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第二部

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 ようやく、ようやくだ。

 フィジャが退院する前日――いや、もう日付が変わってしまったので、当日か。朝になって病院へ行けば、フィジャが退院するという今日、わたしはついにやりとげた。
 眼前に広がる、おそらくはわたしだけにしか見えない、いくつもの懐かしき日本語の列を見て、わたしはごくりと唾を飲み込む。

 翻訳魔法発動の完遂である。師匠はこの魔法にまだ名前を付けていないようだったので、翻訳魔法としか呼びようがない。
 おそらくは使用者の母国語で全ての言語が表示されるようになっているのだろう。こうして生まれ変わっても、日本が母国、と判定されるのは少し不思議な感じもするが。
 中には、『シーバイズ語』と書かれたものや、『共用語』と書かれたものもある。しかし、わたしが探しているのはそれではない。

「……あった」

 端っこのほうに、『精霊語(火)』『精霊語(水)』……と、属性ごとの精霊語が選択できるようになっている。わたしの脳みそのキャパシティの問題上、選べるのは一つ、どうがんばっても二つまでだ。
 となると、自分に相性のいい属性を選んだ方がいいか……。
 幸い、治癒魔法は、全ての属性に通ずる魔法だ。めちゃくちゃ高等魔法なので、こうしていざ属性の羅列を前にすると、よく覚えられたものだと、我ながら感心してしまう。

 水や木は絶対になし。たしか、師匠はわたしのことを「土と風の属性の相性がいい、やや土より」と言っていたっけか。
 なら、選ぶのは土の精霊語か……。

 わたしは意識を『精霊語(土)』にの言葉に向け、なんなら手を伸ばす。
 すると、チカッと『精霊語(土)』が光ったかと思うと、目の前に並んでいた言語表記の数々は、一瞬にして消えてしまった。

「これで成功した……のかな?」

 先ほどまでの文字の羅列は、分かりやすく『成功』と言った感じではあったが、実感として何かが変わった気がしないので、不安になってくる。

 わたしは魔法陣を書いていた紙の裏に、『マレーゼ』とカタカナで試し書きをする。すると、カタカナではなく、謎の言語で書かれていた。少し遅れて、うっすらと、マレーゼ、とカタカナのわたしの名前が、前面に浮かび上がる様にして見えた。
 なるほど、これが土属性の精霊語。そして、全く同時に翻訳されるわけではないのか……。とはいえ、書くときには時間差が出来るわけじゃないので、問題ないか。

 わたしは新たに紙を用意する。それから、空の瓶も。
 左手の人差し指の指先にピッとカッターの刃を滑らせ、空の瓶に突っ込み「洋墨〈インカーション〉」と詠唱する。魔法陣を描く際や、特別な魔法を使う時に使用する、塗料を生成する魔法だ。原材料は、魔法使用者、つまりわたしの血。生臭いインクが出来るのだが、まあ、そこは仕方ない。

 ペン先に出来上がった塗料を付け、わたしは覚えたての精霊語で文字を書いていく。習得するほどの熟練度ではないので、いつ効果が切れるか分からない。
 精霊を呼ぶ――いや、『産みだす』方法とは、魔法で出来た特別な塗料で、魔力付与を行いながら、精霊語で文字を書くものである。その文字で書かれた言葉は、精霊への懇願であり、命令であり、仕様書であり、契約書だ。
 こういう条件の元、こういう仕事をしてほしいので、都合のいい精霊は集まってほしい。そういう思いの元書かれる言葉に、精霊のなりそこないとも精霊になる前の姿とも言える『モノ』が集まり、精霊となる。
 そうして、生まれた精霊を従わせ、知恵を得るのだ。

 フィジャの腕を治せますように。これから先、何かあったとき、医療の知恵を授けてくれますように。

 わたしに治癒魔法を使わせてくれますように。

 そう願いながら、わたしは精霊語で、その思いを言葉につづった。
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