52 / 181
第二十三話 鹿島立ち その①
しおりを挟む
すみません、話の前後が怪しいので、加筆修正しています。
書き直し版になりました。
未明、まだ夜も明け切らない時間に、商隊は出発していく。
そこかしこに、マゼランを出発する商人たちの馬車が散見される。
アランたちの王都へ向かう商隊も、その中にあった。
もちろん、Cクラスの冒険者を雇うくらいの商人なので、馬車も十台を越えている。
アランたちだけではない、Dクラスの冒険者が二パーティついている。
ほかの商人たちにも、冒険者がついているので、城門前の広場はごったがえしている。
荷のチェックをしているのか、時おり厳しい声が聞こえる。
「もっとしっかり縛れ!」
「へい!」
商人の手代だろうか、小僧に厳しく声をかけていた。
「ほーう」
「ほーう」
馬借のあげる声も陽気に響く。
広場の隅に置かれたかがり火だけでは追いつかず、そこかしこにライトの明かりが浮いている。
旅立ちの高揚感に、みな期待でいっぱいの顔をしている。
さながら祭りの山車が出るように、楽し気な雰囲気に満ちている。
そんな中、ひときわ目を引くアランの巨体。
堂々とした体躯は、他を圧倒する。
「おう、ユフラテ、よく来てくれた。」
「無視してほっとくわけにもいくめえ。」
ユフラテはアランから差し出された手を握った。
「じゃあ、達者でなユフラテ。修業はサボるなよ。」
「ああ、ありがとうアラン、頑張るよ。」
「ユフラテ、魔法は魔力が尽きるまで使うのよ。伸び代が増えるから。」
「わかった、やってみるよ。ルイラも気を付けてね。」
アランのパーティーが出発する。
湿っぽいのはやだけど、恩義は恩義だ。
朝から見送りに出た。
だいたい、旅立ちは夜明けと決まっている。
街道をより多く進むためだ。
鹿島立ちと言われるように、出発は城門の前の広場で送る。
見送りはここから動かずに見送るものとされている。(らしい)
日が昇る東門に向かって、一行は行列を作って旅立っていった。
かぽかぽという、蹄の音。
ガラガラという、車輪の音。
がたがたゆれる、荷物の音。
そんなものが、少しずつ遠ざかってゆく。
チコと二人、見送って家路につく。
二度と会えないわけではないが、なんだかジーンとする場面だ。
祭りの後のさみしさか。
俺たちは、石造りの橋を渡って職人街に戻ってきた。
今日は、たいしてやることもないので、風呂場に屋根でも付けようと思っている。
草原から草を刈り取ってきて、カヤぶき屋根にしようと思う。
まずは、下地の枠を組む、細い枝を何本も交差させて、カヤを結ぶ下地にするのだ。
チグリスの鎌は切れすぎて怖いぐらいで、すっと刃が通る。
キレッキレである。
意味が違う!
さくさくと切り進むと、すぐに欲しいだけのカヤが採れた。
適当に縄で〆て、皮袋に入れて運ぶ。
便利だねえ。
長くても平気で入っていく。
風呂場の屋根にゆっくりとカヤを乗せて、縄で縛りつける。
こんなことやってると、スローライフを地で行っていると痛感する。
いやだと言うわけじゃないよ、のんびりしているのは大好きだし、その中でも風呂は一番好きだ。
だから、いまのこの状態は、風呂に入るための大事な儀式さ。
「う~ん、これなら雨降りでも平気で入れるな。」
「ユフラテー、できた?」
「ああ、これでどうだろう?」
「う~ん、棟(むね)の所がイマイチしっかりしてないわね、あれじゃ雨水が入ってくるよ。」
「そうか?」
「うん、棟の部分はカヤを横にして、三角に積むのよ。」
「すげー、チコはそんなことよく知ってるな。」
「まあ、村の子だもん。」
俺は、チコの指導で棟を積み上げて、雨切りを完成させた。
「あとは、すそをこうやって切れば、ほらきれいだわ。」
チコは、手に持ったナイフで、器用にすそを切りそろえる。
「おお、なるほど!」
庇の部分をまっすぐに切りそろえると、屋根らしくなった。
「庇の先がモサモサじゃあ、みっともないもの。」
チコは、にこにこと庇を見上げている。
「う~ん、なんか立派になったなあ。」
まあ、これで完成だ。
気候的に、亜熱帯っぽいこの町(マゼラン)は、ずっと寒くならないと思うが。
まあいい、夕方風呂に入るのが楽しみだ。
朝早かったため、時間はいっぱいある。
俺は、作業後に城門から外に出て、ルイラに習った魔法の練習をすることにした。
「う~んと、こうだな。」
ランドウオールである。
まあ、簡単に言えば土壁。
築地塀の屋根のないやつだな。
これをぎゅっと固めて、ぎゅ~んと伸ばすと…
「できた!」
一〇メートルくらい、一気に横に伸びて、土壁は唐突に途切れた。
先っぽが、ぼろぼろ崩れる。
「ありゃ?」
魔法がいいかげんで、魔力が途切れているんだ。
「裾の始末を忘れているな。」
もう一回。
ぎゅう~ん!
