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12 元社畜と深夜の手作り野菜炒め(Another)
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冒険者は料理ができない。
それは世間一般の常識だった。勿論、絶対に全員ができない、というわけではないが。おれのように、子供のうちから冒険者になる方のが稀なので、冒険者になるより前から料理ができる奴は料理のできる冒険者となる。男で子供の頃から料理をする奴は珍しいと思うが。
それでも、女の冒険者で料理ができる奴に出会ったのは、彼女が初めてかもしれない。
なぜなら、料理ができるような育ちの女は、冒険者にならない。
冒険者になる奴の理由は様々だが、女冒険者の場合は、冒険者の親に憧れているか、明日食うものにも困るレベルの生活を送っていて娼館にも勤められないような体をしているか、喧嘩っ早くて戦うことしか頭にないか。いずれかである、と言い切ってしまっても問題ないくらいには、その三種類しかいない。
親が冒険者であれば、当然料理を教えられるわけがないし、明日食うものに困るような生活の奴は、大抵どこからか盗むかゴミを漁るかして、バレる前に素材そのままの状態で食べる。喧嘩っ早い奴は料理に興味を持たない。
下世話な話、女は冒険者になるよりも、娼婦になるほうが稼げるのだ。安全、と言い切ってしまうのは違うかもしれないが、娼婦と比べたら冒険者の方が死亡率が高いのも、また事実。
けれど、彼女はそのどれでもないのだ。
一日中苦手な書類仕事と格闘して、疲労の中ハムを食うだけのおれを、ドン引きした目で見る彼女。
妙に他の冒険者とは違う表情で、冒険者登録をした彼女を不思議な女だと思ったが、料理ができるらしい、という事実を知って、俄然、この女に興味が沸いてきた。
一体、どんな生活を送って、何が目的で冒険者になったのだろう、と。何十、何百の冒険者を見てきたおれが、一切、彼女の過去が想像できないことが、不思議でしょうがなかったのだ。
「できましたー」
そう言って彼女が出したのは、冷や飯と野菜炒め、それから卵スープ。
ハムや野菜を直で食べるよりはマシ、と言っていたから、てっきりもっと雑なものが出てくると思っていたし、作ってくれるというのだから、多少まずくとも黙って食べよう、と考えていたのだが、予想以上にしっかりした食事が出てきた。
驚いたのはおれだけじゃないようで、隣に座っていた薬のをちらっと見れば、彼もまた、目を瞬かせている。
深夜二時にしては量が多いが、仕事ばかりで、今日の食事はおろそかになっていたからありがたい。
「はい、ありがとうございますー」
彼女は食前の挨拶を適当に済ますと、ぱくぱくと食べ進めていく。
おれも薬のも、彼女に習って食前の挨拶をすると、料理に手をつける。
フォークとスプーン、箸、全てのカトラリーが用意されていた中で、おれはフォークを取った。
彼女と薬のは箸が使えるようだが、おれは使えない。
二人とも器用だな、と思うのだが、箸を使うのが当たり前な身からしたら、ナイフやフォークを巧みに使う方が器用だといつぞやの彼女が言っていた。どっちも慣れだと思うが、箸はどうにも折ってしまいそうで駄目だ。
いかにも適当に組み合わされた野菜たちの野菜炒めを一口。
しゃきしゃきと歯ごたえが残るのに、決して生ではない絶妙な火加減と、濃いめの味付け。白米が冷えているのが残念だ。これは温かい飯で食べた方がもっと美味いはず。
彼女が、店で出すレベルではない、と自称していたように、店で出すような味付けではないのだが、決して安っぽいだとか、微妙な味だとか、そういうことはない。
むしろ、この、いかにも家庭的な味が、疲れ切った体にしみわたる。使っている食材は全然違うのに、昔、母が作ってくれた野菜炒めを思い出す。
「凄いな、美味いよ。なあ、薬の」
「……ま、まあ、食べられなくはない」
薬のはおれの言葉に、素直な同調を見せなかったが、すっかり食べ進められた皿に目をやれば、美味かったかまずかったかなんて、一目瞭然だ。彼女もそれが分かっているようで、にこにことしている。
――それにしても、ますます不思議だ。
このレベルの料理が出来るなら、わざわざ冒険者にならなくたって引く手あまただろうに。
顔だって悪くないし、性格は言わずもがな。二、三日はかかるだろうと思っていた仕事を一日でこなすあたり、真面目で勤勉なのがうかがえる。採収依頼で採ってくる薬草等も、綺麗に処理してくるし、職員への態度も丁寧だしな。
決して強くはないし、むしろ、冒険者としては弱い部類だとは思うが、冒険者ギルドの職員の間では、彼女の評判はかなり高い。
欠点らしい欠点は、酒好きで、いつどこでも酒を飲んでいるイメージが定着していることくらいだが……でも、それだって、あくまでこの国の人間からしたら欠点、というだけだ。
他国出身だと彼女は言っているが、わざわざ国を出て冒険者になることもなかっただろうに。
――それとも、何か、そうせざるを得なかった事情があるのか?
