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第三部
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階段を降り、踊り場を経由するたびに、ホールの騒がしさが大きくなる。先ほどよりは落ち着いた様に思えるが、最初のただ雑談のある騒がしさからは遠い。
ホールに戻れば、まだ騒いでいる人はいるし、死ぬかもしれないと悲壮感やら絶望感がただよう人もいる。少なくとも、炊き出しを配ることがまともに出来ている状況ではなかった。
炊き出しを配っていた職員はみな、事態の鎮圧を図っていた。
「あの」
わたしは近くのギルド職員に声をかける。ぐったりと疲れている様子が目に見えて分かった。大変な仕事だわ……。
「死にかけで運ばれてきたうさぎ……じゃなくて、トシュ、と一緒に来た者なんですが」
うさぎの獣人は確かトシュで良かったんだよな? と思いながら、言葉を探す。何気なく、わたしの中でこれはこの獣人かな、と思うことはあっても、口に出すことはなかったので、意外と呼び方が分からない。
熊が通じなかったし、今度フィジャかイエリオに分類を教えてもらおう……。
「ああ、あの! もしかして、遭遇した魔物がどんなのか分かったりします……?」
「フェルルス、っていう魔物らしいんですが」
フェルルス、の名前を聞いた途端、職員の目に少しだけ光が戻った。やっぱり、フェルルスはそう倒すのに難しくない魔物のようだ。
グリエバルの名前も出そうか迷ったが、あれは死んでいるし、なかなか逃げ切るのが難しい魔物らしいので、素直に伝えるのも抵抗がある。どうして逃げ切れたんですか、とか言われたら困るのだ。
魔法を使って倒して逃げました! なんて言えないし、言ったところで信じて貰える気がしない。目の前で送電〈サンナール〉を使ってファンリュルを倒したのに信じなかった人がいるくらいなのだから。
「あの兎種を襲った魔物はフェルルスだから大丈夫」という職員さんの声に対して、安心する人たちと、変わらず困惑したままの人たちの二つに別れた。
後者の人たちは、本当に何も、魔物に関して知識がないようで、スパネット――基本的に人を襲わないと言われている魔物ではない名前に対して不安を募らせている様で。
魔物が分からない人がいるのは別におかしなことではないが、魔物を知らない人は、半数を超えているように思えた。「準備があれば下級冒険者一人でも討伐可能な魔物です!」というギルド職員の声に、ようやく安心している人がいるくらいだ。
……やっぱり魔物の知識は一般常識ではないのでは……?
どうしてイナリさんがあんなに詳しいんだろう、魔物について興味がある人ならわたしの『フェルルスは魔法が使える説』の話にもっと乗ってくれればいいのに、なんて考えていたからだろうか。
「そんなわけあるか! 俺は……俺は見たんだ! バードンがいたんだ、こんな人の多いところにいたら逃げきれねえ! 支部だからって安心してたのに……嘘つかれちまうなんてな!」
そう叫びながら、こちらに向かう人影があったことを。
「え」
思わす声が漏れる。
向こうも、わたしに気が付いていない様だった。単純に、ホールの出入口を目指しているだけだったのに、わたしの立ち位置が悪かった。
ドン、とぶつかり、わたしは受け身を取り損ねる。考え事をしていたので、急にぶつかられても意識がそっちに動かない。
咄嗟にどうにかしようと思ったものの、遅くて、がつん、と壁に頭をぶつけてしまった。
なんだか、頭がくらくらするな、と思っている内に、ふっと気が遠くなって。
――暗転。
ホールに戻れば、まだ騒いでいる人はいるし、死ぬかもしれないと悲壮感やら絶望感がただよう人もいる。少なくとも、炊き出しを配ることがまともに出来ている状況ではなかった。
炊き出しを配っていた職員はみな、事態の鎮圧を図っていた。
「あの」
わたしは近くのギルド職員に声をかける。ぐったりと疲れている様子が目に見えて分かった。大変な仕事だわ……。
「死にかけで運ばれてきたうさぎ……じゃなくて、トシュ、と一緒に来た者なんですが」
うさぎの獣人は確かトシュで良かったんだよな? と思いながら、言葉を探す。何気なく、わたしの中でこれはこの獣人かな、と思うことはあっても、口に出すことはなかったので、意外と呼び方が分からない。
熊が通じなかったし、今度フィジャかイエリオに分類を教えてもらおう……。
「ああ、あの! もしかして、遭遇した魔物がどんなのか分かったりします……?」
「フェルルス、っていう魔物らしいんですが」
フェルルス、の名前を聞いた途端、職員の目に少しだけ光が戻った。やっぱり、フェルルスはそう倒すのに難しくない魔物のようだ。
グリエバルの名前も出そうか迷ったが、あれは死んでいるし、なかなか逃げ切るのが難しい魔物らしいので、素直に伝えるのも抵抗がある。どうして逃げ切れたんですか、とか言われたら困るのだ。
魔法を使って倒して逃げました! なんて言えないし、言ったところで信じて貰える気がしない。目の前で送電〈サンナール〉を使ってファンリュルを倒したのに信じなかった人がいるくらいなのだから。
「あの兎種を襲った魔物はフェルルスだから大丈夫」という職員さんの声に対して、安心する人たちと、変わらず困惑したままの人たちの二つに別れた。
後者の人たちは、本当に何も、魔物に関して知識がないようで、スパネット――基本的に人を襲わないと言われている魔物ではない名前に対して不安を募らせている様で。
魔物が分からない人がいるのは別におかしなことではないが、魔物を知らない人は、半数を超えているように思えた。「準備があれば下級冒険者一人でも討伐可能な魔物です!」というギルド職員の声に、ようやく安心している人がいるくらいだ。
……やっぱり魔物の知識は一般常識ではないのでは……?
どうしてイナリさんがあんなに詳しいんだろう、魔物について興味がある人ならわたしの『フェルルスは魔法が使える説』の話にもっと乗ってくれればいいのに、なんて考えていたからだろうか。
「そんなわけあるか! 俺は……俺は見たんだ! バードンがいたんだ、こんな人の多いところにいたら逃げきれねえ! 支部だからって安心してたのに……嘘つかれちまうなんてな!」
そう叫びながら、こちらに向かう人影があったことを。
「え」
思わす声が漏れる。
向こうも、わたしに気が付いていない様だった。単純に、ホールの出入口を目指しているだけだったのに、わたしの立ち位置が悪かった。
ドン、とぶつかり、わたしは受け身を取り損ねる。考え事をしていたので、急にぶつかられても意識がそっちに動かない。
咄嗟にどうにかしようと思ったものの、遅くて、がつん、と壁に頭をぶつけてしまった。
なんだか、頭がくらくらするな、と思っている内に、ふっと気が遠くなって。
――暗転。
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