「どうだ?」
今度は、端まで神経を行き渡らせた。
「よしよし、こんどは崩れないぞ。」
土壁は、ただ土を立てただけなので、簡単に崩れる。
これを維持させるには、硬化の魔法が必要で、同時にかけるのはけっこう難しい。
だけど、どうせ立てるなら、硬化も一緒に入れたほうが効率がいいはずだ。
昨日は別々にかけたんだよ。
「こんどこそ…っと。」
魔力を練って、両手を伸ばす。
「土壁!」
ぎゅいいいいいいいんんんん
こんどは、しっかりした土壁が立ち上がった。
高さは一メートル、幅は弐〇センチ。
長さは一〇メートルを超える。
成功だ。
これを、チグリスの畑の周りに立てた。
俗に言う『シシガキ』ってやつになるんだけど。
地所を四角く切り取って、少々の衝撃にも耐える。
イノシシやウサギに悩まされることはなくなるだろう。
先に作った練習の土壁は、ぼろぼろと崩れるので、地面に戻した。
ついでに、畑の周りに溝を掘って、排水を良くしておいた。
地面の硬化もうまくできるようになったな。
やはり練習が大事なんだ。
水路の底は、石のように固くなって、水もしみ込まない。
ルイラの言うことは、無駄にはならないな。
「ユフラテ~」
やってきたのはチコである。
「どうした?チコ。」
「お昼だよ~。」
「おっと、もうそんな時間か?」
「そうだよ~。」
「とうちゃんはどうした?」
「ちゃんと食べさせてきた。」
「そうか。」
職人街は、一般に比べて景気がいいし、力仕事も多いので一日三食しっかりとる。
商人などは、一日二食が一般的である。
対して、冒険者はと言うと、いいかげんである。
腹が減ったら食う。
それで娑婆は回っていくものだ。
食ったり食わなかったりと言う時が多いことも関係している。
ダンジョンなどに入ったときは、時間の経過もよくわからないからだ。
一般的な異世界と、なんら変わりはない。
つか、一般的な異世界ってなによ?
職人街のチグリス邸の裏庭で、昼食を広げる。
最近は、土ボコも技術が高度になってきて、テーブルセットの精度が上がって来た。
細い足、透かし彫りになった天板。
イスも同様に華奢な模様入り。
ホームセンターなんかにある、ガーデンセットさながら。
すっかりリゾート気分であるな。
チコは、パンに燻製肉の薄切りとレタスを挟んだサンドイッチを持ってきた。
当たり前だが、手軽でうまい。
「チコは料理がじょうずだね。」
「そう?」
「そうだよ。」
「いつもやってることだもの。」
「そうか?」
俺は、革袋から森で採って来たモモを出した。
「あら、いいモモね。」
「だろ?」
日差しを遮る木の影が涼しい。
世の中は平和である。
そのときまでは。
木陰で涼みながらお茶を飲み、果物をつまむ。
風呂のことで、壁についての相談をチコとしていたんだ。
ランドウオールでぱぱっと立てれば、簡単なんだよな。
硬化をかけると、水がかかってもなんともないし。
大理石みたいな模様がはいるとかっこいいよな。
ふたりでとりとめなく、あーだこーだと話していると、突然風呂の向こうに人影が現れた。
「なんだ?」
人影は、くるくる縦回転しながら、黒いローブをまとった人物に姿を替えた。
「ルイラ!」
「たいへん!ユフラテ!助けに来て。」
めずらしく、ルイラは焦った声を出していた。
額にあぶら汗もにじむ。
「どうした!」
俺の前で仁王立ちになったルイラが叫ぶ。
「街道の先で、たくさんの人がオークと獣に追いかけられてる!」
「わかった!チコ!ギルドマスターに知らせてくれ。俺は先に行く!」
「わかった、とうちゃんとか呼んでくる!」
二人で一斉に走り出す。
マルソーとか頼りになるが、護衛に出ていないだろうな。
俺は六尺を手に、ルイラについて走り出した。
「つかまって!」
ルイラが空中に浮かびあがって手を伸ばすのでそれをつかむと、ぐいっと空間がゆがんだ。
「!」
真っ暗で真っ白で、不思議な空間を通ってまた、現実に戻る。
気が付くと、目の前にオークの群れが走っているのが見えた。
これが空間転移か!
俺は、中空からその様子を俯瞰した。
だいたい三メートルくらい上空にいるのだ。
さすがルイラの魔法は桁が違うと、場違いな感想を漏らす。
その先には、必死になって逃げているぼろをまとったきちゃない男女が数百人、子供もいる。
街道わきの草原も、荒れ地も 人ヒトひと!
人の壁ができている。
はるか向こうの方まで、人の頭が波を打つ。
それが、土煙を上げながら逃げまどっている。
オーク鬼、ゴブリン、シャドウ=ウルフなどが、そんな人たちを襲ってかぶりついている。
「いてえいてえ!ちくしょう!」
「ごわあああ!」
空中で体勢を整え、オーク鬼にライダーキックを見舞う。
「こんちくしょう!」
頭を爆発させながら吹っ飛ぶオーク。
「エアハンマー!」
アランの横にいるオークを吹っ飛ばす。
そのままスライドして、アランのそばに降り立った。
さすがにアランのまわりには、冒険者が集まっている。
商人たちは、馬車を固めて防壁にしているが、あまり有効ではないな。
いまにも魔物の群れが押し寄せそうだ。
「土壁!」
俺は、練習した硬化土壁を、馬車の周囲に展開した。
「うおお!」
Eランク冒険者は、驚いて振り返った。
「そこで馬車を守れ!」
「かたじけない!」
冒険者たちは、ゴブリンの首に切りつけた。
「アラン!」
ちょっと目をはなした隙に、オークの群れに交じって、アランたちの姿が見えた。
「アイスアロー!!」
俺は、間髪を入れずアイスアローを飛ばす。五秒で一〇本の矢を出して、オークの群れにブチこんだ。
「うぎゃー!」
アランの前にせまっていたオーク鬼は、八匹がその場で崩れた。
あいつらはアランより背が高いから狙いやすいんだ。
Dクラス冒険者は、右往左往している。
「土壁から離れるな!一匹ずつタコ殴りにしろ!」
ドイルのやつ!
浮足立ってる。
「ユフラテ!」
「ドイル!左!くるぞ!」
俺は、六尺を振り下ろし、オーク鬼の眉間を割る。
「よっしゃあ!」
ドイルは、やっと落ち着きを取り戻したのか、オークの脇腹に剣を突きたてた。
「みんな!足首を狙え!歩けなきゃ攻撃も来ない!」
「「「おう!」」」
俺の声に、護衛の冒険者が声をそろえた。
アランも持ったバスターソードをオークの腹に突っ込む。
「おおおおお!」
アラン無双。
手当たりしだいぶった切る。
オークの首が、手が、空中に乱舞する。
「げぼあ!」
血を吐いて倒れるオーク鬼。
「うらあ!」
俺はマジックミサイルを一〇本打ち出して、オークの足元をゆする。
がんがん!
