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 いやほんと、展開についていけない。
 この世界に来てから、何度も思った言葉が、頭の中でぐるぐると回っている。
 不幸中の幸いは、わたしの所持金でバスの乗車賃が足りたことか。お金をもらう際、数千円分手元に貰っておいてよかった。また綿鷺さんに恩が増えるところだった。
 一緒にバスへ乗った綿鷺さんは、今、目の前に座っていた。――ラーメン屋の、テーブル席に。
 どうしてこうなった? と言われれば、わたしもどうしてこうなったのか、ちょっとよく分からない。
 バスの中でも、たいした会話もできず、一人になりたくない一心で綿鷺さんの後をつけてしまえば、なぜか一緒にラーメン屋に入ることになった。

 気まずくて、綿鷺さんの方を見れない。
 王城、なんて非現実的な空間から、こうして街に出てみれば、やっぱりそこは現代日本と大差なくて。ふとした瞬間、ここが異世界であることを忘れてしまう。
 思わずきょろきょろと辺りを見回した。壁に貼られているのは、メニューと、お酒のキャンペーンのポスター、それから従業員募集の張り紙。そこに『女性時給』の文字を見つけて、あ、やっぱり異世界なんだ、なんて思い出す。

「それで、何か話があるんでしょう?」

 綿鷺さんが、そう切り出してくれた。
 話、話――。

「あ、あの……」

 話ってなんだ。何もない。
 自分でここまで彼についてきたのにも関わらず、これと言って伝えることはない。
 違う、本当は、ある。
 訳も分からない世界に放り出されて心細いので、そばにいてほしい。
 でも、その言葉は、わたしの口から出すわけにはいかなかった。今まで散々迷惑をかけてきて、これからもまた迷惑をかけるなんて、到底できない。

 そもそも、綿鷺さんには、『センター』の存在を教えてもらい、証明書をもらうこと、と、この世界で生きるための術を教えてもらっている。

 それなのに、まだ甘えるのか?

 そう思うと、わたしの願いは喉に引っかかって出てこない。
 それでも、ここまで来たら何も話さずに帰るわけにはいかない。ただ理由もなくついてくるなんて、気持ち悪いの一言に尽きる。
 もだもだと言葉を選んでは却下し、見つけてはやっぱり駄目だと言い淀み、何も言わないでいると、注文したラーメンが届いた。
 わたしと綿鷺さんの両方に、ドン、とドンブリが置かれる。

「……食べても?」

「ど、どうぞ!」

 わたしの話がすぐに出てこないものだと判断したのか、綿鷺さんは一言断ると、ずるずるとラーメンをすすりだした。
 わたしも、しばらく言葉を探していたのだが、諦めてラーメンをすする。麺だし……伸びちゃうし……とアホみたいな言い訳を誰に言うでもなく脳内で並べながら食べたそれは、日本のラーメンとそっくりだった。
 本当に、こんなところまで日本に似ているんだな、と変に感心してしまった。

 そして――猛烈に、さみしさがこみあげてくる。

 言葉も文字も、ほとんど変わらなくて、確かに魔法とか、ちょっとファンタジーっぽいところもあるけれど、九割は日本と同じで、わたしの家があったところに行けば、家に帰れるような気がして。
 でも、そこに、わたしの家はない。
 ずる、ずる、と麺をすすっているわたしに、綿鷺さんはやさしく話しかけてくれる。

「無理に話したくないことは、話さなくても大丈夫ですよ。貴女は『恵の人』ですから。きっと、私たちには分からない、考えも及ばない葛藤もあるでしょう。ただでさえ――っと」

 その先は流石に言わなかった。わたしが妃候補であったことは、まだ公表されていなかったし、これからも公開はされないだろう。
 あまり余計なことは言わない方がいい。

 気遣ってくれる綿鷺さんに、どうしても、恩を返したい。

 そうだ、何をしようか、なんて悩んでいる場合じゃない。

 わたしには、この人に恩を返す、という、やることがあるじゃないか。

「――働きます」

 わたしは、ポツリ、と言った。

「え?」

 わたしの唐突な言葉に、綿鷺さんは聞き返してきたが――わたしの腹は決まった。

「店員さん!」

 わたしは立ち上がり、店員を呼び出す。

「はーい……ヒッ! あ、あの、また何か?」

 また、という言葉に、ちょっとした違和感を覚える。今日ここに来たばかりなのに、とやってきた店員の顔をみて、ハッとした。
 わたしがこの世界に迷い込んで、裏路地でべそをかいていたとき、ごみを投げ捨ててきた人だ。
 いや、今はそんなことは、どうでもいいか。
 わたしは、従業員募集の張り紙を指さし、今まで出したことないくらい、大きな声で、勇気を振り絞って言った。

「わ、わたし! 働きたいです! ここで!」

 それは驚くほど、震えた声だったけれど、不思議と、情けないとは思わなかった。
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