人には人の事情がある。それは、なにも冒険者に限ったことではなく、十人いれば十人の、百人いれば百人の事情と生い立ちが存在する。似たような境遇の奴がいたとしても、全く同じの人生を歩み、思考や物事の受け取り方も変わらない、なんてことはないはずだ。
だから、おれは、冒険者に対して、いちいち詮索しない。面倒だからだ。
例えば、親を殺されたことがある人間が複数いたところで、それをなんでもないことのように話すか、犯人に復讐するのだと憎らしそうに言うのか、はたまた絶対にバレたくないと必死に隠すのか、人によって様々だと、おれは冒険者やギルド長として、多くの人に接してきて学んだ。
別に無理に詮索しなくとも、多少の人柄と、戦闘力、得手不得手が分かっていれば、パーティーを組むのは苦労しなかった。今、ギルド長として仕事を割り振る上でも、その程度のことを知っていればなんら問題はない。
だから、彼女のことを深く知る必要なんか、ないのだ。
それでも、彼女のことが気になってしまうのは――ただの好奇心なのだろうか?
「――あ」
そんなことを考えていたら、すっかり食べ終えてしまっていた。……もったいないことをしてしまったな。もっと味わって食べるべきだった。
既に食べ終えた彼女は、食器や使った調理器具の片付けを始めている。
「ああ、片付けはおれらがやっておくよ。作ってもらったしな。なあ、薬の」
薬のの方を見ると、非常に嫌そうな表情を隠しもしないでおれを見ていた。それでも、嫌だと断らないのは、こいつなりに感謝しているということだろう。
態度や口は悪いが、貸し借りをつくったままにするのを嫌う男だし、礼は尽くす人間だ。片付けをして、作ってもらったことへの礼をチャラにしよう、という考えが働いているはずだ。
「わ、いいんですか? あんまりちゃんとしたものじゃなかったですけど」
「いや、十分うまかったよ。ご馳走様」
時間が時間だからか、彼女はおれの提案をあっさり受け入れる。普段の彼女ならば、一度くらいは大丈夫だと言うはずだ。勿論、そうやっていつも通り断る姿勢を見せたところで、結局は片付けをするつもりなのだが。
「――あ、ギルド長、あれも一本貰っていいですか? お金は払いますから」
そう言って、彼女が指差したのは酒瓶だった。流石にワインボトルのような大きなものではないが……。
「これから飲むのか?」
「明日、休みにするつもりなので、寝酒します」
「……そうか」
彼女が言うくらいなんだから、本当に『寝酒』なんだろう。ベッドの上で酒を飲み、そのまま入眠。ああ、おれには分かる。
でも、この国で『寝酒』と言うと、おおよそ、一人で自分を慰める性行為の隠語である。
あの最年少の冒険者の少年が、彼女へ、酒に関しての文化を真っ赤になって教えているところをギルドでたびたび見るが、寝酒に関しては教えてもらわなかったんだろうか。
……少年自体も知らないのか? いや、下世話な話題や言葉が飛び交うことが多い冒険者の中に子供の頃から放り込まれて、『寝酒』を知らないということはないだろう。
「その大きさなら、一本くらいそのまま持って行ってもいいが……寝酒の話はあまり外でするなよ」
「……? はい、分かりました」
この顔は、なんで注意されたのか全く分かっていない顔だな。彼女は聞き分けがいいから、今後、寝酒の話はしないだろうが……。
手取り足取り、意味を教えてやっても良かったが、何故だか少し、はばかられる。酒を飲める、いい歳した女のはずなのに、どうにも、こう、世間を知らない少女のように見えるときがたまにあるのだ。
特定の女と付き合わず、商売女との付き合いの方が多いから、そう見えてしまうのだろうか? 男の扱いを分かり切っている女と比べたら、どうしても彼女があどけなく感じてしまうのは事実だが。
それでも、いつかはちゃんと教えてやらないと、彼女も理解できないだろうな、と思いながら、おれは酒瓶片手に機嫌よく帰っていく彼女を見送った。
「――馬鹿すぎるだろ、あの女」
彼女が帰ってから、皿や調理器具を洗うおれの隣で、おれが洗いあげたものを拭きながら、薬のが言った。