「ぐおおおお!」
「このやろう!」
がん!
六尺がオークの頭にめり込む。
「ファイヤーボール!」
やせ形イケメンのジーゲが、すきを見て呪文を詠唱していた。
ぼはあ!
ファイヤーボールがさく裂したまわりには、二メートルくらいの穴が開いている。
そこだけ、オークが吹っ飛ばされたのだ。
ムキムキマンのゾルが、大きな盾を振り回すと、コボルトが真横にすっ飛んで行く。
その数一〇匹ほど。
ドワーフのアトスが、ハルバートをふるうと、オークの首が飛ぶ。
やっと突破口があいたので、Dクラスたちが殺到する。
「うりゃああああ!」
冒険者五人で取り囲んで、オーク鬼をタコ殴りにする。
右前方、子供がこけた。
「いかん、まにあうか!」
俺は、急いで詠唱する。
「エアハンマー!」
ルイラのエアハンマーが、子供に迫るウルフを跳ね飛ばす。
「ちくしょう、シャドウ=ウルフか!」
俺は、五人から離れて子供に向かう。
跳ね飛ばされたウルフに止めを刺し、その横合いから顔を出したクマの眉間を叩き割る。
チグリスの鍛えた日本刀は、伊達じゃねえ!
すげえぜ、一刀両断だ。
男の子(らしい)は俺の後ろに隠した。
「アラン!時間をくれ!」
アランに声を振ると、気持ちよく帰ってくる。
「おうさ!」
アランがこちらにかけてくる。
畜生、時間がおしい!
アランの支援を受けて、少し長い詠唱をする。
その間にも、ゴブリンの眉間を割る。
詠唱中でも、こんなことは朝飯前だ。
ゲロはいて練習したからな。
ルイラ、恐ろしい子!
ちくしょう、あせる気持ちが拍車をかける。
こいこいこい!
魔力が練り上がる時間が惜しい。
「ランドウオール!」
俺を中心に左右に壁が立ち上がる。高さ二メートル幅は二〇メートルくらいか。
厚みは二〇センチくらいしかないから、足止めくらいにしかならんが、ないよりましだ。
両脇四〇メートルは追いかけられない。
避難民が行き過ぎたところに、土壁が立ちふさがる。
あほなクマが、土壁に持ち上げられて
「やるなあ、ユフラテ。これは安心だ。」
俺は、子供の首筋を握って持ち上げて、壁の裏に隠した。
一瞬!
前を向いた。壁のこっちに敵はない。
「みんなこっちに逃げろ!」
難民に声をかけると、わらわらとこっちにかけてくる。
壁の向こうなら大丈夫だ。
だが、そんな難民を後ろから引っ掛ける魔物たち。
「てえい!」
俺のアイスアローが、背後の魔物に突き刺さる。
「よし、くるぞ。」
アランの声を横合いに聞く。
ゴブリンとコボルトは、どちらも凶暴に顔をゆがめて、手持ちの武器をかかげる。
コボルトは棍棒、ゴブリンはショートソードで武装している。
どちらもその辺で拾ってきたものだろう。
汚れたり錆びたりしている。
汚れの素は、旅人の血かもしれないが。
ホブゴブリンは少し大きい。
平均して一二〇センチくらいか、やっぱり凶暴な顔をしてせまってくる。
逃げている最中に、背後から攻撃を受けた運の悪い人間が、そこかしこに転がっている。
が、助けている暇がない。
生きてるかどうかもあやしいもんだが。
大半が命の火が消えているのは見てもわかる。
ばかやろうが、無駄に命を散らしやがって。
くやしいが、これは現実だ。
「ちくしょう!」
無詠唱のマジックアローを五本飛ばす。
ゴブリンがまともに食らって三匹吹っ飛んだ。
みな眉間に穴が開いている。
「やるなあ。無詠唱、早いじゃないか。」
ジーゲが感心したように声を上げる。
「あんたのファイヤーボールには負ける!」
「まだ二〇〇匹ぐらいいるな!」
俺は前を見据えて独り言のように言う。
「じゃあすぐだな。」
アランは、にやりと獰猛な笑いを見せる。
四分の一(クオーター)獣人らしく危険な犬歯が横から見える。
「まったくだ!」
俺はアランを残して駆け出した。
「こら!抜け駆けスンナ!」
ひときわ大きなオーク鬼が、拾った片手剣を振り回す。
「あほう!そんなもんが当たるか!」
「いや~、かすってるわ~。」
アランの吠え声に、俺は気の抜ける声で答えた。
「お前はアホか!」
出し惜しみはなしだ。
ちゅいんちゅいん
俺の手からレーザービームが走る。
赤熱して、昼間でもよく見える。
それが、魔物の手と言わず足と言わずに吸い込まれていく。
「ぐげ!」
「ぎゃぎゃぎゃ!」
魔物の足首を切り裂く。
足のみが、地面に残される。
時間稼ぎだが、有効だ。
オーク鬼の剣を持っていない左手のこぶしが、俺の眼前に迫る。
俺は、六尺を立ててそれを受け止めた。
「ぐわー!」
半分ふっとばされて、たたらを踏む。
「こんちくしょう!」
もう一発くらって吹っ飛ばされる、痛い。
ちくしょうやられた。
そこに、横なぎの一閃が来るのでよけざま脛にいっちょう当ててやると、向こうも悲鳴を上げた。
「ぐわー!」
「甘いんだよ!」
足首は、レーザーに焼かれて、綺麗になくなっている。
腹に続けて三段突きを食らわせてやると、ごべごべと喰ったもん吐きやがった。
人間の手とか足とか出てきやがる!
「きったねえな!」
心臓の上から一発打ち込んで、動きが止まったところに渾身のメン打ち!
