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第五部
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かえる――帰る? どこに?
帰ろう、というメルフの言葉に、すっと頭が冷えるのが分かる。
「きりすのところ、かえろぉよ」
キリス。師匠の名前だ。
師匠の元へ帰る? いくらなんでも今師匠が生きているわけがない。じゃあ、どこへ――もしかして、千年前の、シーバイズに、帰ろうって言ってるの?
そんなこと、出来るわけ……。
――本当に?
精霊は、どんな魔法も『正しく』使うことが出来る。わたしは転移魔法に失敗して、千年後の世界にいる。裏を返せば、魔法の力で時間を移動することは可能ということだ。そして、おそらく精霊であるメルフは、その魔法を知っている。時を超え、わたしを連れて帰る魔法を。
――だから、帰ろう、なんて、気軽に言えるのだ。
「……やだ」
わたしは一歩、二歩、と、後ずさる。メルフから距離を取りたくても、帰らないといけないかもしれないという恐怖から、足が上手く動かない。
それでも、しゃがみ込んでしまったら、本当に逃げきれなくなってしまう気がして、どうにか踏ん張って立つ。
「まれえぜ、かえろぉ、かえろぉおよ」
「や、やだ、帰りたくない」
わたしはまだ、皆に何も言えていない。返せていない。言葉も、愛情も、貰うだけ貰って、そのままだ。
――ううん、そんなことがなくたって、わたしは皆と離れたくない!
「なんでええ?」
いやだ、と繰り返すわたしに、メルフは不思議そうな声を上げる。
「きりすも、でぃんべるも、ろなも、めねえるも、みんな、ずっと、まれえぜのこと、さがしてたよぉお」
師匠の名前に、とりわけ仲いい兄弟姉妹弟子の名前。皆わたしを探しているという言葉に、少しだけ胸が痛くなる。
彼らとの生活が嫌になったわけじゃない。思い出だって、一杯ある。
それでも、わたしはここに残りたいのだ。
「かえろ、かえろ――つれて、かえろお」
メルフの体がバチバチと、焚火が爆ぜるような音を立てながら大きくなっていく。
メルフはわたしに帰ろうと提案しているんじゃない。主である師匠がわたしを探していて、見つけたら帰らせろという命令に従う為に、ここにいるんだ。
体を大きくしながら身をよじって立ち上がる。あっという間に、三メートルはありそうな程まで大きくなった。
不幸中の幸いなのは、この周辺にはわたしたちしかないこと。皆、街中の消火活動に周っていてこちらに気が付いていない。
それでもこれだけ大きければ気が付かれるのもすぐだろう。
どうしよう、と焦るわたしの目の前に、わたしを庇う様に立つ背中が現れる。
――イナリだ。
帰ろう、というメルフの言葉に、すっと頭が冷えるのが分かる。
「きりすのところ、かえろぉよ」
キリス。師匠の名前だ。
師匠の元へ帰る? いくらなんでも今師匠が生きているわけがない。じゃあ、どこへ――もしかして、千年前の、シーバイズに、帰ろうって言ってるの?
そんなこと、出来るわけ……。
――本当に?
精霊は、どんな魔法も『正しく』使うことが出来る。わたしは転移魔法に失敗して、千年後の世界にいる。裏を返せば、魔法の力で時間を移動することは可能ということだ。そして、おそらく精霊であるメルフは、その魔法を知っている。時を超え、わたしを連れて帰る魔法を。
――だから、帰ろう、なんて、気軽に言えるのだ。
「……やだ」
わたしは一歩、二歩、と、後ずさる。メルフから距離を取りたくても、帰らないといけないかもしれないという恐怖から、足が上手く動かない。
それでも、しゃがみ込んでしまったら、本当に逃げきれなくなってしまう気がして、どうにか踏ん張って立つ。
「まれえぜ、かえろぉ、かえろぉおよ」
「や、やだ、帰りたくない」
わたしはまだ、皆に何も言えていない。返せていない。言葉も、愛情も、貰うだけ貰って、そのままだ。
――ううん、そんなことがなくたって、わたしは皆と離れたくない!
「なんでええ?」
いやだ、と繰り返すわたしに、メルフは不思議そうな声を上げる。
「きりすも、でぃんべるも、ろなも、めねえるも、みんな、ずっと、まれえぜのこと、さがしてたよぉお」
師匠の名前に、とりわけ仲いい兄弟姉妹弟子の名前。皆わたしを探しているという言葉に、少しだけ胸が痛くなる。
彼らとの生活が嫌になったわけじゃない。思い出だって、一杯ある。
それでも、わたしはここに残りたいのだ。
「かえろ、かえろ――つれて、かえろお」
メルフの体がバチバチと、焚火が爆ぜるような音を立てながら大きくなっていく。
メルフはわたしに帰ろうと提案しているんじゃない。主である師匠がわたしを探していて、見つけたら帰らせろという命令に従う為に、ここにいるんだ。
体を大きくしながら身をよじって立ち上がる。あっという間に、三メートルはありそうな程まで大きくなった。
不幸中の幸いなのは、この周辺にはわたしたちしかないこと。皆、街中の消火活動に周っていてこちらに気が付いていない。
それでもこれだけ大きければ気が付かれるのもすぐだろう。
どうしよう、と焦るわたしの目の前に、わたしを庇う様に立つ背中が現れる。
――イナリだ。
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