「思考回路終わってんのか? いい加減、この国の酒文化に慣れろよ。ちょっと考えたら、寝酒の意味なんて分かるだろ」
ぶつぶつと、文句が止まらない薬の。言い方こそ悪いが、彼女を心配してのことだろう。
こいつは妙にひねくれていて、言動こそ刺々しいが、その実、別に冷徹な人間、というわけではない。文句は言うが手を動かすし、相手によって仕事の質を変えるということもしない。
現に、彼女のことを馬鹿だと貶しながらも、皿を拭く手が止まることはない。
「そんなに気になるなら、お前が教えてやればいいじゃないか。寝酒の意味をよ」
「――は、はぁ!?」
ちょっとからかうつもりで言っただけだったのだが、思った以上の反応が返ってきた。ちら、と薬のの顔を見れば、顔が真っ赤になっている。
……ほぉ、これはこれは。
「おい、なんだよその顔」
にやにやと見ていたのがバレていたらしい。ギロ、と睨まれるが全く怖くない。目つきは悪い方だと思うが、顔は真っ赤だし、何よりおれの方が強いからな。物理的に。
「薬のにも浮いた話が出るとはなあ」
「ち、違ぇよ! そんなことねえ!」
ぎゃんぎゃんと言う姿は、どう見ても彼女を異性として意識している男の姿にしか見えない。
親父さんから店を継いで、うちに卸す薬のために引継ぎ作業をしにきたときには、何にも興味がなさそうなクソガキがきたな、と思ったものだが、こんな男でも恋はするらしい。『あの噂』が流れてから、女どころか男も寄り付かなくなっちまって、どうなることかと思ったが、まあ、彼女なら上手くやってくれるんじゃないか? 薬のの性格も理解してるみたいだし。
「違うからな! オレがあの小娘を好きなわけがない! 認めないからな!」
「お前が認めようが認めまいが、事実は変わんねえよ」
ぎぎぎ、と奥歯を噛みしめるような音が聞こえる。どうやら言い返す言葉が見つからないらしい。
それこそ、彼女に惚れていると言ってしまっているようなものだと思うのだが。
「あああ、クソッ、帰る!」
洗い終わった食器や調理器具の中から、自分が使ったものだけを器用に取り上げ、雑に元の場所へ戻していく。まるで、自分の分はこれで終わり、とでも言わんばかりに。そして、そのまま怒ったまま、厨房を後にした。後ろ姿からでも、不機嫌なのが分かりやすい。
どんなになっても、きっちりやっていく辺り、素直で可愛げがある。放って帰らないところが、あんな言動をしても、憎めないんだよな。
「――さて、おれも片付けて仕事に戻るかあ」
伸びとあくびを一つし、おれは食器と調理器具を片付ける。
美味い飯を食って満腹になったし、このまま眠りにつけたら最高なのだが、残念ながらまだ仕事は残っている。最近、一人職員が抜けてしまって、最終的な確認以外の書類仕事もこちらに回るようになってしまったのだ。
早いところ人員の確保をしないと、いつまでたってもおれが書類仕事をしないといけなくなる。それだけはごめんだ。細かい文字を追って物事を考えるの、苦手なんだよ。
「……あいつ、真面目にギルド職員になってくれないかねえ」
おれが思い浮かべたのは、先ほど、野菜炒めを作ってくれた彼女顔。
勤勉で、真面目で、人柄がいい。ギルド職員内でも評判は上々。こんなの、欲しがらない方が無理という話。
それに――一緒の職場で働いていたら、また、料理を作ってくれないだろうか、という下心もある。難しいだろうな、と思いつつも願わずにはいられない。
まあ、今日の分の仕事は、彼女がどう転んだところで、おれ一人で片付けなければいけないのだが。
嫌な現実に立ち向かうため、溜息を一つ吐いてから、おれも厨房を出るのだった。
それは世間一般の常識だった。勿論、絶対に全員ができない、というわけではないが。おれのように、子供のうちから冒険者になる方のが稀なので、冒険者になるより前から料理ができる奴は料理のできる冒険者となる。男で子供の頃から料理をする奴は珍しいと思うが。
それでも、女の冒険者で料理ができる奴に出会ったのは、彼女が初めてかもしれない。
なぜなら、料理ができるような育ちの女は、冒険者にならない。
