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第四部

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 その後は逃げるようにわたしたちは橋を抜け、シャルベンへとたどり着いた。道中、何も視線を感じなかったわけではないが、みんな、ウィルフさんが怖くてなにも言えなかったようで。
 とはいえ、視線自体、そう何度も感じるものではなかったので、ジェルバイドさんの顔がそこまで知られていないのかもしれない。あの事件を引き起こした冒険者、と言われればみんな知っているのかもしれないが、顔自体はそう広まっていないのかも。

 イエリオたちとのディンベル邸調査のときに知ったけれど、撮影機材はそこまで一般に浸透していないみたいだったし。使う人が限られる高級品、とまではいかないけれど、前世のスマホのように、当たり前に一人が一台持って、撮影して、それを広める場がある、というわけではないので、そう簡単に広まらないんだろう。

 シャルベン側の塔の管理人に橋の柵が壊れたことを伝え、わたしたちは塔から出る。
 ここまでくればもう安心、とはいかないだろう。彼の住んでいた街だ、彼のことを知っている人も多いだろう。

 それでも、ふっと気を緩められたのは事実だ。それはジェルバイドさんも同じようで、明らかにこわばっていた体と表情が緩んでいる。

「――アンジュに会いに行くか?」

 ウィルフさんがそう問うと、ジェルバイドさんは何度も頷いた。
 ……わたし、流石にこれ以上はついていかないほうがいいかな。こうして護衛をさせられている以上、全くの無関係ではないけど、かといって込み入った話を全て聞けるほどの関係者でもない。
 ウィルフさんもジェルバイドさんも、「こないでくれ」とは言わないけれど、雰囲気的についていく、と言いにくい。

 さっきあんなことがあったばかりだから心配ではあるけれど、今は平地だし……ここなら多少何かあったって、ウィルフさんなら対応出来るはず。
 わたしがついていくことに、どちらとも言わない二人にはっきりと「席を外しますね」というのはなんだか露骨じゃないだろうか、と伝え方を考えながらウィルフさんを見ていると、わたしの視線に気が付いたようで、こちらを見てくれる。

 席を外したほうがいいですよね? というニュアンスの念を送り、ちらちらとジェルバイドさんを見る。ジェルバイドさん自身は、シャルベンの街並みに気をとられていて、わたしの視線には気が付いていない。

「……この間保護したペロディアが気になるなら、ギルドへ先に行くか?」

 ウィルフさんが質問の形を取りながら、席を外したいなら外してもいいぞ、と言ってくれる。助かった。

「はい、そうします!」

 わたしはジェルバイドさんに「わたしはここで失礼しますね」と一言伝えてから、ウィルフさんにも小さく「頑張ってくださいね」と言い、別れる。
 二人と別れ、ふと気が付いた。

 ……塔から冒険者ギルドへの道、知らなくない……?

 前回来たときはウィルフさんについていくだけだった上に冒険者ギルドへ行く前に寄り道をしたし、帰り道は東の森への調査に疲れてしまって、ろくに周りを見ていなかった。
 ……大丈夫、なんとかなる! 冒険者ギルドなんだから、他の人も道を知ってるでしょ!

 わたしは方向音痴じゃない、聞けば分かる、と自分に言い聞かせるようにして歩き出した。
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