オーク鬼は、頭骸骨を粉砕されて崩れた。
お前なんかに、チグリスの銘刀はもったいないんだよ!
俺は、レーザーで首を切り落とす。
そうしないと、いつ復活するかわからん!
オーク鬼の絶命を確認して振り返ると、ドワーフのアトスが、無双していた。
アトスの通った後には、振り回されたハルバートに切られて、手だの首だのオブジェのように点々と転がっている。
いやだなあ。
筋肉ムキムキ、ぞーるの振り回した盾には、コボルトの腕とか足がこびりついている。
ジーゲが降らせたアイスランスがウルフを地面に縫い付けている。
あんま、楽しそうじゃない。
これが戦場のメリーゴーランド…なんちて。
むこっかわには、別の護衛だろう。
馬車が三台あるあたりで一〇人くらい護衛に徹している
顔知ってるよ、Eランクの冒険者だ、よわっちいから、出てくんなよ。
せめて、近寄るゴブリンでも小突いてろ。
ああ、けっこうゴブリンとか転がってるな。
二〇〇匹以上も残っていたモンスターや獣は、やっと駆逐できた。
「つか、いてーな!いつやられたんだよ!」
肘のあたりに、引っかき傷ができていて、血がにじんでいた。
「まかせて。」
ルイラがヒールかけてくれて、なんとか痛みは引いていった。
「ありがと。」
ルイラは、ほわりと笑う。
しかし、そこでルイラは力が抜けて、へなへなと膝をつく。
「おい、ルイラ!」
「魔力使いすぎた、瞬間移動は魔力消費がはげしい。」
「わかった、休んでよ。」
俺は、ルイラを木の陰に運んだ。
ついでにヒールもかけてやる。
「これ、ポーションだ。」
俺のヒールじゃ多寡が知れてるけどな。
低級ポーションはたくさん作ってある。
ポーションも俺の作った初級だから、効くかどうかわからないし。
「アラン、ルイラが疲れてる。」
「おう、悪いな。」
アランは、ルイラに水を飲ませている。
一千匹以上もいた魔物は、すべて殲滅した。
おっとり刀で駆け付けた冒険者ギルドは、なにもすることがない。
馬車が、がらがらと車輪の音をさせて走って来た。
マルソーにジャック、ミシェルにマレーネ。
マルケス兄弟。
三十人くらい来てくれたんだけどな。
「避難民はどうした!」
「後続の馬車が拾ってる。」
「けが人は!」
「そいつも、ポーションぶっかけてるさ。」
「よかった。」
「ユフラテー、俺の分も残してくれヨー。」
「んだよ、ヨールまで来たのか?もう大丈夫だよ。」
「うわ~、すげえ数だなあ、これお前たちでやっつけたのか。」
「まあな、おれの獲物は…」
俺は、ひょいひょいと確認して袋に収めた。
「こいつはヨールにやる。」
ホブゴブリンの状態のいいのがいた。
「え~、いいのか?」
「ああ、持って帰って売ればいい。」
「さんきゅ~!」
魔石も持ってるからな、二~三日暮らせるだろう。
人間の死体の回収は、冒険者ギルドに任せた。
やつらも、仕事がないと困るだろう。
ルイラがダウンしているから、ナンボも助けられなかった。
オレのヒールじゃ、大怪我は治せないし。
「アラン、あんたたちの獲物はどうだ?」
俺が聞くと、アランは振り返った。
「ああ、ジーゲが収めてる、どうだ儲かったか?」
けっこうやっつけたが、どんなもんかな?
「まあ、三〇〇匹くらいかなー?メシ代になるわー。」
俺が答えると、アランはオーク鬼を指さして言った。
「おう、このでかいオークはお前のだ、もってけ。」
角も立派なでかいやつだ。
「いいのか?」
「おまえひとりでがんばってたじゃないか。」
「見えてたのかよ?」
アラン恐ろしい子!
おそろしいやつだ、あの乱戦の中で俺の戦いを見てたのか。
「ルイラ・ジーゲ、魔法でやったやつは回収できたか?」
「これ、あたしのじゃない。」
「俺でもないな、ユフラテだろ。」
「え~?そうかあ?」
ゴブリンの眉間にめっきり穴が開いている、こりゃ俺だな。
「ありがとうございます、助太刀助かりました。」
「ああ、無事で何よりですね。」
商人風のおっさんが声をかけてきたので、ていねいに答えておいた。
好い服を着ている。
大店のダンナだろうな。
商人は、いいお客さんだからな。
アランたちが雇われていることもある、ここはいい顔しろ。
「それで、これは助太刀代ですが…」
「ああ、今日のはいいです、急な助太刀ですし。」
「そう言わずに、どうか受け取ってください。」
「アラン…」
「いただいておけ、あって困るもんじゃなし。ゴルフさんの気持ちだ。」
「そうか?じゃあいただきます。」
気前がいいな、銀貨二枚だ。
受け取って、皮袋に仕舞った。
Eクラスたちが、よだれたらしそうな顔をして見ている。
まあがんばれ。
クラスが上がると、相場も上がるんだよ。
Dクラスからは、カードの色も違うから、商人もそれを見て護衛費用を計算する。
だから、Eクラスでは護衛費用がこんなに出ないんだ。
「しかし、これはいったいどういうことなんだ?」
アランを向いて聞くと、アランも困惑したような顔をしている。
「いや、俺たちもこのゴルフさんを護衛して出発したわけだが、半日も歩いたところで昼飯のために休んでいたんだよ。そしたら向こうから逃げてきた人たちがいてな。」