冒険者になる奴の理由は様々だが、女冒険者の場合は、冒険者の親に憧れているか、明日食うものにも困るレベルの生活を送っていて娼館にも勤められないような体をしているか、喧嘩っ早くて戦うことしか頭にないか。いずれかである、と言い切ってしまっても問題ないくらいには、その三種類しかいない。
親が冒険者であれば、当然料理を教えられるわけがないし、明日食うものに困るような生活の奴は、大抵どこからか盗むかゴミを漁るかして、バレる前に素材そのままの状態で食べる。喧嘩っ早い奴は料理に興味を持たない。
下世話な話、女は冒険者になるよりも、娼婦になるほうが稼げるのだ。安全、と言い切ってしまうのは違うかもしれないが、娼婦と比べたら冒険者の方が死亡率が高いのも、また事実。
けれど、彼女はそのどれでもないのだ。
一日中苦手な書類仕事と格闘して、疲労の中ハムを食うだけのおれを、ドン引きした目で見る彼女。
妙に他の冒険者とは違う表情で、冒険者登録をした彼女を不思議な女だと思ったが、料理ができるらしい、という事実を知って、俄然、この女に興味が沸いてきた。
一体、どんな生活を送って、何が目的で冒険者になったのだろう、と。何十、何百の冒険者を見てきたおれが、一切、彼女の過去が想像できないことが、不思議でしょうがなかったのだ。
「できましたー」
そう言って彼女が出したのは、冷や飯と野菜炒め、それから卵スープ。
ハムや野菜を直で食べるよりはマシ、と言っていたから、てっきりもっと雑なものが出てくると思っていたし、作ってくれるというのだから、多少まずくとも黙って食べよう、と考えていたのだが、予想以上にしっかりした食事が出てきた。
驚いたのはおれだけじゃないようで、隣に座っていた薬のをちらっと見れば、彼もまた、目を瞬かせている。
深夜二時にしては量が多いが、仕事ばかりで、今日の食事はおろそかになっていたからありがたい。
「はい、ありがとうございますー」
彼女は食前の挨拶を適当に済ますと、ぱくぱくと食べ進めていく。
おれも薬のも、彼女に習って食前の挨拶をすると、料理に手をつける。
フォークとスプーン、箸、全てのカトラリーが用意されていた中で、おれはフォークを取った。
彼女と薬のは箸が使えるようだが、おれは使えない。
二人とも器用だな、と思うのだが、箸を使うのが当たり前な身からしたら、ナイフやフォークを巧みに使う方が器用だといつぞやの彼女が言っていた。どっちも慣れだと思うが、箸はどうにも折ってしまいそうで駄目だ。
いかにも適当に組み合わされた野菜たちの野菜炒めを一口。
しゃきしゃきと歯ごたえが残るのに、決して生ではない絶妙な火加減と、濃いめの味付け。白米が冷えているのが残念だ。これは温かい飯で食べた方がもっと美味いはず。
彼女が、店で出すレベルではない、と自称していたように、店で出すような味付けではないのだが、決して安っぽいだとか、微妙な味だとか、そういうことはない。
むしろ、この、いかにも家庭的な味が、疲れ切った体にしみわたる。使っている食材は全然違うのに、昔、母が作ってくれた野菜炒めを思い出す。
「凄いな、美味いよ。なあ、薬の」
「……ま、まあ、食べられなくはない」
薬のはおれの言葉に、素直な同調を見せなかったが、すっかり食べ進められた皿に目をやれば、美味かったかまずかったかなんて、一目瞭然だ。彼女もそれが分かっているようで、にこにことしている。
――それにしても、ますます不思議だ。
このレベルの料理が出来るなら、わざわざ冒険者にならなくたって引く手あまただろうに。
顔だって悪くないし、性格は言わずもがな。二、三日はかかるだろうと思っていた仕事を一日でこなすあたり、真面目で勤勉なのがうかがえる。採収依頼で採ってくる薬草等も、綺麗に処理してくるし、職員への態度も丁寧だしな。
決して強くはないし、むしろ、冒険者としては弱い部類だとは思うが、冒険者ギルドの職員の間では、彼女の評判はかなり高い。
欠点らしい欠点は、酒好きで、いつどこでも酒を飲んでいるイメージが定着していることくらいだが……でも、それだって、あくまでこの国の人間からしたら欠点、というだけだ。
他国出身だと彼女は言っているが、わざわざ国を出て冒険者になることもなかっただろうに。
――それとも、何か、そうせざるを得なかった事情があるのか?
