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第四十参話 王都でのあれこれ
しおりを挟む「ユリウス=ゴルテス準男爵、これは本当のことなのか?」
狭い部屋に響く、リヨン内務大臣の声。
「はあ?」
ゴルテス隊長は、報告書を振り回して聞く内務大臣の声に、むっとして聞き返す。
「どういうことでござろう?」
「こ、こんなことが本当に起こったと言うのか?」
「拙者は、嘘も隠しもいたしており申さず。どこに疑いがござる?」
「いやしかし、魔物一万匹を打ち倒し、青龍を追い返したなどと。」
「では、拙者がウソの報告書を書いたと申されるのですな、ではここで皺腹かっさばいて腹のうちを御覧に入れ申そう。」
上着を脱いで、短剣を取りだした。
慌てたのはリヨン大臣である。
「まて!まて!まて!」
「なんでござる?拙者の報告が嘘だと言われては、面目が立ち申さず。ここは、潔く腹切って果てまする。」
「そうではない、そうではないのだ!」
「そうではない?では、なんでござる?」
ゴルテスは、マジで怪訝な顔をして聞いた。
「これが、人間のなすことかと聞いているのだ。」
「さあ?拙者、見たままを書いており申す。特にオシリス女神の降臨に関してはこの目で見、この耳で聞き申した。」
ゴルテス準男爵にとっては、カズマのしたことは何と言うか記号のように思えて、いたって平板な考えしかないのだ。
主の言葉が絶対であるように、カズマのしたことはそのまま認められるのだ。
「なんと言うことだ…」
「神は、直接カズマ殿にグラヴィティとレビテーションの魔法を授けてござる。」
「う、うむむむむ」
「ここは、素直にそのままお通しくだされ、女神オシリス様の意思でござる。」
「ぜ」
「ぜ?」
「是非もなし!」
内務大臣ジュリアン=リヨン伯爵は、報告書を握りしめて部屋を後にした。
これより、左大臣、右大臣、内大臣との協議に移るのだろう。
その先は知らぬ。
ゴルテスは、自分の仕事に忠実に従っただけである。
まあ、伯爵と準男爵では、その立場は天と地ほどもちがう。
リヨン伯爵は、領地もちの裕福な貴族である。
王国南東部に肥沃な領地を持ち、一面の穀倉地帯で実入りもいい。
かたや、法衣貴族で一代貴族。
国からの俸禄で喰っている、たたき上げの軍人。
そりゃまあ、どっちが好いなんて言うつもりもないが、贅沢はできない。
ゴルテスは、長い陸軍歩兵隊生活で、初めての出来事である。
そりゃあ、魔物の討伐には何度も出動し、しっかりと戦果を上げている。
そうでなくて、歩兵隊とは言え三〇〇人の部隊長は務まらない。
「魔物一万匹か…確かにレジオ男爵の奥方の証言通りだな。」
左大臣、ガストン=ド=オルレアン公爵は、報告書を見て唸った。
「は、しかも地竜が二頭。オークキング、トロールなどもおるようで。」
内務大臣リヨン伯爵は、脂汗が出るような気がする。
右大臣、シャルル=ド=バロア侯爵は、額に汗をにじませる。
「ゴブリンが八〇〇〇匹…オークが一五〇〇匹、その他アラクネにケルベロスだと?」
内大臣、オシュロス=ド=シャルトル伯爵がうめいた。
「ハーピーが三〇〇羽…ヴェロキ=ラプトルが四〇〇頭…」
「シャルル、このビッグワームと言う魔物を知っているか?」
「いや…なんだろう?」
「左大臣殿、そいつは全長三〇メートルにもなるでかいミミズのような魔物でござる。」
「うげ、気味の悪い。」
「腕が五本のオークに、アタマが二つのオーク。」
「シャドウウルフが五〇〇匹。」
オシュロスが頭を抱えた。
「ジュリアンどの、これはまことのことかのう?」
「ギルドの討伐記録の写しだそうです。」
「なんにしても、すべて討伐したあとであろう?ならば安心ではないか。」
ガストンは、安直な意見を述べる。
「まあ、それほどの魔物が、あの東の森にいたと言うことですか。」
シャルルも髭をいじりながらうなずいた。
「このウィルオーウィプスとはなんでしょうか?」
オシュロスが聞いた。
「海に出ると言う怪物ですな。直径はこのくらいの物だが、シビレ玉を出すと言う。」
バロア侯爵が手で三〇センチほどの幅を作って説明した。
「ははあ、リザードマンは見たことがありますが、これは初めて聞きますな。」
「どちらにせよ、東の森を開発するなら今ですな。」
「おお、左大臣殿のおっしゃるとおり。」
バロア侯爵は、膝を叩いた。
「いずれにせよ、マシューの敵<かたき>はこれでうてたと言うことですか。」
「そうですな。」
「さっそく国王にご報告を。」
「うむ、そうしよう。レジオの奥方にはだれが?」
「それも国王陛下にお任せしてはどうか?」
「そうだな、ではそのように。」
「しかし、これを本当に一人の男がしてのけたのであろうか?」
ガストンは、首をかしげた。
「そうであれば、一人で軍隊と同等の力を持つ。制御できればよいが野放しにはできぬのではないか?」
バロアは呑気なモノだ。
「これほどの剛の者であれば、家臣に欲しいものよ。」
(お主にそれほどの価値があると言うのか?)
