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第四部
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どこから来ても大丈夫、と言いたいところだが、ルイシヴォカは草食らしいので、食べるために襲われることはないという。まあ、代わりに追い出されるように攻撃されることはあるらしいが。
とはいえ、東の森に生息する魔物の中では、比較的穏やかな性格らしく、近寄らずに目が合っても逃げる素振りをすれば、子育て中のメスや群れの長である個体以外は割と見逃してくれるらしい。でも、一度攻撃してきたら容赦がない辺り、東の森でも生き抜けるだけの魔物だ、と言われた。
近付かなければ襲ってこない、というなら確認するだけの調査だし、ルイシヴォカに関してはそこまで大変じゃないかな、なんて一人で考えていると――。
――キィィ!
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!」
ウィルフさんが腰に付けたポーチから、小さな笛のような物を取り出し、息を吹き込んで音を鳴らしたのだ。なんの断りもなく、急に。かなり甲高い上に結構な音量なので、耳にくる。やる前に一言欲しかった。警告してくれれば、耳をふさぐので。
「何してるんですか!?」
思わず問いただすと、しれーっとした顔で、「探すより呼んだ方が早い」とウィルフさんは言った。
「ルイシヴォカの縄張りの隣に生息するカラプラの威嚇の声に似せた笛だ。すぐにルイシヴォカが顔を出すぞ」
「いや『顔を出すぞ』じゃないんですよ、先にそういうことは言っておいてくださいよ!」
「最初は大抵群れの下っ端が偵察にくる。それに見つからなければ問題ないし、襲われたところで倒すのは俺だ」
だから言わなくてもいいだろう、みたいな顔でウィルフさんは言う。いやよくないよ。確かにウィルフさんの方が前面に出て戦うだろうし、そもそも戦闘の経験値が違いすぎるだろうから、彼にとってはこの程度、なんでもないのかもしれないけど。
わたしにだって、心の準備くらい、しておきたいのだ!
そう抗議したいが、ウィルフさんが剣の柄に手をやり、完全に戦闘態勢に入ったので黙っておく。後で拠点に帰ったら、報連相の重要性を説かねば。わたし相手に相談することがあるかは微妙だが。
――と。
「……運が悪かったな」
「え? ――ひえっ」
ぼそっと呟いたかと思うと、ウィルフさんは流れるようにわたしを担ぎあげた。余りにも一瞬過ぎて、気が付いたら足がぷらーんと地面から離れていて、地面が遠くなり、ウィルフさんが走り出していた。
遠ざかる目線の先には、随分とコンパクトな角を持った、大きな鹿のような生き物がいた。
結構距離があるにも関わらず、鹿がじっと、こっちを見ていることが分かる。それほどまでに、『視線の圧』というものが、ある様に感じた。
「ルイシヴォカはどうだ?」
「え、こっち見てます。……もう小さくてよく見えないけど、多分見てます。でも、動いてない……ぽいですね、あれは」
「そうか。じゃあルイシヴォカは確認できたしこのままカラプラの縄張りに行くか」
「わかりまし――ぎゃん! 雑!」
ウィルフさんのおろし方が、半ば投げ出すような形で、そのままバランスを崩してしりもちをついてしまった。
流石にもう少し、優しくしてほしいんだが!?
とはいえ、東の森に生息する魔物の中では、比較的穏やかな性格らしく、近寄らずに目が合っても逃げる素振りをすれば、子育て中のメスや群れの長である個体以外は割と見逃してくれるらしい。でも、一度攻撃してきたら容赦がない辺り、東の森でも生き抜けるだけの魔物だ、と言われた。
近付かなければ襲ってこない、というなら確認するだけの調査だし、ルイシヴォカに関してはそこまで大変じゃないかな、なんて一人で考えていると――。
――キィィ!
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!」
ウィルフさんが腰に付けたポーチから、小さな笛のような物を取り出し、息を吹き込んで音を鳴らしたのだ。なんの断りもなく、急に。かなり甲高い上に結構な音量なので、耳にくる。やる前に一言欲しかった。警告してくれれば、耳をふさぐので。
「何してるんですか!?」
思わず問いただすと、しれーっとした顔で、「探すより呼んだ方が早い」とウィルフさんは言った。
「ルイシヴォカの縄張りの隣に生息するカラプラの威嚇の声に似せた笛だ。すぐにルイシヴォカが顔を出すぞ」
「いや『顔を出すぞ』じゃないんですよ、先にそういうことは言っておいてくださいよ!」
「最初は大抵群れの下っ端が偵察にくる。それに見つからなければ問題ないし、襲われたところで倒すのは俺だ」
だから言わなくてもいいだろう、みたいな顔でウィルフさんは言う。いやよくないよ。確かにウィルフさんの方が前面に出て戦うだろうし、そもそも戦闘の経験値が違いすぎるだろうから、彼にとってはこの程度、なんでもないのかもしれないけど。
わたしにだって、心の準備くらい、しておきたいのだ!
そう抗議したいが、ウィルフさんが剣の柄に手をやり、完全に戦闘態勢に入ったので黙っておく。後で拠点に帰ったら、報連相の重要性を説かねば。わたし相手に相談することがあるかは微妙だが。
――と。
「……運が悪かったな」
「え? ――ひえっ」
ぼそっと呟いたかと思うと、ウィルフさんは流れるようにわたしを担ぎあげた。余りにも一瞬過ぎて、気が付いたら足がぷらーんと地面から離れていて、地面が遠くなり、ウィルフさんが走り出していた。
遠ざかる目線の先には、随分とコンパクトな角を持った、大きな鹿のような生き物がいた。
結構距離があるにも関わらず、鹿がじっと、こっちを見ていることが分かる。それほどまでに、『視線の圧』というものが、ある様に感じた。
「ルイシヴォカはどうだ?」
「え、こっち見てます。……もう小さくてよく見えないけど、多分見てます。でも、動いてない……ぽいですね、あれは」
「そうか。じゃあルイシヴォカは確認できたしこのままカラプラの縄張りに行くか」
「わかりまし――ぎゃん! 雑!」
ウィルフさんのおろし方が、半ば投げ出すような形で、そのままバランスを崩してしりもちをついてしまった。
流石にもう少し、優しくしてほしいんだが!?
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