104 / 452
第二部
103
しおりを挟む
ようやく、ようやくだ。
フィジャが退院する前日――いや、もう日付が変わってしまったので、当日か。朝になって病院へ行けば、フィジャが退院するという今日、わたしはついにやりとげた。
眼前に広がる、おそらくはわたしだけにしか見えない、いくつもの懐かしき日本語の列を見て、わたしはごくりと唾を飲み込む。
翻訳魔法発動の完遂である。師匠はこの魔法にまだ名前を付けていないようだったので、翻訳魔法としか呼びようがない。
おそらくは使用者の母国語で全ての言語が表示されるようになっているのだろう。こうして生まれ変わっても、日本が母国、と判定されるのは少し不思議な感じもするが。
中には、『シーバイズ語』と書かれたものや、『共用語』と書かれたものもある。しかし、わたしが探しているのはそれではない。
「……あった」
端っこのほうに、『精霊語(火)』『精霊語(水)』……と、属性ごとの精霊語が選択できるようになっている。わたしの脳みそのキャパシティの問題上、選べるのは一つ、どうがんばっても二つまでだ。
となると、自分に相性のいい属性を選んだ方がいいか……。
幸い、治癒魔法は、全ての属性に通ずる魔法だ。めちゃくちゃ高等魔法なので、こうしていざ属性の羅列を前にすると、よく覚えられたものだと、我ながら感心してしまう。
水や木は絶対になし。たしか、師匠はわたしのことを「土と風の属性の相性がいい、やや土より」と言っていたっけか。
なら、選ぶのは土の精霊語か……。
わたしは意識を『精霊語(土)』にの言葉に向け、なんなら手を伸ばす。
すると、チカッと『精霊語(土)』が光ったかと思うと、目の前に並んでいた言語表記の数々は、一瞬にして消えてしまった。
「これで成功した……のかな?」
先ほどまでの文字の羅列は、分かりやすく『成功』と言った感じではあったが、実感として何かが変わった気がしないので、不安になってくる。
わたしは魔法陣を書いていた紙の裏に、『マレーゼ』とカタカナで試し書きをする。すると、カタカナではなく、謎の言語で書かれていた。少し遅れて、うっすらと、マレーゼ、とカタカナのわたしの名前が、前面に浮かび上がる様にして見えた。
なるほど、これが土属性の精霊語。そして、全く同時に翻訳されるわけではないのか……。とはいえ、書くときには時間差が出来るわけじゃないので、問題ないか。
わたしは新たに紙を用意する。それから、空の瓶も。
左手の人差し指の指先にピッとカッターの刃を滑らせ、空の瓶に突っ込み「洋墨〈インカーション〉」と詠唱する。魔法陣を描く際や、特別な魔法を使う時に使用する、塗料を生成する魔法だ。原材料は、魔法使用者、つまりわたしの血。生臭いインクが出来るのだが、まあ、そこは仕方ない。
ペン先に出来上がった塗料を付け、わたしは覚えたての精霊語で文字を書いていく。習得するほどの熟練度ではないので、いつ効果が切れるか分からない。
精霊を呼ぶ――いや、『産みだす』方法とは、魔法で出来た特別な塗料で、魔力付与を行いながら、精霊語で文字を書くものである。その文字で書かれた言葉は、精霊への懇願であり、命令であり、仕様書であり、契約書だ。
こういう条件の元、こういう仕事をしてほしいので、都合のいい精霊は集まってほしい。そういう思いの元書かれる言葉に、精霊のなりそこないとも精霊になる前の姿とも言える『モノ』が集まり、精霊となる。
そうして、生まれた精霊を従わせ、知恵を得るのだ。
フィジャの腕を治せますように。これから先、何かあったとき、医療の知恵を授けてくれますように。
わたしに治癒魔法を使わせてくれますように。
そう願いながら、わたしは精霊語で、その思いを言葉につづった。
フィジャが退院する前日――いや、もう日付が変わってしまったので、当日か。朝になって病院へ行けば、フィジャが退院するという今日、わたしはついにやりとげた。
眼前に広がる、おそらくはわたしだけにしか見えない、いくつもの懐かしき日本語の列を見て、わたしはごくりと唾を飲み込む。
翻訳魔法発動の完遂である。師匠はこの魔法にまだ名前を付けていないようだったので、翻訳魔法としか呼びようがない。
おそらくは使用者の母国語で全ての言語が表示されるようになっているのだろう。こうして生まれ変わっても、日本が母国、と判定されるのは少し不思議な感じもするが。
中には、『シーバイズ語』と書かれたものや、『共用語』と書かれたものもある。しかし、わたしが探しているのはそれではない。
「……あった」
端っこのほうに、『精霊語(火)』『精霊語(水)』……と、属性ごとの精霊語が選択できるようになっている。わたしの脳みそのキャパシティの問題上、選べるのは一つ、どうがんばっても二つまでだ。
となると、自分に相性のいい属性を選んだ方がいいか……。
幸い、治癒魔法は、全ての属性に通ずる魔法だ。めちゃくちゃ高等魔法なので、こうしていざ属性の羅列を前にすると、よく覚えられたものだと、我ながら感心してしまう。
水や木は絶対になし。たしか、師匠はわたしのことを「土と風の属性の相性がいい、やや土より」と言っていたっけか。
なら、選ぶのは土の精霊語か……。
わたしは意識を『精霊語(土)』にの言葉に向け、なんなら手を伸ばす。
すると、チカッと『精霊語(土)』が光ったかと思うと、目の前に並んでいた言語表記の数々は、一瞬にして消えてしまった。
「これで成功した……のかな?」
先ほどまでの文字の羅列は、分かりやすく『成功』と言った感じではあったが、実感として何かが変わった気がしないので、不安になってくる。
わたしは魔法陣を書いていた紙の裏に、『マレーゼ』とカタカナで試し書きをする。すると、カタカナではなく、謎の言語で書かれていた。少し遅れて、うっすらと、マレーゼ、とカタカナのわたしの名前が、前面に浮かび上がる様にして見えた。
なるほど、これが土属性の精霊語。そして、全く同時に翻訳されるわけではないのか……。とはいえ、書くときには時間差が出来るわけじゃないので、問題ないか。
