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第五部

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 わたしは思わず首を傾げた。
 一時的にでも冒険者になればシャシカさんが納得するかというと、微妙なところだ。一時的に戻って、ほとぼりが冷めたところでまた冒険者をやめたところで、結局は今の状況と変わりない気がする。

「『冒険者・イナリ』の噂は知っています。ちょうど、ルーネ……わ、私のギルド長就任と同じくらいの時期に辞めちゃったので、直接話したことはないんですけど……。でも、あの、すごく強い上級冒険者だったんです。それこそ、久々にこの街のギルドから特級冒険者が出るんじゃないかってくらいに」

 ……イナリ、そんなに強かったんだ。全然知らなかった。
 そりゃあ、それだけ強かったら、もう一度戻ってきてほしい、と願うシャシカさんの気持ちも、分からなくない。

 勿論、どんな仕事に就くかはイナリの自由だし、シャシカさんは行き過ぎだとは思うけど。戻ってきてほしい、と言うのならまだしも、その為に人を殺せる、っていうのは流石に怖い。

「それで、復帰する冒険者っていうのは、一つ級を下げて戻ることになります。イナリさんなら、中級冒険者からですね。でも、特級冒険者という肩書に手が届く、と言われる程の実力があったのなら、上級冒険者に戻ることはそれほど難しくないと思います。なので、上級冒険者への進級報酬で、二度と冒険者に戻れないように手続きを、と願えばなんとかなる、と、思いますよ」

「――!」

 確かに、現役冒険者のシャシカさんに、遅れをとっても抵抗はできたイナリだ。彼の現役時代から腕が落ちた、としてもまだなんとか上級に戻れるだけの実力があるのかもしれない。

「え、でも、上級冒険者だった、ってことは中級冒険者から上級冒険者になるときの報酬はもう貰ったことになるんじゃ……」

 確かあのドッグタグに似たプレートの裏に印を付けられるんじゃなかったっけ。

「……復帰するときには、階級プレート、作り直しちゃうんですよ。ちなみに上級冒険者に昇級する試験の参加資格は、三度以上冒険者をやめていないこと、になりますね」

 ルーネちゃんが、ちょっといたずらっ子っぽい笑みを浮かべる。
 言い方からして、公にしていい情報ではないけれど、かといってルール違反、ということでもないのだろう。

 よく規約を知っている冒険者なら突ける穴、ということか。

 とにかく、規則を破らない、ということを考慮しても、上級冒険者への進級報酬を二回――いや、最大三回受け取ることができる、というのは、周知こそされていないが裏技として存在しているようだ。

 一度でも冒険者に戻る、というのは、イナリは嫌がるかもしれない。
 何と言うべきか迷いはするけれど、確実な最終手段を見つけて、わたしは少しだけ気分が明るくなった。
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