上 下
26 / 452
第一部

26

しおりを挟む
 イナリさんの家は、グリオン工務店からやや離れた場所にあった、少し古ぼけたアパートだった。築年数はそれなりに経っていそうだが、そこまでオンボロ、というわけではない。
 一階の右端が、イナリさんの部屋のようだ。

「お邪魔しまーす……」

 うわあ、と声をあげそうになったのをすんでのところで飲み込んだ。
 男の部屋ってこんなものなのか……と言うくらいに物が散乱していた。しかし、よく見れば、食べ終わった食器がそのまま、だとか、ごみが捨てられずにそのまま、だとか、そういう感じの散らかり方ではない。

 衣類や布生地ばかりが散乱しているのだ。机と、いくつか置かれているトルソーを中心に円を作る様に布類が散らかっている。
 ワンルームの造りになっている部屋は、どこもかしこも布だらけだ。

「ソファーの上は座れるでしょ」

 わたしがどうしたらいいのか分からずに、部屋の前で突っ立っていると、イナリさんはソファーの上にかけられた布を回収しながらそう言った。
 床もほとんど見えないくらいに布が置かれているのだが、イナリさんには歩く道が見えているようだ。私にはさっぱり分からない。

 フィンネルは土足文化のようなので、布を踏んだらおしまいだ……と思いつつ、わたしはつま先で歩き、布を踏まないようにソファーまでなんとかたどり着いた。
 そこに座ると、スッと大きな丸パンと何か緑色の飲料を渡される。

「僕はフィジャみたいに料理作れないから、それで我慢してよね」

「あっ、いえ、十分です。ありがとう……」

 ちらっとキッチンを見ると、まったく使われていないようだ。埃が積もっているのが見える。イナリさんは食に頓着しないタイプなのだろうか。ちなみにキッチンはパッと見た感じでは現代日本のものと大差ない。シーバイズもそうだったが、フィンネルも生活様式が遅れている……というわけではないようだ。水洗トイレだったらいいな、と少し期待してしまう。

 いただきます、と挨拶をし、わたしは丸パンにかぶりついた。少し硬めのパンだが、ぱさついているということはなく、普通においしい。ちょっと薄味なので、ジャムかなんか欲しいな、と思わないでもないのだが、まあなくても食べられる。ただ、大きいので、片手では少し食べにくい。無理ではないが……まあ、コップを置くテーブルがないので仕方がない。

 ちら、とイナリさんの方をうかがうと、彼はベットに座って、わたしと同じ丸パンを食べていた。

「……」

「……」

 双方無言のまま、室内には互いの咀嚼音だけが響く。
 気まずいな、と思いながらも、話題があまりない。わたしはフィンネル国の常識も、獣人の常識も持ち合わせていないため、距離感がいまいちわからず、どこまで踏み込んでいいのか分からない。

 まあ、まったくの手持ち無沙汰でもなく、今は食べることに集中できているのでまだマシだが、食べ終わってしまったらどうしよう……と思いつつ、わたしは緑色の汁をすする。

「んくっ」

 野菜ジュースとか青汁の類かな、と思って飲んだら、予想以上にすっぱくてむせてしまった。予想していた苦みはなく、柑橘系の酸っぱさにびっくりして、変なところに入ったのだ。
 数度、咳き込む。
 イナリさんから、無言の気にかけるような視線を受け、「だいじょうぶです」と答える。思った以上にへろへろの声になってしまったが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです

狼蝶
恋愛
 転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?  学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

美醜逆転の異世界で私は恋をする

抹茶入りココア
恋愛
気が付いたら私は森の中にいた。その森の中で頭に犬っぽい耳がある美青年と出会う。 私は美醜逆転していて女性の数が少ないという異世界に来てしまったみたいだ。 そこで出会う人達に大事にされながらその世界で私は恋をする。

男女比が偏っている異世界に転移して逆ハーレムを築いた、その後の話

やなぎ怜
恋愛
花嫁探しのために異世界から集団で拉致されてきた少女たちのひとりであるユーリ。それがハルの妻である。色々あって学生結婚し、ハルより年上のユーリはすでに学園を卒業している。この世界は著しく男女比が偏っているから、ユーリには他にも夫がいる。ならば負けないようにストレートに好意を示すべきだが、スラム育ちで口が悪いハルは素直な感情表現を苦手としており、そのことをもどかしく思っていた。そんな中でも、妊娠適正年齢の始まりとして定められている二〇歳の誕生日――有り体に言ってしまえば「子作り解禁日」をユーリが迎える日は近づく。それとは別に、ユーリたち拉致被害者が元の世界に帰れるかもしれないという噂も立ち……。 順風満帆に見えた一家に、ささやかな波風が立つ二日間のお話。 ※作品の性質上、露骨に性的な話題が出てきます。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

処理中です...