わたしは新たに紙を用意する。それから、空の瓶も。
左手の人差し指の指先にピッとカッターの刃を滑らせ、空の瓶に突っ込み「洋墨〈インカーション〉」と詠唱する。魔法陣を描く際や、特別な魔法を使う時に使用する、塗料を生成する魔法だ。原材料は、魔法使用者、つまりわたしの血。生臭いインクが出来るのだが、まあ、そこは仕方ない。
ペン先に出来上がった塗料を付け、わたしは覚えたての精霊語で文字を書いていく。習得するほどの熟練度ではないので、いつ効果が切れるか分からない。
精霊を呼ぶ――いや、『産みだす』方法とは、魔法で出来た特別な塗料で、魔力付与を行いながら、精霊語で文字を書くものである。その文字で書かれた言葉は、精霊への懇願であり、命令であり、仕様書であり、契約書だ。
こういう条件の元、こういう仕事をしてほしいので、都合のいい精霊は集まってほしい。そういう思いの元書かれる言葉に、精霊のなりそこないとも精霊になる前の姿とも言える『モノ』が集まり、精霊となる。
そうして、生まれた精霊を従わせ、知恵を得るのだ。
フィジャの腕を治せますように。これから先、何かあったとき、医療の知恵を授けてくれますように。
わたしに治癒魔法を使わせてくれますように。
そう願いながら、わたしは精霊語で、その思いを言葉につづった。
11
お気に入りに追加
612
あなたにおすすめの小説
転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです
狼蝶
恋愛
転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?
学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?
美醜逆転の異世界で私は恋をする
抹茶入りココア
恋愛
気が付いたら私は森の中にいた。その森の中で頭に犬っぽい耳がある美青年と出会う。
私は美醜逆転していて女性の数が少ないという異世界に来てしまったみたいだ。
そこで出会う人達に大事にされながらその世界で私は恋をする。
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
男女比が偏っている異世界に転移して逆ハーレムを築いた、その後の話
やなぎ怜
恋愛
花嫁探しのために異世界から集団で拉致されてきた少女たちのひとりであるユーリ。それがハルの妻である。色々あって学生結婚し、ハルより年上のユーリはすでに学園を卒業している。この世界は著しく男女比が偏っているから、ユーリには他にも夫がいる。ならば負けないようにストレートに好意を示すべきだが、スラム育ちで口が悪いハルは素直な感情表現を苦手としており、そのことをもどかしく思っていた。そんな中でも、妊娠適正年齢の始まりとして定められている二〇歳の誕生日――有り体に言ってしまえば「子作り解禁日」をユーリが迎える日は近づく。それとは別に、ユーリたち拉致被害者が元の世界に帰れるかもしれないという噂も立ち……。
順風満帆に見えた一家に、ささやかな波風が立つ二日間のお話。
※作品の性質上、露骨に性的な話題が出てきます。
美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける
朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。
お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン
絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。
「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」
「えっ!? ええぇぇえええ!!!」
この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
拝啓、前世の私。今世では美醜逆転世界で男装しながら王子様の護衛騎士をすることになりました
奈風 花
恋愛
双子の兄アイザックの変わりに、王子の学友·····護衛騎士をするように命じられた主人公アイーシャと、美醜逆転世界で絶世の醜男と比喩される、主人公からしたらめっちゃイケかわ王子とのドキドキワクワクな学園生活!
に、する予定です。
要約しますと、
男前男装騎士×天使なイケかわ王子のすれ違いラブコメディーです。
注意:男性のみ美醜が逆転しております。
何でも許せる方。お暇なあなた!
宜しければ読んでくれると·····、ついでにお気に入りや感想などをくれると·····、めっちゃ飛び跳ねて喜びますので、どうぞよろしくお願いいたします┏○))ペコリ
作りながら投稿しているので、
投稿は不定期更新となります。
物語の変更があり次第、あらすじが変わる可能性も·····。
こんな初心者作者ですが、頑張って綴って行こうと思うので、皆様、お手柔らかによろしくお願いいたします┏○))ペコリ
気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。
sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。
気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。
※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。
!直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。
※小説家になろうさんでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる