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第五部

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 思わず声のした方を見ると、ばちっと二人組と目が合ってしまった。二人組の女性だ。わたしと目が合った、と向こうも気が付いたようで、そそくさと目をそらす。目をそらすくらいなら最初からそんなこと言わなきゃいいのに。
 何か言い返してやろうか、と思ったのだが、タイミング悪く店員さんがわたしたちが注文した料理を運んできて、さえぎられてしまった。

「……別に、いいよ。慣れてるし」

 少し固い表情を残したまま、イナリは言う。慣れてる、と言う声音が、少しばかりさみしそうで。
 ……イナリは慣れているかもしれないけど、わたしは言われ慣れていない。むかっ腹が立つ。
 言い返してやりたいけど、わたしたちのことじゃない、とか、そんなこと言ってない、と言われたらそれまでだ。それに時間もあまりない。イナリはさっさと食べて、帰りたいだろうし、休日にまで持ち帰った仕事の続きが彼にはある。

 だからここで言い争いにならない方が賢いのは分かってる。それでも、何もしないでおとなしくしているのは癪だ。
 わたしからすれば、四人ともかっこよく見えるのに、周囲からすればその逆で。だからこそ、こういう風に言われることは、この先何回も起きるだろう。

 でも、そのたびに、悔しさを飲み込んで、悲しさを誤魔化すのは嫌だ。
 わたしは適当に、サラダの野菜をフォークに突き刺し、イナリに向けて差し出した。

「イナリ、ちゃんと野菜も食べないと駄目だよ。――ほら、あーん」

 お前らの言葉なんて響かないし、わたしたちは何も悪くない。
 そういう意味を込めて、バカップルっぽい行動をアピールしてやろうと思ったのだ。ちなみにサラダにはまだ手を着けていないどころか、わたしのほうは何も食べてない。

 あの女性組二人に見せつけるために、とそればかり意識していたのだが――。
 きょとん、としたイナリが、一瞬にして顔を赤くした。

「えっ」

 思わず変な声が漏れる。
 てっきり、「馬鹿なことしてないで早く食べなよ」と流されると思っていたのだ。

 わたしが、あの女性組二人に、イナリのことを不細工だと思っていない、というアピールになれば、と思ってやったことなので、別にそれでもよかった。わたしの腹の虫を収めるためにしたことなので。
 でも、こんなにも顔を赤くして戸惑う、なんて反応は、全くしていなかった。
 そんな返しをされると、こっちまで照れてくる。

 ――イナリってさぁ、絶対マレーゼのこと好きだよね。

 少し前に聞いた、フィジャの声が頭の中で蘇る。彼の言葉が一気に真実味を帯びた。

 急に恥ずかしくなってきてしまって、もう、あの二人組の女性がなんて言っているかなんて、どうでもよくなった。

「た、食べてよ……」

 差し出した野菜の行き場がない。思わず言うと、イナリはごくりと唾を飲み込み、意を決したように口を開けた。
 あーん、と言ったはいいものの、他人に食べさせるなんて経験があまりないわたしの震える手ではうまくいかなくて、カチン、と、イナリの歯にフォークが当たる音がした。
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