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第一部

06

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「――それにしても、ルリィ。どうしてセルニオッド様はわたくしの誕生日パーティーに来てくださるのでしょう? 貴女なにか知っていて?」

 わたしは、お母様の部屋へと向かう途中、廊下でつい、ルリィに話しかけてしまった。

「……。……申し訳ありません。私は知りません」

 一瞬、ルリィの目が細められた。まずい、大人びた話し方をしすぎたか。
 生まれてから歩けるようになる頃には、もう『公爵令嬢』としての躾をされてきたわたしは、その辺の五歳児とは比べ物にならないくらい、大人びている自覚はある。

 しかし、そうは言っても、五歳という子供。あまり大人びすぎても不審がられる。この加減が難しい。とくに、『わたくし』として目覚めた後は、つい、よく躾けられた五歳児以上の言動をしてしまう。

 これはもう少し、子供っぽい言動をしないと駄目か。
 わたしはとりあえず、にこっと、できるだけ子供っぽい笑顔を意識してつくった。

 しばらくすると、お母様の部屋へとたどり着く。さほど遠くないはずのお母様の部屋に向かうのも、五歳児の体では一苦労だ。

 しかし、本当に大変なのはここからである。

 お母様はとてもおっとりされている――ように見えてかなり厳しい人だ。
 歳の割には若く見え、ふわふわとした髪と丸い瞳は色素が薄い。加えていつも穏やかに笑っているので、物腰が柔らかい印象が強いが、実のところは非常に頑固で、自分にも他人にも妥協を許さない苛烈な性格をしている。
 怒鳴り散らしたりはしないが、合格点に達するまで、延々と「もう一度最初から」を繰り返す。しかも、駄目なときにそのまま注意するのではなく、一連の流れが終わってから、「もう一度最初から」。
 他家に遊びに行ったときに問題があった際なんかは、家に戻ってから散々復習させられるのだ。

 さらに恐ろしいのは、わたしがサネア・キシュシーを繰り返す度に、要求するレベルがつり上がっていっているところだ。
 今までは、五歳ならばこのくらいまで、と思っていたのだろうが、わたしがサネア・キシュシーを繰り返す度に行動が洗練されていくので、もっと出来るはず、と合格点が上がり続けるのだ。

 かといって、わざと手を抜こうとすればすぐにバレる。お母様は手抜きに関しては非常に敏感である。実際できないことに対してと、できるのにやらなかったことに対してでは、対応が全然変わってくるのだ。
 何度か前に、上がり続けるハードルに耐えかねて手抜きをしたらお母様から説教されたことがあるが……二度と思い出したくないし、絶対にもう手抜きはしないと固く誓った。

 だから、お母様に会うのは都度緊張するのだ。
 わたしは扉の前で深呼吸すると、ちら、とルリィを見た。彼女は心得た、とばかりにドアをノックする。
 少しして、ガチャリと扉が開かれた。開けたのはお母様だけでなく、お母様付きのメイドだ。

 お母様は窓際の椅子に腰掛けている。サイドテーブルには紅茶があるので、外を見ながらお茶を飲んでいたのだろう。
 わたしは戦地に赴くべく、唾を飲み込んだ。……実際にはやらず、気分でだけ。
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