ガストンは、バロアの軽口につい心のうちで突っ込んでいた。
※※※※※※※※※
「ほほう、それではレジオの魔物はもういないと言うことか。」
国王ヘルムート十三世は、輝く金髪を揺らしてうなずいた。
長い金髪が風に揺れる。
光る王冠も、一緒になって光の帯を引いた。
「はは、総ての元凶である青龍も、マートモンスに帰ったとのことでございます。」
大臣を代表して、左大臣が口を開く。
「報告書をこれへ。」
「ははあ」
侍従が左大臣の前でトレイを掲げる。
左大臣は、それへゴルテスの報告書を乗せた。
「なんだこのシワシワなものは。」
「は、そのう…あまりにも内容が内容だけに、読んだものの手に力が入りまして…」
「ふむ、よくこれを出すに至ったのう。」
「ありのままをご報告申し上げるがよろしかろうと、大臣一同の考えでございます。」
「ほほう、それほどか。」
「は、この報告には国家を揺るがすほどの重大事が…」
ぱらりと報告書をめくり、国王陛下の額に汗が浮かんだ。
「なにごと…魔物総数一二八〇〇匹。」
国王は、左大臣ガストンの目を見た。
ガストンは、無言でうなずく。
国王はずるりと、玉座を滑った。
その手から、報告書が落ちる。
「あっ。」
侍従が駆け寄るより早く、王妃がそれを拾い上げる。
「なんと…巨大な地竜が二頭。その突進により東門周辺が倒壊。」
「ほ、本当にこんなことを一人の人間が行ったと言うのか?」
「は、ゴルテス準男爵の報告によれば、自身の目の前で青龍を追い払ったとのことです。」
「青龍…」
「かの青龍は身長が一〇〇メートルを越え、両翼は二〇〇メートルもあったとのこと。とても常人には倒せませぬ。」
「軍隊でも無理だろう。」
「御意。」
「それを追い払った…」
「詳しくはわかりませぬが、竜燐の聖凱を受けたと報告にあります。」
「竜が認めたものにしか与えられない、竜燐の聖凱。」
「はは。」
大臣たちは、うなずいた。
「それは、王国としては是が非でも、家臣に取りたてるべきと思うがいかがか。」
「御意。」
「まことに、他国に渡られては大変な損失でございます。」
「特に、帝国にでも盗られた日には、目も当たりませぬ。」
「上さま、そのような者が、おとなしく臣下になりましょうか?」
王妃が、不穏な質問をする。
「それは話し合ってみないことにはのう…」
「左様でございますね、まことに無双のツワモノ、一目会ってみたいものよのう。」
「王妃さま、それは…」
「なに、戯言じゃ。」
「はは。」
ガストンも冷や汗をかく。
この王妃は、豪放磊落にして闊達、男であればどれほどの戦果を上げるものかと言われた女傑である。
今も、国王の尻を蹴飛ばすことに余念がない。
げふんげふん
「ただちに陸軍歩兵部隊、ゴルテス三〇〇人長をこれへ召し出すのじゃ。」
王妃は、国王を差し置いて、さっさと結論を言い渡す。
「御意。」
「かしこまって候。」
みながそれにかしずくのも、無理はない。
「わし、国王…」
あわれ、国王陛下は置いてきぼりだ。
その後の別室での会議がまた揺れに揺れた。
貴族位の授与についてである。
およそ下級貴族などと言うものは、全体が見えていない者も多く、政府の地位のあるものであっても紛糾する。
伯爵以上のものは、己の地位が侵されないかとそれを心配するのだが。
公爵侯爵たちは、大臣職になるものが増えるのは困るのだ。
「ならば、南西部の大森林に隣接する領地を与えて、辺境伯とするのはどうか?」
「それで納得するのか?お主は。」
「ただの平民ではないか、それで十分であろう。」
「ことの重大さが分かっておらんようだの。」
「しかし!国軍総数二万人に匹敵する人物を、どう御するのだ!」
内務大臣リヨン伯爵の一括が効いた。
「いっそ、レジオを与えるのはどうだ?」
「いやしかし、国王陛下自らがレジオ男爵の息子を認めたのに。」
「それもそうか…」
「まずは法衣貴族として伯爵位を与え、年金を与えて様子を見るのはいかがか。」
「それしかないのかのう。」
会議は、かなり消極的な案で落ち着いて行った。
