上 下
70 / 71

63

しおりを挟む
 エステローヒからランスベルヒのギルドに戻ると、なんだか妙な騒がしさがあった。
 ランスベルヒの冒険者ギルドにはいつも人がいて、賑やかではあったのだが、そう言った騒がしさではない。不穏な空気も漂っている。
 人だかりが出来ていて、何も見えない。気になるものの、野次馬に強引に混ざる勇気はなかった。
 とはいえ、あまりの人に、修理店までの道が塞がってしまっている。騒ぎを無視して修理店へ向かおうにも、人が邪魔でうまく通ることが出来ない。
 なるべく人に当たらないよう、人の層が薄そうなところを狙って歩く。

 ――と。

 人と人の間から見えてしまった。
 人だかりの中心に、マルシがいる。
 殴られたのか、頬を赤くしたまま、しりもちをついていた。

「――え」

 マルシの丸眼鏡が取れている。その横顔から見える瞳は、赤い。眼鏡越しに見えた目は、黒かったのに。
 そして、その横顔に、ぎゅう、とわたしの胸は痛くなり、息が上がる。体から血が抜けていくような、感覚。

「はっ……はっ……」

 小箱に入っていた、ブローチを見てしまった時と、同じ感覚。
 修理店を始める少し前。武器で指先を切って、マルシに手当してもらったとき、彼の顔に、既視感を感じた。
 ばち、ばち、と目の前が光るような感覚に襲われる。
 頭の中で、ピースが埋まっていくような。
 そうだ、あの紫がかった赤い瞳。どこかで見たことがあるって、ずっと思っていた。夢で見た、オッドアイの男。
 彼に、似てるんだ。
 何かを思い出せそうになったが、ふっと視界が広がって、一瞬、先ほどまで何を考えていたのか分からなくなる。
 オッドアイの男。そう、誰だっけ。ここまで既視感があるというのなら、わたしはその男に、あったことがある、はず――。

「う、ウィル!?」

 もう少しで完全に思い出せそうだったわたしの思考は、開けた視界に飛び込んできた情景へ釘付けになった。
 マルシを殴った男を羽交い絞めにしているのは、まぎれもないウィルエールだった。
 マルシを殴った男も、マルシ同様、赤紫の瞳を持っている。それに、顔立ちも似ていて。
 ここまできて、彼らの正体が分からないほど、わたしは無知じゃない。

 彼らはグルトン王家の人間だ。
 エンティパイアで生まれ育ったわたしが、二人の瞳の色がさす事実を知らないわけがない。
 ウィルエールに拘束されている男は、片腕がない。にも拘わらず、彼は暴れて、ウィルエールから逃れようとしている。

「――ウィル!」

 がつん、と男の肘が、ウィルのこめかみに当たった。
 わたしは思わず、人の波をかき分けて、ウィルの元へと走りだしていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

傾国の美女は表舞台をひた走る

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:346

【完結】あなたがそのつもりなら〜婚約者は駆け落ちしました〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:189

結婚三年目、妊娠したのは私ではありませんでした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:23,572pt お気に入り:1,206

邪魔者は静かに消えることにした…

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:347pt お気に入り:4,177

【完結】モブなのに最強?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,455pt お気に入り:4,564

今度は悪意から逃げますね!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:1,833

【全話まとめ】意味が分かると怖い話【解説付き】

ホラー / 連載中 24h.ポイント:102,069pt お気に入り:657

処理中です...