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第三部

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 テントを無事に張り終え、夕食も終われば、あとは入浴と睡眠だけである。このあたりは街中と違って灯りもろくにないので、暗くなったらすぐ寝るしかないのだ。一応、テントたちが張られた場所の中央に焚火が一晩中されることになっているが、テントの中まではとてもじゃないが灯りが届かないし。

 現に、今、テントの中で荷物の整理をして寝袋を広げているが、ランタンの灯りが必須で、焚火の灯りなんてまったく役に立っていなくて。外で燃えてるなあ、としか分からないくらい。
 まあ、入浴、といってもドラム缶風呂とか、水浴びとかではない。体をサッと吹いて汚れを落とすくらいだ。

 正直、お風呂に入りたい、と思わないでもない。前回、ヴィルフさんと研究書を探しにこの屋敷にくるまでは、洗浄系の魔法を使って綺麗にしたが、今回はそうもいかない。
 さっと拭くだけでも多少は気分は変わるだろうか……三日間の我慢だ……と思っていると、隣で同じく荷物整理をしていたイエリオさんに一枚の布を渡される。

「こちらをお使いください」

「――! この布……」

 渡された布には見覚えがあった。
 懐かしい、と思っていると、イエリオ三が目をきらきらさせてぐい、と近付いてきた。

「分かりますか!? ということは、無事に再現出来ているのですね!」

「ち、近いです! あと声も大きい!」

 イエリオさんは興奮するとずい、と近付いてくる癖があるらしい。普通に圧が強いのでやめてほしい。なまじ顔が整っている分、迫力はかなりのものだ。
 それに、テントの防音性もそこまで期待出来るものじゃない。ないよりはマシだろうけど、大声を出せば当然筒抜けである。こんなところでわたしが過去の人間だとバレたらどうするのだ。

「す、すみません……でも、この布、私が研究所に入って初めて商品化にまでこぎつけたものなんです。冒険者によく売れるんです」

 タオル、というよりは普通の布に近い、薄い布だが、シーバイズ時代にはよく使われていたものだ。
 この布は、水を含むと洗浄効果のある液がにじみ出る糸を使って作られているのだ。しかも魔力を込めると温かくも冷たくも出来るし、水に濡らさなければ普通の布と変わらない保存方法だったので、かなり広く普及していた。

 飲食店のおしぼりとか、介護用とか、農作業のお供とか。人によっては掃除とか皿洗いに使う人もいたし、服に付いたシミ取りの応急処置に使う人もいた。。
 あんまりこびりついた汚れは落ちないものの、大体の汚れは落ちるので、とにかく用途は多岐に渡る。

 確かに、こういう遠征で、お風呂代わりにこれを使えるのはありがたい。

「ちゃんと、再現出来ているんですね……!」

 イエリオさんは嬉しそうに、興奮で顔を赤らめながら布を眺める。

「かなり再現度は高いと思いますよ。でも、もっと改良することも出来ます」

「……ほう」

 ぴく、とイエリオさんの耳が動いた……気がする。長いたれ耳だし、髪にほとんど隠れてしまっているので分かりにくいけど。

「是非、是非教えていただけませんか」

 イエリオさんの目は、きらきらと輝いている。折角の思入れ深い商品にけちをつけられても、全然くじけてない――どころか、もっとよくしてやる、という意思しか感じられない。

 ……本当に貪欲な人だなあ。前文明のことに限って、かもしれないけど、諦めの早いわたしとは正反対の場所にいる。
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