街道をレジオ方面に向けて指差す。
「ああ、あの連中か。」
「そうそう、それを追いかけて、こいつらモンスターが現れたんだよ。」
「ふうん。」
「しかも、みんなよたよたしてて、すぐにやられるやつがたくさん出てな、しかたないから馬車を避難させて俺たちでやっつけてたんだ。ルイラにはお前を呼びに行かせてな。」
「そう言うことか。」
魔物をトレインしてマゼランに入られたらことだしな。
書き直し版になりました。
未明、まだ夜も明け切らない時間に、商隊は出発していく。
そこかしこに、マゼランを出発する商人たちの馬車が散見される。
アランたちの王都へ向かう商隊も、その中にあった。
もちろん、Cクラスの冒険者を雇うくらいの商人なので、馬車も十台を越えている。
アランたちだけではない、Dクラスの冒険者が二パーティついている。
ほかの商人たちにも、冒険者がついているので、城門前の広場はごったがえしている。
荷のチェックをしているのか、時おり厳しい声が聞こえる。
「もっとしっかり縛れ!」
「へい!」
商人の手代だろうか、小僧に厳しく声をかけていた。
「ほーう」
「ほーう」
馬借のあげる声も陽気に響く。
広場の隅に置かれたかがり火だけでは追いつかず、そこかしこにライトの明かりが浮いている。
旅立ちの高揚感に、みな期待でいっぱいの顔をしている。
さながら祭りの山車が出るように、楽し気な雰囲気に満ちている。
そんな中、ひときわ目を引くアランの巨体。
堂々とした体躯は、他を圧倒する。
「おう、ユフラテ、よく来てくれた。」
「無視してほっとくわけにもいくめえ。」
ユフラテはアランから差し出された手を握った。
「じゃあ、達者でなユフラテ。修業はサボるなよ。」
「ああ、ありがとうアラン、頑張るよ。」
「ユフラテ、魔法は魔力が尽きるまで使うのよ。伸び代が増えるから。」
「わかった、やってみるよ。ルイラも気を付けてね。」
アランのパーティーが出発する。
湿っぽいのはやだけど、恩義は恩義だ。
朝から見送りに出た。
だいたい、旅立ちは夜明けと決まっている。
街道をより多く進むためだ。
鹿島立ちと言われるように、出発は城門の前の広場で送る。
見送りはここから動かずに見送るものとされている。(らしい)
日が昇る東門に向かって、一行は行列を作って旅立っていった。
かぽかぽという、蹄の音。
ガラガラという、車輪の音。
がたがたゆれる、荷物の音。
そんなものが、少しずつ遠ざかってゆく。
チコと二人、見送って家路につく。
二度と会えないわけではないが、なんだかジーンとする場面だ。
祭りの後のさみしさか。
俺たちは、石造りの橋を渡って職人街に戻ってきた。
今日は、たいしてやることもないので、風呂場に屋根でも付けようと思っている。
草原から草を刈り取ってきて、カヤぶき屋根にしようと思う。
まずは、下地の枠を組む、細い枝を何本も交差させて、カヤを結ぶ下地にするのだ。
チグリスの鎌は切れすぎて怖いぐらいで、すっと刃が通る。
キレッキレである。
意味が違う!
さくさくと切り進むと、すぐに欲しいだけのカヤが採れた。
適当に縄で〆て、皮袋に入れて運ぶ。
便利だねえ。
長くても平気で入っていく。
風呂場の屋根にゆっくりとカヤを乗せて、縄で縛りつける。
こんなことやってると、スローライフを地で行っていると痛感する。
いやだと言うわけじゃないよ、のんびりしているのは大好きだし、その中でも風呂は一番好きだ。
だから、いまのこの状態は、風呂に入るための大事な儀式さ。
「う~ん、これなら雨降りでも平気で入れるな。」
「ユフラテー、できた?」
「ああ、これでどうだろう?」
「う~ん、棟(むね)の所がイマイチしっかりしてないわね、あれじゃ雨水が入ってくるよ。」
「そうか?」
「うん、棟の部分はカヤを横にして、三角に積むのよ。」
「すげー、チコはそんなことよく知ってるな。」
「まあ、村の子だもん。」
俺は、チコの指導で棟を積み上げて、雨切りを完成させた。
「あとは、すそをこうやって切れば、ほらきれいだわ。」
チコは、手に持ったナイフで、器用にすそを切りそろえる。
「おお、なるほど!」
庇の部分をまっすぐに切りそろえると、屋根らしくなった。
「庇の先がモサモサじゃあ、みっともないもの。」
チコは、にこにこと庇を見上げている。
「う~ん、なんか立派になったなあ。」
まあ、これで完成だ。
気候的に、亜熱帯っぽいこの町(マゼラン)は、ずっと寒くならないと思うが。
まあいい、夕方風呂に入るのが楽しみだ。
朝早かったため、時間はいっぱいある。
俺は、作業後に城門から外に出て、ルイラに習った魔法の練習をすることにした。
「う~んと、こうだな。」
ランドウオールである。
まあ、簡単に言えば土壁。
築地塀の屋根のないやつだな。
これをぎゅっと固めて、ぎゅ~んと伸ばすと…
「できた!」
一〇メートルくらい、一気に横に伸びて、土壁は唐突に途切れた。
先っぽが、ぼろぼろ崩れる。
「ありゃ?」
魔法がいいかげんで、魔力が途切れているんだ。
「裾の始末を忘れているな。」
もう一回。
ぎゅう~ん!