人には人の事情がある。それは、なにも冒険者に限ったことではなく、十人いれば十人の、百人いれば百人の事情と生い立ちが存在する。似たような境遇の奴がいたとしても、全く同じの人生を歩み、思考や物事の受け取り方も変わらない、なんてことはないはずだ。
だから、おれは、冒険者に対して、いちいち詮索しない。面倒だからだ。
例えば、親を殺されたことがある人間が複数いたところで、それをなんでもないことのように話すか、犯人に復讐するのだと憎らしそうに言うのか、はたまた絶対にバレたくないと必死に隠すのか、人によって様々だと、おれは冒険者やギルド長として、多くの人に接してきて学んだ。
別に無理に詮索しなくとも、多少の人柄と、戦闘力、得手不得手が分かっていれば、パーティーを組むのは苦労しなかった。今、ギルド長として仕事を割り振る上でも、その程度のことを知っていればなんら問題はない。
だから、彼女のことを深く知る必要なんか、ないのだ。
それでも、彼女のことが気になってしまうのは――ただの好奇心なのだろうか?
「――あ」
そんなことを考えていたら、すっかり食べ終えてしまっていた。……もったいないことをしてしまったな。もっと味わって食べるべきだった。
既に食べ終えた彼女は、食器や使った調理器具の片付けを始めている。
「ああ、片付けはおれらがやっておくよ。作ってもらったしな。なあ、薬の」
薬のの方を見ると、非常に嫌そうな表情を隠しもしないでおれを見ていた。それでも、嫌だと断らないのは、こいつなりに感謝しているということだろう。
態度や口は悪いが、貸し借りをつくったままにするのを嫌う男だし、礼は尽くす人間だ。片付けをして、作ってもらったことへの礼をチャラにしよう、という考えが働いているはずだ。
「わ、いいんですか? あんまりちゃんとしたものじゃなかったですけど」
「いや、十分うまかったよ。ご馳走様」
時間が時間だからか、彼女はおれの提案をあっさり受け入れる。普段の彼女ならば、一度くらいは大丈夫だと言うはずだ。勿論、そうやっていつも通り断る姿勢を見せたところで、結局は片付けをするつもりなのだが。
「――あ、ギルド長、あれも一本貰っていいですか? お金は払いますから」
そう言って、彼女が指差したのは酒瓶だった。流石にワインボトルのような大きなものではないが……。
「これから飲むのか?」
「明日、休みにするつもりなので、寝酒します」
「……そうか」
彼女が言うくらいなんだから、本当に『寝酒』なんだろう。ベッドの上で酒を飲み、そのまま入眠。ああ、おれには分かる。
でも、この国で『寝酒』と言うと、おおよそ、一人で自分を慰める性行為の隠語である。
あの最年少の冒険者の少年が、彼女へ、酒に関しての文化を真っ赤になって教えているところをギルドでたびたび見るが、寝酒に関しては教えてもらわなかったんだろうか。
……少年自体も知らないのか? いや、下世話な話題や言葉が飛び交うことが多い冒険者の中に子供の頃から放り込まれて、『寝酒』を知らないということはないだろう。
「その大きさなら、一本くらいそのまま持って行ってもいいが……寝酒の話はあまり外でするなよ」
「……? はい、分かりました」
この顔は、なんで注意されたのか全く分かっていない顔だな。彼女は聞き分けがいいから、今後、寝酒の話はしないだろうが……。
手取り足取り、意味を教えてやっても良かったが、何故だか少し、はばかられる。酒を飲める、いい歳した女のはずなのに、どうにも、こう、世間を知らない少女のように見えるときがたまにあるのだ。
特定の女と付き合わず、商売女との付き合いの方が多いから、そう見えてしまうのだろうか? 男の扱いを分かり切っている女と比べたら、どうしても彼女があどけなく感じてしまうのは事実だが。
それでも、いつかはちゃんと教えてやらないと、彼女も理解できないだろうな、と思いながら、おれは酒瓶片手に機嫌よく帰っていく彼女を見送った。
