ま、そうかな。」
 エルフじゃねえけどさ。
 解放部分をふさぐようイメージして、血管をつなぐ。

「え死寸前だったけど、治ってよかったな。」
「ぶひひん!」
 ロバは、鼻面を俺にこすりつける。
「よしよし、もう大丈夫だぞ、肉屋になんかいかなくて済むぞ。」
「ぶひひん!」
 三頭は、鼻面をこすりつけるので、もみくちゃにされた。
「兄ちゃん、モテてるな。」

「阿呆。」

 ラルの子供服を買いこんで、宿の荷物を受け取る。
 結局、泊れなかったじゃん、もったいねえ。
 荷物の預かり賃はらうのかよ!
 ちくしょう。
 商売は商売だからなあ。

 俺は、革袋から小ぶりな馬車を出した。
 箱が付いてるだけの、幅一メートル半で、長さも二メートルくらいしかない。
 申し訳程度の幌が付いている。
 横はなにもなし。
 丸見えじゃん。
 ま、積んで行く荷物なんか、ラルの服だけなんだけどな。

「ラル、馬車にロバをつないでくれ。」
「がってんだ。」
 真ん中に一頭、いちばん大きな子をつないで、のこりはロープでつないだだけだ。
 それでも、ティリスがいるから、ぜんぜん平気。
 ティリスは、けっこう動物との意思疎通がうまいんだ。

 そんなこんなで、俺たちは王都の城門を抜けて、一路レジオに向かった。
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