「どうだ?」
今度は、端まで神経を行き渡らせた。
「よしよし、こんどは崩れないぞ。」
土壁は、ただ土を立てただけなので、簡単に崩れる。
これを維持させるには、硬化の魔法が必要で、同時にかけるのはけっこう難しい。
だけど、どうせ立てるなら、硬化も一緒に入れたほうが効率がいいはずだ。
昨日は別々にかけたんだよ。
「こんどこそ…っと。」
魔力を練って、両手を伸ばす。
「土壁!」
ぎゅいいいいいいいんんんん
こんどは、しっかりした土壁が立ち上がった。
高さは一メートル、幅は弐〇センチ。
長さは一〇メートルを超える。
成功だ。
これを、チグリスの畑の周りに立てた。
俗に言う『シシガキ』ってやつになるんだけど。
地所を四角く切り取って、少々の衝撃にも耐える。
イノシシやウサギに悩まされることはなくなるだろう。
先に作った練習の土壁は、ぼろぼろと崩れるので、地面に戻した。
ついでに、畑の周りに溝を掘って、排水を良くしておいた。
地面の硬化もうまくできるようになったな。
やはり練習が大事なんだ。
水路の底は、石のように固くなって、水もしみ込まない。
ルイラの言うことは、無駄にはならないな。
「ユフラテ~」
やってきたのはチコである。
「どうした?チコ。」
「お昼だよ~。」
「おっと、もうそんな時間か?」
「そうだよ~。」
「とうちゃんはどうした?」
「ちゃんと食べさせてきた。」
「そうか。」
職人街は、一般に比べて景気がいいし、力仕事も多いので一日三食しっかりとる。
商人などは、一日二食が一般的である。
対して、冒険者はと言うと、いいかげんである。
腹が減ったら食う。
それで娑婆は回っていくものだ。
食ったり食わなかったりと言う時が多いことも関係している。
ダンジョンなどに入ったときは、時間の経過もよくわからないからだ。
一般的な異世界と、なんら変わりはない。
つか、一般的な異世界ってなによ?
職人街のチグリス邸の裏庭で、昼食を広げる。
最近は、土ボコも技術が高度になってきて、テーブルセットの精度が上がって来た。
細い足、透かし彫りになった天板。
イスも同様に華奢な模様入り。
ホームセンターなんかにある、ガーデンセットさながら。
すっかりリゾート気分であるな。
チコは、パンに燻製肉の薄切りとレタスを挟んだサンドイッチを持ってきた。
当たり前だが、手軽でうまい。
「チコは料理がじょうずだね。」
「そう?」
「そうだよ。」
「いつもやってることだもの。」
「そうか?」
俺は、革袋から森で採って来たモモを出した。
「あら、いいモモね。」
「だろ?」
日差しを遮る木の影が涼しい。
世の中は平和である。
そのときまでは。
木陰で涼みながらお茶を飲み、果物をつまむ。
風呂のことで、壁についての相談をチコとしていたんだ。
ランドウオールでぱぱっと立てれば、簡単なんだよな。
硬化をかけると、水がかかってもなんともないし。
大理石みたいな模様がはいるとかっこいいよな。
ふたりでとりとめなく、あーだこーだと話していると、突然風呂の向こうに人影が現れた。
「なんだ?」
人影は、くるくる縦回転しながら、黒いローブをまとった人物に姿を替えた。
「ルイラ!」
「たいへん!ユフラテ!助けに来て。」
めずらしく、ルイラは焦った声を出していた。
額にあぶら汗もにじむ。
「どうした!」
俺の前で仁王立ちになったルイラが叫ぶ。
「街道の先で、たくさんの人がオークと獣に追いかけられてる!」
「わかった!チコ!ギルドマスターに知らせてくれ。俺は先に行く!」
「わかった、とうちゃんとか呼んでくる!」
二人で一斉に走り出す。
マルソーとか頼りになるが、護衛に出ていないだろうな。
俺は六尺を手に、ルイラについて走り出した。
「つかまって!」
ルイラが空中に浮かびあがって手を伸ばすのでそれをつかむと、ぐいっと空間がゆがんだ。
「!」
真っ暗で真っ白で、不思議な空間を通ってまた、現実に戻る。
気が付くと、目の前にオークの群れが走っているのが見えた。
これが空間転移か!
俺は、中空からその様子を俯瞰した。
だいたい三メートルくらい上空にいるのだ。
さすがルイラの魔法は桁が違うと、場違いな感想を漏らす。
その先には、必死になって逃げているぼろをまとったきちゃない男女が数百人、子供もいる。
街道わきの草原も、荒れ地も 人ヒトひと!
人の壁ができている。
はるか向こうの方まで、人の頭が波を打つ。
それが、土煙を上げながら逃げまどっている。
オーク鬼、ゴブリン、シャドウ=ウルフなどが、そんな人たちを襲ってかぶりついている。
「いてえいてえ!ちくしょう!」
「ごわあああ!」
空中で体勢を整え、オーク鬼にライダーキックを見舞う。
「こんちくしょう!」
頭を爆発させながら吹っ飛ぶオーク。
「エアハンマー!」
アランの横にいるオークを吹っ飛ばす。
そのままスライドして、アランのそばに降り立った。
さすがにアランのまわりには、冒険者が集まっている。
商人たちは、馬車を固めて防壁にしているが、あまり有効ではないな。
いまにも魔物の群れが押し寄せそうだ。
「土壁!」
俺は、練習した硬化土壁を、馬車の周囲に展開した。
「うおお!」
Eランク冒険者は、驚いて振り返った。
「そこで馬車を守れ!」
「かたじけない!」
冒険者たちは、ゴブリンの首に切りつけた。
「アラン!」
ちょっと目をはなした隙に、オークの群れに交じって、アランたちの姿が見えた。
「アイスアロー!!」
俺は、間髪を入れずアイスアローを飛ばす。五秒で一〇本の矢を出して、オークの群れにブチこんだ。
「うぎゃー!」
アランの前にせまっていたオーク鬼は、八匹がその場で崩れた。
あいつらはアランより背が高いから狙いやすいんだ。
Dクラス冒険者は、右往左往している。
「土壁から離れるな!一匹ずつタコ殴りにしろ!」
ドイルのやつ!
浮足立ってる。
「ユフラテ!」
「ドイル!左!くるぞ!」
俺は、六尺を振り下ろし、オーク鬼の眉間を割る。
「よっしゃあ!」
ドイルは、やっと落ち着きを取り戻したのか、オークの脇腹に剣を突きたてた。
「みんな!足首を狙え!歩けなきゃ攻撃も来ない!」
「「「おう!」」」
俺の声に、護衛の冒険者が声をそろえた。
アランも持ったバスターソードをオークの腹に突っ込む。
「おおおおお!」
アラン無双。
手当たりしだいぶった切る。
オークの首が、手が、空中に乱舞する。
「げぼあ!」
血を吐いて倒れるオーク鬼。
「うらあ!」
俺はマジックミサイルを一〇本打ち出して、オークの足元をゆする。
がんがん!