※※※※※※※※※
「おお~、釣れたぞ。」
「お!にいちゃんすげえ。」
俺たちはソンヌ川の河原にやってきて、のんきに釣りをしている。
マゼランに帰ろうとしたら、兵士に止められたんだ。
ゴルテスさんが帰るまで、待ってほしいと。
そう言うことならしゃあないなと思ったが、なにしろ退屈だ。
そこで、馬の尻尾を引っこ抜いてきて、釣りを始めたと言う訳さ。
「しっかし兄ちゃん器用だよな、こんな釣り針作っちまうんだもん。」
「こんなもん土魔法が使える奴なら簡単なものさ。」
「へえ~。」
「いいか、土ボコ。」
ぼこりと地面が膨らむ。
「そして、その中にある鉄分を探して…焼結…ほらできた。」
「できるか!」
ラルは頭を抱えた。
「カズマさま、それは普通の人には無理でございます。」
アリスティアも、かなり驚いている。
「あのねえ、普通の人は土の中の鉄を見つけるなんて出来ないのよ。」
「そうかなあ?ティリスさん、手ェ貸してみ。」
ティリスは右手を差し出した。
「ふむ、こんな感じで…」
「あ、いやん。」
カズマの手からなにやら魔力が入り込んでくる。
それにつられて、精霊がぴかぴかしながら集まってくる。
「ほら、目に集中して、見えてくるぞ。」
「あ、あややややや、なにこれ?」
「そこの黒い粒が鉄だ。」
「これが…?」
「見えたな。」
「う、うん…」
ティリスの目が若干潤んで、ひざをもじもじすり合わせている。
「あっ…」
ゆっくりと膝から崩れた。
「あれ?」
「…イッちゃった…」
小さな声で呟いた。
「わたくしも、見てみたいですわ。」
アリスティアも手を出してきた。
「そ、そうか?」
カズマは、自分の見ていた物をアリスティアにも見せた。
「なるほど、こう見えるのですね。魔力の使い方がわかりましたわ。」
「そうか?」
「でも、毎回これでは体が持ちませんね。」
アリスティアも膝をすりすりしている。
「あう…」
「魔力が気持ちよすぎる…」
「ねえちゃんたちどうしたんだ?」
「いや、ラルも手ェ出せ。」
「ほい。」
みょみょみょ
「うへへへ、くすぐったい。」
「これが普通の反応なんだよ。」
「ほら、見えるぞ、土の粒の間に鉄の粒があるだろう。」
「これか?」
黒くて一部赤茶けている。
「そうだ、そいつを集めて、頭で描いた形にするんだ。」
「う~ん、集めるのはできるけど、固めるのがなあ。」
「それは、着火の魔法を応用するんだ。」
「へえ。」
「クリーンクリーンクリーン!」
ティリスが叫ぶように魔法をかける。
あ、お尻の周りが黒く濡れているんだ。
「クリーン。」
アリスティアも、自分のお尻にクリーンの魔法をかけている。
「はあはあ、カズマさまっ!自重してくださいよ。」
「じちょう?」
「もう少し、負担の少ないように魔法を循環させてください。」
「ふたんねえ…」
「いけませんのよカズマさま、そう見境なくなさっては。」
「いや、ラルなんかは平気なんだけどさ、なんで君たちだけ?」
「わかりませんよ。」
「ええ、わかりません。」
「まあいいや、粒の見つけ方はわかっただろう?」
「「はい。」」
「そうやって集めればいいんだ。」
「いままで、こんなやり方で教わったことがございませんので。」
「そうなの?」
「だいたい、どこも口頭で説明されて終わりです。」
「それって、不親切じゃん。」
「でも、それしか伝達の方法が…」
「だから、俺みたいな…」
「「ダメです。」」
「あう。」
「河原の砂にはいっぱい鉄が含まれているのにな。」
「集めたら鍛冶屋のおっちゃんが買ってくれるかな?」
「そりゃあ上等な鉄の粉だぜ、買ってくれるよ。」
「じゃあ、憶える。」
「そらみろ、ラルくんは、ちゃんとわかってくれてるじゃん。」
「はう。」
「うう~。」
俺たちは大小二〇匹ほどの魚を、土魔法で作った箱に入れて、氷を詰めて持ち帰った。
けっこう時間はつぶれたのさ。
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