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第五部

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 何が起きたか状況が全く分からなかったが、イナリが少し腕の角度を変えたことによって、なんとなく分かってしまった。
 イナリの持つ本に、ナイフが突き刺さっている。以前見たシャシカさんのものとはデザインが違うが、似たような物で、投げナイフのようなものだ。
 おそらくは、わたしに向かって投げたものを、イナリが本で防いでくれたんだろう。

「――な、にを、するんだ!」

 さっきまで気の抜けていた空気が一気にピリッとした。イナリが咄嗟に庇ってくれなければ、あのナイフはわたしに刺さっていただろう。

「……このくらいは、まだ対処できるか」

 じと、とこちらを見てくるシャシカさんの目は暗く、どこかこちらを観察しているようで、何を考えているのか全く表情が見えない。

「――昔のアンタだったら、家に入った瞬間、アタシがいるって気が付いただろ」

 いつから居たんだ、この人。ぞわぞわと、背中が寒くなる。今日はイナリが仕事で、わたしも日中は外出していた。フィジャの所へ勉強しに行っていたのだが、イナリが帰って来るよりも先に帰っていたはずだ。
ということは、もしかして、既にそのときにはいたということだろうか。

「ど、どこから……」

 天井は塞いだのに、一体どこから、とわたしは思わず言葉をこぼした。鍵をこじ開けて入ったんだろうか。
 しかし――。

「床下」

 簡潔な返答に、わたしは思わずそんな所から!? と叫びそうになった。でも、彼女を刺激するのが怖くて、ぐっと言葉を堪える。
 もしかして、このベッドの下、クローゼットの天井と同じように穴が開けられているんだろうか。そんなところまで気が付くわけがない。

「平和ボケしちゃってさ……。でも、まだ、間に合う。間に合うから、冒険者に戻ってきてよ。イナリは――」

「ちょっと、その話まだ続いてたんですか!」

 反射で叫んでしまった。さっきは刺激しないようにって叫ばないように我慢したのに。
 叫び終わって、ぎらっとシャシカさんに睨まれて、やっちまったと悟る。喉がひくつく。

「まだ続いてたって!? 当たり前だろ、アタシは終わらせたつもりはない! ずっと、ずっと帰ってきてほしいって思ってる! だから――」

 するり、と背中に手を回し、シャシカさんは短剣を取り出した。さっきまでの、細身で小ぶりなナイフとは全然違う。サバイバルナイフのような、よっぽど運が良くないと、どこに刺さったって死にそうな、ごつい短剣。

「アンタが死ねば、戻ってきてくれるだろうって、寝静まったら殺そうと思ってたのに。見つけてくれちゃってさぁ……」

 ぎらり、とシャシカさんの持つ短剣が、照明に当たって鈍く光った。
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