「ぐおおおお!」
「このやろう!」
がん!
六尺がオークの頭にめり込む。
「ファイヤーボール!」
やせ形イケメンのジーゲが、すきを見て呪文を詠唱していた。
ぼはあ!
ファイヤーボールがさく裂したまわりには、二メートルくらいの穴が開いている。
そこだけ、オークが吹っ飛ばされたのだ。
ムキムキマンのゾルが、大きな盾を振り回すと、コボルトが真横にすっ飛んで行く。
その数一〇匹ほど。
ドワーフのアトスが、ハルバートをふるうと、オークの首が飛ぶ。
やっと突破口があいたので、Dクラスたちが殺到する。
「うりゃああああ!」
冒険者五人で取り囲んで、オーク鬼をタコ殴りにする。
右前方、子供がこけた。
「いかん、まにあうか!」
俺は、急いで詠唱する。
「エアハンマー!」
ルイラのエアハンマーが、子供に迫るウルフを跳ね飛ばす。
「ちくしょう、シャドウ=ウルフか!」
俺は、五人から離れて子供に向かう。
跳ね飛ばされたウルフに止めを刺し、その横合いから顔を出したクマの眉間を叩き割る。
チグリスの鍛えた日本刀は、伊達じゃねえ!
すげえぜ、一刀両断だ。
男の子(らしい)は俺の後ろに隠した。
「アラン!時間をくれ!」
アランに声を振ると、気持ちよく帰ってくる。
「おうさ!」
アランがこちらにかけてくる。
畜生、時間がおしい!
アランの支援を受けて、少し長い詠唱をする。
その間にも、ゴブリンの眉間を割る。
詠唱中でも、こんなことは朝飯前だ。
ゲロはいて練習したからな。
ルイラ、恐ろしい子!
ちくしょう、あせる気持ちが拍車をかける。
こいこいこい!
魔力が練り上がる時間が惜しい。
「ランドウオール!」
俺を中心に左右に壁が立ち上がる。高さ二メートル幅は二〇メートルくらいか。
厚みは二〇センチくらいしかないから、足止めくらいにしかならんが、ないよりましだ。
両脇四〇メートルは追いかけられない。
避難民が行き過ぎたところに、土壁が立ちふさがる。
あほなクマが、土壁に持ち上げられて
「やるなあ、ユフラテ。これは安心だ。」
俺は、子供の首筋を握って持ち上げて、壁の裏に隠した。
一瞬!
前を向いた。壁のこっちに敵はない。
「みんなこっちに逃げろ!」
難民に声をかけると、わらわらとこっちにかけてくる。
壁の向こうなら大丈夫だ。
だが、そんな難民を後ろから引っ掛ける魔物たち。
「てえい!」
俺のアイスアローが、背後の魔物に突き刺さる。
「よし、くるぞ。」
アランの声を横合いに聞く。
ゴブリンとコボルトは、どちらも凶暴に顔をゆがめて、手持ちの武器をかかげる。
コボルトは棍棒、ゴブリンはショートソードで武装している。
どちらもその辺で拾ってきたものだろう。
汚れたり錆びたりしている。
汚れの素は、旅人の血かもしれないが。
ホブゴブリンは少し大きい。
平均して一二〇センチくらいか、やっぱり凶暴な顔をしてせまってくる。
逃げている最中に、背後から攻撃を受けた運の悪い人間が、そこかしこに転がっている。
が、助けている暇がない。
生きてるかどうかもあやしいもんだが。
大半が命の火が消えているのは見てもわかる。
ばかやろうが、無駄に命を散らしやがって。
くやしいが、これは現実だ。
「ちくしょう!」
無詠唱のマジックアローを五本飛ばす。
ゴブリンがまともに食らって三匹吹っ飛んだ。
みな眉間に穴が開いている。
「やるなあ。無詠唱、早いじゃないか。」
ジーゲが感心したように声を上げる。
「あんたのファイヤーボールには負ける!」
「まだ二〇〇匹ぐらいいるな!」
俺は前を見据えて独り言のように言う。
「じゃあすぐだな。」
アランは、にやりと獰猛な笑いを見せる。
四分の一(クオーター)獣人らしく危険な犬歯が横から見える。
「まったくだ!」
俺はアランを残して駆け出した。
「こら!抜け駆けスンナ!」
ひときわ大きなオーク鬼が、拾った片手剣を振り回す。
「あほう!そんなもんが当たるか!」
「いや~、かすってるわ~。」
アランの吠え声に、俺は気の抜ける声で答えた。
「お前はアホか!」
出し惜しみはなしだ。
ちゅいんちゅいん
俺の手からレーザービームが走る。
赤熱して、昼間でもよく見える。
それが、魔物の手と言わず足と言わずに吸い込まれていく。
「ぐげ!」
「ぎゃぎゃぎゃ!」
魔物の足首を切り裂く。
足のみが、地面に残される。
時間稼ぎだが、有効だ。
オーク鬼の剣を持っていない左手のこぶしが、俺の眼前に迫る。
俺は、六尺を立ててそれを受け止めた。
「ぐわー!」
半分ふっとばされて、たたらを踏む。
「こんちくしょう!」
もう一発くらって吹っ飛ばされる、痛い。
ちくしょうやられた。
そこに、横なぎの一閃が来るのでよけざま脛にいっちょう当ててやると、向こうも悲鳴を上げた。
「ぐわー!」
「甘いんだよ!」
足首は、レーザーに焼かれて、綺麗になくなっている。
腹に続けて三段突きを食らわせてやると、ごべごべと喰ったもん吐きやがった。
人間の手とか足とか出てきやがる!
「きったねえな!」
心臓の上から一発打ち込んで、動きが止まったところに渾身のメン打ち!
オーク鬼は、頭骸骨を粉砕されて崩れた。
お前なんかに、チグリスの銘刀はもったいないんだよ!
