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第六部

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 わたしが声を上げると、話し声で賑やかだった通りが、ほんの少し静かになる。振り向いてわたしのほうを見る人がいれば、何事もなかったように無視して過ぎ去る人もいる。
 でも、大体の人はわたしを無視して、それぞれ雑談に戻る。

 目的であるウィルフは、ふっと振り返り、驚いたように目を丸くしていた。
 反射で足を止めたのであろう彼の元へ駆け寄り、しっかりと手を握る。が、ウィルフの腕は大きすぎて、わたしの手だと半周と少しくらいしか、指が周らない。
 わたしはそのまま軽くウィルフの腕を引っ張り、両手で腕にしがみついた。これなら振りほどいて逃げられまい。

「さっきはごめんね。その……つ、次からは気をつけるから」

 わたしは息を整えながら、ウィルフに謝る。場所を選ばずにあんな話をしてしまって。

「イエリオも、ちょっとからかっただけで、本気で馬鹿にしてるわけじゃないよ」

 ウィルフだって分かっているだろうけど、わたしはあえて言葉にする。

「フィジャがご飯作ってくれるって言ってたから、早く帰ろう?」

 それともまた、担いで帰った方がいい? と聞けば、ウィルフは溜息をはいて「分かったから手を離せ」と言った。

「ああ、確かにこれだと歩きにくいね」

 片腕で腕を組むならまだしも、両腕で抱き着くようにしがみついていては歩きにくいだろう。
 そう思ったのだが、「そうじゃねえ」と否定されてしまった。

 わたしとウィルフの体格差なら、まあ歩けないことはないだろうけど、歩きにくいことには変わりがないはずなのに。
 不思議に思っていると、わたしの耳が、嫌な言葉を拾ってしまった。

「――アレ、すげえな。凄い不釣り合い」

 わたしは思わず、声が聞こえてきた方を見てしまう。でも、そこには複数人いて、誰が言ったのかは分からない。
 皆、似たような表情で――何か面白い見世物でも見るような目で、わたしたちを見ているから。

 ――あのときも、そうだった。

 冒険者ギルドへウィルフを連れ戻しに行ったとき、ウィルフに声をかけたら、嫌な言葉だけがざわめいていた。
 こんなところまで一緒じゃなくたっていいのに。

 むっとする半面、でも、確かにあのときとは違うものがあることにも、気が付いていた。
 いつかは慣れなきゃいけないのかな、なんて思っていたけれど。

 別に慣れなくても、いいのだ。というか、大切な人を――大好きな人を馬鹿にされて、慣れるって、何?

 わたしは両手を離し、今度は歩きやすいよう、腕を組むようにしてウィルフの腕にひっついた。わたしたちに、嫌な言葉を投げたであろう誰かがいる方面を睨みながら。

「おい、お前――」

「いいから、帰ろ。……それとも、嫌?」

 ウィルフが嫌なら仕方ない。
 そう思って、首を傾げれば、ウィルフは「ぐっ」と言葉を詰まらせたあと、否定も、肯定もしなかった。振りほどく素振りを一切見せないあたり、本気で嫌なわけじゃないと判断する。ウィルフなら、嫌なら平気で振りほどきそうだし。

「今日の晩御飯、何にするのかな」

 そんなことを話しながら、わたしたちは帰路についた。
 ちなみに、帰ったウィルフが、イエリオの顔を見て、「『次』からは気を付けてくれるってよ」と鼻で笑ったのは余談である。
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