「――馬鹿すぎるだろ、あの女」
彼女が帰ってから、皿や調理器具を洗うおれの隣で、おれが洗いあげたものを拭きながら、薬のが言った。
「思考回路終わってんのか? いい加減、この国の酒文化に慣れろよ。ちょっと考えたら、寝酒の意味なんて分かるだろ」
ぶつぶつと、文句が止まらない薬の。言い方こそ悪いが、彼女を心配してのことだろう。
こいつは妙にひねくれていて、言動こそ刺々しいが、その実、別に冷徹な人間、というわけではない。文句は言うが手を動かすし、相手によって仕事の質を変えるということもしない。
現に、彼女のことを馬鹿だと貶しながらも、皿を拭く手が止まることはない。
「そんなに気になるなら、お前が教えてやればいいじゃないか。寝酒の意味をよ」
「――は、はぁ!?」
ちょっとからかうつもりで言っただけだったのだが、思った以上の反応が返ってきた。ちら、と薬のの顔を見れば、顔が真っ赤になっている。
……ほぉ、これはこれは。
「おい、なんだよその顔」
にやにやと見ていたのがバレていたらしい。ギロ、と睨まれるが全く怖くない。目つきは悪い方だと思うが、顔は真っ赤だし、何よりおれの方が強いからな。物理的に。
「薬のにも浮いた話が出るとはなあ」
「ち、違ぇよ! そんなことねえ!」
ぎゃんぎゃんと言う姿は、どう見ても彼女を異性として意識している男の姿にしか見えない。
親父さんから店を継いで、うちに卸す薬のために引継ぎ作業をしにきたときには、何にも興味がなさそうなクソガキがきたな、と思ったものだが、こんな男でも恋はするらしい。『あの噂』が流れてから、女どころか男も寄り付かなくなっちまって、どうなることかと思ったが、まあ、彼女なら上手くやってくれるんじゃないか? 薬のの性格も理解してるみたいだし。
「違うからな! オレがあの小娘を好きなわけがない! 認めないからな!」
「お前が認めようが認めまいが、事実は変わんねえよ」
ぎぎぎ、と奥歯を噛みしめるような音が聞こえる。どうやら言い返す言葉が見つからないらしい。
それこそ、彼女に惚れていると言ってしまっているようなものだと思うのだが。
「あああ、クソッ、帰る!」
洗い終わった食器や調理器具の中から、自分が使ったものだけを器用に取り上げ、雑に元の場所へ戻していく。まるで、自分の分はこれで終わり、とでも言わんばかりに。そして、そのまま怒ったまま、厨房を後にした。後ろ姿からでも、不機嫌なのが分かりやすい。
どんなになっても、きっちりやっていく辺り、素直で可愛げがある。放って帰らないところが、あんな言動をしても、憎めないんだよな。
「――さて、おれも片付けて仕事に戻るかあ」
伸びとあくびを一つし、おれは食器と調理器具を片付ける。
美味い飯を食って満腹になったし、このまま眠りにつけたら最高なのだが、残念ながらまだ仕事は残っている。最近、一人職員が抜けてしまって、最終的な確認以外の書類仕事もこちらに回るようになってしまったのだ。
早いところ人員の確保をしないと、いつまでたってもおれが書類仕事をしないといけなくなる。それだけはごめんだ。細かい文字を追って物事を考えるの、苦手なんだよ。
「……あいつ、真面目にギルド職員になってくれないかねえ」
おれが思い浮かべたのは、先ほど、野菜炒めを作ってくれた彼女顔。
勤勉で、真面目で、人柄がいい。ギルド職員内でも評判は上々。こんなの、欲しがらない方が無理という話。
それに――一緒の職場で働いていたら、また、料理を作ってくれないだろうか、という下心もある。難しいだろうな、と思いつつも願わずにはいられない。
まあ、今日の分の仕事は、彼女がどう転んだところで、おれ一人で片付けなければいけないのだが。
嫌な現実に立ち向かうため、溜息を一つ吐いてから、おれも厨房を出るのだった。
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