俺は、レーザーで首を切り落とす。
そうしないと、いつ復活するかわからん!
オーク鬼の絶命を確認して振り返ると、ドワーフのアトスが、無双していた。
アトスの通った後には、振り回されたハルバートに切られて、手だの首だのオブジェのように点々と転がっている。
いやだなあ。
筋肉ムキムキ、ぞーるの振り回した盾には、コボルトの腕とか足がこびりついている。
ジーゲが降らせたアイスランスがウルフを地面に縫い付けている。
あんま、楽しそうじゃない。
これが戦場のメリーゴーランド…なんちて。
むこっかわには、別の護衛だろう。
馬車が三台あるあたりで一〇人くらい護衛に徹している
顔知ってるよ、Eランクの冒険者だ、よわっちいから、出てくんなよ。
せめて、近寄るゴブリンでも小突いてろ。
ああ、けっこうゴブリンとか転がってるな。
二〇〇匹以上も残っていたモンスターや獣は、やっと駆逐できた。
「つか、いてーな!いつやられたんだよ!」
肘のあたりに、引っかき傷ができていて、血がにじんでいた。
「まかせて。」
ルイラがヒールかけてくれて、なんとか痛みは引いていった。
「ありがと。」
ルイラは、ほわりと笑う。
しかし、そこでルイラは力が抜けて、へなへなと膝をつく。
「おい、ルイラ!」
「魔力使いすぎた、瞬間移動は魔力消費がはげしい。」
「わかった、休んでよ。」
俺は、ルイラを木の陰に運んだ。
ついでにヒールもかけてやる。
「これ、ポーションだ。」
俺のヒールじゃ多寡が知れてるけどな。
低級ポーションはたくさん作ってある。
ポーションも俺の作った初級だから、効くかどうかわからないし。
「アラン、ルイラが疲れてる。」
「おう、悪いな。」
アランは、ルイラに水を飲ませている。
一千匹以上もいた魔物は、すべて殲滅した。
おっとり刀で駆け付けた冒険者ギルドは、なにもすることがない。
馬車が、がらがらと車輪の音をさせて走って来た。
マルソーにジャック、ミシェルにマレーネ。
マルケス兄弟。
三十人くらい来てくれたんだけどな。
「避難民はどうした!」
「後続の馬車が拾ってる。」
「けが人は!」
「そいつも、ポーションぶっかけてるさ。」
「よかった。」
「ユフラテー、俺の分も残してくれヨー。」
「んだよ、ヨールまで来たのか?もう大丈夫だよ。」
「うわ~、すげえ数だなあ、これお前たちでやっつけたのか。」
「まあな、おれの獲物は…」
俺は、ひょいひょいと確認して袋に収めた。
「こいつはヨールにやる。」
ホブゴブリンの状態のいいのがいた。
「え~、いいのか?」
「ああ、持って帰って売ればいい。」
「さんきゅ~!」
魔石も持ってるからな、二~三日暮らせるだろう。
人間の死体の回収は、冒険者ギルドに任せた。
やつらも、仕事がないと困るだろう。
ルイラがダウンしているから、ナンボも助けられなかった。
オレのヒールじゃ、大怪我は治せないし。
「アラン、あんたたちの獲物はどうだ?」
俺が聞くと、アランは振り返った。
「ああ、ジーゲが収めてる、どうだ儲かったか?」
けっこうやっつけたが、どんなもんかな?
「まあ、三〇〇匹くらいかなー?メシ代になるわー。」
俺が答えると、アランはオーク鬼を指さして言った。
「おう、このでかいオークはお前のだ、もってけ。」
角も立派なでかいやつだ。
「いいのか?」
「おまえひとりでがんばってたじゃないか。」
「見えてたのかよ?」
アラン恐ろしい子!
おそろしいやつだ、あの乱戦の中で俺の戦いを見てたのか。
「ルイラ・ジーゲ、魔法でやったやつは回収できたか?」
「これ、あたしのじゃない。」
「俺でもないな、ユフラテだろ。」
「え~?そうかあ?」
ゴブリンの眉間にめっきり穴が開いている、こりゃ俺だな。
「ありがとうございます、助太刀助かりました。」
「ああ、無事で何よりですね。」
商人風のおっさんが声をかけてきたので、ていねいに答えておいた。
好い服を着ている。
大店のダンナだろうな。
商人は、いいお客さんだからな。
アランたちが雇われていることもある、ここはいい顔しろ。
「それで、これは助太刀代ですが…」
「ああ、今日のはいいです、急な助太刀ですし。」
「そう言わずに、どうか受け取ってください。」
「アラン…」
「いただいておけ、あって困るもんじゃなし。ゴルフさんの気持ちだ。」
「そうか?じゃあいただきます。」
気前がいいな、銀貨二枚だ。
受け取って、皮袋に仕舞った。
Eクラスたちが、よだれたらしそうな顔をして見ている。
まあがんばれ。
クラスが上がると、相場も上がるんだよ。
Dクラスからは、カードの色も違うから、商人もそれを見て護衛費用を計算する。
だから、Eクラスでは護衛費用がこんなに出ないんだ。
「しかし、これはいったいどういうことなんだ?」
アランを向いて聞くと、アランも困惑したような顔をしている。
「いや、俺たちもこのゴルフさんを護衛して出発したわけだが、半日も歩いたところで昼飯のために休んでいたんだよ。そしたら向こうから逃げてきた人たちがいてな。」
街道をレジオ方面に向けて指差す。
「ああ、あの連中か。」
「そうそう、それを追いかけて、こいつらモンスターが現れたんだよ。」
「ふうん。」
「しかも、みんなよたよたしてて、すぐにやられるやつがたくさん出てな、しかたないから馬車を避難させて俺たちでやっつけてたんだ。ルイラにはお前を呼びに行かせてな。」
「そう言うことか。」
魔物をトレインしてマゼランに入られたらことだしな。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで
一本橋
恋愛
ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。
その犯人は俺だったらしい。
見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。
罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。
噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。
その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。
慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる