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第三部

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「――……わかり、ました」

 ずず、と鼻をすする音。頭を上げたイエリオさんの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

「準備済ませておきますから、顔洗ってきてください。あー、ほら、目をこすると腫れますよ」

 今日一日家にいたわたしはハンカチなんて物を持っていないので、わたしはキッチンに置いてあった手拭きの布で彼の目元の涙をそっとぬぐう。これはまだ使ってない、洗ったばかりの奴なので、まあ、汚くはないだろう。

 ――と。
 わたしがぬぐう手にをイエリオさんに軽く握られた。そう来るとは思っていなくて、一瞬、固まってしまう。

 触られるのが嫌だったのかな、と思ったけれど、別にイエリオさんの表情は険しくない。嫌がっている様子には見えなくて、余計に混乱する。

「えっと……自分で拭きますか?」

 わたしがそう言うと、イエリオさんはきょとんとした表情を見せる。

「――え?」

「いや、あの、手……」

「手? ――えっ、あっ、いや、これはちが、違います!」

 無意識だったのだろうか。彼は自分がわたしの手を握っていることに気が付くと、パッと手を離し、勢いよく立ち上がる。その顔は真っ赤だった。この慌てようは、泣いているから顔が赤い……というわけではなさそうで。

「顔、はい、顔洗ってきます! あ、これは洗濯ものとして持っていきますね!?」

 そう言ったイエリオさんはわたしの手から手拭きの布をひったくるようにして奪い、ばたばたと逃げるように洗面所へと向かって言った。
 ばたん! と、遠くの扉――おそらくは洗面所の扉が乱暴に閉められる音がする。

「――びっくりした」

 夕飯の準備をしていて、水仕事もしていたからか、わたしの指先は冷たいはずなのに。イエリオさんが触った部分が、妙に暖かい。元より、体温が高い人なんだろうか。

 それにしても、イエリオさんの手、大きかったなあ。
 いや、わたしの手と比べたら、そりゃあ大体の男性は手が大きいと思うけど。あんまり、そういうところを意識してこなかったからか、イエリオさんの手が、あんなにも大きいとは思わなかった。

 ――すごく、焦りと照れが入り交じったような表情、してたな……。
 恋愛とか、全然興味なさそうで、子供とか、そういうのもいらなそうな顔、してた人だったのに。

「……いてっ」

 妙な空気に充てられて、動揺しているのか。落ち着かない気持ちのまま、夕食の準備を再開して包丁を握ったら、指先に当たってしまった。びっくりして思わず「痛い」と言ってしまったものの、幸いにも指先は切れていなかった。

 ――ドキドキしているのは、包丁で手を切ったかも、と焦ったからで、イエリオさんを意識しているからではない。きっと、そのはず。
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